◇◆◇
……鈍い音が響いた。音とともに男が一人地面に叩きつけられる。男の服装はいかにもチンピラという格好だった。
「て、てめえ……。覚えてやがれ!」
チンピラは自分を殴って叩きつけた大男に向かって、負け犬の遠吠えを浴びせる。
「ふん。一昨日来やがれってんだ」
チンピラを退けた大男、霧雨はフッと鼻息を吐き捨てる。
「あ、ありがとうございました、霧雨さん……!」とやせ型の中年女性が頭を低くしておじぎし、感謝を述べる。
……ここはキタの街にある昔ながらの商店街。中年女性はその商店街で小さな揚げ物屋を営む女主人だ。霧雨は中年女性にショバ代を納めるように詰め寄るチンピラを追い払ったのである。
「……感謝されるようなことはしてねぇよ。……仕事だからな。女手ひとつで3人の子供育ててる女性《ヒト》の少ない売り上げを狙おうなんていう、ハイエナみてぇなゴミ野郎にムカついただけのことよ。また絡まれるようなことがあったら、言いな。何度でもぶっ飛ばしてやるからよ」
霧雨は言い残して商店街を去った。
――暴力的仲裁者、それが霧雨の仕事である。弱い立場の人間にショバ代を求めたり、クスリを売ったり、カツアゲしたり……などなどの行為を霧雨は激しく嫌った。そんな行為をする反社会的な人間を見つけ次第、殴り飛ばす。そんな日々を霧雨は送っていた。
霧雨を雇ったのはとある反社会組織の老いた組長。霧雨が組長《じじぃ》と呼ぶその老人は、霧雨に腐ったヤクザたちをぶちのめすよう依頼する。かつての筋の通った任侠を取り戻すことが老人の目的だった。もっとも、霧雨は反社会組織に所属するつもりはないと断り、任侠にはなってはいないのだが……。
「……相変わらず派手にやってやがんな、おっさん」
商店街を出た霧雨に声をかける黒塗りのセダンに乗った男。男はオールバックの特徴的な髪型をしている。見た目からして『本職』の雰囲気を放っている男は運転席の窓から顔を見せていた。
「あァ? ワックスじゃねえか。こんなとこで何してやがる?」
「……その言い方はやめろっつってんだろうが!」
霧雨にワックスと呼ばれたオールバックの男は、かつて少年にクスリを売りつけたことが発端でドヤ街時代の霧雨と喧嘩し、敗れた男である。
「何の用だ? ……ああ、この前てめえんとこの半グレのガキが、親父狩りしてるのを邪魔したから報復に来たわけか?」と、オールバックに問う霧雨。
「……フン。その礼も今度返さなきゃならねぇな。……てめえ、いつまでそんな稼業続けるつもりだ? 迷惑なんだよ。敵対勢力の奴らをボコるだけならまだいい。だが、味方である俺たちのシノギまで妨害されて頭に来てんだよ、こっちはな。いずれ後ろから撃たれるぞ、てめえ」
「組長《ジジィ》から好きにしていいって言われてるからな。それに俺はジジィと盃は交わしてねぇ。だから、てめえらとは仲間じゃねえよ。撃てるもんなら、撃ちゃあいい。その後どうなっても知らねえぞ。……で、お礼参りじゃないなら何しにオレのとこに来た?」
「組長も焼きが回ってるよな。自分の組の稼ぎを減らすようなマネをてめえにさせてんだからよ。……その組長からの伝言だ。『たまには本部に来い。定時連絡ぐらいしろ』ってよ。確かに伝えたぞ。じゃあな」
オールバックは伝え終わると車を出し、走り去った。
「……たしかにしばらく、ジジィに顔見せてなかったな」
霧雨は呟くと、歩み始めた。向かうは都会であるキタの街に似合わない巨大な庭園を備えた立派な和風の邸宅。ここが組長の自宅兼本部だ。霧雨は、邸宅の一番奥にある老組長の自室へと向かう。
「久しぶりだな、デカいの」
老組長は霧雨に声をかける。老組長は広い座敷の上座で肘掛け付きの座椅子にあぐらをかいて座っていた。部屋の傍らにはグラサンをかけた男が護衛する。
「久しぶりだな、ジジィ。元気だったか?」
「……元気、とは言えねぇな。最近、腰が痛くてよ。立ち上がるのも億劫だ。いよいよ老いたもんだ、俺もよ。……相変わらず、随分と暴れ回ってるそうじゃねえか。どうだ、少しはうちのモンも含めて任侠を持った奴らは増えてきたか……?」
「…………」と無言で答える霧雨。
「そうか。増えちゃいねぇか。……寂しいもんだな」
「……はええもんだな。ジジィに雇われてから数年たった。正直、くだらねぇ輩が増えてる印象だ。弱い奴らにしか集らねえ、根性なしがばっかりだよ。最近はガイジンも悪さし始めたが、誰もそれを咎めねぇし、止めねぇ」
「……そうか」
老組長はフッと溜息を吐き、目を瞑る。
「ところでデカいの。お前いい加減ウチに入らんか? 俺ぁ、買ってんだ。懐かしいくらいに任侠に溢れたお前をよ」
「前から言ってんだろ。俺はやくざ者になるつもりはねぇ。今のゴロツキみたいな身分が俺にはあってるし、それが限界だ」
「……フフ、お前はそうでなくちゃな。その頑固さも俺は買ってんだからよ。……だが、やっぱり残念だ。デカいの、お前が組に入ってくれりゃあ俺は安心してあの世に行けるんだがなぁ……」
「……どうした、ジジィ。いつにも増して元気がねえじゃねえか」
「他には漏らすなよ? お医者様に言われた。もう、俺ぁ長くねぇらしい。最近は昔の写真見て気を紛らわすばっかりさ」
老組長は座敷に掛けられた写真に視線を向ける。歴代の組長の写真十数枚が並べられて飾られているようだ。
「……どれがジジィの写真だ?」
「そっちから2番目に飾ってる写真さ。その左隣がオレの親父よ」
老組長は比較的下座に飾られた写真を指さす。老組長の写真は他の写真と比べて若い頃の写真が飾られていた。
「えらく若い頃の写真だな。今と全然顔つきが違うじゃねえか」
「もう五〇……いや、六〇年近く前の写真だからよ。俺ぁ親父が死んだあとすぐに若くして組長に就いたからなぁ。あの頃は良かった……。組のモンみんな任侠と人情に溢れていたからよう……」
「ジジィ。あんまり昔の思い出に浸るんじゃねぇ。本当にあの世行っちまうぞ」
「くく。そうだな。俺としたことが気弱になっちまってた。らしくねぇ……」
「ったく。長生きしろよ、ジジィ。今度は早めに顔だすからよ」
霧雨は、老組長の邸宅兼本部を出た。弱気になっている老組長が気にならないわけではなかったが、長々と慰めの言葉をかけたところで、嬉しがるような男でもないことは霧雨もよく知っている。あの手の男は一人にさせてやった方がいいのだ。
本部の入り口を出てすぐの霧雨に背後から男が声をかける。老組長の座敷横に付いていた黒グラサンのスキンヘッド男だった。霧雨はこの男をそのままグラサンと呼んでいる。
「……霧雨、組長《おじき》の願いを聞き入れるつもりはねえんだな?」
「グラサンか……。ジジィに言ったとおりだ。俺はヤクザもんになるつもりはねぇ」
「一生、その半端者の地位にいるつもりか?」
「……かもな」
「忠告しておく」
「あぁ?」
「組長《おじき》がお前に話した通り、おじきはもう長くねぇ。おじきが死ねば、お前を守る後ろ盾はもう無えんだ。悪いことは言わねぇ。組の者になる覚悟がねえなら、今すぐこの街から去るんだな」
「ふん」と鼻息だけでグラサン男に答えた霧雨はキタの街へと消えていくのだった。
◇◆◇
「……帰ったぞ、クソガキ」
「お? お帰りなんだぜ、おっさん!」
老組長への顔出しを終え、家に帰った霧雨を出迎えたのはリサだった。
「……てめえ、またこんなに本借りて来やがったのか」
もはやリサの居室と化してしまった『元客間』の和室を覗き込みながら霧雨はため息を吐く。
「ちゃんと、期限守って返してんだろうな?」
「も、もちろん」と歯切れの悪い返事をするリサ。この少女、キタの街周辺にある図書館を片っ端から訪れては上限いっぱいに本を借りてきているらしく、元客間は本ばかりになっていた。霧雨が見る限り、リサが借りてきている本は日本の民俗文化や伝承、歴史などの本が多い。
「なに調べてるのかは知らねえが、もう少し整理しろよ? 足の踏み場も無えじゃねえか」
「わかった」と満面の笑みを浮かべるリサ。
「絶対にわかってねえだろ、てめえ」
霧雨がリサを連れて帰ってから今日まで、すでに一か月ほどが経過していた。リサは霧雨の人柄が気に入ったらしく、このマンションにしがみ付いて居候していた。霧雨は何度か、追い出そうと試みたのだが……。
『てめえ、いい加減出ていきやがれ』、『やだ』、『力づくで追い出すぞ』、『追い出したら、玄関前であることないこと大声で叫んで困らせてやるんだぜ?』、『…………』
以上のようなやり取りが過去に幾度か繰り返され、霧雨はリサを追い出すのを諦めた。身寄りのないクソガキの女児を放り出すことにどこか罪悪感を覚えたのもあり、ずるずると共同生活を続けている。
「それより、おっさん。何か気付かねぇか?」
リサはない胸を突き出しながらウインクし、精いっぱいの『セクシーポーズ』を繰り出していた。
「なに気色悪いマネしてんだ?」
「き、きしょ……!? 気付かねえのかよ! 服だよ、服!」
「服ぅ? たしかに見慣れねぇ服着てやがんな」
「どうだ、かわいいだろ? 大人っぽくて!」
リサは白を基調としたシャツワンピースに黒のピチっとしたレギンスを着ていた。
「てめえ、またギャンブルで勝った金で買ったのか? ガキが賭場に入り込んでんじゃねえよ」
霧雨は服装に一切感想を述べずに、服を買った金の出所についてリサに問う。
「い、良いじゃねえかよ、別に!」
「やっぱギャンブルで儲けた金か。ったく」
リサはキタの街からそう遠くない、競馬場やら競艇場に入り込み小銭を稼いでいた。あまりに負けないリサに霧雨が理由を聞くと、こう答えた。『見ればわかる』と。彼女は競馬でいえばパドック、競艇でいえば周回展示を見れば、どれが勝つか大体わかるんだと霧雨に説明していた。馬の体調、騎手の緊張具合、ボートのエンジン音、ボートレーサーの身体の動かし方……。それらを見抜けば勝てると言い切る。もちろん、霧雨はリサの言葉を一瞬疑ったが、眼を見れば本気で言っていると理解できた。あまりに人間離れした観察眼を持つリサに対して、霧雨は『ホントに訳ありなんだな、このクソガキ』と思っていた。
ちなみに、リサは大勝ちしようすればもっと勝てるのだが、あえて少額の儲けで抑えていた。理由は簡単。目立てば、未成年で不法入国のリサがややこしい事態に巻き込まれることは間違いないからである。何より、リサにとって金は必要最低限あれば良いのだ。彼女にとって現状、最も優先すべきは情報収集だった。だから、図書館から本を借りまくっているのである。
「どうだ、おっさん。少しはときめいたか?」
リサはシャツワンピースをひらひらさせながら問いかける。
「あぁ? ときめく? 何にだよ?」
「ぐっ……。はぁ。ま、いいよ。そこがおっさんの良いところだからさ」とリサは半ば諦めるように呟く。
「わけわかんねえこと言ってねえで飯にするぞ」
「待ってました! おっさんの作る飯はうまいからな」
テーブルに対面で座り、食事を始めるふたり。一か月前、リサは霧雨に日本に来た理由をはっきりとは告げなかった。霧雨はそれを思い出し、なんとなくだが、リサに改めて聞くことにした。
「……最近、日本の歴史やら文化やらを調べてるみてぇだが、一か月前に言ってた魔法だの約束だのと関係あんのか?」
「…………」
「ま、喋りたくないなら、喋らなくても良いんだけどよ」
「……おっさん、私の言うこと信じてくれるのか?」
「多分、信じるだろうよ。お前の『日本語を会話聞いただけで覚えた』とか、ギャンブルで『見ればわかる』とかいう人並み外れた能力をこの一ヶ月見せつけられたからな」
リサは一つ間を置いて喋り始めた。
「……この世界には魔法がある」
「そいつはこの前聞いたな」
「んでもって私は生まれたときから、ある魔女集団に身を置いてたんだ」
「魔女集団?」
「そう。魔女集団の名前は『ルークス』、光って意味だぜ」
魔法に魔女、正気なら信じがたいワードをリサの小さな唇が紡ぐ。しかし、霧雨はリサが真実を言っていると直感で確信する。わずか一か月とはいえ、共同生活を送ることでリサが嘘を言っているかどうかは見抜けるようになっていたからだ。リサは続ける。
「そこで私たち姉妹は育てられたんだ。優秀な魔法使いにさせられるために……」
「……そういや、姉さんがいるって言ってたな」
「ああ。私たちは双子でさ。赤ん坊の時にルークスのボス『お母様』に攫われたんだ。だから本当の親の顔は知らないんだぜ」
リサは少し寂しそうに俯く。
「でも、私たちはまだマシだったんだぜ? 同じように攫われた子供には、姉妹もいないやつがほとんどだったからさ」
「……そのお母様とかいうヤツ。ろくでもなさそうなヤロウだな。なんで赤ん坊攫ってまで、優秀な魔法使いを育てようとしてんだ? 一体なにを目論んでるんだ」
「わからない」
「わからない?」
「ああ。ルークス自体には名目上の目的はある。『魔法を世界に復活させ、再び我らが頂点に君臨する』って目的が。その目的に誘われてきた各地の生き残りの魔女、私的な目的を達成するために加入した魔女、そして私たちのように赤ん坊から育てられた魔女……それらが集まり、組織されているのが『ルークス』。もっとも『再び頂点に君臨する』なんて言っちゃあいるが、魔女が人類の頂点に立っていたことなんて過去に一度もないんだけどな」
「……世界征服みたいな寝言を言ってるわけか、そのルークスとかいう組織は……。だが、それなら世界征服がそのお母様とかいうヤツの目的じゃねえのか? そのために優秀な魔法使いを育ててるんじゃねえのか?」
「……多分違う。お母様の……あのババァの目的は別にある。断言はできないけど……」
なんとも現実離れした話だった。魔法に秘密組織に世界征服……。ガキの見るなんとかレンジャーの話かよ、と一瞬霧雨は思う。しかし、リサの真剣な表情を見ると、作り話でもドラマでもなさそうだと感じ、霧雨はため息を吐いた。
「じゃ、育てられたお前も魔法使いってわけか?」と霧雨はリサに問う。
「……魔法使いだったって言い方がいいだろうな」
「……だったってことは、今は違うのか?」
リサはコクンと頷く。心なしか元気がないように見えた。
「そ、今の私は魔法使いじゃない。魔法が使えないから。……おっさん。魔法ってのはどうやったら使えるか知ってるか?」
「知ってるわけねえだろ」
「へへっ。そりゃそうか。外の世界じゃ、もう魔法はロストテクノロジーでなかったもの扱いされてるもんな。……魔法を使うにはさ、色々な要素が必要なんだ。もちろん常人がその要素を持つには並大抵の能力じゃ足りない。魔法使いになるには才能がどうしても必要になる。だから、霧雨のおっさんが魔法を使いたいって言ったとしても習得するってのは中々厳しいんだぜ?」
「別に魔法なんざ使う気ねえよ、俺は。飛び道具なんざ卑怯もんの使うもんだ」
「ははっ。おっさんらしいな。まあ、魔法は飛び道具とは限らないんだぜ? ……話を戻すと魔法を使う要素には、魔力、運、技量、気質と言った力が必要になる。さらに加えるなら、魔法発動と直接関係ないけど、生命力や知力、体力とかの能力もあれば、もちろん更に良い。人間としての基礎能力だからな」
「それで、なんでお前は魔法を使えなくなったんだ?」
「……私たち姉妹は実験に使われたのさ……!」
リサは怒りの感情を抑え込むように箸を握っていた拳に力を入れ、歯も食いしばる。
「……実験?」
「ああ……! あのババァは……『テネブリス』は私たち姉妹を攫った時から、私たち双子の持つ能力を一つにする計画を立ててたんだ……! ……一年くらい前。私たち姉妹が魔法使いとして成熟したと判断したテネブリスは、魔法に必要な私の能力を全て姉さんに移植したんだ。嫌がる姉さんと私を無視して無理やりに……。『最高傑作を作る』とかいう意味わかんねえこと言ってな……! その時に私は魔法を発動するのに必要な能力である魔力、運、技量、気質を全て失った。多分、生命力や知力、体力も併せて……。幸いだったのは実験が成功したことくらいさ。下手すりゃ姉さんも死にかねなかったんだから。……そうして私は魔法を使えなくなった。実験のあと、私は命からがらルークスから逃げ出した。用済みの私が、その辺の実験動物よりも酷い扱いをされるのは目に見えてることだからな」
「よく逃げ延びれたな、てめえ。魔法がどんなもんかは知らねえが、魔法を使えねえお前が魔法使いから逃げるってのは、丸腰のやつが拳銃持ったやつから逃げるってのと、そう変わらねえんじゃねえか?」
「物騒な言い方だなあ、おっさん。でも、その通りだぜ。私が逃げ切れたのは姉さんが助けてくれたからさ。自慢じゃないけど、私たち姉妹は人間の魔法使いの中じゃ群を抜いて優秀だったんだぜ? さらにそれを一つにしたんだ、姉さんは人間の魔法使いの中ではトップクラスの実力になっていた」
「……まるで、人間じゃない何かがいるみたいな言い方だな」
「ああ、いるぜ。妖怪や神様と呼ばれる存在もルークスのメンバーにはいるんだ」
「正気じゃねえ話だな。そんな奴らを束ねてるお母様とかいうババァはどんな化物なんだよ」
「……本人は『最初の魔女』だと自称してるみたいだぜ? それが本当かどうかはわからないけど、神と呼ばれる存在たちにも顔が効くのは間違いない。千年以上生きているって噂さ」
「……やっぱり正気じゃねえな。……てめえ、この前、この日本に来た理由は『最後の地』がどうたらとか言ってたな。ありゃなんだ? 姉さんと約束したとか言ってたが……」
「……テネブリスは何か野心を持っている。それを絶対に叶えさせたらいけない。きっとそれは世界を闇に飲み込ませるものに違いないから。……テネブリスは運に溢れるコミュニティを潰して回っていた。何を狙っているのかは解らないが、適当に理由を付けては運脈をその手中に収めていた。言ったろ? 運は魔法を発動するのに必要な要素だって。それをあのババァは集め回っている」
「おい、待て待て。コミュニティってのは何だ?」
「……外の世界と隔絶された土地や次元や世界のことさ」
「ああ? なんだそりゃ……」
「昔は魔法って、ごく当たり前にこの世界に存在したんだぜ? だが、人間が科学に傾倒し、自然や神を疑い始めたことで宇宙の怒りを買い、魔法はその姿を消し始めた。魔法が失われることに憤りや恐れを感じた一部の神、妖怪、人間は魔法や妖術で結界を張り、外の世界……、つまり、おっさんたちが住むこの人間世界と切り離した世界に住むようになった。それがコミュニティさ」
「西遊記の天竺みたいなもんか……? あるかどうかもわからねえ幻の土地みてえな……」
「まぁ、そんな認識でいいんじゃねえの? もっとも幻じゃなくて現実に存在するんだけどな。……そして、テネブリスは計画通りにコミュニティを潰して回っている。その最後のコミュニティが……」
「日本ってわけか」
「正解だぜ、おっさん。正確に言うなら、『日本のどこかにあるコミュニティ』だけどな」
「なるほど、ようやく合点がいった。お前が歴史やら文化やらの本を借りまくっているのは、そのコミュニティとやらがどこにあるか調べるためか」
「あったりー! 結構鋭いじゃん、おっさん。……姉さんと約束したんだ。『最後の地』で私と姉さんが協力して、テネブリスの野望を止めようって」
「……で、その最後の地がどこにあるか分かったのか? って聞くまでもねえな。分かったんなら、もうオレの家に居候なんざしてねえだろうしな」
「ああ。まだどこにあるかはわからないんだぜ。でも、名前は突き止めた」
「名前なんてあるのか。……なんて名前だ?」
「幻想郷……。それが、『最後の地』の名前だ。そして、テネブリスの野望を叶えさせないために、私と姉さんが絶対に守らなきゃならない場所なんだぜ」
霧雨はリサの目つきが鋭く変わっていることに気づく。その眼には『絶対にやり遂げる』という決意が露わに浮かんでいたのだった。