東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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◆◇◆

 

 インドラとの戦闘を終え、落ち着きを取り戻した東風谷早苗は無言で立ち尽くしていた。彼女の視界に入っているのは戦闘で荒れた妖怪の山。

 

「おーい、早苗ー!」

 

 東風谷早苗を呼ぶ声が山に響き渡る。声の主は早苗が風祝を務める守矢神社の神、洩矢諏訪子だった。諏訪子はもう一柱の守矢神社の神、八坂神奈子とともに空を飛び、早苗の方に向かってくる。

 

「諏訪子様、神奈子様。もう体は大丈夫なのですか?」

 

 早苗は自身に近くに着地した二柱に問いかける。

 

「ああ。おかげさまでね。あの大天狗に感謝しなくちゃ。……早苗の方こそ大丈夫だったかい?」

「ええ」と早苗は生気のなさそうな笑顔で答える。

「さすが早苗だ。うちの自慢の風祝だよ、お前は。私と神奈子でも敵わないヤツをやっつけるなんて」と対照的に明るい笑顔で諏訪子が応えた。だが、早苗の暗い笑顔をその視界に捉えると察するように、諏訪子は満面の笑みを心配の感情を交えた穏やかな微笑に変化させる。

「……早苗、まだ生きようとは思わないのかい。……たしかにあの子は早苗に死んでほしいという日記を書いていた。でも、それは本音じゃなくて、神社を失ってしまう責任感に追い詰められたせいだったことくらい早苗だって理解できてるんだろ? もうお前も大人だからね。……あの子の本当の気持ちを汲んであげなよ。私も神奈子もそれを願ってるんだ」

「……大丈夫ですよ、諏訪子様。生きている限りは風祝としての務めを果たし続けます。お二方には挫けそうな時にいつも支えて頂きましたから」

 

 早苗は諏訪子の前向きに生きなさいと諭す言葉をかわすような言葉を紡ぎ、さらにこう続けた。

 

「……あのインドラという神との戦闘で随分とこの山を荒らしてしまいました。森も湖も消えてしまった。お二方が神となったこの山を荒らしたままにするわけには行きません。守矢神社を移すときに、母が手放した森と湖も一緒に移動させましょう。どうせ切り開かれ、埋め立てられる運命なのです。動かしても恨まれることはないでしょうから。……一度外の世界へ戻りましょう。移動の準備をしなくては……」

 

 早苗は踵を返すと歩み始めた。外の世界と幻想郷を分かつ結界の方……。諏訪子、神奈子とともに侵入してきた結界のつなぎ目がある方向にむかって歩き出す。

 

「早苗!」と呼び止める諏訪子。「本当は解ってるだろうけどさ。あえて言っておくよ。なんで私たちが幻想郷に引っ越そうとしているのかを……。それは……」

「人間からの信仰を失った諏訪子様を消滅させないためです」

 

 諏訪子が引っ越しの真意を伝えようとするのを止めるように早苗は言い切る。

 

「……早苗」

 

 諏訪子はそれ以上喋らなかった。早苗は諏訪子を避けるように結界の継ぎ目へと飛んでいく。

 

「早苗!」と今度は神奈子が呼び止めた。早苗は振り返る。

「……なんですか、神奈子様?」

「守矢の風祝に逃げるなどという選択肢はない。それを肝に命じておけ。わかったな?」

「ちょ、ちょっと神奈子、そんな言い方したら……」と諏訪子が狼狽える。

「いや、きちんと言っておくべきことだ。手遅れになってからでは遅いのだからな。……わかったな、早苗?」

 

 早苗は神奈子に無言の微笑を送ると結界のつなぎ目へと飛び去って行った。

 

 

「大丈夫だよ、早苗。きっとこの幻想郷にはお前のことを理解してくれる人たちがいるはず。私たちはそのために……出会うために幻想郷に来たんだ……」

 

 諏訪子の独り言は荒れ果てた山の空へと消えていくのだった。

 

 

◆◇◆

 

 

 ――魔法の森の奥深く。魔女集団「ルークス」アジト――

 

 

「お、お母様……!」

「……どうしたマリー。随分と焦った物言いじゃな……」

「インドラ様の神具『ヴァジュラ』が……! 入口に……!」

「……なんじゃと?」

 

 ルークスのボス、お母様ことテネブリスはマリーが報告のために持参した金剛杵《ヴァジュラ》に視線を向ける。

 

「……たしかにこれはインドラの神具に違いない。どういうことじゃ。ヤツめ、死んだのか?」

「わ、わかりません……」

「……わからんじゃと? マリー、貴様『黒球』での監視を怠ったのか?」

「い、いえ怠ってなどいません……! しかし、インドラ様がシャーマンと思われる緑髪に青白の服装の少女と交戦を開始した途端、所在が分からなくなり……。お、思うにインドラ様が能力を行使したために私からの観測が不可能になったのかと……」

「……ヤツが『物理法則改変能力』を行使せざるを得ないほどの相手だったということか。ふむ、珍しい」

「どうされますか……!? インドラ様の救援に誰を向かわせましょう。あの方はルークスでお母様に次ぐ実力の持ち主。失うわけには……」

「放っておけ」と短く老魔女テネブリスは吐き捨てた。

「ヤツがヴァジュラを手放したということは死んだに違いない。少なくともヤツ自身死ぬと思っていたわけじゃ。わざわざ救援を送る必要もあるまい。それよりもヴァジュラに何か仕掛けをしておるようじゃな」

 

 テネブリスは杖から魔力を放出し、ヴァジュラに送る。すると、ヴァジュラから音声が聞こえてきた。

 

『やっほー。これを聞いてるってことはー、多分私死んじゃってるんでー。よろしくー』

 

 声の主はインドラだった。どうやら、特定の魔力を受けることで音声が再生される術式だったようだ。

 

『あっははー。参ったよー。私を上回るほどの『改変能力』を持った人間に会っちゃうなんてさー。とんだ不運だったよー。いや、あれは正確には改変能力じゃないかもねー。別の世界の物理法則を召喚していたっていう方が正しいかもしんなーい。でもさー。テネブリスさんにとっては脅威じゃないと思うよー? だって、『イっちゃってた』からー。それじゃ、私はお先にあの世に行ってまーす。もし、死ぬことがあったら会いに来てねー。P.S インドラの神通力はヴァジュラに封じてあるからー。初代インドラの血縁の誰かに継がせてあげてー。それじゃ!』

 

 インドラの音声はそこで途絶えた。

 

「ふむ。なるほどのう」

「……本当にインドラ様を倒した能力者を放っておくのですか?」

「くどいぞ、マリー。今のインドラの遺言を聞けば尚更構う必要はない。どうやら、その青白のシャーマンは例に漏れず精神に支障を来しておるようじゃしのう……」

 

 この世の理に干渉できる能力を持つ者は多くない。しかも、その能力を持つ者のほとんどはあまりに強大な力を得ることで精神に支障をきたしてしまうのだ。それに耐えうる者は『神』と呼ばれる選ばれた者だけ……。それがテネブリスの経験と研究から来る常識だった。

 

「どうやらそのシャーマンは『神』に値するほどの者ではなさそうじゃ。であれば容易に扱える。少し心に手を加えればたちまちに自壊するじゃろう。……マリー、まだそのシャーマンを視認することはできんのか?」

 

 テネブリスの質問にはっと我に返ったマリーは『黒球』で妖怪の山を確認する。マリーの黒球は紫のスキマと同じく空間を繋げる技術。黒球からマリーは様子を窺う。

 

「……既に当該のシャーマンは能力を解除したようです。私の黒球からも姿が確認できます。どうやら神クラスの仲間を連れてコミュニティの外へと移動を開始するようです」

「ふむ。何かしら支障が出たために一度撤退しようという魂胆か? まあよい。我らの計画を邪魔せぬ内は手を出す必要もなかろう」

「……インドラ様のヴァジュラは……神の力はどうされますか?」

「ふん。少なくともヤツの先祖である初代インドラには借りがあるからのう。遺言通り、血縁の者に継がせてやれ。もっとも、ワシらの『目的』が完了し、このコミュニティに用事がなくなってからでよかろう。それまで聖遺物と同等の扱いをしてやれ」

「はっ。かしこまりました」

「……時にマリー。貴様なぜインドラに『様』を付している?」

「そ、それはインドラ様は神であり、キャリアも私のはるか上をいかれます。それにドーター内で唯一シスターを名乗ることを許された方ですので……」

「マリー。貴様をドーターのトップに据えたときに言ったはずじゃ。例えインドラ相手であっても秩序を守らせろ、と。ヤツがシスターという名で特別扱いされるのはヤツがワシと交友のあった初代インドラの血縁だからじゃ。それ以外の理由はない。……戦闘力だのキャリアだのは関係ない。組織とは下の者が上の者に従って初めて成り立つのじゃ。なぜ、貴様をドーターのトップ……すなわちルークスのナンバー2に据えたかわかっておろう? 中途半端に力を持ったインドラやカストラートやプロメテウスをナンバー2に据えれば、奴らは調子に乗って反乱を起こす。ナンバー2はトップに従順でなければならんのじゃ。だからこそ、ある程度実力を持つにも関わらず、臆病なお前をドーターのトップに就かせたのじゃ。だが、ワシには臆病であってもドーター相手に臆することは許さん。務めを果たせ、理想には程遠い我が最高傑作よ。これ以上ワシを失望させるな……!」

 

 テネブリスはマリーに対して不甲斐なさを感じ、その怒気を言葉に込める。マリーはテネブリスの怒りを前に顔を強張らせる。

 

「……それで、インドラは任務を完遂できておるのか……?」

「はっ。予定通り、勾玉は所定の位置に配置されています」

「ふむ……。ならば良い。……ルガト、インドラ……。優秀な部下を失ったのは痛手じゃが……想定内じゃ。……もう少し、もう少しじゃ。もう少しで我が悲願が成就する……!」

 

 テネブリスは姿見の鏡の前に移動する。鏡に映ったしわくちゃの自身の顔を手で確認しながらルークスのトップである老婆はその顔を邪悪に歪めるのだった。


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