----「幸せの始まりはパン屋から」----
「よいしょっと……ふぅ、これで準備オッケーだね」
日差しが容赦なく照り付ける8月15日の昼間はとても暑い。おでこから噴き出る水玉のような汗は君への感謝の気持ちを表しているかのようにプクプクと出来る。
手元には水の入ったバケツと手桶を準備している。お盆休みとはいえ、他の人たちは朝早くに済ましているのだろうか、人はまばら。でもそれが良いかもしれない。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
私は今、霊園に来ている。
一年ぶりのみゆき君との再会。今はお盆休みだからもしかしたらみゆき君は実家に帰っているかもしれないけど、挨拶は笑顔でしようっと決めていた。
ちゃんとお墓参りが終わったらみゆき君の家に行くから。
バケツに入っている水を持ってきた新品のスポンジに吸わせてみゆき君のお墓を優しく、君の頭や背中を撫でてあげるような、そんな感じで洗っていく。
美香さんがきれいに手入れしているんだろう、お墓はきれいに保たれていたけどスポンジで優しく磨いた場所はキラキラと輝いていてなんだか胸が躍る。
その時に、ふと絵の具のにおいがした。
「……みゆき君、ここにいるんでしょ。ちゃんと挨拶を返してくれないと二度と来ないよ」
生前のみゆき君と変わらないくらいのニヤニヤ顔でそう言ってやった。去年の同じ日にも同じやり取りをしたっけ。きっとみゆき君は「ごめんなさい。すみませんでしたもう二度としません沙綾姫ー」なんて調子の良い事を言っているに違いない。
みゆき君は永遠に16歳で、私は23歳。男の子が若く保ててこれからを生きる私が年を重ねる。なんだか不平等に感じたから手桶に水をすくって勢いよくお墓にかけた。
例えるなら、みゆき君の顔めがけて思いっきり水をかける感じ。私の顔はもちろん満面の笑みだよ。
「ぶっ!……沙綾、流石にひどくない?」って声が聞こえてきそうで私はふふふ、と笑いを堪えきれずにいた。
思いっきりかけた水は夏の気温に対抗してキラキラと輝きながらお墓にかかった。
「みゆき君がずっと若いままなんてずるいからこれくらいは我慢して、ね?」
お墓の前にしゃがんでみゆき君に語り掛ける。最後、ちょっとウインクを入れたけど良い大人がやったらちょっとイタイかな……。でも、まだ23歳だよ。
お墓にある花を入れる場所に、私は駅前でおまけで貰った黄色のマーガレットを供える。ブーケはみゆき君の実家に持って行くからそれまで我慢してね。
「ほんとは、ほんとはね?毎日でもみゆき君に会いたいんだよ」
お線香に火をつけて手でブンブンと振ってから備え付ける。そんな動作をしながらお墓に語り掛ける。こう言う事をするから周りの人は少ない方が良いんです。
それにせっかくみゆき君と会える日なんだから、誰にも邪魔されたくない。
「だって、みゆき君は私の初恋の人だから」
あ、今絶対みゆき君の顔赤くなってるよ。そして目線も下の方にずらしてるはずだよ。ふふふ、みゆき君って冗談は得意なのに恋愛面には弱いよね。
「でも、私も前に進まなきゃいけない」
いつまでもみゆき君の事を想っていても結ばれないし、みゆき君もかわいそう。軽口が得意なくせに人一倍真面目なみゆき君の事だから「俺の分まで幸せになってほしいから他の人を好きになって」って言うと思うから。
「でもね、この世にいる男の子はみんなだらしないなー。みゆき君みたいな男の子がいたら良いのに」
みゆき君みたいに普段は軽口や冗談で楽しませてくれて、でも他人思いで真面目な男の子がいない。友達にその条件を伝えたら「男に求めるハードルが高い」って良く怒られるんだ。これも全部みゆき君のせいだからね。
「……ねぇ、みゆき君。聞きたいことがあるんだけど……みゆき君は自殺したんじゃないよね」
新聞でも事件性が低いって言われていて、ドライブレコーダーでも赤信号なのに横断しているみゆき君の姿が確認できるからって警察の人も同じ事を言っていたけど、私は信じていないんです。だって私はみゆき君の事、良く知っているから。
みゆき君は自殺する人間じゃないもん。
ここからは私の推理だよ?みゆき君は真面目だから、ライブハウスに行く途中もずっと絵について悩んでいたんでしょ?
みゆき君、うちのお店で私の絵を描いてくれていた時に言っていたよね。「俺、集中したら周りの音が聞こえなくなる」って。そこまで集中していたから赤信号だと気づかなかったんでしょ?
「……どう?もしかして当たってるから図星でもしてる?」
私はそう思っているし、これからもそう解釈する。世間のみんなが自殺だって言おうと私は違うって言い続ける。
時計を見ると1時23分だった。美香さんに2時ごろお伺いします、と伝えてあるのでそろそろそちらに向かわないといけない。
バケツの中に手桶を入れて帰る準備をしよう。でもその前にお墓の前にちょこんとしゃがんでから、君に聞こえるように言うのだ。
「これからみゆき君の家に行くよ。しっかりついてきてね!」
絵の具のにおいと共にゆっくり歩いてたどり着いたのは与田瀬家の玄関前。私はインターホンを力いっぱい押す。みゆき君も一緒に押しているように感じたかったから。
「沙綾ちゃん久しぶりね!」
「あ、美香さんこんにちは!」
「暑かったでしょ?わざわざごめんね」
みゆき君の母親である美香さんに歓迎されて与田瀬家に足を踏み入れた。美香さんは私にとびっきり冷えたお茶を用意してくれて私はお茶をすする。
「また沙綾ちゃん、かわいくなったわね」
「えっ!?いや、そんな事ないですよ?」
「高校生の時からかわいらしかったのに、今はかわいらしさも色気もあるじゃない」
「そんなのありませんってー」
美香さんの顔のニコニコ顔を見ていると、時折みゆき君のニヤニヤ顔を思い出す。ニヤニヤ顔の方は憎たらしさはあるけど、口角の上がり方がとってもそっくりなんです。
「……あら?このにおい……」
「ふふふ。そうですよね。先にお墓参りして来たんですけど、その時からこの『絵の具のにおい』がずっとするんです。電車の乗った時も微かにこのにおいがしました」
「あの子が帰って来てるのね……」
美香さんは少しだけ、目を潤ませた。
美香さんは良く私に連絡をくれたり、うちのお店に来てくれたり。また今のように明るく振る舞ってくれる。
だけど美香さんにとってみゆき君は一人息子だし、親より息子の方が先に死んじゃう事は一番の親不孝だって良く耳にする。
ほら、みゆき君。ここにいるんでしょ?ちゃんと美香さんに謝らないと。
「沙綾ちゃん、自治会長さんから電話きた?」
「はい、きました。『夜の8時ごろにやります』って」
「そう。沙綾ちゃん、本当にありがとうね」
「いえ、私がやりたかっただけですから」
「それでも、幸の事をそんなに想ってくれて。おばさんは本当に嬉しいのよ」
コップに残ってあったお茶を最後までグイッと飲み干す。
冷たいお茶が、さっきまでカラカラだった私の喉の奥深く、そしてきめ細やかに浸透していくのを感じた。
「美香さん。私、仏壇の方に顔を出してきます」
「私も行くわ。幸も来なさい」
1年に一度しか与田瀬家には来ないのだけど、仏壇のある部屋は迷わず行く事が出来る。あの仏壇の前では、なぜだか分からないけど時間が止まったように感じるんです。
私は、ゆっくりとある部屋の一室の戸を開けた。
@komugikonana
次話は4月15日(月)の22:00に公開します。
次話が最終回です。
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~次回予告~
次回は最終回なので予告は無しでっ!最後まで応援、よろしくお願いします。
「ねぇみゆき君、ちょっとだけ二人になりたいな」
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