「いいぞ。射命丸、椛!」
天魔が配下の活躍に賞賛の言葉を送る。しかし、椛の顔は険しいままだ。
「……私の全力を持ってしてもあの程度しかダメージを与えられたないとは……」
椛の視界に写るのは椛と射命丸を睨みつけるラクタの姿だった。地面に叩きつけられた赤い鳥の怪物は既に立ち上がっている。痛がる素振りなど全く見せていない。その表情は怒りに満ちていた。
「椛の全力でダメージを与えられないとなると……とても勝ち目はなさそうですね。どうです? いっそのこと逃げるというのは? スピードだけなら我々の方が速そうですし」
「文様。冗談を言わないでください」
「あややや。半分は本気だったんですが……。ま、仕方ありませんね。組織に属するというのはそういうことです。……彼女が来るまで粘ってあげますか」
射命丸がラクタに視線を向けると、何やらラクタが呟いていた。
「……少しだけ本気をだしてやろう」
「本気?」と問いかける射命丸に「そうだ」と短く答えるラクタ。
「うぐぐぐぐ、がぁああああああ!」
ラクタが気合を入れると彼女の体が筋肉で膨れ上がる。先ほどまで女性らしい華奢な体つきだったラクタの体は男性顔負けの筋骨隆々な姿になっていた。
「あやややや!?」
「くっ!? 嫌な威圧感だ……。まるで鬼のような……! 文様気を付けてくださいよ!?」
「はぁ!」
大きな息を吐いたラクタは射命丸と椛の浮かぶ空中へと飛びあがる。
「先ほどまでよりは速いようですが、逃げきれないスピードではありませんね」
射命丸の言う通り、ラクタのスピードは射命丸はもちろん椛にも及ぶものではなかった。二人はラクタから距離を取る。
「ちょろちょろ動く蠅どもめ。今、楽にしてくれる」
「少しばかりパワーが上がったようだが、私たちに攻撃を当てるにはいささか俊敏さに欠けるようだな」
「俊敏さに欠ける? 中々言ってくれるな、犬っころめ。そこの鴉ともども少々素早いのが自慢らしいがそんなことに何の意味もない!」
ラクタは巨大になった体を翻し、椛の元へと飛ぶ。ラクタは殴りかかるがこれを華麗に椛がかわした。
「その程度のスピードでは私を捉えることはできないな」
「捉える必要はない」
「なに!?」
ラクタは空ぶった拳を再び構えなおし、椛に向けて繰り出そうとする。察知した椛は当然距離を取った。その距離はラクタのリーチを遥かに超えたもの……のはずだった。
「フン……!」
荒い鼻息とともにラクタは拳を繰り出す。空手の型のように何もない空間にだ。だが、あまりに巨大な力で拳に押された空気は居場所をなくす。そして、その拳圧は椛に到達してしまう。
「が……は……!?」
空気の弾丸と化したラクタの拳圧を受け、椛は悶絶する。
「まだ終わりではないぞ?」
ラクタはさらに拳を放つ構えを取ると、悶絶した椛に撃ち放った。
「椛!」と叫びながら射命丸は椛を抱えると、空気弾の範囲外に逃げる。
「大丈夫ですか、椛!」
「は、はい。なんとか……。文様ありがとうございます」
「拳の勢いだけで衝撃波を生み出すなんて……。デタラメなパワーですね。本当に鬼並みですよ」
「……私の千里眼を持ってしても完全には見切れません。厄介です」
「空気が飛んでいるだけですからね。致し方ないでしょう」
「さて、どうしますか文様」
「さっきも言ったじゃないですか。……粘りますよ。私が的を絞らせぬよう動き回ります。椛は隙を見つけて攻撃してください。……行きますよ!」
射命丸は高速移動でラクタに向けて突進し始める。
「血迷ったか。我が拳の前に沈むがいい」
ラクタが拳圧を放つ構えを取った瞬間、射命丸は上空へと急上昇する。ラクタは射命丸の動きに合わせて照準を変えて衝撃波を放つが捉えられない。
「お返しです!」
射命丸は団扇でかまいたちを起こし攻撃するが……まともなダメージは与えられない。
「ちょろちょろと鬱陶しい真似を……!」
「効き目なし……ですか。どうやら筋肉が膨れ上がって向上したのはパワーだけではないようですね。相当タフになっているようです」
「逃がさんぞ!」
ラクタは旋回する射命丸に向けて拳圧を連射するが、ある程度の距離を取った射命丸には当たらない。中々攻撃が当たらないことに血を頭に昇らせたラクタを見た椛はラクタの注意が射命丸にしかいっていないことに気付き、背後から斬りかかる。
「隙あり!」と叫びながら椛は剣をラクタの背中に突き立てた。
「何の真似だ? 犬っころ!」
「そんな……、これでもダメージを与えられないのか!?」
一瞬止まってしまった椛の首をラクタは掴んで締め上げる。
「か……ぎ……は……!」
椛は何とか息をしようともがき、剣を振り回すがラクタの体に傷一つつけられない。
「椛!」
射命丸は椛を救おうとラクタたちの元へ高速移動し、ゼロ距離でかまいたちを放つが……。
「くすぐるな、鴉!」
射命丸のかまいたちをもろともしないラクタは手に持っていた椛をボールを投げつけるかのように射命丸目掛けて放った。射命丸は放り投げられた椛とともに地面に立っていた岩に叩きつけられる。
痛みで体が動かせない椛と射命丸を視界に捉えつつ、ラクタはゆっくりと地に降りるとゆっくりとした歩みで二人に近づく。
「手を焼かせてくれたな。蠅どもめ。そのかわいい顔を我の拳で砕いてやろう」
ラクタは大きく拳を振り上げると、倒れた射命丸に照準を合わせる。
「死ねぇ!」
大声を上げながらモーションに入るラクタの用水に思わず目を閉じる射命丸。しかし、ラクタの拳はいつまでたっても射命丸の元には届かなかった。恐る恐る目を開けた射命丸の視界にはプルプルと体を動かせないでいるラクタの姿だった。
「か、体……が、動かな……い……!?」
ラクタの途切れ途切れの言葉が射命丸の耳に届く。その言葉を聞き、射命丸は確信した。
「まったく遅すぎるんですよ。これだから引きこもりのお嬢様は……!」
射命丸が視線をラクタからずらす。そこにいたのは射命丸と同じ鴉天狗の少女だった。
「どうせアンタも遅刻してたんでしょー? 人のこと言えないわよねー?」
鴉天狗の少女『姫海棠はたて』はツインテールを風に靡かせながらにやりと射命丸に向けて笑みを浮かべるのだった。