イシュヴァ―ルの殲滅戦の一幕。

運命に絡めとられた者たちの対峙。



※ 残酷な描写があります。


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イシュヴァ―ルの刃

 銃声が響く。

 

 砂に囲まれた小さな町。それが彼の居場所だった。

 わずかにとれる作物と涸れることのない井戸を神からの贈り物として、彼と彼らは暮らしてきた。

住民たちはアメストリスとイシュヴァ―ルの間で戦争が起こったことは知っていたが、今日この町に住んでいる人々が死ぬ順番だとは誰も想像できなかった。

 

 少年は半壊した家屋に身をひそめる。壁には多くの銃痕がある。

 闇の中、少年の爛々と光る紅い瞳。白い髪。額に巻いた色鮮やかなバンダナ。そして褐色の肌。少年はイシュヴァ―ルの民と言われる民族の一人だった。

 

「…………」

 

 赤い瞳が動く。

手に持ったわずかに湾曲した短刀を口にくわえ、耳を澄ませる。

 銃声と悲鳴。怒号、様々な声と音が混ざり合っている。少年の表情は動かない。ただ、その手に砂を掴み、握りしめる。

 敬虔な神の信徒である彼は短い人生の中で祈りをささげてきた。武僧としての厳しい修行にも耐え、様々な苦行を若い身に修める。それは辛くとも神の心に近づける日々だった。

今日も朝日に祈りを捧げていた時のことだった。太陽を背に大勢の青服の軍人が乗り込んできたのだ。手始めに彼の家族が殺された。

 

 少年は思う。

 おそらく何かの意味があるのだろう。神の意志は人にはわからないと少年にもわかってる。きっと何かの崇高な意味があるのである。そう思い定めて、様々な感情を文字通りに殺していた。かみちぎった唇から一筋の血が流れる。

 

 通りには人の死体が散乱している。そのうえを青い服の軍人が銃を片手に踏みつけ、歩く。徹底的に町全体を抹殺するつもりなのだろう。少年はその意味も考えず、何もわからない、ただ、手に短刀を持つ。

 

 家屋から少年は飛び出した。目の前に独りの青服。顔は見えない。

 

「なっ!…いしゅ」

 

 何か言う前に首に短刀をさし、捩じる。鶏を絞め殺す要領で終えると。青服の持っていた銃器を奪う。小さなハンドガンだった。少年にとっては寧ろ好都合だろう。

 

「おい!」

 

 声がしたと同時だった。

 銃声と、少年の動くことと、青服の死体が崩れ落ちることが同時に起きた。始末した青服の仲間が発砲したのだろう、少年は赤い瞳で数を数えながら走る。砂の道だ。慣れてなければ走ることも難しい。

 だが、少年は俊敏な獣のように砂の上を走る。青服たちの銃撃の音が耳に響く。彼は「4つ」と口に出すと、街の路地に消える。

 

 そのあとを4人の青服が追う。それぞれ何か言いあいながら、銃身の長い銃を携えている。少年にはその銃の名前などわからないが、少なくとも奪っても殴り殺す鈍器にしかならないだろう。得意ではない。

 

 路地は家屋に囲まれた細い道だった。煉瓦造りの建物の小さな小道は子供のころから遊び慣れた場所だ。その路地で殺しに来るであろう4人を待つ。

 

少年は奪ったハンドガンの残弾を確認する。銃器を扱う訓練は武僧として「たしなみ」程度はある。そして落ち着いて構えた。

 少年を追ってきた青服の兵士が顔を出したので少年は引き金を引く。先頭の男の頭が跳ね上がる。額から血が噴き出た。

 

「ひとり」

 

 少年は壁を蹴った。

 勢いをつけて壁を上る。驚異的な身体能力だった。二の足、三の足で壁を「奔る」。残った青服の兵士たちは驚いた顔で彼を見た。だが、すぐに銃口を上に向けようとする。

 

 一瞬だった。上をとった少年は男たちに向かって引き金を引く。一人を仕留め。そして壁をさらに強く蹴った。少年は兵士たちの真ん中に着地する。そして短刀を抜いた。

 

 銀色の光。太陽に反射した短刀の輝き。一人目の懐に少年は飛び込み。腰をひねり、首に短刀を突き刺す。悲鳴を出させず、殺した男の腰を持ち、少年は盾にしつつ手に入れた短銃を別の男に向けて、引き金を引く。

 乾いた音とともに血が飛ぶ。青服が仰向けに倒れる。

 

 3人の死体へ彼は一度手を合わせ祈りを捧げて、少年はその場から離れようとした。

 

 ぱちっ。

 その音を聞いた。少年はぞわりとした感覚に身を投げ出す。砂にまみれながら体を転がした。一瞬後で彼の立っていた場所に炎が上がった。

 

 少年があたりを見回す。

 そこにいたのは一人の青服の兵士だった。黒い短髪に軍服の上からボロボロの外套を羽織っている。両手に白い手袋をし、その手の甲には「錬成陣」が刻んでいる。精悍な顔つきだが、目の光は暗くよどんでいる。

 

「錬金術師……」

 

 仮に「焔」としよう。少年は思った。今の攻撃を行ったのは彼だろう。「焔」は口を開く。

 

「少年。名前は何という」

 

 静かな声だった。

 照りつける太陽が揺れる陽炎。少年は流れる汗を舌で嘗める。

 

「……イシャリ」

「……そうか……。不思議な名前だな。覚えておこう。君も私の顔を覚えておくといい」

 

 「焔」はパチリと指をはじいた。わずかに指と指の間に火花が散る。

 イシャリは奔る。一瞬後に彼のいた場所は赤い炎に包まれた。

 熱気が肌を焼く。少年は砂の上を素早く奔った。建物の陰に飛び込み。大きく息を吸う。だが、またパチリと音が聞こえる。

 

 赤い、薄く、細い線が宙を走る。それはイシャリの飛び込んだ家に飛び込み、巨大な炎とかした。煉瓦を焼き、全てを焼き付くかのように焔は広がる。

 

 「焔」は一人たたずんでいた。

 むなしさを顔に貼り付けたように呆然とした表情だったが、不用意に燃え盛る家屋には近寄らない。戦場では何が起こるかはわからない、それが身に染みているのだろう。普通であれば今の一撃で少年は跡形もなく焼き尽くされたはずだった。

 

 短刀が飛ぶ。

 

「ぐがっ」

 

 「焔」は右手で体をかばう。右手とその錬成陣の描かれた白い手袋が血に染まる。砂の上に血が流れる。

 家屋から赤い目の少年が飛び出した。

彼は体に何重にも巻き付けた衣服をはがす、それはこの地方で織られたものだ。つまりアメストリス軍に虐殺された人々の持ち物だった。それがわずかな間だけ少年を守ったのだ。

 それでも褐色の肌は焼け焦げている。ただ、赤い瞳の瞳は増している。

 イシャリは奔る。懐に入り込めば大規模な炎は使えないはずだった。右手を潰した今しか勝機はないだろう。

 

 「焔」は残った左手で指をぱちりと鳴らす。火花が散る。

 イシャリは横に走った。炎が何もない空間を焼く。灼熱の戦場を彼は奔った。手には短銃が一つ。いや、徒手でも殺せる。

 

 「焔」は冷静に左手をさらに鳴らす。近い。イシャリは体をかばおうとして、瞬間的に目の奥に熱を感じた。

 

「……!!!!……!!!」

 

 じゅうぅと目の奥が蒸発する音が耳に響く。左の視界が暗くなり、激烈な痛みと熱が彼を襲う。イシャリは激痛に歯を食いしばった。

 

「近づけばどうにかなると思ったか!」

 

 「焔」は左手を構える。イシャリは人の考えうる中でもっとも強烈な痛みを味わっている。目の中の水分を蒸発させたのだ。彼はとどめを、彼のために、刺そうとした。

 だが、イシャリは銃を構える。手に持った短銃を「焔」に向けた。彼を動かすのは押し殺してきた感情。理不尽に虐殺されたイシュヴァ―ルの一員として、などではない。ただ家族を殺された怒りと憎しみが彼を動かしていた。

 

 「焔」と少年は対峙する。引き金を引く一瞬。指を鳴らす一瞬。彼らは互いを見る。

 銃声が鳴る。

 イシャリの手から銃がはじけとんだ。側面からの銃撃に叩き落されたのだ。

 「焔」の火花は態勢を崩したイシャリをかすめて後方を焼く。

 

 少年と「焔」は互いに一度目線をあわせると、イシャリの方から走り去った。後に残された「焔」は膝をつく。荒い息を吐き。負傷した右手から短刀を抜く。

 

「戦争か……」

 

 見れば美しい螺鈿模様の刻まれた短刀だった。

 戦争がなければ、ただ穏やかに使われていたのだろう。「焔」の錬金術師は立ち上がり、乾いた空を見た。

 これは戦争の一幕に過ぎない現実を彼は飲み込まなければならなかった。



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