幸せの始まりはパン屋から   作:小麦 こな

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第7話

「それじゃあラスト、いっちゃおう!」

 

私は今日も学校帰り、いつもの五人でバンド練習に明け暮れている。私たちPoppin’Partyは11月24日にライブを控えている為、有咲の蔵で練習をしている。まだ三週間くらい日程に余裕はあるけど、大事なライブだからビシッと決めたい。

 

何せこの地域で有名なガールズバンドが集まるライブだからね。それ以外にも頑張る理由はあるけど、ここでは省略しておこう。

 

実はあれから何回かみゆき君はうちのお店にやって来ては絵を描くようになった。私が練習で居ない時も描いてる時があるってお父さんが言っていた。

私はどれくらい絵が描けた?って彼に聞くと決まって「沙綾には完成まで見せない」の一点張りだった。初日はすんなりと見せてくれたのに、ケチ。

 

ジャーーン!

 

しっかりとみんなの音が合わさって曲が終了する。やっぱりみんなとやるドラムは楽しい。

今日は金曜日だからちょっとぐらいみんなと一緒にいる時間をつくろうかな、って思っていると、ボーカルでありギターを担当している香澄が衝撃の言葉を発した。

 

「ねぇみんな知ってる?明日、花咲川西の文化祭が一般公開の日だよっ!みんなで行こうよっ!」

「言われてみればそんな高校あったな」

「有咲ぁ~行こうよ~!そんな寂しい事言わないでよ~」

「だからって抱き着いてくるな!」

 

私はいつもならまぁまぁ、なんて言って仲裁に入るんだけど今回だけは違った。花咲川西ってみゆき君の高校じゃん!

べ、別にみゆき君に会いたくないって訳ではないから!みんなと行ってみゆき君にあったら彼の事だからきっと声を掛けてくる。そしたら絶対質問攻めじゃん。

 

さーやは行くよねっ!……さーや?

 

みゆき君、いつもより倍増しのニヤニヤ顔で「沙綾は俺の将来のお嫁さんなんだ」とか言いそうだよね……。あー顔が熱くなってきた!もう絶対クリームパンの値下げ交渉には応じないからっ!

 

「さーやっ!!」

「えっ!?ど、どうしたの?香澄」

「有咲ぁ~!さーやまで無視するよ~っ!」

「沙綾、顔が赤いけど何かあったのか?」

 

うわぁ~どうしよう。顔に出ちゃった。

りみりんも「大丈夫?沙綾ちゃん」って心配してくれている。りみりんはきっと、熱があると勘違いしている。あんまり良くないけど、ここは仮病を使っちゃおう。

 

そう決心したのも束の間、まるで崖まで追い詰められていたのに、その崖が崩れ落ちたかのような錯覚を覚えた。

崖を崩したのは、おたえだった。

 

「沙綾、花咲川西に彼氏がいるのかも」

「「「ええっ!!」」」

「えっ!?な、何を言ってるの!?」

 

私はつい「勢い良く」否定してしまった。私とみゆき君はそういう関係では無いのは事実だけど、何か見透かされたような気がしたから、つい。

みんなが、特に香澄が目をキラキラさせている事に気づいた私は、やってしまったかもしれないって思った。

 

「さーや!どんな男の子なのっ!?教えてっ!」

「香澄、明日花咲川西に行けば多分分かるぞ」

「おお!さすが有咲!みんなで明日、さーやの彼氏を探そう!」

 

 

 

 

 

「どうしてこんな時に限って電話に出ないのかなー」

 

そんな事があった日の夜。

結局、花咲川西高校の文化祭に行くことになった私たち。私は(あらかじ)めみゆき君に電話をして伝えるつもりだった。

 

明日、花咲川西高校の文化祭に行く事。

そして、私に会っても知らないふりをしてほしい事。

 

伝えるつもり、だったのに。

 

私は自分のベッドに後ろから飛び込んだ。程よい弾力が私を包み込み、視界には慣れ親しんだ自分の家の天井が浮かぶ。

少し汚れた部分もある天井だけど、私には世界で一番落ち着く景色なんだよね。

 

やっぱり電話に出てくれない。これで3回目。

メッセージアプリには電話のマークが立て続けに三つ並んでいる。

 

みゆき君の事だからわざと無視しているのかも。意地悪な顔を浮かべながら「あ、また電話掛かってきた。ヤキモチさせちゃえ!」とか言って楽しんでそう。私はそれどころじゃないんだから!

 

多分、何回電話を掛けても一緒だよね……。

私はそう感じたから、メッセージで伝えたかった事を二つ書いて送った。

 

その後はすぐに電気を消して布団をかぶったけど、ちゃんとメッセージを見てくれているかが心配なのか、別の理由なのか分からないけど、胸がドキドキして眠れなかった。

 

 

 

 

「おはよう、沙綾」

「おはよう、有咲。今日は早いねー」

 

駅前で集合してみんなで花咲川西高校に行くことに決まったから、私は約束の10分前に集合場所に着くと、すでに有咲がいた。

三人はまだ着いてないみたい。りみりんはもうすぐ来そうな感じはするけど。

 

「なぁ、沙綾」

「どうかした?有咲?」

「本当に、さ。沙綾に彼氏なんているのかなー……なんて思って」

「ふふ、ふふふふ……。私に彼氏なんていないから」

「そ、そうだよな」

 

昨日はあれだけノリノリだったのに、急に心配する有咲はめちゃくちゃ友達思いなんだよね。普通はそんな事、恐る恐る聞かないもん。

私はあと三人が来るのを、晴れ渡る青空を見ながら待つことにしよう。

 

 

 

今日の朝、私は目覚めてすぐに携帯をチェックした。

残念な事に新着メッセージは無かった。でも見てくれているかもしれないと言う可能性を見出した私は、アプリを開いてみゆき君の名前をタップした。

 

だけど、私が送ったメッセージの横に表示された時刻の所に「既読」と言う文字は無かった。

 

だけど寝起きにしては頭が冴えていて、もしみゆき君に話しかけられても普通に立ち振る舞えば良いし、何なら「うちのお店の常連さん」と言えば良い。嘘もついていない。

 

 

 

「ごめんね、みんな。遅れちゃった」

「大丈夫だよ、りみりん」

 

五人の中で一番遅かったのは意外な事にりみりんだった。遅れたと言っても、3分の遅刻だから遅れたうちには入らないでしょ。

五人が揃ったから、ゆっくりと仲良く目的地である花咲川西高校へと足を運ぶ。

 

りみりんが遅れた事に意外だって言ったけど、そう言えばもう一つ意外に思っている事があったんだった。

 

いつもはすぐとは言わないけど必ず返信をくれるみゆき君が、今日は返信どころか既読すらつかなかったのは意外だな。

 

 

 

 

「とーちゃーくっ!」

「あははは、相変わらず元気だねー香澄」

「だってさーやの彼氏さんと会うんだよっ!ドキドキするねっ!」

「だから、彼氏なんていないってばー」

 

香澄は小走りで門をくぐって、残りの私たちはゆっくりとくぐった。

「花咲川西高校は公立高校だけど、私立に負けないほどきれいで設備も良い」って前にみゆき君が言ってたけど、本当にきれいな高校。

 

入り口で受付の女の子からパンフレットを貰って、まずどこに行こうか相談する私たち。美術部は……美術室で展示会をしてるんだ。どんな作品が置いてあるのか少し気になっている私の気持ちが心の隅っこに、いた。

 

「ねぇみんな!演劇部がもうすぐ体育館で何かやるって!行ってみよっ!」

「ちょっ!?香澄!勝手に行くなって!」

 

香澄が急に走り出して、それを追いかける有咲。やっぱり二人はどこに行っても変わらないね。

 

「わっ!あ、ごめんなさいっ!」

 

私たちも香澄を追いかけていると、走っていた香澄が誰かとぶつかったみたい。どうやら男の人とぶつかってしまったらしい。怖い男の人でなければ良いんだけど。

 

私は大丈夫ですか、と声を掛けようとして辞めてしまった。

 

そこにいたのはあたふたした香澄と、私の知っている男の人が転んでいたから。

 

 




@komugikonana

次話は2月27日(水)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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同じく評価9と言う高評価をつけていただきました Mr.ブシドーさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました エビハウさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
香澄とぶつかった男の子は、昨日の夜返信が来るのを待ちわびていた君だったなんて……どんな偶然なの!?
文化祭を楽しんでいる半面、心のどこかではみゆき君のことばっかり考えてる……。
「えっと、与田瀬君の作品ってどこにありますか?」

~豆知識~
11月24日のライブ……沙綾が加入しているガールズバンド、Poppin’Partyにとって大事なライブがある日。場所はCiRCLEで行い、この辺りで有名なガールズバンドが集まるライブに、そしていつもあの人には笑っていて欲しいと言う気持ちが込められた「淡い恋」のライブ。

では、次話までまったり待ってあげてください。

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