幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第3話

ジャーン!!

 

学校帰り。私はバンドメンバーである有咲の家の蔵でバンドの練習をしていた。

うーん……。今日は調子がすこぶる悪いんだよね。

 

「沙綾ちゃんがリズムキープ出来ないのって珍しいよね?何かあったの?」

「ごめん。今日はちょっと調子が悪くて」

 

バンドのベース担当であるりみりんに心配される。

他のメンバーも心配そうに私を見てくるから、ははは、と笑顔を見せる。

 

ほんと、責任取ってもらわないとね。

私はちらっと携帯を見る。実は今日の朝に起きた出来事が私の調子を狂わせている。

 

 

 

 

学校に行くために制服を着ていた時、携帯が私に着信が来た事を音を出して教えてくれた。

バンドメンバーの誰かかな、って思っていたからアプリを開いてみると「与田瀬 幸」の名前が一番上に来ていて、②と言う数字が横で存在感をアピールしていた。

 

 

ぐっどもーにんぐ

 

今週の日曜日、水族館にいこ

 

 

ええっ!?って声が出てしまう。水族館って……二人で、かな?

もし私の目の前でみゆき君が言っているのであれば、彼の顔を見れば本気で言っているのか冗談で言っているのか分かるのに。

私にはSNS上の文字に込められた温度なんて、分からないよ。

 

なんて返信すれば良いのか分からないまま、時間に急かされて家を出て学校に向かった。

そして放課後、バンドメンバーが集まって現在に至るのだけど……。

 

既読をつけたまま、返信をしてないんだよね。

 

 

 

 

今日の練習は終わりになって、帰路に就くことになった。

バンドメンバーである香澄とおたえは電車通学だからみんなで駅まで移動する。その後解散、と言うのが私たちPoppin’Partyの日常。

 

駅に着いて香澄とおたえはお別れ。普段はりみりんと有咲と三人で帰るけど、今日は違った。

 

「ごめん有咲、りみりん。ちょっと駅で用事があるから先に帰っといて」

 

私はそのまま速足で駅の中へと入る。見間違いじゃ無かったらあれは。

 

「あ、やっぱりみゆき君だ」

「ん?おっ、沙綾か」

 

みゆき君が改札口に入る前に声を掛けれて良かった。今朝のメッセージの真意を問いたい、ただそれだけ。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……大丈夫?」

「なになに?俺の好きなタイプとか?」

「いや、その……今朝のメッセージの事、かな」

 

別にみゆき君の好きなタイプなんて興味無い!……とは言い切れない私の複雑な心情が言葉に乗ってしまったらしく、声が少し震えた。

さっきまで吹いていた優しい風は、イタズラ好きな風に姿を変えて私の脚をくすぐる。

 

「あー!その事か!既読付いたまま無視されて俺のメンタルはボロボロなんだよなぁ~」

「それについてはごめん、なんだけど。あれ冗談で送ってきたんだよね?女の子はそういう冗談は信じちゃうから気をつけた方が良いよ?」

「いや、冗談で送ってないんだけど」

 

私の目の前を一筋の風がさっと通り過ぎる。

私の目は普段よりもぱちっと開いた。

冗談で送ってないって……ど、どういう事!?

 

「やっぱり急に誘いすぎだったかな。沙綾と一緒じゃないとダメだから誘ったんだけど」

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!どういう事!?」

 

私と一緒じゃないとダメってどういう事!?それって……。

私の身体は急に熱を持ち始めて、その熱が顔にまで到達した。

 

「どういう事って……。沙綾、商店街を案内してくれた事、覚えてる?」

「うん。覚えてるよ?それと何か関係あるの?」

 

そりゃあ、覚えてるよ。

あの時はまだ夏休みだったけど、商店街を案内した時の記憶がまだ鮮明に残っているよ。だってとっても嬉しかったから。

それに、みゆき君と連絡先を交換した日だし。

 

「あの日、いつも以上に周りの風景が彩られているように見えたんだ。あんなに色彩がはっきり見れたのは初めてだったんだ」

「そ、そうなんだ。私も好きなんだ。商店街」

「でもあの後一人で商店街に行ったら、見え方が全然違った。色が全部薄く映ったんだ」

 

一体、みゆき君はこの世界をどんな視点で見ているんだろう。絵を描く人ってみんなそういう物の見方をするものなのかな、って感じた。

 

「俺は気づいた。きっと沙綾と楽しく商店街を回ったから彩られたんだってね」

「そ、そっか。じゃあ、水族館に行くのも絵を描くヒントにしたいって感じ?」

「絵は二の次。沙綾と一緒に行ってきれいな世界を目に焼き付けたいからだよ」

 

みゆき君以外の景色がすべて消えたような錯覚に陥ったと同時に、私の胸が良い感じにチクチクする。

まったく、みゆき君は口が達者だから勘違いしてしまうところだよ?

 

「ね、みゆき君?それは冗談だったりする?」

「そう聞こえた?俺、結構真面目に言ったつもりなんだけど」

「そうだね。すごいドヤ顔だったよ。ふふふふ」

 

今日のドラムが散々だったから、こういうところで八つ当たりをする。みゆき君って冗談を言ってくるくせに、冗談を言い返すとあたふたするんだよね。

「うそ!?ドヤ顔してたとかまじで恥ずかしいんだけど」って小声で言ってるもん。

 

私は弱火でゆっくりと温められているカレーのような気持ちになった。沸々と君への興味が湧いてくる。だけど、熱すぎず、冷めすぎず。

 

「来週の日曜日、だっけ。水族館デート」

「沙綾って結構大胆?デートって一言も言ってないけど」

「でも、みゆき君と私の二人で行くんでしょ?デートだよ、それ。しっかりエスコートしてね?」

「た、たしかにそうかもしれない」

 

ニヤニヤ顔が一転、キツネに摘ままれたような表情に変わるみゆき君に私は笑いを我慢できずにいた。

 

「あはははは!」

「そんな笑わないでよ。日曜日、しっかりエスコートするから」

「みゆき君。私まだ『良いよ』って一言も言って無いよ?」

「うっわ。これだから女の子は怖いんだよな~」

「ふふふふ。じょーだん」

 

 

 

 

しばらく駅の改札口の隣で談笑していた私たち。ふと駅前の時計を見ると短い針が8を刺していて、今日の時間は新幹線のような速さで過ぎ去っていったように思えた。

 

「そう言えば沙綾の制服姿、初めて見たわ」なんて言ってから帰って行くみゆき君を見ながら、「とっても似合ってるね」とか言ったらポイントが高いのにな、って勝手に彼を採点してからお別れをした。

ちなみに採点結果は39点。補習は確定だね。

 

その後、家に帰ってから今日散々だったドラムをメトロノームの音に合わせてしっかりと修正する。モヤモヤが無くなった今なら、しっかりとリズムキープが出来る気がした。

 

練習を終えて、そのまま布団に入って携帯をチェックしているとみゆき君からメッセージが来ていた。

 

 

日曜日の朝10時に沙綾の最寄り駅に集合で良い?

 

 

私はオッケー、と送ってからもう一言だけ付け加えてから目を閉じる。

それは、私の心の片隅からぽっと湧いて、今は全身に染みわたっている感情。

 

 

楽しみにしてるよ!

 

 

 




@komugikonana

次話は2月18日(月)の22:00に投稿予定です。
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この場をお借りしてお礼申し上げます!本当にありがとう!!
始まったばかりですが、これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~
約束の日の日曜日。駅前で待っていると君が来て……!?
私の胸がドキン、ドキンってなってる。本当に嫌な性格しているんだから……。

~お詫びと訂正~
「幸せの始まりはパン屋から」の第2話で誤字がありました。
(誤)「まぁパラレル系もあるし、羽沢珈琲店の隣の床屋さんも結構な人気があるよ?」
(正)「まぁアパレル系もあるし、羽沢珈琲店の隣の床屋さんも結構な人気があるよ?」
防げるはずのイージーミスをしてしまいました。私の頭の中がパラレル系で本当にすみません。再発防止に努め、投稿前の添削を普段より多めに行います。
みなさんにご迷惑をおかけした事、深くお詫び申し上げます。
誤字脱字報告をしていただいたWオタクさん、ありがとうございました!

では、次話までまったり待ってあげてください。

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