「ポピパのチョコレート交換会を始めまーす!」
2月14日の花咲川女子学園の中庭でボーカル兼ギターである香澄の宣誓により、私たちのチョコ交換会が昼休みに始まった。
私たちは女子高だから、チョコを持って来ていても同性にしかあげれないから意外とオープンに持って来ている。
……私はバンドメンバーにあげるチョコは小さめのトートバックに入れてきて、みゆき君にあげる分は通学かばんの奥で身を潜めさせている。
「それじゃあみんな持ってきたチョコ、出してみよっか」
私がそう言うと、他のバンドメンバーも各々持参したチョコを取り出し始めた。私は一から手作りのチョココロネをみんなの前に出した。昨日試しに同じものを一個作って食べてみたけど、かなりおいしかった。
他のバンドメンバーたちはお店で買って来たお気に入りのおいしいチョコやコンビニで売っているチョコレートなどが飛び出した。
キーボード担当の有咲はかなり気合の入った手作りチョコを持って来ていてちょっとびっくりした。
私は有咲に形よりも気持ちが大事なんだよね、って言ったけど、何だか自分にも言い聞かせているような気もした。
有咲が手作りチョコを少し出し渋っていたけど、私もみゆき君にチョコをあげる時も出し渋ってしまうだろうなぁ。
「「「「「いただきまーす!」」」」」
あ、甘くておいしい。
みんなが持ってきたチョコレートは例外なく口の中に入れた瞬間、溶けてなくなったような感覚だった。チョココロネは溶けないけどね。
でもね、有咲が持って来てくれたチョコが一番早く溶けてなくなったような気がした。
「流石に、ちょっと寒いなー」
集合時刻の10分前に花咲川西高校の校門前に背中を預けて立っている。もう2週間経てば3月って良く言われるけど、まだ冬だからじっと待っていると足から冷えて来る。
それに時々、校門から出て来る生徒からの視線を感じる。
あまり気にしては無いけど、好奇な視線は好きになれない。そりゃあ、女子高の制服を着た女の子が共学の高校の門前で誰かを待っていたら気になるだろうけど。
約束の時間になったけど、まだみゆき君は来ていない。まだ部活が長引いているのかな。そもそも下校時刻が速くなっている冬にどんな活動をしているんだろう。
携帯をぼーっと見ながら考えていると突然、視界が暗くなった。
「だーれだ」
「えっ!?」
私は正直、驚いたと言うより恐怖の方が勝っていた。「だーれだ」と言う声で誰が私の後ろに立って目隠しをしているのかは分かったけど、先に身体が反応しちゃって……。
とっさに動いた肘がみゆき君の
「ごほっごほっ!」
「わわ!ごめんみゆき君!大丈夫?」
「さ、流石に鳩尾に肘はダメだって……」
それは痛いだろうし私も悪いけど、急に後ろから目隠しもダメだよ。
「後ろから目隠しもダメだよ。……不審者かなって思ってちょっと怖かったし」
「それも、そうか」
「もうこの話はおしまい!今日は駅前まで一緒に帰ろ?」
「そうだな。……っとその前に」
先に歩き出していた私の手首をスッとみゆき君は掴んだ。えっ?えっ!?どうしたの?みゆき君。
手を繋いで帰ろ、なんて言われたらどうしよう。嫌じゃないけど恥ずかしいじゃん。
「な、なに?どうしたの?」
「沙綾の事だからちょっと早めに来て待っててくれてたんじゃない?だからさ、これを着て」
みゆき君は着ていたロングコートを脱いで私に渡してきた。
みゆき君の好意に甘えてロングコートを羽織る。うん、あったかい。それと、かすかに絵の具のにおいもしてみゆき君らしいなって思った。
「ありがと、みゆき君」
「どういたしまして」
「ねね、今日どれくらいチョコ貰ったの?」
「見る?俺のかばんの中身」
駅へ向かってゆっくりと歩き出しながら、みゆき君は肩に掛けていた通学かばんのチャックを開け始めた。あまり重たそうな雰囲気が無いから教科書とか全部学校に置いて帰っているんだろう。私もほとんど学校に置いてるし。
「オープン!」
「……あ、思ってたよりチョコ貰えてるね」
「何々?やきもちでも妬いてるの?」
かばんの中には3つのチョコレートが入っていた。電話の時にはチョコは貰えない脇役、なんて言っていたのに貰っている事に対する嬉しさがあったのと同時にちょっとだけ寂しさがあった。
ニヤニヤ顔のみゆき君に言われると冗談だって分かっているけど、この感情は本当にやきもちに近いかもしれない。
なんで私はやきもちを妬いているんだろう……。
でもでも、見た感じどのチョコも市販のものだから自信持てばいいよね。
「やきもちなんて妬いてないって!……良かったね。女の子からチョコを貰えて」
「沙綾。俺は一言も『女の子から』貰ったとは言ってないぞ」
「えっ?」
みゆき君の顔を見ると、いつの間にかニヤニヤ顔が真顔になっていて少し遠くの方を見つめているような優しい目をしていた。
女の子から貰ってないって事は。
「このチョコは全部俺の男友達から貰ったやつだよ」
「あ、ははは……」
「モテない男は傷の舐めあいをするんだ……」
男の子同士でもチョコの交換ってするんだ……。
でもみゆき君は女の子から「手作り」チョコを貰えるんだよ?もしかしたらサプライズは大成功するかも、っと心の中で笑みを浮かべる。
「沙綾は誰かにチョコをあげたの?」
「うん。バンドメンバーとチョコの交換会をしたよ」
「なんだ、沙綾も同性にしかあげてないじゃん」
「女子高に男の子はいないから当たり前だよね」
「先生にあげたりとかは無いの」
「無いよ。みゆき君は漫画の見すぎじゃない?」
学校に一人とか、そんな感じでいるかもしれないけど私のクラスで先生にチョコをあげている子は見た事が無いな。中学でも見なかったし。
あ、でも女の子から見てもかわいい女性の先生とか、かっこいい女性の先生にチョコを渡している光景は見たことがあるっけ、って思いながら歩いていると、いつの間にか駅前近くまで来ている事が分かった。
「あ、もう駅前なんだね」
「ほんと、沙綾と話してると楽しいからすぐ時間が過ぎるな」
「ふふふ。そうだね」
みゆき君のニヤニヤ顔に、私も同じようなニヤニヤ顔をして返事してみた。
でも、みゆき君と話していると時間の流れは早いな、って前から思っていた。
「ね!みゆき君!」
「ん?何?」
私は自分の通学かばんをゴソゴソと探る。あった、みゆき君にあげるチョコレート。
一体どんな反応をするかなー。「もしかして手品でもするの?」ってニヤニヤしながら言っているみゆき君の顔をガツンと変えてあげよう。
「はい、みゆき君!」
「この箱は何?てっきり白いハトが出て来るのかと思ってたわ」
「その箱を開けたらハトが出て来るかも」
みゆき君は丁寧にラッピングを外して、箱のふたを開けた。
ふふふふ。みゆき君の動きが止まった!絶対びっくりしてるよね。
「なぁ、沙綾。これって……」
「うん、チョコだね。しかも私の手作りだよ」
「こんなおいしそうなの俺にくれるの?」
「もちろん!ハッピーバレンタイン、みゆき君!」
目じりを下げて、ちょっぴり頬を赤らめているのは照れなのか寒さのせいなのか分からないけど、にっこりと微笑むみゆき君はとても嬉しそうで、私も同じような気持ちになった。
サプライズは成功したかな?
「ありがとう!沙綾!」
「ふふふ。どういたしまして。でも味は保証できないよ?」
「じゃあ、ここで食べてみようぜ。沙綾も一緒に食べよ?」
そう言って箱からハート形のチョコを私に渡してきた。みゆき君は丸い形をしたチョコを手に持っている。
「「いただきまーす!」」
「えっ!?めっちゃおいしいじゃん!」
「ほんとだね。とってもおいしい!」
私の口の中のチョコは今日食べたどんなチョコよりも甘くて、すぐに口の中で溶けていった。
----「幸せの始まりはパン屋から」----
@komugikonana
次話は3月25日(月)の22:00に公開予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
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~次回予告~
今までの思い出に浸っていると、目的の駅まで着いた。懐かしいなぁ……。
私は目的の場所に行くために歩き出す。途中で思い出の堤防沿いを歩くと、あの感情が沸き上がる。
「……そっか。この時だよ」
~お知らせ~
3月25日から4月5日まで作者の都合で予約投稿とさせていただきます。しっかりと明日に24話まで投稿しておきます。なので皆さんは安心して今までの定期でご覧ください。
高評価して頂いた方の発表が遅れてしまう可能性がありますが、高評価をつけていただければ必ず発表はさせていただきますのでこちらもご安心ください。
~豆知識~
今話の最後にタイトルがあるのは時系列の変化を表しています。すなわち次話は現在軸の沙綾のお話です。第1話の冒頭、第10話、そして次話の第19話は時間軸が現在です。それ以外のお話は全て現在の沙綾がみゆき君との思い出を回想している形となっています。
では、次話までまったり待ってあげてください。