東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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光子

「たかが兎が。身の程を知らせて差し上げましょう」

「身の程を知ることになるのはそちらかもしれませんよ。イワナガ姫様」

「大した自信ですこと……。……その無礼な口、すぐに切り刻んであげますわ」

 

 イワナガ姫は自身の能力を発動する。

 

「一瞬で終わらせてあげましょう。そして、思兼様は大事なペットを殺されたことを後悔すると良いのですよ!」

 

 イワナガ姫の扇が鈴仙の首元に迫る。勝利を確信するイワナガ姫の口角はぐにゃりと歪んだ。しかし、『痛い目』を見たのは鈴仙ではなく、イワナガ姫だった。止まった時の中で動けるはずのない鈴仙の指が動く。鈴仙は得意のピストルハンドサインを創り出すと、銃口となる人差し指をイワナガ姫に向けて紅い光線を発射した。光線を腹部に受けたイワナガ姫は衝撃で吹っ飛ぶ。

 

「かはっ!?」と息を吐き出しながら飛んでいくイワナガ姫の体は永遠亭の門構えに叩きつけられた。

 

「な、なんで……?」

「……さすがはお師匠様や輝夜様と同じ月の民。この程度では倒れませんか」

 

 イワナガ姫は光線を受けた腹部を抑えながらゆらゆらと立ち上がる。

 

「くっ……!? なぜ、私の時止めの中で貴方は動くことが……!?」

「簡単なことです。貴方の時を止める能力を無効化したからですよ」

「くっ!? 無効化ですって……!? そんなはず……!?」

「……あなたの能力が空間依存のレベルであったならば、私も手を出すことはできなかったでしょう。でも、あなたの時止めは至ってシンプルなもの。だから、私も無効化できた」

「ふ……。うふふ……。たかが兎のくせに私の能力にケチをつけるとは……。覚悟はできているのかしら!?」

「たかが兎と馬鹿にするならそれも結構ですが……。どうぞ、攻撃してきてください。私に貴方の攻撃は当たらない……、いいえ、貴方の攻撃はもう誰にも当たらない」

「調子に乗るな、兎が!」

 

 イワナガ姫は能力を発動すると、移動を開始する。しかし、移動開始と同時に肩口に衝撃が走った。鈴仙の光線が撃ち抜いていたのである。

 

「な、なんで?」と疑問符を口にしながら、イワナガ姫は吹き飛ぶ。吹き飛びながら視界に写る世界を見て、イワナガ姫はようやく気付く。竹林が風に靡いていることに。空の雲が西から東に微かに移動していることに。自分の能力が発動していないことに。……そう、世界が止まっていないことに……。

 

「本当に能力が無効化されている? う、うそよ。私の能力は……」

「光子になること」

 

 仰向けに倒れたイワナガ姫の言葉を奪い取るように鈴仙は喋る。

 

「そう、貴方は自身の体を光子にすることで、移動速度を光速にすることができる。時を止める方法はいくつかありますが、最も簡単な方法は自身が光速に至ること。貴方はそれを実行した」

「……くっ!? それが見抜けたから何だと言うの!?」

「……あなたが光子であるならば、私の能力で操作できる。光子もまた波のひとつでしかない。『波長を操る程度の能力』を持つ私ならば、光子となったあなたを操れる」

「『波長を操る程度の能力』ですって……?」

「ええ。私は音、光、物質、精神……様々な波長を操ることができる。光の波長を操ることであなたが変化した光子の速度だけを落とし、時止めの効果を無効化した」

「ふ、ふふふ。ウソを吐かないでくださるかしら? 波長を操る、だなんて神にも似た力を一介の兎が持てるはずがない!」

 

 ヒステリックに怒鳴るイワナガ姫は再び能力を行使しようと試みた。しかし、もう自分が光速になれないことがイワナガ姫にも理解できる。周囲の様子を見れば時が止まっていないのは明らかだからだ。イワナガ姫はわなわなと震える。

 

「……っ! 私が何千年もかけて手に入れた『時を止める能力』がこんな兎なんかに……!」

「降参してください。お姫様」

「誰が兎に降参などするものか……!」

「そうですか。なら、サヨナラです……」

 

 鈴仙は光線を撃ち放った。光線はイワナガ姫の左腕に命中し、彼女の和風ドレスが血の色で赤く染まる。

 

「うぐっ……!?」と痛みに歯を食いしばるイワナガ姫。

「さすがに月の民。堅牢な体をしている。ですが、一発で倒せないのなら、倒れるまで撃ち続けるだけ」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバは当然のごとく、容赦なく光線を連発する。その全てがイワナガ姫に直撃し、彼女のドレスはより一層赤く染まっていく。

 

「……兎に……兎なんかに……、私の能力を超えられてたまるものですか……!?」

 

 ふらつきながらもプライドだけで二本足を保ち続けるイワナガ姫の額に、鈴仙の光線が直撃した。吹き飛んだ体は地面に引き摺られながら、その速度を落として止まる。仰向けに倒れたイワナガ姫の額から血が流れ出ていた。

 

「……永遠亭を覆っていたイワナガ姫の結界が解かれています……。気絶したか、あるいは……」

 

 鈴仙は永琳に報告するように呟く。永琳は鈴仙に気を抜かないように忠告する。

 

「優曇華、集中しなさい。あなたの力は集中と密接に連動しているのだから。音波を探れば解るでしょう? まだ、イワナガ姫の心臓は動いている。死んでいない」

「ふ、ふふ。うふふふ……。当然ですわ。私が兎に殺されるわけがないでしょう?」

 

 イワナガ姫は額から流れ出る血液で顔を真っ赤にしながら立ち上がる。

 

「さすがは月のお姫様。しぶといですね」と言いながら、鈴仙は頬から冷や汗をかく

「……私の顔を傷つけた罪は重いですわよ」

「生きているなら、なぜ結界を解いたのです?」

「必要がないから……ですわ」

「……どういうこと?」

「うふふふ……。見せて差し上げましょう。私の奥の手を……! ……この術は妹に追い付くために編み出したものだというのに……。こんな兎ごときに出さなくてはいけなくなるなんて……! 屈辱ですわね……!」

 

 不穏な空気を醸し出すイワナガ姫に嫌な悪寒を覚えた永琳が思わず口を出す。

 

「イワナガ姫、あなた何をするつもり……!?」

「今さら不安を感じても遅いですわ、思兼(オモイカネ)様。……地上の兎、あなたの言う通りよ。私の時を止める能力は身体を光子に変え、光速になることで発動する。だけど、それは私自身に与えられた時間もほぼないことを意味する。……妹の時を止める能力は私のそれとは違う。あの子の力は世界を止めることだった。神に愛された尋常ならざる力だったのに……。あの子は能力を使って高みを目指すことなく、長寿も捨てて地上の人間と添い遂げた……。……天才の考えることはいつだって理解できない。だけど、その理解できない行動が羨ましかった、許せなかった。……私が妹に勝つ機会は彼女が死んだことで永遠に奪われてしまった。だから望んだのです、あの子との再会を。あの子に勝つことだけが私の人生ですもの。……お母様『テネブリス』はその術を知っている。私はその術を盗むために『ルークス』に手を貸しているのです」

「……イワナガ姫、あなたの目的はまさか……」

 

 言いかけた言葉を飲み込んだ永琳に向けて、イワナガ姫は微笑む。

 

「ええ、お察しの通り。妹『サクヤ姫』の復活ですわ。そして、彼女に勝利して私が彼女より優れていることを証明するのです……!」

「バカなことを……。そんな勝手なことに幻想郷や地球中の理想郷を巻き込むつもりなの!?」

「……バカなこと? 勝手なこと? ……そんなことはわかっていますわ。でも、あの子に学問も負け、術も負け、容姿も負け、恋も負け……、全てに負けたままでは私は私の人生をもう一度歩み出すことなどできない……! せめてこの手であの子を殺さなければ……、私があの子より優れていることを示さねば、私の人生は再開しないのです……! ……そうしなきゃ、あの子とあの人を羨んで月を捨てたことが無意味になるじゃない!」

 

 イワナガ姫は巨大な魔力を込め、新たな結界を発現した。永遠亭を包み込むその結界は彼女の感情を表すかのように、強く厚く張られる。

 

「……なんて密度の結界!? だけど……その反面、結界の範囲も狭い。一体なにを狙っているの、イワナガ姫……!」

「……私はいつだって妹を追うことしかできなかった。でも、あの子の力は私の理解の外にあった。『干渉可能な世界の完全停止』なんて私の手に負えるものじゃない。それでも私は彼女を追った。そして、光速の世界に辿り着いた……けど、それは追い付いただけ。決してあの子を追い抜くことはできなかった。光速では追いつくことはできても追い抜くことはできない。私が光速を解けば、世界はまた私を置いて行った。だから、私は考えたのよ。世界が私を置いて行くのならば、絶対に追い抜いてやる。光速を超える、と」

 

 光速を超えるというイワナガ姫の物理法則を無視した発言を鈴仙は訝しんだ。

 

「光速を超えるですって……?」

「そうよ、兎。……サクヤ姫を倒すために編み出した術をお前に使ってやるわ。光栄に思いなさい」

「どんな手を使うか知りませんが、私の波長を操る程度の能力から逃れることができるとは思いません……!」

「思い上がりも甚だしいわね。兎、見せてやるわ。私の超光速を……!」

 

 イワナガ姫の姿が消える。それは一見すれば、光速に達し、時を止めた時と同じ光景に見える。だが、同じに見えるのは外観だけ。その中身はまるで違う能力によるものだった。……その証拠に先ほどまでイワナガ姫の能力を看破し完全に無効化していた鈴仙の腹部を、背後に回ったイワナガ姫がアポイタカラ合金の扇で貫通させていたのである。

 

 鈴仙は何が起きたのかさっぱり理解できないでいた。鈴仙はイワナガ姫の身体、魔力……、それらが持つ波長を全て観測していたのに、一瞬で背後に回られていたのである。もちろん、光子に変化した様子もなかった。それなのに突然、イワナガ姫が後ろに現れ、鈴仙を突き刺していたのである。

 

 イワナガ姫は突き刺していた扇を引き抜く。その引き抜きが鈴仙にさらなる苦痛を味合わせた。

 

「か……はっ……!? ど、どうやって私の後ろに……!? あなたの波長には何の変化もなかったはず……!?」

「波長を変える必要などない。そして、私の作り出した『量子空間』は光速をも凌駕する」

 

 イワナガ姫は額の血を拭いながら、静かな自信を覗かせるのだった。


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