「がぁああああああああああ!!」
猛獣のような威嚇の声を上げながら、霊烏路空はダンタリオンに飛びかかり、指の爪を立てる。
「んんん。猪突猛進とはまさにこのこと! 思考を読む必要もないくらいに動きが見え見えです」
ダンタリオンは空の攻撃範囲を完全に読み切り、華麗なステップを踏むように回避する。もっとも、宙に浮いているのだ。ステップを踏むような動作は本来必要ないのだが……、挑発の意味も込めているのだろう。
「うぐるぅうううあああああ!!」
攻撃を避けられた空は猛り、怒りの眼光をダンタリオンに向ける。ダンタリオンを一撃で仕留めることができなかったストレスをぶつけるように、再び攻撃を仕掛けた。
「んんん。やはり、畜生。直線的な攻撃しかできないようですねぇ。カウンターし放題ですよぉおお?」
ダンタリオンはお空の引っ掻き攻撃を読み切り、ハンマーのように形状変化させた右腕を空の横っ腹に叩きこんだ。ダメージを受けた空は、灼熱地獄跡に響き渡る悲鳴を上げる。
「んん。貴方のご主人と同じ場所に攻撃を加えてあげました。光栄でしょう?」
「うがぁあああ!?」
「ふむ。私が話したことも理解できない程度の知能しか持ち合わせておられないようですねぇ……。……んん?」
「ああああああ!」と気合を入れた空の右手が妖しく光始める。……核融合反応を起こしている光だった。
「なるほど。肉弾戦では勝てないと悟り、神の力を用いる。それは本能か、自分の意志か……。はたまた、封じられた神の意志か。実に興味深いですねぇ……」
「がぁあああ!!」
空は核融合反応のエネルギーを操作し、右手からビームを発射する。ビームはダンタリオンに一直線に襲い掛かった。
「ほう。核融合とはいえ、所詮は単なる爆発のはず……。それをビーム状に加工できるとは! さすがは八咫烏(神)の力……。が、しかし! 残念ながら能力者が畜生では意味がないぃいいい!」
ダンタリオンはひょいと軽く首を曲げる。空の放ったビームはダンタリオンの頭があった空間を横切り、灼熱地獄跡の壁面に突き刺さる。ビームの突き刺さった壁面は赤く溶融していった。溶けた壁を観察したダンタリオンは得意そうな笑みを浮かべる。
「どこを狙っているのか、思考が駄々洩れです。避けるなという方が無理がありますねぇ。……おや?」
ダンタリオンは空の微かな異変に気付く。空がビームを放った右手の掌がほんのりと水膨れを起こしていた。
「ふむ。これは……。……試して差し上げましょうか」
ダンタリオンはモーニング服の懐から魔導書を取り出すと、呪文を唱え始める。時間経過とともに、魔導書に魔力が溜まっていき、光が強くなっていく。
「私も撃つことができるのですよ。貴方のようにビームを。もっとも、貴方の最大出力に比べれば大した威力ではないでしょうがねぇ」
言いながら、ダンタリオンは魔導書を閉じ、溜まった魔力をビームとして空に向けて放出し始めた。
「うが!?」
突如ビームを放たれた空は慌てて逃げ惑う。ダンタリオンは逃がすものかとビームを連射する。
「逃げる鳥をハンティングするのは楽しいものです。さぁさぁ。反撃しなければ、いつまでも私の攻撃ですよぉ? 見せてください。八咫烏の力を!」
「うぅうううううう!!」
「……再び、右手に核融合の力を宿し始めましたか……。……狙い通り! さぁ、撃ち放ってみてください! 貴方の自慢のビームを!」
「うぅううううがぁあああ!!」
「ほう。先ほどのビームを軽く凌ぐエネルギーが右腕に集約されているぅうう! 果たしてどれほどのパワーが放出されるというのでしょうか!?」
「うがぁあああ!!」
霊烏路空は渾身のビームを放出した。ダンタリオンもまた、ビームで迎え撃つ。二つのビームがぶつかり合い、互いに相殺し合う。
「んんん! 何という高密度高威力! ……これはさすがに分が悪いですかねぇ」
ダンタリオンはビームの放出を止め、緊急回避に入る。巨大な空のビームはまたも灼熱地獄跡の壁面に衝突し、巨大なクレーターを生み出した。
「ふぅ。さすがの私でもあのエネルギーを喰らっていたらタダでは済まなかったでしょうねぇ」
巨大クレーターを視界に入れたダンタリオンはため息を吐くと、続けて空の方に視線を向ける。……そこには苦しそうに右腕を抑える空の姿があった。
「が、あ、あぁあああ!?」とうめき声を上げる空の姿をダンタリオンは愉悦の笑みを浮かべて見物する。
「やはり、私の見立てどおりでしたか。貴方の……畜生ごときの体では、その神の力には耐えられないようですねぇ!」
……霊烏路空の右手首から先は綺麗さっぱり失われていた。空の体は強大な神の核融合の力に耐えられなかったのである。
「んんんん。お母様の手土産にと思いましたが……、あまりに脆い! 残念ですが、持ち帰るのは諦めましょう。しかし、このまま不安定な神の力を置いておくのも危険因子を残すようなものですからねぇ。トドメを刺してあげましょう!」
ダンタリオンは魔導書を取り出し、魔力を込める。空を消滅させるビームを放出するために……。
「……無駄なことを」
ぽつりとダンタリオンが言の葉をこぼす。瞬間、ダンタリオンは背部から迫るその妖怪を回し蹴りで壁面へと吹き飛ばした。
「う、ぐ……」と回し蹴りを受けた火焔猫燐は息を吐き出す。
「まったく、私は心を読めるのだと何回言ったらわかるのでしょうか。私に不意打ちは何の意味もなさないぃいいいい!」
「意味があるとかないとか……関係ない! お空を殺させるもんか……!」
「邪魔をしますか。ならば、動けないようにするまでのとぉおお!」
ダンタリオンは自身の体の一部を銀一色の槍に変えると、壁面に叩きつけられ身動きの取れないお燐の肩口に向けて射出し、突き刺した。
「あぁああああああ!!!?」
「んん! 良い音色の悲鳴です! ではもう一本んんん!」
ダンタリオンは更に一本槍を生成し、お燐の左膝に突き刺した。
「ぎぁあああああああああああああああ!? あ、あ……」
「これで大人しくなりましたか。さて、では鴉の方を片付けるとしますか。と、おや?」
霊烏路空は本能のままに灼熱地獄跡から逃げ出そうとしていた。黒い翼を羽ばたかせ、地上を目指し上方へと移動する。
「おやおや。体を張って助けようとした親友を置いて、逃げ出すとは……。やはり畜生ですねぇ。まぁ仕方ありませんか。元の人格は既に亡くなっているのですからねぇ。……逃げられると思っているのか?」
ダンタリオンは左腕を液体金属に変化させると、逃げる空の右足を捉える。
「うが!?」
右足先を絡め取られた空はそれ以上の移動が出来なくなってしまった。
「残念でしたねぇ。ではとどめを……ん?」
空は右足に核融合のエネルギーを充填し始めた。強力な熱エネルギーが空の足を経由してダンタリオンの左腕に伝わってくる。ダンタリオンは思わず舌打ちをした。
「んん! 無駄な足掻きをしますねぇ。自身を傷つけるだけだというのに……」
まばゆい閃光が空の右足から放たれ、ダンタリオンの眼を眩ませる。光が収まり、熱放出が終わった時、空の右足を掴んでいたダンタリオンの左腕は消し飛んでいたが……、苦しんでいたのは霊烏路空の方だった。空は自身の右足を懸命に抑え、痛みを紛らわそうとしていた。
「んん! 右足が溶けてしまいましたか。無理もありません。貴方の体は神の力に耐えられないのですと申し上げたというのに。やはり畜生には学習能力がない! スマートでないぃぃいいいいい!」
ダンタリオンは左腕を修復し、元の状態に戻しながら奇声を上げる。……今更だがこの悪魔、体を多少失っても元に戻せる回復力を併せ持っているらしい。悪魔は右足が溶け苦しむ空の懐に入り込むとシンプルに拳で殴り、溶岩へと突き落とす。
「んん! ジ・エンドぉおおお!」
勝利を確信したダンタリオンは得意の奇声を上げるのだった。