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「何でだよ!?」
リサが亡くなって数年が経過した……。魔理沙も随分と大きくなり、自己主張が激しくなる年頃になる。ここ最近は霧雨と対立することも多くなった。対立する内容はいつも決まっている。今日も魔理沙は激昂していた。相手はもちろん自身の父親……。
「何度も言わせんな。……俺は店に魔法道具を置くつもりはねぇ」
「何で……、何でなんだよ!? 母さんが死ぬまでは普通に魔法道具を置いてたじゃないか! それなのに……母さんが死んだ途端に魔法道具を置かなくなるなんて……。おかしいんだぜ!」
「……深い意味はねぇ。売れないから置かないだけだ」
「ウソなんだぜ!?」
魔理沙は霧雨を睨みつける。
「……親父は私に魔法をさせたくないんだ……! だから魔法道具の商品も置かないようになったんだろ!?」
霧雨はふうと溜息を吐いてから口を開いた。
「……たしかにそうだな。てめえが魔法なんてくだらねえモンにのめり込まねえように、魔法道具を置いてねえんだよ」
「……ふざけんな! 親父だって知ってんだろ!? 私は母さんと約束したんだぜ! 凄い魔法使いになるんだって……! なんで魔法使いになるのを認めてくれないんだよ!?」
「いつまでガキみたいな夢追ってんだ。魔法使いになるだぁ? それで飯が食えんのか、あ!? 人里にいるお前ぐらいの歳の奴らを見てみろ。家業の手伝いして汗水垂らして働いてやがる。お前も家の手伝いしろ! そうじゃないなら大人しく、お淑やかな娘になるように努力して、良い旦那のとこに嫁げ。それをリサも望んでいたんだからよ」
「うるさいんだぜ! 母さんがそんなこと言ってるはずない!! こんな家出て行ってやる!」
何度目、何十度目かもわからない口論の末、魔理沙は家を飛び出していった。
「……ったく、とんだはねっかえり娘になりやがって……。誰に似たんだ?」
霧雨はほうきに乗って空の彼方へ飛んでいく魔理沙の小さな背中を一人ごちりながら見送るのだった。
――永遠亭、現在――
「んでもって今ここに至るってわけだな。ちったぁ俺とリサのことがわかったか?」
霧雨は枡に入った酒を飲み干しながら昔話を切り上げた。
「……そうか。母さんって私が思ってたような、お淑やかな人じゃなかったんだ……」
「幻滅したか?」
「いーや。お茶目な人だったんだなって思っただけだぜ? ……でも少しくらい本当の姿を見せてくれても良かったのに……とはは感じるけどさ」
魔理沙は少し寂しそうに口角を上げる。
「……許してやれ。あいつはあいつなりに、理想の母親像を貫きたかったんだろうよ」
「うん。……でも、わかんないんだぜ?」
「あん?」
霧雨は酒に酔って真っ赤になった顔で眉間に皺を寄せる。
「なんで、親父はそこまで頑なに私が魔法使いになるのを認めないんだよ? そりゃ、私に運がないのを知ってたから、親父も母さんも魔法使いにさせたくなかったってのはわかるけどさ……。霊夢の先代にあたる博麗の巫女には魔法を使える者になれるって言われてたんだろ? そんなに激しく反対しなくてもいいじゃねえかって思うんだぜ……?」
「ふん、そんなことも解らねえのか。解らねえなら、解らねえままでいい」
霧雨はわずかに欠けた月を見ながら酒を追加する。
「何だよ、その言い方」
反論する魔理沙に父である霧雨はフンと鼻息を荒らす。
「俺はお前が魔法使いさえ目指さなけりゃ、どんな道を選んでも反対したりしねえよ。だが、魔法だけは断固反対してやる。なんでなのかは、てめえで考えろ……!」
言いながら、霧雨は追加した酒も飲み干した。
「一体何言って……」
魔理沙は親父に言い返そうとしてやめた。ふと気づいたのである。父親である霧雨の意図に……。
「……親父、もしかして……。私を試してたのか……!?」
魔理沙の問いに霧雨は答えない。魔理沙は知っている。図星を突かれたとき、霧雨は無言になることを。
魔理沙は父の想いを推し量る。
霧雨はわざと魔理沙が魔法使いになることに強く反対したのである。なぜそんなことをしたのか。霧雨はこう考えたに違いない。「俺の反対を押し切るくらいの覚悟がなければ、魔理沙が魔法の道で生きていくことはできない」と。だから、霧雨はあえて魔理沙が魔法を学ぶことに厳しい対応を取ったのだ。
もし、魔理沙が霧雨の反対に押し負け、魔法の道を諦めるのならばそれでも良いと霧雨は考えたのである。父親の反対くらいで折れ曲がる程度の覚悟では、運という魔法の才能がない魔理沙は魔法の世界で生き抜くことはできないのだから、と。
霧雨は自分が魔理沙に恨まれるのを覚悟した上で、魔理沙の魔法使いになりたいという夢に厳しい対応を取ったのだ。それは魔理沙の夢を一番応援している裏返しでもあったのである。
「フン」と魔理沙の問いに霧雨が鼻息でしか答えない様子を見て、魔理沙は自分の読みが当たっているのだと確信する。しかし、それ以上言葉で霧雨に確認は取らなかった。この『頑固親父』が娘である自分に心の内を読まれたと知れば、ますます態度を硬化させるのは間違いない。生まれてからずっと付き合いのある魔理沙には解る。
魔理沙が『やっぱりそうだったのか、親父。私のためを思って……』などと言えば、『そんなわけねえだろ、クソガキ!』と言い返してくるのは間違いない。なにより、魔理沙だってそんな恥ずかしいことを親父に対して言うつもりもなかった。霧雨は改めて魔理沙に尋ねてきた。
「……思いは変わらねえか? 自分に才能が無くても、魔法使いになりたいっていうくだらない夢に変わりはねえか?」
「……当たり前だろ! 世界中の誰もが私の夢を馬鹿にしたとしても……、私は諦めない! 私の夢は凄い魔法使いになることだぜ!」
「フン。そうかよ……」
いつもと変わらない仏頂面をしたままの霧雨だったが、魔理沙にはどこか笑っているように見えた。魔理沙にしか分からない表情の変化……。魔理沙が霧雨の心境を推し量っていることを知ってか知らずか、霧雨は立ち上がりながら口を開く。
「やっぱり、お前はクソガキだ。勘当継続だな。魔法使いの夢を諦めるってんなら、家の敷居を跨いでもいい……」
霧雨の言葉の後ろに続く言葉が魔理沙には解ったような気がした。『魔法使いの夢を諦めるなら家の敷居を跨いでもいい……。でなけりゃ、俺を黙らせるくらいに一流の魔法使いになれるまで帰ってくるな』と霧雨が言っているように魔理沙には感じられた。
「へっ! 誰が諦めるかよ!」
「……勝手にしろ」
霧雨は捨て台詞を吐くと、永遠亭の屋敷内へと消えていった。
「見ててくれよ、親父……」
魔理沙は永遠亭内に消えた霧雨に向かって小さく呟くのだった。
「……親父さんの昔話は終わったかい?」
魔理沙に声をかけてきたのは永遠亭のお抱え兎『因幡てゐ』だった。
「ああ、終わったぜ」
「結構長いこと喋っていたようだったけど……、良い話ができたのかな? 良い表情になってるよ、霧雨魔理沙」
「別に良い話なんかしてねえよ。改めて、勘当を言い渡されただけなんだぜ?」
「ふーん。ま、なんでもいいけど。アンタが落ち込んでやる気をなくしていなきゃね。……魔理沙、やっぱり姫様に稽古をつけてもらえるようにもう一度お願いに行くべきだ。あの人の力を借りなきゃ、アンタは魔女集団に対抗できない」
「……そうだな。行こう!」
「どうしたんだい? さっきまでと打って変わってえらく乗り気じゃないか?」
「まあな。親父と話してて思い出したんだ。私の目的を……『夢』を……。それを叶えるためには手段を選んでられないんだぜ? さ、早くあの姫様がいる座敷部屋に向かおうぜ」
魔理沙とてゐは再び蓬莱山輝夜が居る座敷へと足を運んだ。輝夜は座敷の中央で慎ましく座していた。だが、慎ましいのは振る舞いだけで、その存在感は部屋を充満していた。
「あら、またやってきたのね。私を納得させるだけの答えは持ってきたのかしら?」
輝夜の言う答えとは、稽古の先に得た強さでなにをするのか、ということだ。魔理沙は答える。
「母さんを嘘つきにさせないためだぜ」
「……どういうことかしら?」
「母さんに言われたんだ。『きっと凄い魔法使いになれるわよ』って。……母さんの言葉を嘘にするわけにはいかねえんだぜ! 私は母さんとの約束を破るわけにはいかないんだ! そのために私は強い魔法使いにもならなきゃいけない。あんなルークスとかいう魔女集団に、『凄い魔法使い』への道を……母さんとの約束を邪魔されるわけにはいかないんだぜ!」
「ふーん。青臭い」
「んな!? 馬鹿にするのかよ!?」
「気に障ったのなら謝るわ。ごめんなさい。……でも青臭いわ。青臭いけど……、悪くない。それでは見せてもらおうかしら。その青臭さで私の試練を超えられるのかを」
「じゃ、じゃあ!?」
「……稽古をつけてあげる。その約束を守ろうという思いが本物ならば、生きて帰ってこられるでしょう……。さて、貴方は私の試練を乗り越えられるかしら? 公達のようにはならないでね。……ついてきなさい」
「……どんな試練だって乗り越えてやるんだぜ」
霊夢が重傷を負って以来、どこかくすんでいた魔理沙の瞳に炎が灯る。魔理沙の意志は固まった。運がない、才能がない、…………そんなことは関係ない。自分の生まれ育った幻想郷が得体の知れない魔女たちに奪われようとしている。母親も親友もひどい目に遭わされた。その心に復讐心が宿っていないのかと言われれば、それは否定できない。だが、今の魔理沙を動かす原動力はそんな怒りに満ちる濁った心ではなく、純粋な願いだった。
『凄い魔法使いになる』、母と約束したその願いを叶えたいという透明な意志が魔理沙を動かす。『たかが』魔女集団ごときにその願いを邪魔されるわけにはいかない。『強さ』は凄い魔法使いになるための手段であり、副産物に過ぎないのだ。
「……母さん、霊夢。…………親父。見てろよ、みんなが心配なんかする必要ないくらいに『凄い魔法使い』になってやるんだぜ」
魔理沙は輝夜の後を追いつつ、満点の星空をその眼に写すのだった。