東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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インドラの名乗り

「えらく、短気な神様ですね。そんなに眉間に皺を寄せてはお化粧が崩れちゃいますよ」

「えっ!?」

 

 インドラは懐から鏡を取り出すと、鏡で身だしなみを確認する。顔が崩れていないことがわかったインドラは作り笑顔を早苗に向ける。

 

「私としたことがー、また感情に流されちゃったー。しっぱいしっぱいー」

「無駄なあがきをしてますね。いくら厚化粧をしたところで誤魔化すことには限界がありますよ、おばさん」

「人を挑発するのがお上手ですねー。お姉さーん」

 

 インドラは作り笑顔を崩すことなく、早苗を『お姉さん』と呼び、自身が若いことをアピールする。

 

「それにしてもー、お姉さんってもしかしてかなりの手練れなんですかー? 神である私の威圧を受けても平気だなんてー」

「……私も神に仕える者。その程度の威嚇に屈するほどやわではありませんよ」

「ふーん……。お姉さーん、あなた中々気にくわない目をしてますよねー」

「……目、ですか?」

「そーそー。私を前にしても全く恐れてなさそうなその目だよー。正確にはさー。あなた死を恐れてなさそうだよねー。そんな目をしてるー」

「そんな風に見えますか?」

「見えるよー。むしろ、死を望んでいるようにさえさー」

「……馬鹿なことを……。私には守矢神社の神である諏訪子様と神奈子様に仕える責務があるのです。お二方を残して死ぬわけにはいきません」

「あっそー。って、ん? 今、『お二方を残して死ぬわけにはいきません』っていったー? あの二人の神、まだ生きてるんですかー!?」

「当然です。諏訪子様と神奈子様があの程度のことで死ぬわけがないでしょう?」

 

 インドラは早苗の発言を訝しむ。たしかにあの二人は自分の手で殺した。神である自分が見間違うはずがない、と。だが、そんな些事は目の前にいる青白の巫女東風谷早苗の不敵な笑みで吹き飛んだ。

 

「ま、なんでもいいですけどー。今からあなたを殺すことには変わりないですからー。神である私に不敬な言動を取ったあなたにはこの場で死んでもらいまーす!」

 

 インドラはその掌に金剛杵《ヴァジュラ》を顕現させる。自分の背丈を超えるほどの長さの槍にヴァジュラを変化させると、武術の達人が棍を振り回すようにくるくる回転させて戦闘態勢に入る。

 

 対する早苗はその手に既に持つ大幣をインドラに向ける。彼女の大幣は霊夢の使うそれとは異なり支手がなく、木製の棒先に長方形の白い紙が取り付けられているだけのシンプルなものだ。

 

「へー。極東の巫女はそんな武器で戦うんですねー。弱そー」

「……そもそもこの大幣は祈祷に使うものであり、武器ではありません。もっとも貴方を屠る程度ならこれで十分というところでしょう」

「どこまでも神に対して不遜な態度を取る巫女だよねー。あなたの方こそ神罰を下す必要がありそうですねー」

「先に神を侮辱したのは貴方の方です。覚悟してください」

「……それじゃ、いくよー。一撃で死なないでよねぇ!」

 

 インドラは早苗に向かって一直線に突進し、金剛杵の槍で喉元を狙う。早苗はそれを大幣で受け止める。

 槍と大幣が接触し、稲光が発生する。……正確には大幣に施された結界に槍が防がれていることによって、だが。

 数秒の競り合いを終え、両者は双方とも後方に飛び退いた。

 

「なるほどー。その貧弱な木の棒に術をかけて強化してるんだー。やるじゃん。私のヴァジュラを受け止められるなんてー。でも、私まだまだ本気じゃないよー」

「理解していますよ、あなたがまだ本気でないことくらい」

「じゃあ、つぎいくよー?」

 

 インドラはさらにスピードを上げる。その速度は既に彼女の乗物《ヴァーハナ》の一匹、神鳥ガルーダのラクタをも上回ろうとしていた。常人には見えぬ速度でインドラは早苗の首を横一線で切断せんとヴァジュラで斬りかかる。

 

「……なにー?」

 

 インドラは微かに動揺する。早苗がほぼノーモーションで、大幣だけを動かし、ヴァジュラが首に届く寸前で受け止めたからだ。一旦距離を取ったインドラは早苗に語り掛ける。

 

「……このスピードについて来られた人間は初めてですねー。本当にやるじゃないですか、お姉さん」

 

 早苗は真っ暗な瞳で不敵に笑う。

 

「もっと、スピード上げてあげるー!」

 

 インドラはさらにスピードを上げ、早苗向かって無数に槍の斬撃を加える。だが、どの攻撃も早苗は最小限の動きで結界術を施した大幣を用いて受け止めた。

 

「あっははー。すごい、すごーい!」

 

 インドラは心の底から感心していた。自分のスピードのついて来れた者は自身の母親とテネブリスを除けば誰一人としていなかったからである。

 インドラは少しだけ高揚していた。自分に迫るかもしれない人間の登場に。だが同時に達観していた。自分に勝つ可能性のある『人間』など、この世に存在しないという現実に。

 

「本当に実力者なんですねー、お姉さん。あなたは私の動きを目で追ってるんじゃない。感覚で私の動きを感じ取り、攻撃を防いでいる。信じられないですよー。人間の分際でその領域に足を踏み込んでいるなんてー。神でもそれを身に着けている者は限られますよー? 道理で私を屠るなんて強気な言葉が吐けるわけですー。……でもー悲しいなー。……こんな優秀な人間を殺さないといけないなんてー」

「ふふ。何を言い出すかと思えば……。何を根拠にもう勝った気でいるんですか? あなたは私に一撃も喰らわせることができていないというのに」

 

 早苗は当然の疑問をインドラに向ける。早苗も自分の力に自信を持っていた。まだ、早苗に有効打を放ったわけでもないインドラが勝利を確信していることに納得がいかない。だが、インドラは笑って答えた。

 

「残念だけどー、私が勝つのは決まってるんだよー? 見せてやろー。代々受け継いだ神の力を……。初代インドラであるひぃひぃひぃひぃばあちゃん。その親友テネブリス様が組織した『ルークス』の幹部階級『ドーター』の中において唯一『シスター』を名乗ることを許された私、帝釈天=インドラの力を!」

 

 インドラはヴァジュラを高々と掲げ、自信で満ちた笑みを早苗に送るのだった。


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