「おつかれー!」
私は今日は朝からバンドメンバーである有咲の家にある蔵でバンド練習をしていた。
その蔵にはバンドのセットがあってスタジオを予約しなくても練習が出来る恵まれた環境にあるんだよね。
そんな日常を今日も味わって消化したその帰り道。
私は商店街の入り口で制服をしっかりと着こなした、最近知り合った男の人がいた。
「あれ?みゆき君だよね?」
「おっ、沙綾か。なんか久しぶりだね」
弟を助けてもらった男の人、みゆき君に会うのも一週間ぶり。
親しそうに話しているけど、まだ会ったのは2回目だし何より知らない事の方が多いからどちらかと言うと他人寄りなんです。
私って、結構大胆なのかな?
「みゆき君は商店街で何してるの?」
「何って……沙綾に会いに来たんだよ?」
「えっ!?」
私はつい素っ頓狂な声を喉から発してしまった。
後ろから急に目隠しされて「だーれだっ!」ってされた時も確か同じような声が出たような気がする。
な、なんで私に会いに来てるのっ!
恥ずかしかったから目線はずっと下の方を向いていた。目は左右に揺れっぱなし。
みゆき君は何も言ってこないからゆっくりと目線を上げていくと、「してやったり」みたいな顔をしている彼がいた。
「冗談だって!じょーだん!」
「ちょっと!みゆき君めちゃくちゃひどいっ!」
「本気にする沙綾が悪いよ」
あーっはっはっは、とお腹を押さえながら笑うみゆき君。
私はちっとも面白くないし、ちょっと頬っぺたを膨らませて通り過ぎてみる事にした。
案の定、みゆき君は顔色にちょっぴりの焦燥の色が付け加えられた。
そうだねー、良い顔色に薄い紫色が追加されたような感じ。
「ほんとの事話すよ、沙綾」
「……」
「あ、あれ?怒ってる?」
「……、ふふ、ふふふふ」
もう、我慢できないっ!
頬っぺたを膨らませていた空気が笑いとなって口から元気よく飛び出していった。
後ろから心配そうな顔をして向かってくる彼の顔がより一層、面白さを増す。
「沙綾こそひどくない?俺、結構罪悪感増したんだけど」
「先に仕掛けるみゆき君が悪いよ~。……それで、どうして商店街にいるの?うちのパンが食べたくなった?」
「なんか、本当の事を言うのも嫌になってきたよ……」
目じりを下げながらそんな事を言うみゆき君。
そう言えば、今日、学校は休みなのにどうしてみゆき君は制服を着ているんだろう。何かの部活動に所属しているのかも。
「商店街の風景を見ていたんだ。俺はこういう古き良き商店街の雰囲気を肌で感じたくて」
「そうなの?」
「あ、今『なんだ、うちのお店には来てくれないんだ……』って思ったよね?」
「みゆき君、そういう風に女の子と接していたら嫌われちゃうよ?」
「うそ!?それにちゃんと沙綾のお店にも寄ろうって思ってたから!」
みゆき君は小声で「だから最近、女の子の友達が距離を置くのか……」と暗鬱な言葉が飛び出したけど、そこは触れない方が良いなって思った。
商店街の雰囲気を肌で感じたい。今までそんな理由でここに来た人なんて聞いた事なかった私は少し興味を持った。
だって、商店街の事を好きって言われているように感じたから。
「それじゃあ、私が商店街を案内してあげよっか」
「ほんと!?それは助かるや」
それじゃあ、商店街を観光してみよう!
「うちのお店の向かいには羽沢珈琲店、道を挟んで北沢精肉店があるでしょ?私と同級生の子達のお父さんがお店をやってるから仲は良いって感じだね」
「商店街って言うだけあってやっぱり飲食系が多いね」
「まぁアパレル系もあるし、羽沢珈琲店の隣の床屋さんも結構な人気があるよ?」
私たちは商店街の中心にやってきた。
決して大きいとは言えない規模だけど、私が小さい頃から育ってきたこの商店街には人並み以上の感情を持っている。
みゆき君はとてもニコニコしながら商店街をきょろきょろと見渡している。そして何を思ったのか、ポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出して何かをささっと書く。
私はもしかしたら、理科の実験で初めてフェノールフタレイン溶液がアルカリ性の時にだけ赤紫色になるのを見た時のような不思議そうな顔を彼に向けていたのかもしれない。彼はメモ帳をポケットに直してからニッコリと笑いながら話してくれた。
「ああ、沙綾には話してなかったっけ。俺さ、高校で美術部に入ってるんだ」
「へぇー、そうなんだ。男子では珍しくない?」
「そんな事は無いと思うけど、確かに部員は女子の方が多いね。男子は俺と先輩の二人だけだし」
「みゆき君は絵、上手いの?」
「上手いかどうかは分からないな……」
でもさ、と彼は自分の言葉の続きを語り始めた。
彼の言葉は私の心の片隅にそっと落ちていって、ゆっくりと溶けていくような感覚になった。
「絵を描くことが好きなんだ。上手とか下手とか関係ない。どんな下手な絵に見えても『好き』って感情を込めたら輝くんだよ、絵は。ちゃんと応えてくれるんだ」
私もその通りかも、って思った。
「いただきまーす!」
商店街を一通り歩き回った私たちは、うちのお店に入ってパンを買って近くの公園で一緒に食べることにした。
私が感じたのは、普段は冗談を交えながら話すみゆき君は意外としっかりとした概念を持っている、と言う事。
商店街を回っている時に何回もアイディアを思いついたのか、メモ帳をしきりに出しては箇条書きのメモを残していた。
私も見せてもらったんだけど……あまり理解が出来なかった。
「橙が澄み渡るような」とか、「あふれる感じ」だとか。
「沙綾の家のパンってすごくおいしいよね。この前待って帰った時、母さんがまた買って来いって言ってたよ」
「そうなんだ!ふふっ、ありがとう。お母さんにもありがとうございます、って伝えといて」
「んー」
みゆき君はクリームパンをもちゃもちゃと食べながら相槌をうつ。
私は今日みゆき君に商店街を案内したけど、役に立てたのかな。
「沙綾はさ、今夢中になってやってることってある?」
「うん。同じ学校の子とバンドをやってる。今それがとっても楽しいんだ」
「そうなんだっ!なんかドラムとかやってそう。パンを伸ばす麺棒でドラム叩いてるんでしょ?」
「違うよー。だけどドラムをやってるって言うのはあたりだよ」
なんだ当たってるじゃん、って得意げな顔をするみゆき君。なぜだか知らないけど、担当楽器を当てられて少し悔しい気持ちが込み上げてきた。
だから、何かイタズラをしてみようかと子供みたいな感情になったけど、彼の顔が真面目なものに変わったからそのような行動に出れなかった。
「じゃあ、もしもなんだけどね。ドラムの技術を競う大会があったとしよう。沙綾はその大会に出てみたいって思う?」
「私は……」
どうなんだろう。
多分みゆき君が言っているような大会がどこかで開催されているかもしれない。そういう大会にあまり興味が無かったから、どうするんだろうってめちゃくちゃ迷った。
私なら、だよね?
「私、なら……出ないと思う。さっきみゆき君言ってたよね?『感情を込めたら輝く』って。私もそう思うから」
「……ぷっ、あはははは!」
「ちょっと!せっかく考えて言ったのにひどくない!?」
「あまりに真剣だったからつい……あはははは!」
真剣に考えて答えたのにバカみたいじゃん、って思った。
「ごめんって、沙綾」
「はいはい。わかったわかった」
「怒ってるよね!?……そうだ、沙綾」
急に声のトーンが1オクターブぐらい上がったんじゃないかって感じで声のトーンが上がったみゆき君は、私にスマホを見せてきた。
「連絡先交換しようよ!」
「えっ!?まぁ良いけど……」
私はQRコードをみゆき君に見せて、それを彼が読み取る。
男の人と連絡先を交換したのは初めてかもしれない。
「よし、オッケー!夜にメッセージ送るから登録しといて」
「わ、わかった」
「今日は商店街を案内してくれてありがとう。とってもいい経験になったよ。早速家に帰って形にしてみるから今日は帰るね」
「そっか。頑張ってね。みゆき君なら出来るよ」
その日の夜、「登録よろしく~」って軽い感じのメッセージが送られてきた。
私は登録して、しばらくベッドの上でその画面をぼーっと見続けていた。
「なんだか不思議な感じがする」
@komugikonana
次話は2月15日(金)の22:00に投稿予定です。
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~次回予告~
私は今日、調子が悪い。体調不良とかじゃなくって、君が原因でモヤモヤしているんです。
「沙綾と一緒じゃないとダメだから誘ったんだけど」
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