少し肌寒くなってきたけど、この商店街はいつもこの時期になると、周辺を美味しそうな匂いでいっぱいに囲まれる。
やっぱり「食欲の秋」って言われるくらいの事はあるんだなって毎年この時期になると思うようになってる。
そろそろハロウィンだからうちのお店はかぼちゃを使ったパンや、かぼちゃを模ったパンなど色々な新商品を期間限定で出すんだって。
今日はバンド練習が休みだから、学校から帰って来てすぐお店のお手伝いをしている。だから制服の上にうちのエプロンを付けている。
よく知っているお客さんは「沙綾ちゃんはお手伝い偉いね」ってよく言ってくれるけど、私自身お店で手伝う事が好きだから偉いとは思わない。
そろそろお客さんがたくさん来てくれる時間帯になる。ちょっと気合いを入れ直して来店に備えていると、誰かが入店して来た。
「いらっしゃいませー」
「あ、沙綾!ちょうどいい時にお手伝いしてるじゃん!」
入店してきたのはみゆき君だった。彼も学校帰りなんだろうか、かなり大きめの荷物とスクールかばんを持っている。
また「沙綾!お友達割引でクリームパン20円引きにして!」とか行ってくるのかもしれない。私も私で、割引しちゃうんだけどね。
「なにー?また割引クリームパンでも買いに来たの?」
「残念でしたー!今回は違うんだよなー」
いつもより憎たらしさが増したニヤニヤ顔を披露するみゆき君。
そんなみゆき君を突っ込んでも仕方がないので、話を逸らしてみる。
「そうなんだ?じゃあ、どうして来たの?」
「今日はさ、ちょっとお願いがあって来たんだけど……お父さんっている?」
「えっ!?父さんに何か用でもあるの?」
「うん。沙綾と付き合いたいって言う為にね!」
「ちょっと!何言ってるの!?」
みゆき君が突拍子も無い事をいきなり言うのだから、私の心臓は大暴れしてしまった。あぁ、顔も熱くなってきて額から汗が玉となって張り付いている。
店の窓が鏡代わりとなって顔を映し、そこには赤くなった私の顔が映し出されていた。
「さ、沙綾……冗談だって……」
「わ、分かってるけど、面と向かって言われると恥ずかしいかも」
ニヤニヤ顔だったみゆき君も私の表情を見てから、明らかに顔が変わった。みゆき君は目線を斜め下に向けて、右頬を人差し指で掻いている。
そんなみゆき君も顔が赤くなっていた。
「そ、それじゃあ!父さん、呼んでくるね!」
「う、うん。お願いします……」
私はそそくさと父さんがいる厨房の方へ足を運んだ。
まったく、みゆき君のせいでとても恥ずかしくなっちゃったじゃん!
私は厨房まで行って、私の友達が父さんに話したいことがあるんだって、と父さんに伝えると、父さんは「分かった」とだけ言って厨房から出て行った。
そこで私は一人立ち止まって考えていた。
どうして、恥ずかしくなっちゃったんだろう。
いつものみゆき君の、冗談だって分かっていたのに。
エプロンの裾をきゅっと握る。
別に、みゆき君が嫌いって言う訳では無い。だってみゆき君は良い人だから。今まで「友達」と思っていたのに、あんなに恥ずかしくなったら気軽に会えなくなっちゃうよ。
戻りたいけど、戻れない。そんなヤマアラシのジレンマのような感じになった。
結局、私が呼びに行っただけなのに戻ってこないのは不審がられると思った私は、さっきの出来事が無かったかのようにして戻る事にした。
どうやら、みゆき君とお父さんのお話が終わったようだ。……一体何を話していたんだろう。
「みゆき君?父さんと何を話してたの?」
「えっとね……いや、見せた方が早いな。ちょっと待ってて」
みゆき君は大きな荷物をがさごそと探り始めた。そして取り出したものは。
「じゃん!」
「それって、絵を描く道具!?」
「そう!ここに三脚立てて書いても良いですかって聞いて、許可を貰ったんだ」
「そうなんだ。へぇー、本格的だね」
みゆき君は邪魔にならないスペースに三脚を立てて、そこに水彩紙をセットした。
たしか、美術に使う三脚ってイーゼルって言うんだっけ。
「と言う訳だから、沙綾は俺の事を気にせずに働いてね」
「気にせずにって言われても、ずっと視界に入るから気になっちゃうけどね」
「そっか。じゃ、俺をパンだと思って!」
みゆき君をパンに例えると何だろう。
……そうじゃなくって!
「みゆき君をパンになんて思えないから。誰かに見られながら接客って恥ずかしいよ」
「俺、集中したら周りの音が聞こえなくなるから安心して」
そんな事を言って小さなビンに水を入れている。うちのコップがあるからお父さんが持ってきたのかな。
多分何を言ってもみゆき君はここで絵を描くのだろうから、抗議は辞める。だけどどうして私の前に座って絵を描くんだろう。そのアングルだとパンが描けないと思うけど。
「なぁ、沙綾」
「……?どうしたの?みゆき君」
本当にみゆき君は絵を描き始めると、無言になってずっと何時間も描き続けていた。普段よく見るニヤニヤ顔は一切出てこず、真剣な表情で口を真一文字にしていた。
だからだと思うけど、私も自然に接客が出来た。
そんなみゆき君が私に声を掛けてきたから、返事をするのにワンテンポ遅れた。彼はパレットで絵具をグルグルと回して他の色と混ぜているらしい。
お店の中はパンの香ばしい香りと、美術室のような匂いが見事に調和されていて違和感は感じない。
「俺の名前にはある意味が込められているんだって。母親が言ってた」
「そうなんだ。で、由来ってなんなの?」
みゆき君はさっきまで動かしていた手を休め、店の天井を見ながら大きく息を吐き、私の方を見つめてきた。
その時の彼の目は様々な色が混じっていて、それでいてきれいに調和されているように見えた。まるで有名画家の絵に見入っているような感覚に陥った。
「教えない」
「そこまで言って、内緒は意地悪だよー」
「本当だね。だけど、自分から言ってはいけないような気がするから」
「そっか。じゃあ、私が勝手に予想しておこうかな」
ふふふ、と声が漏れる。
みゆき君の名前に込められた意味かー。たしか漢字では「幸」と書くんだよね。
私はその漢字なら「幸せ」としか頭が回らなかった。相手を、パートナーを幸せに出来るようになれ!とか込められていそうな気がする。絶対、それしかないよね。
でも私はこの時、少しだけ疑問に思ったことがあった。
それは私が考えたみゆき君の名前の由来は間違っているかも、とかそんな事じゃなくて。
「幸せ」って、なんだろう。
どういう気持ちが「幸せ」なんだろうか。
毎日おいしいご飯が食べられること?
父さん、母さん、家族がいつもそばにいてくれること?
学校に行けば友達と他愛も無い会話が出来ること?
好きな人とお互いの空白を埋め合うこと?
どれが幸せで、どれが幸せではないのか。そんなのまだ私には分からないや。
「さて、そろそろ終わりにしようかな。ありがと、沙綾。お父さんにもありがとうございましたって伝えといてくれる?」
「……」
「沙綾?」
「わっ!?どうしたのみゆき君!?」
「いや、どうしたのはこっちのセリフだから。そろそろ片つけようと思ってね。何か考え事?」
「え、えっと、まぁそんな感じ」
「ふーん。あんまり抱え込んじゃうとダメだからな」
「みゆき君の絵、見ても良い?」
「別に良いけど……まだ何も分からないと思うよ」
みゆき君は水洗いをするため、厨房に入っていった。
それでも良いから、と言ってさっきまでみゆき君が座っていた椅子に今度は私が座る。
そこで私が目にしたのは
何かの下書きであろう黒い線と、明るい背景だけが描かれている水彩紙だった。
@komugikonana
次話は2月25日(月)の22:00に投稿予定です!
新しくこの小説をお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます!
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この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!
~次回予告~
バンドメンバーの香澄が「花咲川西高校の文化祭に行こう」と言い出す。待って、その高校ってみゆき君の高校だよねっ!?慌てる私におたえがトドメ……。
「沙綾、花咲川西に彼氏がいるのかも」
~豆知識~
あんぱん……粒あんがたっぷり入った、やまぶきベーカリーの看板商品の一つ。あんぱんって外は普通のパンだけど、中身は真っ黒ですね。沙綾はみゆき君をパンで例えるなら、あんぱんらしい。
~感謝と御礼~
通算UA数が5000を突破しました!この作品が3作目なんですけど、今までよりダントツで速いペースで到達しました!みなさんの応援のお陰です。本当にありがとうございます!
では、次話までまったり待ってあげてください。