東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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地底

◇◆◇

 

――旧地獄――

 

 ところ変わって、ここは旧地獄。幻想郷の地底に広がる空洞空間である。その名のとおり、かつてこの地は地獄だったのだが、閻魔たちが掲げた『地獄のスリム化』という名目で移転が行われ、廃墟と化していた。

 

 地獄の名残は残っており、まだまだこの旧地獄には浮かばれない怨霊たちが蠢いていた。誰もが訪れることすら嫌がりそうなこの地だが、住んでいる者たちもいる。

 

 人間に嫌われ、地獄に封じられた妖怪や、人間を嫌い、自ら旧地獄に住み着くようになった妖怪たちである。彼らは閉鎖的ではあるが、ある意味自由な旧地獄という地底世界でそれなりに楽しく過ごしていた。

 

 そんな旧地獄へとつながる洞窟の道を一人、上下黒色のモーニング服を着た『女』が歩いていた。女はこれまた黒いシルクハットを被り、片眼鏡を左眼に装着している。どこか知的な雰囲気を漂わせるその女が右手に持つ書物を片手だけで開き、流し目で読みながら移動していると、上方から一つの大きな桶が音もなく頭目掛けて落ちて来ようとしていた。

 

「……まったく、騒々しいですねぇ……。そんな不意打ちが私に効くとでも?」

 

 モーニングの女は右手に持っていた書物をパタンと閉じると、後方に飛び退き落ちてきた桶を、長く伸ばした美しい黒髪を靡かせながら華麗にかわした。大きな桶は女のいた地面に激しく衝突する。

 

「うっそだぁ!? 私の鶴瓶落としが当たらないなんて!?」

 

 地面に落ちてきた大きな桶。その中に入っていた緑髪のツインテール少女は眼を丸くして驚いていた。

 

「手荒い歓迎ですねぇ。これがこの地底世界のおもてなしというわけですか?」

「やるじゃないか、アンタ。私の鶴瓶落としに気付くなんて!」

「それだけ騒々しかったら、嫌でも気付きますよ」

「うるさい? 凄く気を遣って音を立てないようにしてたのに……」

「……お嬢さん、私は闘いを好みません。できれば、穏便にこの地底世界の中心に向かわせて欲しいのですが……」

「そいつは無理な話だね! この旧地獄と地上の世界は妖怪の行き来を禁じているんだ。通すわけにはいかないよ!」

「それは困りましたねぇ。と言うことは、貴方を倒さなければならないわけですか……」

 

 モーニング女はやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。

 

「とっとと出ていきなよ!」

 

 緑髪のツインテール少女。白の死に装束を見に纏った彼女は空中に火の玉を十数個発生させると、モーニング女目掛けて発射した。

 

「んん! 人魂と言うやつですか?」

「鬼火って言うんだよ!」とツインテール少女はモーニング女の質問を訂正する。

「当たったら熱そうですねぇ。……だが、スマートではない」

 

 モーニング女は射出された鬼火をダンス染みた動きで、体ギリギリを通過させるように避ける。鬼火の軌道を見切っているかのような身のこなしだ。

 

「やるね、アンタ。私の鬼火を全部かわすなんて」

「おとなしそうな見た目と裏腹に中々好戦的なお嬢さんだ。……貴方、お名前は?」

 

 モーニング女の左眼についた片眼鏡がツインテール少女を捉える。

 

「私はキスメ。妖怪『鶴瓶落とし』のキスメさ」

「キスメ……。んん。美しい響きだ。実にスマート」

「褒めているようには聞こえないね」

「キスメさん。先ほどお話したとおり、私は闘争を好みません。諦めて通していただけると嬉しいのですがねぇ……」

 

 モーニング女はにやけた顔でキスメに提案する。しかし、キスメが聞くはずもない。

 

「やなこったね。アンタが帰りな!」

「そうですか。仕方ありませんねぇ。では少しだけお見せしましょうか。『悪魔の力』を……」

「……悪魔の力?」

「ええ。お母様から生まれた私の力をお見せしましょう……!」

 

 白い手袋を嵌めた左手の人差し指をキスメに向けると次の瞬間、モーニング女の人差し指が目にもとまらぬスピードで伸びる。伸びた人差し指はアイスピックのように尖り、キスメの入る桶にぶつかると、易々と破壊した。

 

「あっ……!? かっ……!? わ、私の桶を壊せるなんて……。なんて……力なの……? それに……なぜ……わかった……?」

 

 桶を壊されたキスメはその場で倒れると、目を見開き動かなくなった。

 

「んん! あなたの本体はその桶! それを壊せば、貴方は死んだも同然! それを狙い撃った私、実にスマート! ……もう聞こえてませんか」

 

 モーニング女はキスメの瞳孔が開いているのを確認し、ため息を吐く。

 

「あなたのおかげでお母様の読みが正しいことが確実になりましたよ。このコミュニティの地上にはあなたのような存在は既に消えている。この島国では『付喪神』と言うんでしたか? 地上では運を奪われ、消えているはずの付喪神がこの地底では生き残っている……。巨大な運脈が地上世界とは別個に、この地底に存在していることの証明です。……おっと。物言わぬ抜け殻にいつまでも話すのはスマートではありませんねぇ。……先を急ぎますか」

 

 モーニングの女は右手の書物を開くと、流し眼で読みながら再び旧地獄の中心に向かって歩き始めるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「はい。これで出来たよ」

 

 茶色のジャンパースカートを身に着けた金髪の少女はパンパンと手を払う。彼女の眼前には柱と板を白い糸で結びつけただけの簡単な小屋が立っていた。どうやら彼女が造ったらしい。

 

「わーすごい。ありがとうね、ヤマメちゃん。これで冬も暖かく過ごせそうだよ」

 

 虫型(といっても少女の姿をしているのだが)の低級妖怪たちが金髪の少女に礼を言う。金髪の少女は大きな茶色のリボンが付いた頭を大きく揺らしながら、満面の笑みを浮かべる。

 

「これくらいどうってことないよ! 私こういうの作るの得意なんだ。蜘蛛だし」

 

 簡単な小屋を作るのに使っている白い糸は蜘蛛妖怪である彼女の体から出したものであるようだ。彼女の名は「黒谷ヤマメ」。人懐っこい性格の彼女は、地底の低級妖怪から好意的な態度で見られていた。

 

 彼女が造っている小屋は冬の季節を凌ぐための使い捨てらしい。

 

「さ、次は誰の小屋を作ってあげようか?」

「はい、はい。次は私のおうち作ってよ。ヤマメおねーちゃん!」

「あ、ずるい。次は私のおうちだよね。おねーちゃん!」

 

 ヤマメよりも少し幼い低級妖怪二人が、どちらが次の番かを争っている。ヤマメは笑って二人の頭を撫でた。

 

「こーら。喧嘩しないの。慌てなくても大丈夫。ちゃんと作ってあげるから」

「はーい」と二人は返事する。そんなヤマメの元に一人の低級妖怪が歩み寄る。

「毎年、ありがとうね。ヤマメちゃん。さすがは地底のアイドルね」

「もう。褒めたって、なんも出ないよ?」

 

 ヤマメが親交の深い妖怪たちと、小屋づくりや談笑に勤しんでいると……。モーニング服を着た女がどこからか輪の中に入ってくる。そう、キスメを圧倒したあの片眼鏡の女だ。

 

「おやおや。中々活気に溢れていますねぇ。住居づくりの最中でしょうか?」

 

 ヤマメは見慣れないシルクハットを被った女に怪訝な表情を浮かべながら答える。

 

「……あんた、どこから来たの? ……まさか地上から?」

「ええ。ご明察です。この地底世界……ここでは旧地獄と呼んでいるそうですね。この地の中心地に行きたいのですが……。道はこっちで合っていますか?」

「地上の妖怪に教えるとでも?」

「ふむふむ。なるほど、どうやらこちらの道で合っているようですねぇ」

「はぁ? 何言っちゃってるのよ、あんた」

「これは失敬。それでは」

 

 モーニングの女はシルクハットを外して胸に当てるようにしてお辞儀すると、中心地へと向かって歩き出す。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 歩き去ろうとするモーニング女をヤマメは呼び止めた。

 

「それ以上行かせるわけには行かないわね」

「……なぜです?」

「地底の妖怪は地上に出てはいけないし、地上の妖怪も地底に入ったらいけないの。私も本当はこんな日の当たらない場所になんていたくはないのだけど……、我慢して外に出てないんだから。とっとと地上に帰りなさい」

「承諾できませんと言ったら?」

「素直に応じないのなら、私が追い出してあげるわ」

「んん。可愛らしいお嬢さんなのに、これまた好戦的だ。この地底世界は闘争を好む人が多いようですねぇ。仲良くなれそうにない……」

「……『これまた』、『多い』? ……あんた、まさか地底の誰かに手を出したんじゃないでしょうね!?」

「そんな人聞きの悪い……。私が歩いていたら突然上からあの妖怪(モンスター)の方が降ってきたのですよ。先に手を出してきたのはあの方。正当防衛というやつです」

「落ちてきたですって? あんたまさかキスメを……!?」

「ああ、たしかにそのような名だとおっしゃていました。貴方のお知り合いでしたか?」

「あんたキスメをどうした!?」

「んん。少しばかり、あの方が入っていた桶(バケット)を壊してしまいました。すると不思議なことにあの方が目を剥いて気絶してしまいましてねぇ。酷いことをしてしまいました」

「白々しいことを言うんじゃない。あんたキスメの本体が桶だと分かっていて壊したな!?」

 

 モーニング女はにやりと口元を歪めながら答える。

 

「まさか」

「……地底の仲間に手を出したヤツを許すわけにはいかない。力尽くで排除してやる!」

 

 ヤマメは手の平から蜘蛛の糸を出す。糸はモーニングの女目掛けて一直線に飛んでいく。

 

「んん。中々に筋の良い攻撃ですねぇ。しかし、私を捉えられるほどではない」

 

 モーニング女は右手に持っていた書物を閉じ、ダンスでも踊り出しそうな軽やかな足の運びでヤマメの攻撃をかわす。

 

「ふざけた避け方を……!」

「そう感情的になってはいけません。もっとスマートにしなくては」

「だまれ!」

 

 ヤマメは蜘蛛の糸を連発する。しかし、どれも当たらない。モーニング女はキスメの鬼火をかわしたときと同じく、体ギリギリを通過させるように避ける。当たりそうで当たらない……。そのもどかしさが、余計にヤマメを苛つかせる。

 

「んん。心を乱してはいけない。スマートでないその心では私の攻撃を避けることなどできませんよ?」

「何を言って……。……がっ!?」

 

 ヤマメの胸に長く伸びたモーニング女の指が突き刺さった。指に吹き飛ばされたヤマメは洞窟の壁に激突する。苦悶の表情を浮かべるヤマメに対してモーニング女は感心したように口を開いた。

 

「んん! 中々頑丈じゃないですか。私の指を受けても、貫通しないどころか出血さえしないとは!」

「……ふざけんじゃないわよ」

「んん? ふざけているのは貴方の方では?」

「……なんですって?」

「だってそうでしょう? 貴方はまだ、私に真の姿を見せていない!」

「……何のことかしら?」

「私に嘘を吐く意味はありませんよ? さあ、早く見せてください! 貴方の本当の姿を!」

「意味のわからないことを……!」

「おやぁ? 白をお切りになるつもりですか? それはスマートではない! 貴方がスマートになるお手伝いをして差し上げましょう!」

 

 モーニング女は左手指をさらに複数本伸ばし始める。ターゲットはヤマメに早く小屋を作るようねだっていた幼い低級妖怪たち……。鞭のように長く伸びた手指は幼い妖怪たちの首を締め上げ、宙へと持ち上げる。

 

「あ、あ……!? く、苦しい……よ。助け……て、お姉ちゃ……」

 

 苦しそうに首に巻き付いた指を剥がそうともがく子供たち。しかし、取れそうな様子は微塵もない。ヤマメは子どもに手を出すモーニング女に憤怒の視線を向ける。

 

「子供に手を出してんじゃないわよ! クソ眼鏡!」

 

 ヤマメは怒りに身を任せ、モーニング女に殴りかかる。しかし……。

 

「んん。この期に及んで姿を変えないどころか素手で来るとは……。スマートでなぃいいい!!」

 

 モーニング女はその長い足でヤマメの側頭部を蹴り上げる。ヤマメは再び洞窟の岩壁に叩きつけられた……。

 

「良いでしょう。貴方が真の姿を私に見せてくれないのなら、この子供たちに利用価値はありません! さっさと殺してしまいましょう!」

 

 モーニング女は子供たちに絡めている触手と化した指に力を込める。より一層苦しみだす子供たち。

 

「んん。素晴らしい苦悶の表情! 若い命を奪うこの瞬間こそ、実にスマート!」

「……やめろって、言っているでしょうがぁああああ!!」

「んん?」

 

 モーニング女は片眼鏡のピントを叫ぶヤマメに合わせる。ヤマメの体がぼこぼこと隆起し、何かに変わろうとしていた。

 

「んん! やっとその気になられましたか! 素晴らしい! 子供たちの危機を前にし、主義を曲げるその姿勢……。実にスマートォオオオオ!!」

「だまれ、下郎が!」

 

 腕を巨大な蜘蛛の脚に変えたヤマメはその足を用いてモーニング女を薙ぎ払った。ヤマメからの強烈な一撃を受けた女は絡めていた指の力を緩め、子供たちを解放する。女は鼻血を垂らしつつも、さらに軽口を叩く。

 

「んん。素晴らしいパワー。殺し合いはこうでなくては! ……ふむ。お出ましですねぇ」

 

 モーニング女はヤマメの変貌を見届ける。ヤマメの体はぼこぼこと隆起し続け、その姿を変えていく。

 

「んん。なんと面妖な! その顔はたしか、この島国に伝わる鬼(オーが)ですねぇ。それに体は虎(タイガー)。脚は蜘蛛(スパイダー)。中々に恐怖を煽る姿をされている。そして生理的嫌悪感も抱かせる姿だ。妖怪(モンスター)としては百点満点の出で立ちですねぇ」

「だまれ! 今すぐ、不快な言葉を紡ぐその口を引き裂いてやるわ!」

 

 巨大蜘蛛と化した黒谷ヤマメの声は少女時の明るく可愛げのある声色から、男顔負けの低く大きな声色へと変貌を遂げていた。

 

「んんんん。書物でしか見たことがありませんでしたが、それが『土蜘蛛』ですか。やはり、探求、研究は書物だけではできませんねぇ。実物を見てこそ、真の知識となる……。悠久の時を生きている私ですが……、まだまだこの世界は知らないことばかりだ。感慨深い!」

「くだらない感慨にいつまでも浸っていなさい。気付かぬうちに、地上を通り越してあの世に送ってやる!」

「おっと、暴れるのはもう少し待った方がいいですよ?」

 

 モーニング女はヤマメの後ろで怯えて動けなくなった子供妖怪たちを指さす。ヤマメは子供たちに指示する。

 

「何をしているの!? 早く逃げなさい!」

 

 だが、怯え切ってしまった子供たちはヤマメの言葉を聞いても動けないでいた。ヤマメは心を鬼にして声色を変え、巨大な声で怒鳴る。

 

「何をしている! とっとと消え失せろ! この土蜘蛛に殺されたいか!?」

 

 ヤマメの本気の怒号を受けた子供たちは体をビクっと震わせると、我に返り、悲鳴を上げながら走って逃げて行った……。

 

「んん。素晴らしい! 自身が嫌われるかもしれないことも厭わず、子供たちを恫喝し逃がしてあげるその優しさ。まさに紳士、淑女の在り方だ。実にスマート! 貴族の私も見習わせて頂きたいほどです」

「なにが紳士淑女よ。似非貴族が!」

 

 ヤマメは巨大な足を振り回し、女を潰してやろうとするが、女はこれを華麗なステップでかわしていく。

 

「本当に素晴らしいパワー。ですが、それでは私を捉えることはできないでしょう」

「ちょろちょろ動き回ってんじゃないよ! ……すぐに捕まえてやる!」

 

 ヤマメはその鬼の顔面から紫色の煙を噴き出した。……毒霧である。ヤマメの持つ『病気を操る程度の能力』の真骨頂。あらゆる感染症を起こす細菌、ウイルスをばらまく力でだ。

 

「んん。凄まじい瘴気ですねぇ」

「そのまま捲かれて死んでしまえ!」

 

 モーニング女は毒霧の中に消えていった……。女が煙に包まれ十分に時間が経過する。煙が晴れたが……。

 

「んんんん。久しぶりの良い瘴気。リフレッシュできましたよ? 感謝します」

「……毒霧が全く効いてない……」

「当然です。私は悪魔。悪魔貴族。瘴気は癒しにこそなれ、攻撃などにはなりません!」

「……とんだ変態野郎ね。でもね、私だってアンタに毒霧が効かないかもしれないことくらい折り込み済みなのよ!」

 

 ヤマメは既にモーニング女の周りに蜘蛛の糸を張り巡らせ、包囲していた。ヤマメは糸を操り、女を捕縛する。

 

「んん!? なんと粘り気のある。やはり探求は読むだけ、見るだけでは足りない。こうして体験してこそ初めて意味のある知識に……」

「このままぐるぐる巻きにしてやる!」

 

 ヤマメは次々と女に糸を絡める。女は大量の糸により繭のような姿で捕縛された。

 

「やってやったわ! ……このまま、地上に放り出してやる。殺されないだけありがたいと思いなさい!」

 

 ヤマメは姿を元の少女姿に戻し、繭に近づく。繭を運ぼうと持ち上げたときだ。ヤマメは違和感に気付く。あまりに軽い。ヒト一人入っているはずの繭にしては軽すぎる。だが、違和感に気付いた時には遅かった。

 

「惜しかったですねぇ。私でなければ倒せていたに違いない。モンスターらしい素晴らしい攻撃でした」

 

 モーニング女の声だった。ヤマメは声のする方に振り向く。だが、その瞬間、ヤマメは銀色の液体に四肢の自由を封じられる。視線だけ向けた先に居たのは左腕全てを液体金属のように変化させていた女の姿だった。

 

「お前、どうやって……!?」

「見ての通りです。私は少々体の形を変えることができましてねぇ。この水銀のような形状に体を変え、繭の隙間から出させていただきました」

「んぐ!? 化物め……!」

 

 ヤマメは触手のように変化した銀色液体に四肢と首を締め上げられ、苦しそうに悶えていた。

 

「感謝しますよ? 貴方のおかげでまた一つ私の知見を増やすことができました。……さようなら。可愛い蜘蛛のお嬢さん」

 

 モーニング女は液体金属に力を込め、締め上げた。ヤマメの四肢と首の骨から鈍い音が響く。複雑骨折を負わされたのだろうか、絞められた全ての部位から大量の出血を起こしてしまっていた。ヤマメは口から鮮血を吐き出すと、眼を見開き、意識を失ってしまう……。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 陰から見守っていた低級妖怪の子供がヤマメの元に走り寄る。虫の息のヤマメを見た子供は怒りを露わにし、モーニング女にしがみ付く。

 

「よくも、よくもお姉ちゃんを。やっつけてやる!」

 

 子供は涙を流しながら、女を睨みつける。そんな子供を見ながら、女は片眼鏡の位置を微修正しながらため息を吐く。

 

「力の差も把握できない者が感情任せに抗議する。愚かな行為ですねぇ。スマートでなぃいいいいいい!」

 

 モーニング女は躊躇なく、槍のように尖らせた指を伸ばし、子供の胸を貫いた。子供は声を上げることも出来ずにその場に倒れ込み、絶命した。

 

「全く、スマートでないことに時間を割かさせないでいただきたいものですねぇ。さて、先を急ぎますか。お母様をあまりお待たせさせるわけにはいきませんからねぇ」

 

 モーニング女はにやりと口元を歪めて歩き去っていくのだった。


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