「その姿は蛇……じゃないね。一体何者だいアンタ」
「さあ、なんであろうな?」
全身怪物へと変化したナーギニーは諏訪子を食いちぎらんと口を大きく開いて咬みつこうとする。諏訪子が素早く飛び避けた空間にナーギニーの牙がガチンと音を立てて閉じられる。
「ぴょんぴょんぴょんぴょん……。虫のように逃げ回りおって……」
「当り前さ。妖怪ごときに食われるわけにはいかないからね」
「この姿を見てもまだ我を『ただの』妖怪だとのたまうのか?」
「…………」
諏訪子は口を閉ざす。たしかにナーギニーはもはやその辺の有象無象の妖怪ではなかった。しかし、諏訪子がそれを認めることはない。なぜなら、ナーギニーが変態しているその姿は諏訪子にとって特別なものだからだ。ナーギニー『ごとき』が名乗って良いものではないのだと諏訪子は拒否する。
「まぁよい。妾がこの姿になった以上貴様に死以外の選択肢はなくなった」
「ちょっと変化したくらいでえらく強気になれるもんだ。その能天気さ見習いたいよ」
「どこまでも小癪な小童よ。今すぐ殺してくれる」
ナーギニーは咬みつかんと何度も諏訪子に攻撃をしかける。しかし、諏訪子は持ち前の身の軽さでその全てをかわしていく。
「本当に逃げるのが得意な蛙であるな」
「逃げるだけじゃないよ!」
諏訪子が体の前でパンと両手を合わせるとナーギニーの周囲の大地が隆起する。
「言っただろう? 私の能力は『坤を創造する程度の能力』だってね」
ナーギニーは隆起した大地に飲み込まれ、埋められる。
「まだまだ終わらないよ」
諏訪子は合わせていた手を解除し、右手を地につける。すると……ナーギニーを埋め尽くしていた岩が赤く変色し、火山のように爆発した。爆発した岩からはマグマが流れ出る。
決着したと確信した諏訪子はにやりと口元を歪めた。
「す、すごい。小規模とはいえ、火山を作り出せるなんて……。これが外の世界の土着神の力……!?」
ナーギニーと諏訪子との戦いの一部始終を見届けていた厄神・鍵山雛がぽつりとこぼす。
「あの蛇妖怪もさすがにこのマグマには耐えられないだろうさ。さて、それじゃあアンタたちを手当てしないとね。この幻想郷には月から来た名医がいるらしいじゃないか。そこに連れていけばなんとかなるだろ」
諏訪子が雛の元に歩み寄り、麻酔代わりの蔦を解除しようとした時だった。激しい音が諏訪子の創生した小火山の火口から発生する。
「な、なに!? うわぁあああああああああああ!?」
諏訪子が何者かに吹き飛ばされる。……ナーギニーだった。ナーギニーが自身の尾を振り回し、諏訪子を殴り飛ばしたのである。驚くべきことにナーギニーはマグマに覆われたにも関わらず原型をとどめていた。まったくの無傷というわけではないが、少々の火傷を負っているだけらしい。
「……妾をここまで追い詰めたのは主以来であるぞ。まったく見事なものよ」
ナーギニーは諏訪子に誉め言葉を送りつつも、怒気に満ちた表情で額に欠陥を浮かび上がらせていた。
「かふっ……。マ、マグマに晒したのにその程度のダメージ……!?」
諏訪子は吐血しながら、問いかける。ナーギニーはうずくまる諏訪子を見下しながら答えた。
「当然であろう? 我は蛇の王『ナーガ・ラージャ』 蛇(ナーガ)を超え『龍(ドラゴン)』への階段を上る選ばれし聖蛇なのだからな」
「ふ、ふふ。まさかとは思ったが本当に龍になろうとしているなんてね。傲慢なやつだ」
「口の減らないやつよのう。だが、これでわかったであろう? 貴様がどうあがいても妾には敵わぬと。だが、気に病む必要はない。龍となる妾を超える者など、この世界にそうはおらんからな」
「……不愉快だからその口を閉じなよ」
「……なんだと?」
「私はお前を龍だなんて認めないよ。龍ってのはお前みたいなやつが名乗れるほど軽いものじゃあないんだ」
「ふ、ふふ。どこまでも妾を苛つかせるのがうまいな。この小童がぁ!! 二度とその口がきけぬよう……いや、その顔が残らぬよう灰塵に帰してくれる!」
ナーギニーは怒りのままに大きく息を吸い込んだ。
「喰らうがいい。これこそが妾が龍へ羽化する資格を持つことの証明じゃ」
ナーギニーは吸い込んだ息を勢いよく吐き出した。……ドラゴン・ブレス。諏訪子のマグマをも凌ぐ高温の炎が諏訪子たちのいる妖怪の山の麓一面を襲う。
「きゃあああああああ!?」
鍵山雛の悲鳴がこだまする。ナーギニーのドラゴン・ブレスは麓の全てを焼き尽くさんと拡大する。
……ドラゴン・ブレスが収まったとき、麓は見るも無残な焼け野原になってしまっていた……。