東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

127 / 213
親父の昔話

「くっそ、あのお姫様め! わけがわからないんだぜ!?」

 

 魔理沙は肩を怒らせ、感情を地面にぶつけるように強く踏みつけ歩く。彼女は輝夜の居た座敷から永遠亭の庭へと戻っていた。

 

「計算外だったなぁ。まさか、姫様がこの非常事態でも自分のスタンスを崩さないとは……」

 

 魔理沙の隣で因幡てゐが肩をすくめる。

 

「一体私は何て言ったら正解だったんだぜ!?」

「さぁね。姫様は気分屋だから」と嘆息するてゐ。

「……時間を無駄にしちまったぜ。こんなことなら庭で練習してた方がマシだったんだぜ?」

「霧雨魔理沙……。悪いことは言わない。もう一度、姫様の納得する答えを用意して修行を付けてもらえるようにお願いに行くべきだ」

「正気かよ? あんなよく分からないなぞなぞを解けってのか? そんな暇、私にはないんだぜ?」

「時間がないからこそ、さ。姫様の修行は無駄に時間を取るような修行方法じゃないんだ。特殊だからね」

「……て言っても、私の答えの何が不満だったか検討もつかないんだぜ?」

 

 そんな風に魔理沙がぼやいていると、屋敷から一つの人影が出てきた。大の男をさらに一回り大きくしたようなシルエット。男は彫が深く、険しい表情をしており気難しそうな顔をしていた。見た目からして頑固そうな男は顔だけ見れば六十を迎えるか否かという年齢に思える。しかし、恰幅がよく、年齢に見合わない筋骨隆々な体であることは服の上からで良くわかるほどだ。

 

 その男は魔理沙に視線を向けていた。

 

「お? 魔法の練習をしてないようだな。魔法使いになるのは諦めたか?」

「……親父……。へっ! 誰が諦めるかよ!」

「……ふっ。そうか、『諦めない』か……」

 

 先ほどまで頑固そうに吊り上げていた男はわずかに表情を和らげた。

 そう男は魔理沙の父親である。魔理沙は男の様子がいつもと少し違っていることに戸惑う。いつもの父親なら、魔理沙が魔法使いになることを諦めないと言えば、売り言葉に買い言葉で「バカ野郎」だの、「出ていけ」だの罵倒にも似た怒号を飛ばしてくるはずだからだ。しかし、今の父親はえらくおとなしい口調であり、言い返されると身構えていた魔理沙は調子を狂わされる。

 

「ど、どうしたんだよ、親父。らしくねえんだぜ? いつもだったらもっと……」

「ま、座れや」

 

 言いながら、魔理沙の父親は地面に胡坐をかいて座り込んだ。父親の手には一升瓶と酒枡が握られている。

 

「そんなもん一体どこから持ってきたんだぜ? てか悠長に酒なんか飲んでる場合かよ!?」

「うるせぇ……! 酒でも飲んでなきゃ今から話すことなんざこっ恥ずかしくて言えねえんだよ……! ……ったく誰に似たんだろうなお前はよ」

 

 すでに魔理沙の父親は何杯か酒を飲んでいるらしく、ほんのりと顔を赤らめていた。

 

「お前にはゆっくり話したことなかったよな?」

「なんのことなんだぜ?」

「……俺とリサの昔話のことだよ」

「親父と母さんの話……?」

「……そうだ。あぁ、たく、どっから話したらいいんだ? オレは話すのが得意じゃあねんだよ!」

 

 魔理沙の父親は後頭部をがしがしとかきながら、口下手な自分に苛立ちを覚えつつ口を開くのだった。

 

「……そうだな。俺がまだまともな仕事をしてた時のことから話すか」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

――少し昔、日本のどこかの漁村――

 

 寂れた漁村に漁師の男がいた。男の性は『霧雨』。先祖代々と言えば仰々しいが、家業である漁師を継いだ男は毎日毎日、海に出ては魚を取って帰り、金に換える生活を送っていた。

 

「霧雨さん、そっちはどうでした?」

 

 帰港した霧雨に話しかけたのは同じく漁師を生業とする男だった。

 

「……イマイチだな。そっちはどうなんだ? 大漁だったか?」

「まさか。こっちもさっぱりでさ。気候変動ってやつなんですかねぇ。難しいことはオレにはわかりませんが。ったく、商売あがったりだよなぁ」

 

 霧雨たちが漁をしている海は年々漁獲量が減っていた。テレビや新聞で『気候変動』が地球の生態系を変えているなどと報道されていることは霧雨も知っていたが、本当のところは理解できない。中等教育までしか受けずに家業を継いだ霧雨にとってはテレビの評論家や大学教授の話は小難しいものでしかなく、霧雨は彼らの主張の真偽について思考を巡らせるほど知識も教養も持ち合わせてはいなかった。それは霧雨の周囲にいる他の漁師たちも似たり寄ったりの認識だった。

 

 このとき、霧雨は三十代後半の年齢に達していた。家族はなく、独り身。嫁を貰ったことは何度かあったが、漁師という特殊な仕事とどこまでも頑固な霧雨の性格についていけず、どの嫁も数カ月と持たずに霧雨から逃げ出していた。

 

「○○さんところも廃業するってよ……」

 

 ある日漁港に帰った霧雨の耳に嫌な噂話が入ってくる。どうやら、長年漁師を続けてきた人間がまた一人やめるらしい。似たような話はここ数年、加速度的に増えていた。ただでさえ、後継者不足に悩む漁師たち。そこに追い打ちをかけるように年々減っていく漁獲量。廃業する者が出てくるのも無理はなかった。

 

 ……この年は例年にも増して、不漁続きであった。一匹も魚が取れない日が何日も続く。やり繰りにも限界がある。このままでは漁師たちの未来はない。

 

 霧雨も他の漁師と同様に地元の漁業組合に所属していた。役職にこそついていなかったが、頑固でリーダー気質ある霧雨の言動はグループを動かす力を持っていた。組合の会合で霧雨は口を開く。

 

「……遠海に行くぞ……!」

 

 意を決した霧雨は『遠海』という言葉を放った。リーダー気質ある霧雨の覚悟を持った宣言。しかし、いかに霧雨の言葉とは言え、『遠海』という言葉に拒否反応を示す漁師たちもいた。

 

「と、遠海って……。さ、さすがに霧雨さんの提案でもそれを飲むわけには……」

 

 この付近で漁業を営むものにとって遠海とは隣国の国境近くのことを示していた。国境付近に豊富な漁場があることは漁師たちも知っている。しかし、少し風や潮に流されれば気付かぬうちに国境を越え、不法侵入することになるのだ。そうなれば、国境を警備する隣国の軍隊に拿捕されることになる。あまりにリスクが高かった。

 不安を口々にする漁師たち。その不安をかき消すように霧雨は言い放った。

 

「責任は俺が持つ」

 

 短い言葉である。しかし、漁師たちの決意を固めるには十分だった。

 

「……そうだ……! どうせこのままじゃあ、みんな食いっぱぐれちまう……! 行こう、遠海へ……!」

 

 組合に所属する若手衆のリーダー格が拳を握る。若手たちが賛成したことで勢いに乗った霧雨の遠海案は実行に移されることになった。漁師たちは船団を作り、遠海へと出ていき、漁網を放り投げる。……大漁だった。今年一、いやここ数年で一番の大漁。しかし、浮かれている時間はなかった。早く、網を上げて帰らなければいけない。長居は隣国へと流れるリスクを上げるだけなのだから。

 

 霧雨を含むベテラン漁師たちは手早く漁を済ませ、引き上げ準備を終わらせた。欲張れば良くないことが起こる。ベテランたちはそれを肌で知っていた。

 

「全員帰港準備はできたか!?」

 

 霧雨の怒号が無線で飛ぶ。誰かに怒っているわけではない。違法漁業になりかねないことをしているのだ。ピリピリとした空気を出すのは仕方のないことだった。

 

「……あ、あれ? アニキは? ……アニキがいねぇ! 霧雨さん、アニキの船がいねぇ!?」

 

 若手の一人が叫ぶ。若手の言う『アニキ』とは霧雨の案に賛成した若手衆のリーダー格のことだった。

 

「あの野郎、どこにいっちまいやがった!?」

 

 霧雨は船から海原を360度目視で探し回る。すると、西の方に浮かぶ漁船が一隻目に入った。水平線ギリギリに浮かぶその船。霧雨たちの船団からの距離は4キロ程度だろう。間違いなく若手リーダーの船だった。

 

「き、霧雨さん。あそこはもう隣国じゃあ……。そ、それに隣に見えるあの船は……」

 

 霧雨とそこまで年齢の変わらない漁師が不安げに声を上げる。若手リーダーの漁船は間違いなく国境の向こう側に行ってしまっていた。そして、漁船の近くには隣国の軍隊の巡視船が迫っている。

 

「あの馬鹿野郎! ……お前らはここで待ってろ。オレが連れて帰る……!」

「き、霧雨さん!? まさか向こうに行くつもりじゃあ……!?」

「……責任は持つって言ったからな」

 

 霧雨はそう言い残して若手リーダーの船の方向に舵を切った。

 

 ――若手リーダーの船は隣国の巡視船に拿捕されようとしていた。銃を向けられた若手は両手を上げる。隣国に捕まって何をされるのか……。生きて故郷に帰れるのか……。様々な不安が若手を襲う。彼の顔は恐怖で強張ってしまっていた。

 

 そんな彼の背後から聞こえてくる漁船のエンジン音。巡視船はその漁船に警告音声と電子音を飛ばすが止まる気配はない。その漁船はスピードを落とさず、巡視船目掛けて突っ込もうとした。

 

 焦った隣国の兵たちは突っ込んでくる漁船に向け銃を乱射した。銃弾を受けた漁船は爆発を起こし、兵の眼を眩ませる。

 

「おい! 俺を引き上げて船走らせろ!!」

 

 若手は海面から聞こえるその声の方に視線を向ける。そこには霧雨がいた。

 

「なに、ぼーっとしてんだ!? 早く引き上げろ!」

「は、はい!」

 

 若手は霧雨を引き上げて船を出す。

 霧雨は自分の漁船を巡視船に向けて走らせると、自分は海に飛び込んでいたのだ。霧雨は自身の船を犠牲にしたのである。若手を救うために。

 

「早くいけ!」

 

 軍が漁船の突進と爆発に目を奪われている隙に、若手の船に乗り込んだ霧雨はエンジン全開で逃げるように命令する。もちろん若手もフルスロットルでその海域から逃げ出した。背後の巡視船から外国語で警告音声が流れたがもちろん無視した。若手の船に向けて何発も銃が発射されたが、当たることはなかった。

 若手の船は無事、日本側の海域に戻る。

 

「……ここまで来りゃ、お隣さんも追ってはこねえだろうよ」

 

 霧雨はため息交じりに言葉を紡ぐ。ふと、霧雨が若手に目を向けると、彼が舵を持ちながら泣いていることに気付いた。

 

「どうした、クソ坊主。なにメソメソしてやがる?」

「すいません、すいません。俺がヘマやっちまったから……。霧雨さんの船が……!」

「ああ? んなこと気にしてやがんのか? てめえがそんなことで落ち込む必要なんざねえんだよ。責任取るっつうのはそういうことだ。てめえ、ちっと欲張って網引き上げるの遅くなったんだろ? んでもって気付いたらお隣さんの海に入ってたってところか? 良い勉強になったじゃねえか」

「霧雨さん……」

「きったねえ面だなあ。もうそんな顔オレに向けんじゃねえぞ。あと謝罪の言葉も口にするんじゃねえ」

 

 霧雨の言葉に反応し、若手は服の袖で涙を拭った。

 

「でも……、霧雨さん。これからどうするんですか……」

「……そうだなぁ。幸い、船は爆発して沈められたからな。俺たちが不法侵入した証拠はねえだろうし、捕まりはしねえだろ。……潮時ってことじゃねえか?」

 

 次の日、嫌な噂が漁港にまわることになる。

 

「霧雨さんとこも廃業するってよ……」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。