東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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古明地さとり

――地霊殿――

 

「んんんん! 素晴らしいっ! 何という運の噴出! この建物の下から溢れんばかりの運が押し寄せている! お母様が手にするに相応しい運脈だ!」

 

 モーニング女こと『ダンタリオン』は興奮を隠せないでいた。女はついに旧地獄の中心に辿り着く。中心に立っているこの西洋風の建物こそが『地霊殿』。旧地獄の管理を任されたとある少女に与えられた屋敷である。

 

「んん?」

 

 無断で地霊殿の門をくぐったダンタリオンは庭園に異様な気配が漂っていることに即座に気付く。

 

「んん! またしても、好戦的な空気。私は戦闘を好まないのですが……。そちらが仕掛けてくるのならば仕方ありませんねぇ」

 

 ダンタリオンは愉悦の笑みを浮かべ、異様な気配を放っているもの「たち」に視線を向ける。ダンタリオンの視界に入ってきたのは、無数の獰猛そうな獣たちであった。

 

「んんんん! 実によく躾けられている! 主人に対する透明な忠誠心! これほどまでに高い忠誠心を示す獣どもを見たことはない! ライオン、狼、象にカバ。本来ならば群れることなどない虎までもが主人に忠誠を誓っているではありませんか! 素晴らしい! 『私と同じ能力』を持ったそのご主人に早くお会いしたいものですねぇ」

 

 ダンタリオンが感心したように感想を述べる中、獣たちは地霊殿の侵入者に対して『ぐるるるる』と唸っていた。

 

「来るなら一斉にどうぞ。もっとも、貴方方のような下等生物では私を殺すことなどもちろんできませんがねぇ」

 

 ダンタリオンの不愉快な笑みに反応した一匹の狼がその鋭い牙をむき出しにする。次の瞬間、ダンタリオン目掛けて狼は走り出した。狼に続くように地霊殿で飼われていると思しき獣たちが一斉にダンタリオンを追い出そうと駆け上がる。

 

「んん! 素晴らしい団結力! とても畜生とは思えません。本当に良く躾けられている……! んしかし!」

 

 ダンタリオンは左腕を液体金属に変えると、先頭を走っていた狼を包み込むように捕縛すると宙へと持ち上げる。身動きの取れなくなった狼は唸り声を上げながら、じたばたと藻掻いていた。

 

「んんんん! 殺されるかもしれないと認識しつつも闘争心を失わないそのプライドの高さ! 畜生とはいえ、素晴らしい! 実にスマート!」

 

 ダンタリオンは自身の左腕である金属液体に力を込める。強烈な力で締め上げられた狼は悲鳴を上げ、絶命した。肉塊と化してしまった狼から流れ出る血液を眺めながら彼女は口添える。

 

「もっとも、畜生がどうスマートに足掻いたとて私に叶うことはありませんが……」

 

 地霊殿に飼われる他の動物たちは先鋒の狼があっけなく殺され、ダンタリオンに対して本能的な恐怖を感じ、動けなくなってしまった。

 

「んん! やはり動物は素直なものです。私との力の差をこれで十分に分かったはず。……とっとと、退いてもらえませんかねぇ。私はこの地霊殿とやらの中に用事があるのですから!」

 

 ダンタリオンは動けなくなっている動物たちに嘗め回すような殺気の視線を送る。圧倒的な殺気の前にびくっと一歩後ずさる動物たち。だが、全ての動物が怖れをなしていたわけではなかった。『ぐるるる』と喉を鳴らしながら一匹の虎がダンタリオンに向かって一歩を踏み出した。その姿を見たダンタリオンは「ほう」と感心したように口を開く。

 

 虎は雄叫びを上げる。自分の恐怖を振り払うために、地霊殿に飼われた動物仲間を鼓舞するために。虎からの叱咤を受けた他の動物たちもまた、闘争心を再び奮い立たせ、それぞれに雄叫びを上げた。

 

 動物たちが雄叫びを上げる姿を目の当たりにしたダンタリオンは一種の感動を感じ、体をぶるぶると震わせる。

 

「んんんん! 素晴らしい!! 本能に打ち勝ち、この地霊殿とやらを守るために恐怖の感情を闘争心に変える強さ! 本来、群れを作らないはずの虎がリーダーとして、他の動物たちを導こうとする精神! そして、それに応えんと勇気を振り絞る多種多様の動物たち! 本当によく躾けられている!!」

 

 ダンタリオンが講釈を垂れる中、動物たちは虎を筆頭に突撃を開始した。大きな鳴き声を上げ、土煙を起こしながらダンタリオン目掛けて動物たちは突進する。しかし、ダンタリオンに焦りの表情は全く浮かんでいなかった。むしろ、愉悦の笑みで破顔する。次の瞬間、ダンタリオンは再び左腕を液体金属に変えると、今度は金属を針状に変え、動物一体一体に対して無数に放ち始めた。

 

「んんんん! 畜生とは思えぬ素晴らしい団結力! 一匹たりとも欠けることのない突進。実にスマート! しかし、相手が悪すぎましたねぇ。この程度の数ならば一匹残らずこの針で急所を貫くことくらい造作もないぃいいいい!!」

 

 その言葉通り、ダンタリオンの針は確実に動物たちの急所を打ち抜いていく。次々と倒れていく動物たち。最後に残った一匹はリーダー格の虎だけ……。ダンタリオンの眼前まで迫った虎だったが……。

 

「んん! 殺すには惜しい畜生ですが……、加減はしませんよぉ!? はぁ!!」

 

 ダンタリオンが気合を入れると、他の動物たちに刺さっていた針の全てが虎に向かって再放出された。すべての針が超高速で虎に突き刺さる。四方八方すべての方向から針で突き刺された虎はその体の原型を一切留めることができないほどに無残な屍と化した。

 

「んん! 素晴らしい団結力を持ったスマートな畜生共を華麗に倒す私……。実にスマートォオオオオ!」

 

 最後の一匹を狩り終わったダンタリオンはお得意の奇声を上げる。しかし、すぐに平静を取り戻し、地霊殿の方を見やる。

 

「さて、先を急ぎましょうか。お母様が極上の運をお待ちになっているのですからねぇ」

 

 ダンタリオンは地霊殿の扉を開け、堂々と侵入する。地霊殿のホールに入ったダンタリオンは周囲をぐるりと見渡し、口を開く。

 

「これはこれは……。素晴らしい建物ですねぇ。天窓のステンドグラスも立派なものです。……おや……?」

 

 ダンタリオンの視線の先。ホールにある巨大階段の踊り場に小柄な少女が一人佇んでいた。少女の視線はダンタリオンを冷たく見下ろしている。桃色の髪をした少女の体を囲むように一本の赤いコードが宙に浮いていた。コードは少女の生身の体から生えているらしく、かすかに動いている。無機質な物体であるコードが生身の少女から生えていることも驚くべきことではあるが、さらに驚くべきことはそのコードの途中に『ある部位』が備えられていることに違いない。

 

「ほう。その管に付いているのは『第三の眼』というやつですか。これは珍しい。……貴方がこの地霊殿とやらの持主というわけですか?」

「……不法侵入を犯した者に名乗る必要はないのだろうけど。……そうよ。私は古明地さとり。この地霊殿の主。ついでに旧地獄の管理も任されている者よ」

「勝手にお邪魔してしまって申し訳ない」

 

 ダンタリオンはシルクハットを胸に当てお辞儀をした後に、会話を続ける。

 

「ふむ。つまり貴方は地底のお姫様というわけですねぇ。んん! 『古明地さとり』……素晴らしい響きだ。地底の姫にふさわしい!」

「……地底の姫だなんて、そんな大それた地位に就いているつもりはないわ。それよりも……あなた、どうやってここまで入ってきたのかしら? 庭には番獣たちがいたはず」

「んんんん! 答えるまでもないでしょう? いや、答える必要がない。あなたはその『第三の眼』で私の心を読むことができるはず! 『覚(さとり)妖怪』……。書物で見たことはありましたが、実際に見たのは初めてです。また私の教養の世界に新たな知識が増えました。ありがたいことです!」

「……動物たちの悲鳴が聞こえたから降りてきたけど……。……やってくれたわね。私の可愛いペットたちに手を出して……。ただで済むと思っているのかしら?」

「んんんん! 命奪われた畜生共を思って怒りに震えるその心……。実にお優しい。まさに賢君と言っても良いのでは? んん? しかし、おかしい。この城のようなお屋敷に使用人一人いないとは……?」

「……覚妖怪を知っているならわかっているのでしょう? いい性格をしているわね、あなた。……この屋敷には妖怪化をしたものも含め、動物くらいしかいないのよ。理由は聞かずとも知っているんでしょう?」

「んん! もちろんですよ? 覚妖怪は知的な生物には嫌われるものですからねぇ。よく知っていますとも! なるほど、ますます貴方はお優しい。なぜなら、例え嫌われたとしても奴隷として知的な生物を強制的にこの屋敷に縛り付けることくらいはできるはず。ですが……、貴方はそれをしていない。実にジェントル!」

「不愉快な言い回しばかりするわね。どうでもいいけど、早く地霊殿から……いえ、地底からお引き取り願えないかしら?」

「んん! それは無理な話ですよ、お姫様。なぜならば、この地底の運脈はお母様のものですから!」

「……お母様?」と呟きながら、古明地さとりはダンタリオンの心の中を覗く。ダンタリオンの心に浮かぶ老婆とその印象を読み取った。

「……始まりの魔女? それがその老婆の正体……? ……あなた、お母様と呼んでいるわりにはその老婆のことをあまり知らないようね」

「ええ。その答えも既に読んでいるでしょう? 私ごときがお母様の真意や真の姿を見るなど恐れ多い……」

「……なぜ、深く知ってもいないお母様とか言う老婆にそこまで忠誠を誓い、愛せるのかしら? 私には理解できないわね」

「……嘘つきですねぇ」

「なんですって?」

「いえ、何も。……あなたが心を読んだ通り。私はお母様がお生みになった悪魔の最後の生き残り。かつては数多いた私の兄弟も気付けば私を含め、四人だけになってしまい、その四人の内三人も息を引き取ってしまった……。彼らの分も私はお母様に忠誠を注がなければならないのです。譲っていただきますよ、この地霊殿の地下にある運脈を……!」

「やれるものならやってみなさい」

 

 古明地さとりは身にまとった青の上衣と桃色のスカートを靡かせながら、戦闘態勢に入るのだった。


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