東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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不快な苛立ち

◇◆◇

 

 霧雨は今日も夜の街で、暴力的仲裁者としての仕事を果たしていた。霧雨は小賢しい真似が嫌いなのである。カツアゲ、特殊詐欺、強制売春……。弱い人間から搾取しようとする奴らを見るとムカっ腹が立った。今日見かけた小賢しい連中は一般サラリーマンに高額な飲み代を請求する『ぼったくりバー』を経営している反社会組織だった。たまたま、ぼったくりバーの路地裏で輩に囲まれていた被害者サラリーマンを見かけた霧雨は、いつものように輩どもをしばく。

 

「さすがにビール大ジョッキ一杯で10万請求するってのは、やりすぎじゃねぇか?」

 

 霧雨は輩の一人をぶん殴りながら、自論を主張する。

 

「ぐっ……!? てめえはあのジジィんとこに雇われてる例の……!? ふん。ビールの値段決めんのは俺たちの自由なんだよ……! 法律だってそう言ってるんだからなぁ……!」

「らしいな。で、それがどうした?」

 

 霧雨も知っている。ぼったくりバーは法的にはこれといって罰則はないのだ。高い値段の物を客が買っただけ。それがぼったくりバーの主張であり、日本の法律ではぼったくった店側の主張がある程度通ってしまうのが現状だ。しかし、そんな法律のことなど霧雨には関係ない。

 

「やくざ者のくせに理屈に守ってもらうつもりでいるのか、てめえ。情けねえ奴らだ。法律だぁ? んなもん関係あるか。人として正しいことを貫くことができねぇ法律なんざ、こっちから願い下げだぁ!」

 

 霧雨は反論した輩の頬を思い切り、殴り飛ばした。壁に叩きつけられた輩は気絶してしまう。

 

「やりやがったなぁ!?」

 

 輩どもの一人がナイフを構え、霧雨に向ける。

 

「……ぼったくり行為は法律に従ってやってるとか言うくせに、明らかに法律違反のナイフ使うたぁ、とんだ法律家さんもいたこったなぁ。あァ!?」

 

 霧雨は苛立ちを募らせ、ナイフを構えた輩に向かってドスの効いた低い声で激しく威嚇した。あまりの圧に輩はナイフを握った手を震わせる。

 

「うぁああああ!?」

 

 恐怖交じりの声を上げながらナイフを突き刺してくる輩に対し、霧雨は眉を吊り上げたまま、その拳を顔面目掛けて振り下ろす。ナイフ持ちの男よりもリーチの長い霧雨の太い腕と拳は、輩の前歯を折りながら振り抜かれた。

 

 歯を折られた輩もまた、白目を剥いて気絶する。

 味方二人を霧雨にやられたぼったくりバーの店主らしき輩は恐怖からか、「あ、あぁ……」と震え声を出しながらその場に膝をつく。その姿を見た霧雨は店主らしき男に警告した。

 

「……これぐらいで勘弁してやらぁ。また同じように狡い商売してたら、次はてめえも同じ目に遭わせてやっからな」

 

 霧雨はぼったくりバー近くの路地裏から立ち去った。被害に合っていた男性サラリーマンの姿は既にない。

 

「……助けたってのに、礼もなしに逃げ出したか」

 

 霧雨は思わずぼやく。霧雨も礼が欲しくてこの仕事をしているわけではない。しかし、体を張って守ろうとしている男がいるのに、その男を見捨てて逃げ去ったサラリーマンの男らしくない行為に霧雨は失望したのだ。

 

「……ジジィ。もしかしたらよう、この街、いや、この国には助ける価値もねぇ奴らが増えてるのかもしれねぇ。任侠が無くなってるのはヤクザ側だけが原因じゃないのかもな」

 

 霧雨はその場にいない老組長に向けて呟く。

 

「きゃぁあああ!?」

 

 失望に浸る霧雨の耳に届く若い女の悲鳴。霧雨のいる路地裏の通りとは大通りを挟んだ逆側の路地奥から聞こえてきた。霧雨は声のした方へと走る。そこには女子高生くらいの若い女が男たちに囲まれていた。

 

「ひっひひひ。か、かわいいなぁ……! 今からたっぷり可愛がって、あ、あげるよぉ……!」

「い、イヤぁ……! き、きもい、触らないで……!」

 

 若い女の言う通り、気持ち悪い男だ、と霧雨は思った。格好だけはヤクザのようだが……ひょろくて細い、なよなよした男は、女の服に手をかける。

 

「そこまでにしとけぇ」

 

 霧雨は男たちにドスの効いた声を浴びせる。

 

「男が寄って集って一人の女に手ぇ出そうなんざ、卑怯なことこの上ねぇな」

「な、なんだ、こいつぅ。ぼ、僕のお楽しみの、じゃ、邪魔する気かぁ……!? お、お前ら、や、やっちゃえ」

 

 全くヤクザらしくもなければ、漢らしさの欠片もない声でなよなよ男は取り巻きの輩たちに命令を下す。取り巻きの男たちはなぜか、そのなよなよ男の言うことを聞き、霧雨に対して戦闘態勢を取った。

 

「……なんだぁ? そんななよなよした、見るからに弱っちそうな男の言うことに従うのか? ……ん。てめえら、どこかで見たことあるぞ……? ……てめえら、ジジィんとこの若い奴らじゃねえか。なんでそんななよなよ野郎に従ってる……!?」

「うるせぇぞ、霧雨のおっさん。てめぇ、坊ちゃんの顔も知らねえのか!?」

「あァ? 坊ちゃん……? ……どうでもいいな。どんな奴か知らねえが、女一人に男を群がらせる野郎なんざ、この場でしばいてやる……!」

「や、野郎ども、や、やっちまえぇ……!」

 

 輩たちのリーダー格であるなよなよ男の命令とともに襲い来る男たち。しかし……。

 

「そ、そ、そ、そんなバカなぁぁぁ……」

 

 情けない声を上げるなよなよ男。霧雨は例のごとく、一瞬でなよなよ男の取り巻きを一人残らず退けたのである。

 

「あとはてめえ一人だなぁ。なよなよ野郎」

 

 霧雨は囚われていた女を逃がすと、拳をボキボキと鳴らしながら、なよなよ男に近づく。

 

「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ」と情けない声を出す『なよなよ』に霧雨は苛立ちを覚える。

 

「てめえの部下には俺を襲わせたくせに、てめえは一人で喧嘩もできねえのか、あァ!? てめえみてえな男らしさの欠片もねえクソ野郎は思いっきり、しばかなきゃなぁ!!」

 

 霧雨はなよなよを殴ろうと拳を振り上げる。……その時だった。

 

「……やめとけ、霧雨」

 

 霧雨の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。霧雨が振り返ると、そこには見たことのあるグラサンをかけた男が佇む。そう、いつも老組長のそばに付き添うあのグラサンだった。

 

「グラサン、てめえ何でこんなとこに……?」

「……坊ちゃんの護衛だ」

「坊ちゃん……? ほかの奴らもそんなこと言ってやがったな。このなよなよは一体何者だ?」

「……お孫さんだ」

「孫ぉ? 誰のだ」

「……組長《おじき》のだ」

「な、なに!?」

 

 霧雨は驚きを隠せない。霧雨がジジィと呼ぶ、昔ながらの任侠の最後の生き残りのような老人。そんな老人の孫がこんななよなよした男だとは到底信じられなかった。

 

「て、てめぇ、おせぇんだよ。も、もう少しで、お、俺が怪我するところだったんだぞ、こら!」

「……申し訳ありません、坊ちゃん」

 

 なよなよ男に謝罪するグラサンを見た霧雨は、なんとも言えぬ不快な感情を覚えるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 なよなよ男との一件から一夜明けた日。霧雨は老組長の邸宅兼本部に足を向かわせた。

 

「……ジジィに会わせろ」

 

 霧雨は本部の入り口を警備する輩の一人に苛立ち交じりの声で許可を求める。苛立っているのは、あんななよなよした孫を老組長が放って置いていることに対してだった。しかし、思いもよらない言葉が警備の輩から返ってくる。

 

「……会わせるわけにはいかねえ。組長からそう言われてるからなぁ」

「あぁ? 俺はジジィにいつでも会いに来いって言われてんだ。それはてめえも知ってんだろ!?」と霧雨が詰め寄る。

「やめとけ、霧雨」と声をかける男が一人。

「……グラサンか」

「組長《おじき》に会いたいんだろ? ……付いてこい」

 

 グラサンは霧雨にそう言うと踵を返して、歩き始めた。霧雨が付いて行くと、大きな病院に辿り着く。

 

「あぁ? ここはキタの街で一番でけぇ総合病院とかいう奴じゃねえか……」

「無駄口叩くな、霧雨。黙ってついてこい」

 

 霧雨が案内されたのは、病院の最上階にある広い個室の病室だった。そこで弱った様子で一人の老人がベッドで眠っている。……霧雨がジジィと呼ぶ老組長だった。

 

「ジ、ジジィ。どうした!?」

 

 霧雨の大声にゆっくりと老組長は眼を開く。

 

「……うるせぇぞ、デカいの。……ここには呼ぶなっつってたんだけどなぁ」

 

 老組長はグラサンに視線を向けながらぼやく。

 

「よっこらせっとぉ……」

 

 老組長はゆっくりとベッドから体を起こす。

 

「おじき! 無理はしないでください……」とグラサンが声をかける。

「デカいのを呼んでおいて、そりゃねえだろうよ。……デカいの、見ての通りだ。どうやら、そろそろ俺にもお迎えが来るらしい。行き先は地獄だろうよ」

「なに言ってんだ。らしくもねえ」

「……デカいの。俺の孫のこと見たんだってなぁ。情けねぇだろぉ?」

 

 ごほごほっと咳き込みながら、落ち込んだ表情をする老組長。

 

「俺ぁ、アレだけが心残りなのさ。……俺ぁ息子どもは立派に育てたつもりさ。俺には3人ガキがいるが、一人は医者、一人は弁護士にした。そして、長男にオレの跡を継がせた……。どれも出来たガキどもだった。だがよう、長男は抗争で数年前に死んじまったんだよ。それで俺がまた組長に返り咲いたわけだ……。よくできた長男だったが、俺ぁ一つだけ教え損なったらしい。立派なガキの育て方だぁ。長男のガキが……俺の孫があそこまで性根の腐った男になるたぁ思ってなかったぜぇ」

 

 言い終わると、老組長はごほごほっと血混じりの咳をしだした。

 

「お、おい。ジジィ、大丈夫か……!?」

 

 その様子を見たグラサンは躊躇せずにナースコールを押した。すぐに駆け付けた医者と看護師が老組長の治療を始める。霧雨とグラサンは追い出されるように病室の外に出た。一時して、医者が病室から出てくる。

 

「先生、おじきは……!?」と尋ねるグラサン。

「……大丈夫ですよ。今はクスリが効いてよく眠っています。……しかし、病状が進んでいることに間違いはありません。もうじき……ということです。言葉にはしませんが、覚悟はしておいてください」と言って、医者は病室を去った。

 

 霧雨とグラサンは病院の庭園に出た。グラサンが霧雨に話を切り出す。

 

「……霧雨。そういうことだ。おじきには入院のことをお前に伝えるなと言われてはいたんだが……。……もうじき、おじきは死ぬ。……霧雨、前言った通りだ。そろそろ決めろ。組に入らねえなら……、この街から去るんだな。おじきの死後、この街にお前の居場所はねぇ」

 

 言い残して、グラサンは霧雨の元から去っていった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ク、クソクソクソ……。あ、あの霧雨とかいうやつめぇ……。ぼ、僕をこけにしやがってぇ……!」

 

 なよなよ男こと老組長の『孫』は自身に与えられた組織の支部でいらいらと貧乏ゆすりをしていた。支部がある場所はかつて霧雨もいた日雇い労働者の集まる『ドヤ街』……。

 

「帰りました、坊ちゃん」と組織の下っ端が孫の部屋に顔を出した。

「お、おせえんだよぉ。き、霧雨の居場所は、わ、分かったんだろうなぁ……!?」

「へ、へぇ。どうやら奴ぁ、キタの中心街から少し離れたマンションに住んでるみてえでして……。なんでも、組長がそのマンションの一室を用意したんだとか……」

「お、おじいちゃんがぁ……!? ち、ちくしょう。あ、あのジジィ……。ぼ、僕にはこんな豚の肥溜めみたいな街の支部しかくれなかった、く、くせにぃぃ……」

 

 なよなよ孫はその細い体をくねくねと動かして、怒りを露わにする。

 

「……しゃ、写真だ、写真見せろよぉ。その霧雨が住んでるっていうマンションの写真をよぉぉぉ……」

「へ、へぇっ。こちらです」

 

 下っ端は霧雨がマンションを出入りする瞬間の写真を数枚、なよなよ孫に差し出した。

 

「こ、こ、ここが奴のマンションか、か、かぁぁ……。ふ、ふざけやが、やがってぇぇぇ……。……ん? ん、ん、んん? 霧雨の横にいる金髪は何者だよぉ……?」

 

 下っ端の出した写真の一つに霧雨とリサが買い物帰りに一緒に写っているものがあった。

 

「へぇっ。何でも霧雨と同居してるガイジンっぽい女だとか……。愛人でも、恋仲でもなくてただの居候なんだとか……。詳しい関係はわかりやせんでした」

「へ、へぇ。か、か、かわいいじゃねぇかよぉ。こ、この金髪の女ぁ……。へ、へへぇ。良いこと、お、思いついたかも、し、しれねぇ……」

 

 なよなよ孫はにやりと顔を歪める。あまりにだらしのないその笑みに、部下である下っ端の輩さえ、生理的嫌悪感を覚えるのだった。


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