東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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属性

◇◆◇

 

――イワナガ姫襲来の少し前、蓬莱山輝夜が作り出した『須臾の結界』内――

 

 霧雨魔理沙は蓬莱山輝夜と、モノクロに変わった永遠亭の中庭で……時が止まった世界の中で稽古に励んでいた。稽古と言っても、その内容は『五つの難題』と銘打ったアイテムをただただ打破せよというものだった。

 一つ目の難題は『仏の御石の鉢』だった。輝夜曰く、聖人由来の有難い鉢。そんな鉢から繰り出されるビーム攻撃を魔理沙はマスタースパークで相殺に成功していた。

 その後、しばしの休息を取った後に始まったのは二つ目の難題『火鼠の裘(かわごろも)』だった。輝夜がおもむろに出した一畳程度の大きさの裘に対して魔理沙は呟く。

 

「おい、お姫様。何なんだぜ、その真っ白な布は?」

「ふふふ。ただの布じゃないわよ? この『火鼠の裘』は絶対に燃えない布……。つまりどんな火力系魔法も通用しない。光や炎の魔法が得意なあなたにとっては、天敵でしょうね」

「光や炎が通じない……? そんなマジックアイテムがあるのかよ。……試してやるんだぜ!」

 

 霧雨魔理沙はミニ八卦炉をその手に持ち、輝夜向けて構えた。そして魔法名を言い放つ。

 

「マスター・スパァアアアアアク!!」

 

 魔理沙の十八番である巨大なビーム攻撃が輝夜に襲い掛かる。だが……。

 

「な、なに!?」と驚く魔理沙。火鼠の裘を巧みに使い、盾にした輝夜は一切の傷を負うことなく、優雅に佇んでいる。

「ほんとうに効かないのかよ……!?」

「言ったでしょう? 私は五つの本物を持っている……!」

「くっ!? これならどうだ、『ノンディレクショナルレーザー』!」

 

 魔理沙は輝夜を挟みこむように複数の光線を発射した。しかし、輝夜は余裕の表情を浮かべる。

 

「その程度、火鼠の裘に効くはずがないでしょう?」

 

 輝夜の言葉通り、火鼠の裘に触れたノンディレクショナルレーザーは無効化され、消滅してしまう。

 

「くそっ! どうしたら……!?」

「ふふふふ。もう勝算はないのかしら?」

「こうなりゃヤケだぜ!」

 

 魔理沙は再びミニ八卦炉を輝夜に向ける。

 

「マスター・スパーク!」

 

 またも放たれた巨大光線。だが、火鼠の裘を持つ輝夜に効くことはない。

 

「無意味なことを……」

 

 呟く輝夜は油断していた。彼女はまばゆい光線の陰に隠れて近づく魔理沙に気付かない。

 

「気ぃ抜き過ぎじゃないのか? お姫様!」

「なっ!? いつの間に!?」

 

 輝夜が気付いた時にはもう魔理沙は輝夜の隣に到達していた。魔理沙は移動に使用していた箒で、輝夜の脇腹を思い切り叩く。

 

「うっ……!?」と輝夜は息を吐き出す。

「どうだ! 私は魔法を使うだけの魔法使いじゃないんだぜ?」

「……たしかに、そこそこ体術にも優れているみたいね。……もういいわ」

 

 輝夜は火鼠の裘を魔法でどこかに収納する。

 

「あっ。……その不思議な布を使うのはもう終わりかよ」

「ええ。これ以上あなたに箒でボコスカ殴られたくないもの」

「じゃ、二つ目の難題クリアってことだな。3つ目の難題をさっさと出してもらうんだぜ?」

「イヤよ」

「はぁ?」

「そんなに続けてやったら疲れるじゃない」

「まーた休憩かよ!?」

「根を詰めて良いことなんてないわ。あなたも休憩しなさい」

 

 輝夜はそう言い残して永遠亭内に入って行った。

 

「ったく。マイペースなお姫様なんだぜ……」

 

 時が止まったに等しい『須臾の結界内』で体感的に4、5時間ほど休憩を取る輝夜と魔理沙。

 

「いくら時が止まってるからって、こんなにのんびりされるのは性に合わないんだぜ……」

「待たせたわね」

 

 中庭で輝夜が出てくるのを待つ魔理沙の前にようやく輝夜が姿を現した。

 

「やっと出てきたのか、なんだぜ。さ、稽古の続きを始めようぜ!」

「元気良いわね、あなた。……覚悟しなさい。次の神具は私の持つ五つの難題の神具の中で最も偉大な力を発するもの……。せいぜい死なないようになさい……! 『龍の首の珠』!」

 

 輝夜はその手に美しく輝く水晶を召喚し、天に掲げた。深紅の珊瑚珠を内包するその真球の水晶は妖しく光り始める。

 

「すごい魔力があの珠に集約されている……!? 一体どんな魔法を放つつもりなんだぜ!?」

「……この珠から放たれる術は海をも荒らす」

 

 珠から現れたのは龍の姿を象った水魔法だった。巨大な水龍から滴る水が魔理沙にシャワーのように降りかかる。魔理沙は口元にかかった水を反射的に舐めた。

 

「なんだ、この水。しょっぱい?」

「……霧雨魔理沙。あなた、外の世界に行ったことはあるかしら?」

「あいにく、幻想郷生まれ幻想郷育ちで一度も外に出たことはないんだぜ?」

「ならば、あなたは見たことがないでしょう。その水は海の水、『海水』よ」

「これが海水。本で見たことはあったけど、こんな味なんだな。塩水にちょっとなんか異物が混ざってるような風味なんだぜ」

 

 魔理沙が海水に対して素直な感想を述べる中、輝夜は攻撃の準備を進める。

 

「喰らいなさい! 海の力を……。 龍の力を!」

 

 水龍が魔理沙目掛けて突進を開始する。水龍は中庭の地面に激突し、激しい濁流を巻き起こした。その衝撃は津波をも凌駕する勢いである。水に飲み込まれ、魔理沙の姿は見えなくなってしまった。

 

「……これには耐えられなかったようね? ……それも仕方ないわ。でも、その方が幸運かもね。この程度に耐えられないなら、月の民をも超えるであろうあの『超常の存在』に太刀打ちできるはずもないもの。……永琳に治療させてあげるわ。生きていれば、だけど……」

 

 輝夜は濁流が収まり、湖のようになった永遠亭の中庭に視線を向ける。

 

「勝手に殺すんじゃねえんだぜ!」

「……なに?」

 

 湖に渦潮が現れた。渦潮の回転はどんどんと上がっていき、ついには湖底が見える。渦の中心の湖底のさらに中心で霧雨魔理沙は不敵に笑っていた。

 

「水龍を受けたというのに、無傷……?」

「へへん。思ったより大したことなかったんだぜ? 見かけ倒しだったみたいだな!」

 

 輝夜は表情にこそ出さなかったが、若干の戸惑いを心に抱える。水龍は魔理沙のマスター・スパークを軽く上回る魔力量で召喚されていたからだ。以前、永琳と手合わせしたとき、水龍は永琳に手傷を負わせている。そんな水龍の攻撃を受けたにも関わらず、人間の魔理沙が無傷であることに輝夜は驚きを隠せない。

 

「一体どうやって、水龍から身を守ったのかしら?」

「ただの水だろ? ちょっと操ってやっただけさ。それで直撃を避けたってわけだぜ?」

「ちょっと操ったですって? この龍の首の珠から生成された水龍を? にわかには信じられないわね……」

「なら試してみるといいんだぜ?」

「大きな口を叩くわね。お望み通りにしてあげる」

 

 輝夜の持つ龍の首の珠が光り輝き、再び水龍が現れる。

 

「喰らいなさい」

 

 輝夜の号令とともに魔理沙に襲い掛かる巨大水龍……。一直線に突進してくる水龍に魔理沙は手を掲げた。瞬間、水龍はその形を留められなくなり、爆発するようにその体を四散される。

 

「術が解かされた……!? いや、違う。水龍の水がさらに強い力で操られた……?」

 

 驚く輝夜に魔理沙は得意気に口を開いた。

 

「な、私程度にも解かされるんだ。大仰なわりに大した術じゃないな」

「……ふふふ。なるほど、てゐが特別視するだけのことはあるわね」

 

 輝夜は気付いた。目の前の魔法使いは運こそ持っていないが、特別なのだと。

 

「……あなた、なぜ光と炎の魔法を好んで使っているの?」

「なんだよ、いきなり。……派手じゃなければ魔法じゃないだろ?」

「なるほど、自覚がないということね。面白いわ」

「何が面白いんだよ?」

 

 輝夜は見抜く。霧雨魔理沙の本当の性質を。

 

「もう一度、確かめてあげる……!」

 

 輝夜は三度、水龍を召喚する。今度は龍の首の珠に内包された魔力に輝夜自身の魔力も上乗せして、だ。

 

「さっきよりもデカい。竹林ごと水浸しにするつもりか、なんだぜ?」

「大丈夫よ。この須臾の世界ではどんな攻撃も私たち以外のものにはダメージを与えられない」

 

 巨大な水龍は口から水を勢いよく吐き出そうと、大きく息を吸い込むようなモーションを見せる。吐き出された大量の水は間欠泉のような勢いで魔理沙の方向に降りかかった。誰が見ても絶体絶命の中、魔理沙は水に向かって手を掲げる。

 

「ひん曲げてやるんだぜ!」

 

 魔理沙は向かってくる水の塊に向けて魔力を放った。魔理沙の力を受けた水は滑らかな曲線を描きながら、その方向を百八十度変える。強制的に方向転換された水は水龍に衝突する。あまりの水圧に水龍はその形を保てずに崩壊してしまった。輝夜は魔理沙の力を再度目にして、にやりと口角を歪める。

 

「……あなた、水魔法を覚える気はないのかしら?」

「水魔法? やだやだ。なんでそんな陰気臭い魔法を好き好んで練習しなくちゃいけないんだよ」

「あらあら。もったいない」

 

 輝夜は口元を袖で隠しながら微笑む。……魔理沙は知らなかった。自分の能力が水属性だということを、それも漁師である父親譲りの海水に特化していることを……。魔理沙が自分の属性に気付くのは、魔女集団『ルークス』の異変のあと、ずっとずっと先の未来になるとはこの時誰も知る者はいなかった。


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