東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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崩壊

◇◆◇

 

――永遠亭、現在――

 

「あぁあああぁああああああああああああああああああ!!!?」

 

 義耳を切断された鈴仙は悲鳴を上げ、壊された耳を抑えるように頭を抱える。すでにその機能は失われ、鈴仙に音は届かなくなっていた。

 

「うふふふふ。その耳、どうやら痛みまで感じることができる高性能な造り物だったみたいですね。八意思兼に造ってもらったのかしら? 落ちぶれたとはいえ、さすがは月の賢者ね」

 

 くすくすと笑うイワナガ姫。声は聞こえなくとも、その嘲笑は鈴仙の心に届く。

 

「よぐぼおじじょうざばがづぐっでぐれだびびぼ(よくもお師匠様が作ってくれた耳を)……!」

「うふふふ。何を言っているのかさっぱり解らないですわよ?」

「ふう、ふぅう、うぅううううううううううううう!!!!」

 

 嘲笑し続けるイワナガ姫を鈴仙の紅く光る眼が睨みつける。

 

「喋ることもできないなんて、なんて哀れな兎でしょう。でも安心しなさい。すぐに安楽死させてあげますわ。ただし……」

 

 イワナガ姫は銀鏡の剣を振るう。そして、刀身だけを量子空間移動(テレポーテーション)させ、刃側ではない方で鈴仙を殴打した。殴打された鈴仙の脇腹から骨の折れる鈍い音がする。攻撃を受けた鈴仙は衝撃で紅く光る眼をチカチカさせられ、「かはっ!」という音とともに肺から息を吐き出さされた。痛みで上手く呼吸ができなくなった鈴仙はその場でうずくまる。イワナガ姫はそんな鈴仙の様子を見て、邪悪な微笑みを崩すことなく言い放った。

 

「ただし、私の脳に狂気の波長を喰らわせた罪を償ってから死んでもらいましょう……! ……覚悟することですわね、地上の玉兎。体中の骨を折ってから殺して差し上げますわ……!」

 

 イワナガ姫は銀鏡の剣を振り下ろす。刀身は鈴仙の腕に襲いかかった。鈍い音ともにあらぬ方向へと曲げられた鈴仙の右腕……。

 

「ああぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」と悲鳴を上げる鈴仙。鈴仙はその場を離れようと動き出した……が。

 

「逃がすわけがないでしょう?」

 

 イワナガ姫の言葉とともに、銀鏡の剣の刀身が鈴仙の左下腿部を襲った。

 

「か……!?」と痛みを訴える息を吐き出す鈴仙。

「うふふふふふ。逃がさないですわよ。……私の気が済むまで殴って差し上げますわ……!」

 

 イワナガ姫は鈴仙の体を弄ぶように剣で殴打し続けた。鈴仙は体中青あざだらけにされてしまう……。

 

「うふふふふ。あははははは。兎のくせに、私に盾突くからこんな目に遭うのですわよ。……兎のくせに、兎のくせに。兎のくせに! 兎のくせにぃいいいいいい!!」

 

 イワナガ姫は八つ当たりするように、鈴仙を痛めつける。……そして、鈴仙は全く動かなくなった。

 

「うふふ。死んだかしら?」

 

 ……イワナガ姫が呟いたときだった。銀鏡の剣から淡い光を放つ粒子が放出される。

 

「な、なに? 銀鏡の剣から何か出ている……?」

 

 放出される光の粒子はイワナガ姫の意図に反して発生しているものだった。

 

「こ、これは……。銀鏡の剣が分解されている……!?」

 

 光の粒子の放出は収まらない。それどころか加速していた。銀鏡の剣の分解反応に目を奪われていたイワナガ姫だったが、鈴仙・優曇華院・イナバの紅い目が睨みを利かせていることに気がつく。

 

「くっ……!? まだ生きていたの……!? まさか……これはお前がやっているの……!?」

「うぅううううううあぁああああああああああああああああ!!!!」

 

 耳の聞こえなくなった鈴仙がイワナガ姫の問いに答えるわけがない。代わりに気合を入れる唸り声が鈴仙の口から放たれる。

 

「こ、これは……。原子の持つ『物質波』を操っているの!? 強制的に高いエネルギー波を付与された銀鏡の剣が『放射性崩壊』を起こしている!?」

「あぁあぁあぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 ……鈴仙・優曇華院・イナバは自らの意志で『暴走』を起こしていた。鈴仙を中心として、あらゆる物質が崩壊させられていく……。地面、空気も崩壊を起こし、そしてイワナガ姫もまたその歯牙にかけられようとしていた。彼女が手に持つ銀鏡の剣の崩壊がさらに加速していく。

 

「私の銀鏡が……!? これはもう駄目ね。……くれてやるわよ!」

 

 イワナガ姫は銀鏡の剣を鈴仙に向けて勢いよく投げてから距離を取る。しかし、剣は鈴仙に届く前に崩壊されてしまった。

 

「なんてデタラメな力なの……? たかが兎にこんな力が……!」

「うぅうううあぁああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 鈴仙はさらに放射性崩壊の力を強める。鈴仙の眼、口、鼻から血が流れ出ていた。脳への負担が重いことがうかがわれる。

 

「このままでは……、私まで崩壊させられる。盾を造らなくては……!」

 

 イワナガ姫は量子空間の量子を自身の体の前に集約させ、盾にした。

 

「ふ、ふふ。私の量子はすでにクォークのさらに下の微小単位にまで達している。貴方の波も干渉できないでしょ……う!?」

 

 イワナガ姫の目測は甘かった。鈴仙の波長を操る程度の能力はイワナガ姫の能力の上をいく。

 

「う、うそ。私の量子をも分解し始めた。まさか、お前の能力……『超弦』の波長をも操る領域に達しているというの……!?」

 

 そこまで分析したところで、イワナガ姫は「はっ」と気付く。イワナガ姫は少しだけ疑問に思っていた。なぜ、師匠である八意永琳……八意思兼はこの兎の耳をバイオ的ではなく、サイボーグ的に治療していたのか、と。思兼の能力なら兎の耳を再生医療で復活させることも可能だったはず。それをしなかった理由は何だ。

 

 目の前の鈴仙・優曇華院・イナバを見ればわかる。八意思兼はあえて耳を再生させなかったのだ。鈴仙の超強力な能力を制限なしに解放すれば、周りへの影響は甚大。だから、『拘束具』として義耳を着けさせ続けていたに違いない。思い返せば、思兼はこの兎に『許可』するというワードを何度か与えていた。彼女は鈴仙の暴走の危険性を熟知していたのである。イワナガ姫は自身の軽率な「耳切り」を今になって後悔していた。

 

「くぅううううう!? ……兎ごときに消されてたまるものですかぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 イワナガ姫は量子の盾を張り続ける。鈴仙はそれに対抗するように崩壊の波長を浴びせ続けた。拮抗する両者の矛と盾。……敗北したのは矛だった。

 

「あ……。あ、あ、あ……」と声にもならない声を出す鈴仙はふらふらし始め、そしてその場に倒れ込んだ。何百万年、何千万年を生きているであろう月の民と、百年そこらしか生きていないであろう玉兎とでは魔力量と最後の振り絞りに違いがあり過ぎた。戦闘に勝利したイワナガ姫もまた、「はぁはぁはぁ」と激しい息切れを起こしている。

 

「ふっ……。ふふ。うふふふ。私の勝ちのようですわね。褒めてあげますわよ。貴方の能力、本当に素晴らしかったですわ。兎であることがもったいないくらいに……。ですが、量子をも崩壊させる能力を生身の生物が使用すれば、いずれ自壊するだろうことは明白。もう貴方の脳も体も壊れる寸前でしょう? 捨て身の攻撃は相討ちまでにしか持っていけない。生きて帰ることを諦めた時点で貴方の敗北は決定していたのです……!」

 

 イワナガ姫は魔法で自身の右手に『鉄扇』を召喚する。

 

「よくも、私の銀鏡の剣を崩壊させてくれたわね。もう、遊びはしない。貴方のその首、斬り落として差し上げますわ!」

 

 イワナガ姫は量子もつれ(エンタングルメント)を用いた量子空間移動(テレポーテーション)を発動しようと構える。鉄扇をテレポートさせ、鈴仙の首を刎ねようとした時だった。バリバリと何かが破れるような音がしたと思った矢先、永遠亭の中庭から天へ向かって巨大な光の柱が放たれる。

 

「な、なに……?」と戸惑うイワナガ姫。収まりつつある光の柱から現れたシルエット。現れたのはいかにも魔法使いといった風貌の金髪の白黒少女だった。

 

「ぷはあぁあ! やっと出てこれたんだぜ? あのお姫様、無茶苦茶しやがって」

 

 巨大な光の柱の正体は金髪少女の代名詞「恋府『マスター・スパーク』」。絶体絶命の永遠亭にド派手な演出で現れたのは、凄い魔法使いを目指す「運のない魔法使い『霧雨魔理沙』」だった。


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