「お、お前は……よ、よそ者の……」
満身創痍の鍵山雛が声を震わせながら洩矢諏訪子に尋ねた。
「よそ者とはご挨拶だなぁ。私たちは平和裏にこの山に神社を引っ越そうとしてるのに」
諏訪子は不服そうに鼻息を吐く。
「その証拠に、そこの蛇妖怪みたいな手荒なことは一切してないだろう? それに、仁義も通す。この山の住人になる以上は山を守ってやるさ」
諏訪子は手から柔らかな光球を放った。光球は3つに割れると穣子、静葉そして雛の近くの地面に消えていく。光球の消失と引き換えに蔦のある植物が生え、3人を包み込んでいく。
「う……。痛みが引いて……?」
蔦に包み込まれた雛の体から苦痛が取り除かれる。
「私の力、『坤を創造する程度の能力』。傷を治すことはできないけど痛み止め代わりくらいにはなるだろ? それで死ぬことはないだろうさ。さて、それじゃあ、私たちのテリトリーに入った邪悪な者を退治するとしようか。縄張りの平穏を保つのが神の役目だからね」
諏訪子はナーギニーに視線を戻しながら言い放つ。
「……妾と我が主の邪魔をするか? 奇怪な被り物の童よ」
「奇怪とはひどい言い草だね。かわいいだろう? カエルみたいでさ」
諏訪子の言葉に反応するように市女笠についた二つの眼玉がパチパチとまばたきする。
「カエルが蛇に挑むか……。身の程もわきまえないとはこのことだな。妾の尾を斬った罪は重いぞ?」
「たかが妖怪のくせに、随分と偉そうじゃないか? 見せてあげるよ。土着神の力をね」
「クク……。大海をその身に思い知らせてやるぞ。蛙(かわず)の神童よ」
「私を子ども扱いかい? アンタより長いこと生きてるんだけどねえ。先輩は敬うもんだよ?」
「ふん! 抜かすでない!」
ナーギニーは振り上げた拳を地面に叩きつけた。巨大なパワーが大地に伝わると諏訪子に向かって地割れが起きる。諏訪子はカエルのようにピョンと飛び跳ねて地割れをかわす。
「ほう、なかなかに機敏な動きを見せるではないか」
「そう言うアンタは思った以上にのろまだね」
「なんだと? 減らず口を……!」
諏訪子の発言に苛立ちを覚えたナーギニーは諏訪子に殴りかかる。
「のろまな上に注意力も散漫みたいだね。そんなにまっすぐ突っ込んできてくれるなんてありがたいよ」
諏訪子は鉄の輪をナーギニーに向けて放り投げた。投げられた鉄の輪はその直径を大きくするように広がる。そして、ナーギニーの体が鉄の輪の内側を通過するタイミングで輪が縮まった。ナーギニーは両腕ごと上半身を締め付けられてバランスを崩し、勢いのままに地面に体を擦り付ける。
「くあ!? 身動きが……!? 小癪なことを……!」
「どうだい。鉄の輪の着心地は中々良いものだろう?」
「蛙の小童が……! 今すぐにこれを解け……!」
「アンタたちがこの山から手を引くってんなら考えてあげてもいいよ」
「……この山を友人である老魔女に渡すことが我が主の望み。この山は我が主のものだ」
「そうかい。それは残念だね」
諏訪子はナーギニーが拘束された鉄の輪に念を送り、締め上げる。
「うぐぁあああああああ!?」
締め付けられる痛みで悲鳴を上げるナーギニー。
「これでもまだ強がるかい?」
「……ぐ、小童がぁあ……!」
「どうやら退く意思はないみたいだね。残念だよ。神としてはなるべく殺生なんてしたくないんだけど。しょうがない」
諏訪子はもう一つ鉄の輪を持ち出し念力でナーギニーの首にかけると勢いよく締め上げた。
「ぐぐぐぐうぐぇ……!?」
みるみるうちにナーギニーの顔色が悪くなっていく。首に縛り付けられた鉄の輪をはずそうとナーギニーはもがくが、鉄の輪はその締め付けを緩めることはない。
「さて、いつまで持つかな?」
諏訪子は勝ちを確信してにやりと笑った。
「……蛙ごときが図に乗るでない」
「なに!?」
諏訪子が驚嘆の声を上げる。ナーギニーの上半身が急速な変化を見せたからだ。人間だった上半身が少しずつ紫色に変色したかと同時にナーギニーの体が膨れ上がる。膨張するナーギニーの体を抑えきれなくなった鉄の輪が割れて砕けた。
「く!? 一体何が起こった? なんだその変化は!?」
「……妾をこの姿にさせるとは……矮小な神にしては頑張った方だな」
ナーギニーの体は完全なる蛇になっていた。……いや、それ以上の姿だった。頭にはトリケラトプスのような骨質のフリルが装飾され、そこから二本の角が飛び出ている。そして、本来蛇にはないはずの腕が鋭い爪を伴って生えていた。それはまるで西洋のドラゴンのような姿であった。……下半身が蛇であることを除けば、だが。
「妾をこけにした罪は重いぞ、蛙」
ナーギニーは縦長の瞳孔に変化した眼で諏訪子を鋭く睨みつけるのだった。