幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第25話

私の頭を大きなフライパンで思いっきり叩かれたような、そんな衝撃的な新聞記事を読んで一週間が経った早朝。

私は今もみゆき君がこの世にいないなんて信じられなかった、と言うか信じていない。

でも、みゆき君からメッセージが来なくなって一週間が経つのも事実だった。

 

私はみゆき君の葬式には行っていない。

だって私はみゆき君の地元は知っているけど、家の場所までは知らないから。それにもし葬式に行けるとしても君がいなくなると認めるような感じがして嫌だから。

 

 

私は今でも信じているから。あの新聞記事はみゆき君が新聞会社を巻き込んだかなり遅めのエイプリルフールのドッキリだって事。だってテレビのニュースで一言も言わないよ。

私の携帯にもうすぐみゆき君から返信が来るって、信じてるから……。

 

 

父さんも母さんも私を心配してくれていて、しばらくお店の手伝いをしなくても良いなんて言ってくれてしばらく休んでいたけど、今日から復帰しようと思っている。

父さんや母さんに迷惑はもうかけたくないから。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

お店が開店して私は出来る限りの明るい声を出す。休日の朝はお客さんが少ない方だけど、これからドンドン増えてくるだろう。

開店直後にお店に入って来た、私の母さんと同年代ぐらいの女性のお客さんは初めて見るお客さんだった。

 

普通のお客さんならトングとトレイを持ってどのパンを買おうか吟味しながら目をあちらこちらに向けるんだけど、この女性の方は違った。

私の顔をジーッと見ているんです。えっと……どこかで会ったのかな。

 

 

何か困っているのかもしれないからそのお客さんに声を掛けようかな、と思い口を開こうとした時、私は目を疑った。

 

私をじっと見ていた女性は突然、目から涙をポロポロと流し始めたから。

急いでその女性の近くまで駆け寄って優しく声を掛ける。

 

「その、大丈夫ですか!?体調とかしんどいところがあったら言ってくださいね」

「大丈夫……大丈夫です……」

「その、椅子を持ってきましょうか?」

「あなたが……沙綾ちゃんよね?」

 

どうしてこの女性は私の名前を知っているんだろう。私自身、この女性と出会うのは初めてのはずなんだけど。

女性は涙を流しながら何回も「やっと、やっと会えた……」ってすすり泣くばっかりで私はまだ状況を呑み込めていなかった。

 

「えっと、私と出会った事ありましたっけ?」

「ありませんけど、息子がお世話になっていたみたいで」

「えっ!?と言う事は……」

「与田瀬幸の母の、与田瀬美香(みか)です」

 

一瞬にして私の心臓の鼓動が足先から頭の隅まで身体全体に響き渡る。

みゆき君のお母さんに出会う事が初めてだから緊張もしたけど、何より「息子がお世話になっていた(・・)」と言う言葉に反応してしまった。

 

「沙綾ちゃん、いつでも良いからあなたに来てほしい所があるの」

「……みゆき君のいる所に、ですか?」

「そう。急かさないから」

 

こういう時はどうすれば良いんだろう。知り合いがそんな事になっちゃう経験なんて初めてだし……。そ、それにお店の手伝いもやらなくちゃなのに。

でも本当は。

 

「沙綾が一番やりたい事、優先してあげて」

「母さん……」

「本当は今すぐ会いたいんでしょ?」

 

そう、本当はみゆき君に会いたい。会ってお話もしたいしいつものニヤニヤ顔も見たい。

ちゃんと自分の目で確かめない限り、信じてるから。

 

「その、今から会せてもらっても良いですか」

「もちろん、もちろんよ」

「少しだけ準備させてもらいたいので、時間をください」

 

私はエプロンを外してから自室に向かって、お出かけ用の服を着てから父さんにお願いしてクリームパンを一つ袋に包んでかばんの中に入れた。

だっていつも君はクリームパンを好んで食べていたよね。

 

「父さん、母さん。行ってくるね」

 

 

 

 

みゆき君のお母さん、美香さんと駅まで歩いて行った。最初は緊張していたけど美香さんから話しかけてくれて少し気が楽になった。話している時に一瞬だけ、みゆき君と話しているような錯覚にとらわれてやっぱり親子は似るんだなと思った。

 

各駅停車は5分後に駅に到着するらしい。

 

「沙綾ちゃんの所のパン、本当に美味しいよね」

「あ、ありがとうございます!その、美香さん。聞きたいことがあるんですけど」

「何かしら?」

「どうして私の顔を見て名前が分かったんですか?」

「それは、ね。今は秘密にさせて。もうすぐ分かるから」

 

どうしても疑問だったから聞いたんだけど、答えを教えてはくれなかった。

みゆき君の携帯とか見て私の顔を判別したのかな?でも私が使用しているSNSのアイコンはドラムだし、私の顔はどこにも載せてないんだけどね。

 

到着した電車に乗り込んで、丁度座席が二人分空いていたのでそのスペースにちょこんと座った。座席に座った時、ほんの少しだから間違いかもしれないけど、絵の具のにおいが鼻をくすぐったように感じた。

 

「各駅停車しか止まらないような田舎なんだけど、ごめんね」

「そんな事ないですよ!あの場所の雰囲気、私は好きです」

「沙綾ちゃん、来たことがあるの?」

「はい。みゆき君とイルミネーションを観たり、桜を観に行ったりしました」

「そうなの?そこまで来てくれていたんだから家に来てくれても良かったのに」

 

美香さんは目じりを下げながらそう言ってくれた。聞くと、イルミネーションをしていた広場の近くに住んでいるらしい。家が近くなら「あの場所が僕の家だよ」って案内してくれても良かったのに。

 

「学校も違うのに、よくこんなかわいい子を息子は見つけたわね」

「ははは……。みゆき君は弟をうちのお店まで連れてきてくれて、その時に初めて出会ったんです」

 

あの時のみゆき君は好青年、って感じの雰囲気だったのに。いつからニヤニヤ顔で軽口を叩いて来たり、からかってくるようになったんだろうね。

でも、今はそんなニヤニヤ顔が恋しい。

 

「次は明鏡駅、明鏡駅です」

 

もうすぐ目的地に着くらしい。もうすぐみゆき君に会えるんだよね……。現実では分かり切っている面会も、私の空想によって違う場面を想像してしまう。

本当はクリームパンと一緒にみゆき君が好きなあの花を買って持って行こうかなって思っていたけど、キク科の植物だから辞めておいた。

 

「さぁ、降りましょうか」

「はい」

 

美香さんと共に降りたこの駅。

花見の時以来だから日数はほとんど経っていないはずなんだけど、降りて目にした光景はひどく殺風景に思えてまるで白黒テレビの映像を見ているかのようだった。

 

 

「沙綾ちゃん。歩きながらで良いから、おばさんの独り言に付き合ってくれる?」

「独り言、ですか?」

 

改札口を抜けて、桜並木やお墓がある場所とは反対方向に向かってゆっくりと歩き出す。

 

 

「そう、独り言。息子の名前に込めた意味を、ね?」

 

 




次話は4月10日(水)の22:00に投稿です。

新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
私の瞳から一筋の涙がスーッと流れ落ちていった。
一粒落ちれば、堰を切ったかのようにポロポロと涙が落ちていく。

ここがこの小説最大の見どころなので、ここまでにしておきましょう!

~次回作宣伝~
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では、次話までまったり待ってあげてください。

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