「沙綾ちゃん、ちょっとベース走っちゃった……。ごめんね?」
「ううん、ほとんど完璧だったよ。りみりん」
私が加入しているバンド、Poppin’Partyはもうすぐライブがあるので今は有咲の蔵で練習をしている。4月にフレッシュなガールズバンドを集めて開かれるライブで、嬉しい事に私たちはトリを飾らせてもらえる。
りみりんが「ベースが走った」と言っていたけど、それはテンポがずれて速く弾いてしまったと言う事。私からしたらほとんど正しいリズムで刻んでいたと思うけど、りみりんは頑張り屋さんだから求める物は高いんです。
「このフレーズ、練習したいんだけど沙綾ちゃんお願いできるかな?」
「うん、もちろん!」
「さーや、りみりんずるいっ!私もやりたーい!」
「香澄も一緒に合わせよう!さっき香澄はめっちゃ走っていたからね」
「えっ!?うそっ!?」
今は休憩中なんだけど、みんな楽器が好きなんだよね。
香澄の後におたえが「私も」と言ってギターを持ち始めたし、有咲も香澄に引っ張られて演奏に入る。
本番はもう目の前なのにピリピリなんてまったくしていなくて、一回一回を楽しく演奏する。
一度、私たちのライブをみゆき君にも見てもらいたいな。
そんな想いがちょっと前から低温でちょっとずつ温めているお湯のように沸々と湧いてきている。
実際、みゆき君の分のライブチケットを取ってある。だけど最近はみゆき君と会う機会が少ない。メッセージを送っても既読があんまりつかないし。
今日の練習が終わったら、駅前にこっそり行ってみようかな。
もしみゆき君に会えたら、その時は偶然を装ってしまえば不審がられないよね。
「よーしっ!休憩終わり!最初から合わせよっ!みんな!」
「全然休憩になってねーだろ!」
「そんなに怒らないでよ、有咲ぁー」
ふふふ。そんなこと言ってキーボードの音色をイントロに使う音に戻してるじゃん。
もしみゆき君を誘うなら、私たちの最高を見せたいよね……。
ドラムスティックを支えている人差し指と親指が、今までよりも強く握られているような気がした。
練習が終わってから、私はみゆき君に会うために気持ち的に速足で駅前にやって来た。みゆき君に会う為、なんて誤解を生みそうだけど今回は気にしないでおこう。
4月になって冬に比べると日が長くなったけど、日が落ち始めるとまだ肌寒い。駅に設置されている大きな時計は6時10分を指している。もし部活をしていたらもうすぐ来ると思うんだけど……。
……もうすぐ7時になる。うちのお店も閉める時間に差し掛かってきている。
普段人を待つ時は携帯を触りながら過ごしているから時間の経過が早いけど、今回は周りをしっかり見ながら待っているから50分が途方もなく長く感じた。
そろそろ帰ろうかな。帰りが遅くなっちゃったら父さんや母さんに心配されちゃうし、まだもうちょっとライブまで時間があるからチャンスはまだある。
今まで動かしていた目を休憩させる代わりに足を動かして、商店街の方へ帰る。
周りはすっかり冷たくなっていて、夜風が私をからかっているかのように冷たい風がヒューヒューと吹き付ける。
一度、家に着いて落ち着いたらみゆき君に電話してみようかな。
そんなちっぽけだけど、重みのある感情を胸に秘めながら歩いていると、もう商店街の入り口まで来ていた。
うちのお店の前までやって来たちょうどその時にお店のドアが開かれた。
お客さんかな?でももう閉店時間が過ぎているし、もしかしたら母さんが私を心配して店先で待っていようと思ってくれたかもしれない。
ちょっと悪い事をしたな、と思ってお店から出てきた人を見てみると、うちのお店のレジ袋を持った男の子であり、私が探していた人物だった。
「あれ、みゆき君じゃん。お店に来てくれるなら言ってくれたら良かったのに」
「……あ、沙綾。そう言えば今日お店に寄るって言って無かったな」
「……みゆき君、何か悩み事でもあるの?」
「えっ!?」
花見をしていた時の感じたザワザワした感じ、今になってすぐに答えが出た。
今のみゆき君はかなり顔色が悪いし、反応も遅かったから。それと最近既読が付きにくい事も少しは関係しているような気がした。
「うちのお店に来てくれる時、絶対連絡くれていたじゃん?連絡忘れなんて軽口が得意のみゆき君にはありえないでしょ?」
「……別に悩んでなんかないよ。それじゃ、またな」
みゆき君は帰ろうと足を動かしたけど、みゆき君が動く事は無かった。
だって私がみゆき君の手首をしっかりと掴んだから。
「私、相談に乗るよ?」
「沙綾に悪いって。時間も遅いからさ」
「今、悩んでますって間接的に言ったよね?」
「……それは反則だって、沙綾」
「時間は気にしなくて良いよ。そんな事より私は、悩んでてつらそうな顔をしているみゆき君を見たくないから」
「やっぱり、沙綾がくれるんだ……」
「何か言った?とにかく外はちょっと寒いからお店に入って良いよ」
「何も言って無い。ありがと、沙綾」
いつもは家族みんなで食べる晩御飯を先に食べてもらって、私はみゆき君をお店の中へ案内した。いつもは焼きたてのパンたちがつくるおいしいハーモニーに酔い
私が椅子を持ってこようか、って聞くと、みゆき君は「俺は立ったままで良いよ」って言ってくれたから私も立ったままで良いかなって思った。
こういう場面ではお互い遠慮無しに腹を割ってお話するべきだと思った私は、いきなりだけど核心を突く事にした。
「絵の事について、悩んでいるの?」
「……ほんと、沙綾は何でも見抜くね。事情は長くなるんだけど」
「大丈夫。全部聞くからっ!」
話を要約すると、学校側からコンテストに出るように強要されたみたい。
みゆき君自身、コンテストで競い合う事を好まないから拒否し続けたんだけど、学校側からすれば入賞したと言う実績が欲しい。
毎日のように顧問を通じてお願いされ、コンテストに作品を出すことに同意したらしい。
「そして絵を何枚も描いた。けど全部俺がボツにした」
「え?どうして?」
「なんちゃら大臣賞を取った事、覚えてる?」
「もちろんっ!だって自分の事のように嬉しかったからね」
「ありがと。賞を取った絵を描き上げた時、『これ以上の絵は俺の人生で描けない』って思うほどの出来だった。だからかな、何を描いても絵が色あせて見えるんだ」
自分の心情を苦しそうに、だけどちょっとおどけた顔を作って話してくれるみゆき君を見ていると、胸が苦しくなってきた。
多分、スランプとかそんな優しい言葉では表せられない状態なんだって思った。
「それで、ずっとどんな絵を描いたら良いんだろうって考えてる。人に期待されているから、その期待には応えたいんだ」
「みゆき君って軽口ばっかり叩く頑張り屋さんだね」
「……なにそれ。良く分かんないよ」
「ふふふふ。ほんとだね」
不真面目そうだけど誰よりも真面目なんだよ、って言いたいんだけど言葉にしたら私の思っている事の30%ぐらいしか伝わらない。言葉って抽象的。だから私は……。
「みゆき君にこれ、渡すね」
「……ライブチケット?」
「そう!私が入ってるバンドがトリで演奏するから、みゆき君も観に来てほしい。絶対ドキドキさせてみせるから、ね?」
「そう言えば沙綾の演奏、観た事なかったっけ。うん、行かせてもらうよ」
みゆき君はライブチケットを大切にしまってくれた。
時間が思っていたより進んでいたのでみゆき君は「そろそろ帰るね。沙綾、今日はありがと」と言って私に背を向けた。
私はこの時、真っ暗な外の闇にみゆき君が消えてしまいそうに感じたから、とっさにみゆき君の背中まで走って、みゆき君のブレザーの腰辺りをギュッと掴んだ。
ほとんど抱き着いているのと同じようなお互いの距離。私の胸がみゆき君の背中に触れているかもしれないけど、今はそんな事なんて気にならなかった。
「私、いつでも相談に乗るから」
「ほんと、沙綾には敵わないよ……。ありがとう」
私は掴んでいたブレザーをそっと離してから、出来る限りの笑顔をみゆき君に向けた。
この笑顔は作ってなんかいない、本物の笑顔。
そして、明るく言う。
ばいばい、みゆき君!
@komugikonana
次話は4月5日(水)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
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~高評価をして頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけていただきました ジャムカさん!
同じく評価10という最高評価をつけていただきました 鐵銀さん!
同じく評価10という最高評価をつけていただきました 西月さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!
~次回予告~
ライブ当日!ライブ前に香澄と話していて気づいた。みゆき君の悪いところはたくさん言える。だけど君の良いところはもっとたくさん言える。この気持ちの名前は……。
そして私は頭が真っ白になる。「み、みゆき君のお得意のジョークだよね……?」
~豆知識~
沙綾たちが出演するライブイベント……本文中では「4月にフレッシュなガールズバンドを集めて開かれるライブ」と説明されており、最後はポピパがライブを締める。
ちなみに私のデビュー作「月明かりに照らされて」のAfterstory最終話ではこんな言葉が書かれています。
「そうだね。拓斗君は四月のイベントを今企画しているからね」
そう、新入生が入って来る四月。この時にフレッシュなガールズバンドを呼んでイベントをしようと思っている。ポピパにもオファーしてみようかな。
では、次話までまったり待ってあげてください。