「あの厄神……、本当に強くなってる……。前会った時は私より弱いくらいだったのに……。厄神にとって今の幻想郷は最高の状況ってわけね……」
蛇女を圧倒した鍵山雛を見ながらつぶやく穣子。そんな穣子の呟きに厄神が答える。
「最高の状況なわけがないでしょう? この状態がこのまま続けば幻想郷の人間にも悪影響が出ることは必至。だからあなたたちも敵わないと知りながらもこの蛇妖怪に闘いを挑んだんでしょ?」
「ふふ……、まあね」
秋の神と厄神……。それぞれにやり方は違えど、人間のために存在することを喜びとする神たちは根っこの部分で同一の価値観を持っているらしい。
「う、ぐぐ……!?」
雛に叩きつけられていた蛇女がうめき声を上げながら体勢を立て直し、雛を睨みつけていた。
「あら、まだ気を失ってなかったのね。その頑丈さ恐れ入るわ」
雛の挑発的な誉め言葉で頭に血を昇らせた蛇女は一直線に体を走らせ、襲いかかる。しかし、今の雛には彼女の動きは児戯に等しかった。
「無駄よ……!」
爪を立てて切り裂き攻撃を加えようとする蛇女の腕にリボンを巻き付かせると、体をひねりながら一本背負いの要領で再び地面へと叩きつける。背中から落ちた蛇女は「がはっ」と吐血しながら息を吐き出していた。
「敵わないのは解ったでしょう? まだ懲りないというなら……、したくはないけど本当に殺すわよ。大人しく引き上げてちょうだい」
雛は眉間にしわを寄せた憐れむような表情で蛇女に忠告を送る。
「我が主のため、……我らが主のため……!」
と言葉を紡いだ後、蛇女は「キィイイイイ!」という鷹の鳴き声をさらに高くしたような声を大音量で発生させた。あまりに不快な声に雛と穣子は思わず耳を塞ぐ。
「な、なんて声……。いや、音!? 頭がおかしくなりそう……!」
穣子が頭を抱えてつぶやく。しかし、次第に耳の痛みは引いていく。蛇女の声はだんだんと小さくなっていったのだ。そして、ついには止んだ。
「ア……、ア……」
鳴き止んだ蛇女は死戦期呼吸のような顎の動きを見せるとそのまま倒れ込み息絶えた。
「なによこいつ。一体なにがしたかったの……?」
「たしかに不快な音ではあったけど……、あれで私たちを殺せると思っていたのかしら……?」
よろよろとしながらも立ち上がる穣子の疑問に雛も同調する。
「声だけで殺せると思われてたんだとしたらバカにされたもんよね。ま、ぼこぼこにされてた私が言える立場でもないでしょうけど。それよりありがとうね、厄神さん。おかげで助かったわ」
「秋の神に死なれたら、人間が食べるものがなくなっちゃうわ。気をつけてよね」
「……それにしても、あなた本当に力が向上しているわね。厄が集まるとそんなに強くなれるのね」
「……まあね。……それよりあなたのお姉さんは大丈夫なの?」
「多分大丈夫だよ」
「多分って……」
穣子が静葉を起こそうと駆け寄ろうとした時だった。穣子も雛も不穏な気配を感じとる。
「なにかが集まって来ている……!」
「これは……さっきの蛇女と同じ気配……?」
……気付いた時には既に雛たちは敵に囲まれていた。
「全員蛇女……? 一体何人いるのよ……!」
穣子の言葉どおり、現れた敵はさきほどの蛇女と同じ種族のモンスターたちだった。数は十数人ほどいるらしい。
「さっきの死んだ蛇女が出した甲高い声は自分の仲間を呼ぶためのものだったのね……!」
「……我らが主のため……。亡き同胞の無念を晴らすため……。死ね」
蛇女の一人が呟き終わると、蛇女集団が一斉に雛たちに襲い掛かる。
「くっ!? 厄介なことになったわね……!!」
雛は服に装飾されたリボンを操り、超スピードで蛇女の一体に向け槍のように突き立てた。リボンは蛇女の胸を貫き絶命させる。しかし、たった一体を止めただけでは蛇女たちの襲撃は止まらない。雛の攻撃をかいくぐった数体が体力を失っている穣子を歯牙にかけようとしていた。
「きゃあぁああああああああああ!?」
穣子の悲鳴……。蛇女の一体に穣子は腕を噛まれていた。一体に咬みつかれたが最後、数体が一斉に穣子の四肢に食らいつく。噛まれたところから血が滲み、穣子の紅葉色の服装が赤黒い血に染まっていく。
「こ……の……! いい加減にしなさい!!」
雛が穣子に咬みついている蛇女たちをリボンで次々に串刺しにしていく。なんとか穣子に食らいついていた全ての蛇たちを絶命させたが……穣子の救出に集中し過ぎた雛は背後から近づく蛇女に対応できなかった。蛇女は雛の肩口に食らいつく。
「う、あぁあああああああああああ!?」
悲鳴を上げながらうつ伏せに倒される雛。雛の小さな体の上に覆いかぶさるように何体もの蛇女がのしかかる。穣子にも同様にプレス攻撃が加えられていた。大質量を体の上に乗せられたことで二人は息もできなくなる。
二人がこれまでだと思ったその時だった。風向きが変わった。……強力な秋風が吹く……。
「うぅうううううううあぁあああああああああああああ!!」
穣子の姉、静葉だった。気を失っていた静葉が目を覚まし、風を起こしていた。静葉は霊力の最後の一滴まで振り絞り、雛の上に乗っていた蛇女たちを風圧で吹き飛ばす。そして、雛の肩口に咬みついていた一体に全力の体当たりを試みる。
「私たち秋姉妹をなめるんじゃないわよ……!」
体当たりを受け、雛の肩口に咬みついていた蛇女は口の力を緩め、雛を放した。雛もまた、最後の力を振り絞り、リボンを全ての蛇女たちに超スピードで突き刺した。正確に急所を貫かれた蛇女たちは一体残らず息絶える。
「はぁ、はぁ、はぁ。なんとか終わったわね……」
雛は肩口の出血を抑えるように手を当てながら安堵の言葉を紡ぐのだった。