「……うーん……。…………はっ……!? こ、ここは……?」
いつの間にか寝ていたリサは霧雨宅の客間で目を覚ました。
「そ、そうだったぜ。私はあのおっさんの家に泊まってたんだった。……もう仕事とやらに行ったのか……?」
リサは寝ぼけ眼をトレーナーの袖でこすりながら客間を出て、ダイニングキッチンの方に向かう。そこにはベランダで洗濯物を干す霧雨の姿があった。
「やっと起きやがったか。てめえ、随分と疲れてたみてぇだな。俺が夕方仕事行く前から寝てやがったってのに、朝方帰って来てもまだ寝てやがったからな。半日くらい寝てたんじゃねぇのか?」
「……そんなに寝てたのか、私」
「……ところで、てめえ物騒なもん隠し持ってたんだな。こんなもん使ってどうするつもりだったんだ?」
霧雨はテーブルの上に乗ったスタンガンを指さし、リサに問う。リサは「うっ」と言葉に詰まる。
「私が眠ってる寝室に入って物色したのか、おっさん? デリカシーに欠けてるんだぜ?」
「何がデリカシーだ。質問に答えやがれ」
「……護身用ってやつだぜ?」
「護身用だぁ? ……ウソだな。てめぇの顔にそう書いてあるぞ」
はぁとため息と吐いたリサは本当のことを白状し始めた。これまで、男の家に上がり込んでは色目を使い、隙を突いてスタンガンで気絶させ生きるための金品を奪っていたことを。
「……とんだクソガキだな、てめえ。ま、弱みに付け込んで異常な欲情を発散させようなんていう野郎どもも同じくらいクソだがよ」
「……おっさんが初めてだったぜ? 私の色仕掛けに引っかからないやつはさ」
「当たり前だ。誰がガキに興奮するかよ?」
「へ、へぇ」
リサは少しだけ頬を紅く染めると、前髪をいじりながら返事する。
「にしても、こんなクソガキに欲情するなんざ男の……いや、人の風上にも置けねぇやつらだな。てめえに酷い目に遭わされても文句は言えねえだろうよ」
「そ、そうか。って、え!? お、おい、おっさん! その手に持ってんのはもしかして……!?」
「ん? ああ、てめえの下着だな。脱ぎっぱなしで置かれてたから洗わせてもらったぞ。白黒のお手伝いさんみたいな服と一緒にな」
「お、乙女の下着を勝手に触ったのかよ!? や、やっぱり男ってのは野蛮なんだぜ!?」
「あぁ? 何が乙女だ、クソガキのくせに。色気づくにはまだ早ぇだろ。もうちっとデカくなってから恥ずかしがれってんだ」
「ん?」とリサは首を傾げた。何か会話が噛み合わない。リサは霧雨に尋ねる。
「お、おい、おっさん。あんた、私のこと何歳だと思ってんだ……?」
「あぁ? 何歳て言われりゃそりゃあ……」
霧雨は小さなリサを見下ろしながら顎に手を当て、こう答えた。
「……11歳くらいか? ったく、世の中にはとんだ変態どもがいるもんだよな。てめえみてえなガキに欲情するヤツもいるんだからよ。世もす……」
末と言いかけた霧雨はリサが顔を真っ赤にして眉を吊り上げていることに気付く。
「……何怒ってんだ、クソガキ」
「うっせぇ! おっさんのバーカ!!」
リサは怒鳴りながら肩を怒らせ、客間の方に戻るとピシャッと襖を閉めて遮断した。
「なんだ、いきなり切れやがって……。どうしたってんだ、あのクソガキは? ……もしかして12歳とかだったか? あれくらいのガキは1歳くらい間違っても気にするだろうしな。ま、すぐ機嫌治すだろ」と霧雨はひとり愚痴をこぼす。
布団に逆戻りしたリサはうつ伏せでふて寝する。
「だーれが11歳だ!? ちょっと男に対する感覚変えてやろうと思ったのに……。おっさんのバーカ!!」
金髪の少女、リサ17歳は遮音するように口元を布団で抑えて叫ぶのだった。
一時間ほど経過したころだ。客間の襖を霧雨が開き、布団に潜り込んだリサに声をかける。
「おい、いつまで怒ってんだ。少し歳間違えたくらいで拗ねてんじゃねえよ」
「少しじゃねえから、怒ってんだぜ!?」
「……いつまでも拗ねてんなら飯食わせねぇぞ?」
ピクっとリサの身体が動く。
「……また、飯食わせてくれんのか?」
「そりゃそうだろ。泊めてる以上ほったらかしってわけにはいかねぇからな。だが、拗ねてんなら話は別だぞ」
「……し、仕方ねぇな。許してやるよ、おっさん。その代わり飯は頂くぜ?」
リサは表情をゆるめると、早足でダイニングの方に向かっていった。そんなリサの姿を見て『やっぱり、ガキじゃねぇか』と霧雨はため息を吐く。
テーブルに着いたリサは目の前に並べられた料理に感想を付ける。
「おっさん、料理上手いんだな。魚料理ばっかだけど。あと、朝にしてはボリューム多くないか? ま、私は食える時に食っとく派だから問題ないけど」
「文句の多いやつだな、ったく。……魚料理が多いのは俺が元漁師だからかもな。無意識に魚をよく買っちまうんだよ……。あと、てめえにとっては朝飯だろうが、オレは仕事終わりなんだよ。だから夕飯みてえなもんだ」
「いただきまーす!」
霧雨の話を聞いているのかいないのか、リサはすぐに食事をし始めた。
「ったく。食い意地の張ったガキだな。……いただきます、か」
霧雨は何かを思うように手を合わせると、箸を手に取った。
「色々な国を巡り回ったけど、飯は日本が一番うまいかもな。私の舌にあってるんだぜ。お米とかお味噌汁とか、特にな」
「……ドヤ街の行きつけの店でも言ってやがったな。……お前、どうやって日本に来たんだ?」
「……船に乗ってさ。密入国ってやつだぜ。色々な国を経由してここまで辿り着いたんだ」
「辿り着いた、か。何が目的で密入国なんざしてやがるんだ?」
「ある国に行くため……だった」
「……どこの国だ?」
「……日本《ここ》さ」
「日本? 一体何のために来たんだ?」
リサは一呼吸置いて、意を決したような喋り方で霧雨の問いに答えた。
「……おっさんは信じてくれるか?」
「何をだよ? 言ってもらわなきゃ、判断しようがねぇ」
「……魔法」
「……あ?」
「おっさんは信じるか? 魔法の存在を……」
霧雨はリサが何を言ってるのか分からない。だが、リサの表情が真剣そのものであることだけは理解できた。
「魔法ってのは、あの魔法か? 魔女だの魔法使いだのが杖から何か出したりするあれか?」
リサはこくんと頷いた。その姿を見た霧雨は困ったように後頭部を掻く。
「……わりぃが信じろって言われてもなぁ……」
「……そうだよな……。信じられねぇよな……」
悲しそうに俯くリサ。冷静に考えれば、リサの虚言だと誰もが思うだろう。しかし、霧雨にはリサが嘘を言っているようには見えなかった。だから、質問した。
「その魔法と日本に来るのとに何の関係があるってんだ?」
「……姉さんと約束したんだ。『最後の地』でまた会おうって……」
「……『最後の地』?」
「……へへ。話取っ散らかっててわかんねえよな? ……つい喋っちまった。忘れてくれ、おっさん。次は私の番だな。おっさんなんで漁師やめちまったんだ? で、今は何してんだよ?」
「俺が漁師やめた理由? 面白くもなんともねぇぞ。今してる仕事なんて尚更人に話すようなもんじゃねぇよ」
「良いじゃねぇか、減るもんでもねえだろ?」
「……俺が漁師やめたのは――――」