「よし、あの妖怪は倒してやったぞ。これで私たちは正式にこの山の神になったわけだ。感謝するよ、大天狗」
「くそ、人の弱みに付け込みおって……」
緊張感から解放された大天狗は神奈子への反論を吐きつつ、はぁはぁと息切れを起こしながら仰向けに倒れ込んだ。肉体的精神的疲労がどっと出たのだろう。
「天狗の長はばてるのが早いねぇ。もう引退した方がいいんじゃないかい?」
「バカを言うな。まだ、後継者候補は未熟者揃い。アイツらは甘すぎる。しばらくは私が長をやらなければ……! ……というか、私はまだ若いし!」
「それだけ強がる元気があれば大丈夫だねぇ。山の神であることを認めてくれた礼だ。治療室に負傷した天狗を運ぶくらいは手伝ってやろう。それが神の務めだろうしね。たしかこの集落の地下に医療機関を隠しているんだったな?」
「……そこまでお見通しというわけか。……その情報を売ったのは河童か? それとも私の身内の天狗か?」
「それは言わないでおこう。お前が粛清を加えることで妖怪の山に血を流させるわけにはいかないからねぇ。神は平和を重んじるものだからさ」
天魔はチッと舌打ちをしたがそれ以上追求することはしなかった。
神奈子と天魔は射命丸たち3人に加え、ラクタとの戦闘で傷ついた天狗たちを治療室に運びこむ。
「噂ではこの幻想郷は外の世界から百年ほど技術が遅れていると聞いていたが……、なかなかどうして。立派な医療機器や薬剤が揃っているじゃないか。……これも河童の技術かい?」
「答える必要はないだろう?」
天狗の治療室の発展具合に感心する神奈子の発言を天魔が軽くあしらう。幸いにも、射命丸、椛、はたての3人はもちろん他の天狗たちも命に別状はないらしい。ラクタと天狗たちとの間に圧倒的な力の差があったことを考えれば奇跡的だった。その奇跡を起こしたのは他でもない神奈子だ。天魔は不満に思いつつも神奈子たちを認めざるを得ないという感情に変わっていく。
「まったくとんでもないことになったな。これからどうパワーバランスを保っていくか……」
天魔が顎に手を当て思索にふけっていると、ビリっとした気配を感じる。
「なんだこの気配は……!?」
天魔は地下室を駆け上がり地上に出る。するとそこには……。
「あっれー? おかしいな。天狗がまったくいないじゃないか。気配は感じるってのに……。あっ。一人発見!」
小柄な金髪少女が辺りを窺うように歩き回っていた。少女は天魔を視界に入れると語り掛ける。
「なあアンタ。なんで天狗が一匹もいないんだい? ……もしかして、もう終わった感じなのかな?」
奇妙な市女笠を被ったその金髪少女『洩矢諏訪子』は天魔に問いかける。
「お前は……もう一人のよその神か」
「もう。質問に答えてよ。もう終わったのかい?」
「とっくに終わったぞ、諏訪子。この大天狗が認めてくれたよ。私たちは晴れてこの山の神になった」
天魔の背後から神奈子が現れ諏訪子に告げる。
「なんだ、もう終わっちゃったのか。でも、天狗はどこに? 神奈子アンタまさか殺しちゃったんじゃないだろうね!?」
「そんなことするわけがないだろう。むしろ命を助けてやったんだ。天狗どもは全員地下の隠れ家の中さ。それにしても遅かったな諏訪子。何をのろのろしてたんだい?」
「し、仕方ないだろ? 山の麓で厄神と秋の神どもがでっかい蛇に襲われてたから助けてたんだよ! アイツら怪我もしちゃってたから竹林の月の民のところに連れて行ってやってもいたんだ」
「言い訳だねぇ。かつての戦いのときもそうだった。お前さんは愚鈍だねぇ」
「なにおう!?」
諏訪子は坤を創造する程度の能力で地面をマグマに変えると、神奈子に向けて噴火させる。
「やるかぁ!?」
対する神奈子は乾を創造する程度の能力で嵐を起こすとマグマに風雨をぶち当てる。ぶつかり合った箇所から激しい光が放出され、天魔の眼を眩ませた。
「ぐうっ!? お、お前らやめろ! 私たち天狗の集落をめちゃくちゃにする気か!?」
天魔の叫びに神奈子と諏訪子は能力の発動をやめる。
「あーあ、神奈子のせいで怒られっちゃったじゃないか」
「先に手を出したのはお前だろ!」
「喧嘩をするなら、別のところでやってくれ! 集落を壊されたらたまらんからな!」
天魔の講義に神奈子はこう答えた。
「別に喧嘩じゃないさ、なあ諏訪子?」
「ああ、私たちが本気で喧嘩したらこんなものじゃ済まないよ。今のはただのじゃれ合いさ」
「じゃれ合いで人様の家を壊そうとするんじゃない!」
天魔は常識外れの力を持つ二柱に苦言を呈した。「これから頻繁にこいつらの監視をしなくてはならないのか……」と天魔は頭を抱える。
「こーんにーちはー! ちょっと聞いてもいいでーすかー?」
どこか頭の軽そうな声が響き渡る。声の主は諏訪子でも天魔でも、もちろん神奈子でもない。今度は誰だ、と天魔は振り返る。そこには僧侶の袈裟を着た美少女が立っていた。背は諏訪子と同程度がそれよりも低いくらいか……。彼女の着る袈裟は通常の地味なそれとは違い、花魁の着物のような派手な色合いである。動きやすいようにしているのか、丈や袖は短く切られており、足元は黒いブーツで彩られていた。丈は短くし過ぎてスカートのようになってしまっている。
「珍妙な姿をした小娘だな……」と天魔が呟く。
「茶髪のお嬢さん何の用事だい? ここは部外者立ち入り禁止のはずだよ?」
諏訪子が小娘に問いかける。天魔は心の中で「お前も部外者だっただろ、ついさっきまで!」とつっこむ。
「何の用事かっていわれればー。この山をもらいに来たって感じですかねー?」
姫海棠はたてに似たギャル風の間延びした物言い。茶髪少女の会話の仕方とその内容に天魔は怒りを覚える。
「語尾をだらだらと伸ばすな! それにこの山を貰いにきただと!? どいつもこいつも勝手なことを……!」
「うわ、こわーい。おばさんカリカリし過ぎ。更年期なんじゃないですかー?」
「だれがおばさんだ!? 私はまだそんな歳じゃない!」
「……小娘、お前の額にある傷のようなもの……。それは眼か……?」
神奈子が少女に質問する。たしかに少女の額には薄く縦長に切れた傷のようなものがあった。少女は傷をさすりながら答える。
「ああ、そうなんですよねー。これ、遺伝なんですよー。ひぃひぃばあちゃんくらいまでは眼だったらしいんですけどー。あたしにはちょっと痕だけが残ってる感じなんですよねー。あたしの数少ないコンプレックスの一つっていうかー」
「……第三の眼の名残、か……。……小娘、お前神霊の類か?」
「その通りでーす! アタシの名前はー」
少女は頭頂部に造った団子ヘアーを揺らしながらポーズをとる。腰をくねらせ、ピースサインの指の間から片目を覗かせる。
「帝釈天=インドラちゃんだよっ!」
傍から見ればあまりに痛々しい自己紹介をする少女に神奈子たち三人は鋭い眼光を向けるのだった。