――妖怪の山、天狗の拠点――
「が、はっ……!?」
一際美しい天狗の美女が侵入者からの攻撃を受けていた。天狗の名は『天魔』。妖怪の山に巣くう天狗たちの長、『大天狗』である。
妖怪の山で最大の勢力を誇る天狗たちだが、そんな天狗の長、天魔が侵入者からの攻撃で悶絶していた。
「弱いな。この程度の者がこの山の治者とは」
天魔に攻撃をしかけた赤髪の美女は呆れたように言葉を紡ぐ。赤髪の美女の背中には翼が生えている。これまた赤い翼だ。服装もまた赤い布を簡単に縫ったものを恥部が隠れるように覆っているだけである。しかし、不思議と痴女には見えない。おそらく、手首、足首、腰に金でできた輪を装飾していることが要因だろう。
すでに天魔の周りには多くの天狗の兵たちが倒れていた。白楼天狗に烏天狗に天狗猿……。様々な種の天狗が倒れている。天魔を守るため戦ったが、赤髪赤翼の美女にやられてしまったのだろう。
「我らが主のため死んでもらおう」
赤髪の美女は天魔に向かって手をかざすと炎を射出した。巨大な炎が天魔に襲い掛かる。もう体が動かない天魔は団扇で風を起こして炎を打ち消した。
「我が炎を吹き消したか。小癪な……。……ならば直接殴打してやろう」
赤髪は翼を広げて宙を舞うと、天魔目掛けて一直線に飛び、拳を叩きこむ。……鋭い金属音が鳴り響いた。天魔を守るように間に入った白狼天狗の剣が赤髪の拳を受け止めていたのである。
「ご無事ですか、天魔様!?」
「ああ、大事ない。助かったぞ、椛」
犬走椛、それが天魔の助けに入った白狼天狗の少女の名だった。彼女の持つ千里眼は妖怪の山に入ってきた侵入者を見逃すことはない。もし、彼女の眼がなければ天狗たちは体勢を整えることのできぬまま赤髪の侵攻を受けることになっただろう。……逆に言えば、体勢を整えたにも関わらず、天狗たちは赤髪に大きな痛手を受けてしまっていた。
「……椛。あの問題児どもに言伝ることはできたか?」
「はっ。間もなく到着するかと」
「緊急招集のサイレンをあっさりと無視しおって。あの馬鹿者どもめ」
「……天魔様はお休みください。ここからは私が闘いますので」
「どうやら、そこにいる治者よりもお前の方が強者であるようだな、白髪の犬よ」
赤髪が椛に問う。
「私程度が天魔様と同列に語られるなど恐れ多いことだ。だが、お前よりは強いかもしれませんね」
「大きく出たな」
「……こちらから行く!」
椛は宙に浮く赤髪目掛けて跳躍一番、斬りかかる。椛の斬撃を赤髪は腕輪で受け止めた。
「ほう。先ほどまでの天狗たちとは違うようだな。それなりに腕が立つらしい」
「同胞の借りは私が返させてもらうぞ。西洋天狗め!」
椛が地面に着地すると、それを追うように赤髪は地に降りた。
「西洋天狗か。貴様ら極東のモンスターと同一視されるのは不愉快だぞ? 我は『神鳥ガルーダ』だからな。……名をラクタ=パクシャという。格の違いを見せてくれよう」
「うちの白狼天狗のエースをなめるなよ。侵入者」
天魔の言葉とともに、椛が大地を蹴り、ラクタに向かって攻撃を仕掛ける。
「……迅い……!?」
ラクタは思いもよらぬ椛の高速スピードに一瞬戸惑った。腕を交差して剣戟を受け止める。
「呆れるほどに堅い皮膚ですね。切り傷一つ付けられないとは……。だが、ダメージがないわけではないようです。……はぁあああああああああああ!!」
椛は息もつかせぬ猛攻でラクタを斬り続ける。
「どうだ、ラクタとやら。妖怪の山最迅の犬走椛の猛攻は!」
天魔がまるで自分の手柄かのように評する椛の攻撃。
「鬱陶しいぞ。犬っころめ……!」
ラクタは全身を炎で包み、威嚇する。熱に押された椛は一旦飛び退いて距離を取った。
「……近接戦が得意なようだな。それならば、距離を取るだけのことだ。喰らえぃ!」
ラクタが炎を椛目掛けて撃ち放つ。攻撃が剣一本の椛に防ぐ術はない。
「あややや。これはまずいですね。大天狗様、ちょっとお借りしますよ」
天魔に理の言葉を伝えると、その烏天狗は団扇を奪い取り、あっという間に椛の前に立つと突風を起こす。風はラクタの炎を打ち消した。
「二度も我の炎が防がれるとは……。……貴様、何者だ?」
「私は幻想郷最速の烏天狗『清く正しい射命丸』こと射命丸文です。どうぞよろしく」
黒髪の烏天狗の少女はにこりと微笑みながらラクタに自己紹介するのだった。