魔理沙に声をかけられた女性は驚いた様子で魔理沙を見つめる……。女性は幻想郷では珍しく、女性用の黒いスーツと白いシャツで身を包んでいた。しかし、魔理沙は女性の珍妙な服装には眼をくれず、女性の顔を凝視し続ける……。
「母さん……って私のこと……?」
魔理沙は女性の言葉で我に帰り、女性と合わせていた視線をずらす……。
「い、いや、アンタが死んだ母さんに凄く似ていたから、つい……」
魔理沙は少し口籠るような様子で帽子のつばに触れ、深くかぶりなおす……。女性が母親でないことは、冷静になればすぐに理解できることだ……。だが、余りにも似ていたのだ……。透き通るような金髪、金色に輝く瞳、顔はもちろん、声も、背丈に至るまで……、全てが魔理沙の母親と瓜二つである……。違うところと言えば、目付きの鋭さと厳しげな雰囲気を放つ表情だ。『母さんはもっと優しい顔をしていた。しっかりしろ、魔理沙! 母さんはもう死んだんだ……!』と、魔理沙は自分に言い聞かせる。
「……もしかして……、あなたがマリサちゃん?」
女性は魔理沙に優しい口調で話しかけてきた。鋭い目つきの女性だが、その顔が穏やかな表情に崩れる……。
「私を知ってるのか……?」
「ええ……。今、あなたのお父さんと喋ってたのよ……。『とんでもないはねっ返りの娘がいるんだ』って言ってたわ」
「あのクソ親父……」
「……確かにはねっ返りみたいね……。駄目よ。お父さんのことをクソ親父なんて呼んだら……。そして、思っていた以上に可愛らしい子ね、あなた……。リサの子供の頃そっくり……」
そう言いながら、女性は魔理沙の帽子を取って頭をなでる……。魔理沙は母親に撫でてもらった幼少時代を思い出す……。手の大きさも、体温もなでかたも……魔理沙の母親そっくりだった。魔理沙は懐かしさと気恥ずかしさから顔を赤らめる……が、すぐに冷静さを取り戻し、女性に質問する。
「おばさん……! アンタ今、理沙って言ったよな!? 私の母さんのこと、知ってるのか?」
「お、おば……、……お姉さんって言いなおしなさい!」
「え? でも、私の母さんより年上そうだし……」
「お・ね・え・さ・ん!」
先ほどまで温和な表情を作りだしていた女性の表情が、鬼の形相になる……。魔理沙は慌てて言い直す。
「そ、それで、お姉さんは母さんとどんな関係なんだぜ? 顔、凄く似ているし……親戚?」
魔理沙の質問を聞き、女性は鬼の形相から一転して、神妙な顔つきになる。
「それはお父さんに聞いてもらえるかしら……。それじゃ、お姉さんは帰るわ。あなたに会えて良かった……。もし、また会えたら……、その時はゆっくり話しましょう……」
女性は足早にその場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと! 少しくらい母さんのこと教えてくれ、なんだぜ!? 母さんは生きてる時も自分のことを話そうとしなかったし……、親父も母さんのことを話してくれない。私は母さんのことを何も知らない……。だから、知りたいんだ。母さんがどんな人生を歩んでたのか……!」
魔理沙の言葉に反応し、女性は振り向く。哀しそうな笑顔で……。魔理沙はその表情に思わず言葉を失ってしまった……。女性は質問に答えることなく、魔理沙に背を向け、歩みを再開する。
「尾行してやるぜ……!」
魔理沙は女性が大通りの角を曲がったところで、追いかける……。建物の陰に体を隠し、バレないよう慎重に、女性の姿を視認しようと顔を出す……。
「え……?」と魔理沙は茫然とした表情を造る……。見通しの良い通りにも関わらず、そこに女性の姿を見つけることはできなかった。
「そ、そんな馬鹿な……。そ、そうか。空か!?」
魔理沙は青空を見上げるが……、飛んでいる者はいなかった……。魔理沙は再び地上に目線を戻す。通りに隠れられそうな場所はない……。
通り沿いの店舗に入ったのかもしれない、と思った魔理沙は覗いて回るが……女性を見つけることはできなかった。
「どういうことなんだぜ……?」
魔理沙は箒に乗り、空から人里全体を見渡す……。しかし、あの目立つ金髪はどこにも見当たらなかった……。