東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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もう一人の魔法使い

 魔理沙は目の前に現れた『自分』に驚きを隠せない。

 

『おいおい、寝ぼけてんのか? お前以外の誰に見えるんだぜ? 毎朝鏡で飽きるほど見た自分の顔を忘れたのかよ?』

 

『もう一人の魔理沙』が魔理沙を煽る。魔理沙は自分を見下すもう一人の自分に不愉快を覚え、下唇を噛み締めた。

 

「……どういうことなんだぜ? 私には双子の姉妹はいないんだ。お前は何者なんだぜ……!?」

『少し考えたらわかるだろ? 私はお前さ。深層心理に住まうもう一人のお前。あのお姫様が言ってただろ? 魂の牢獄に閉じ込めるってさ』

「魂の牢獄に閉じ込めたからって、なんで私が二人になるんだよ。おかしいんだぜ?」

『それだけ、お前が精神的に参ってるってことさ。出口の見えないこの暗闇の世界に閉じ込められ続けてるから、図太いお前の心もさすがに弱ってきてるってわけだぜ』

「……私の頭がおかしくなって、もう一人の自分と会話し始めたってわけか? さすがにそこまで重症だとは思いたくないんだぜ?」

『だが、現実にお前の目の前に私はいる。結構な重症だと思うんだぜ?』

「……で、もう一人の私様は私に何をしてほしいんだぜ? 用もなく出てきたりはしないだろ?」

『簡単なことさ。もうじたばた足掻くのはやめて、諦めようぜ?』

「自分でも驚くくらいにお決まりな台詞なんだぜ。もう、この牢獄から出るのを諦めろってか? そんなことできるわけないんだぜ」

『まあ、ここから出ようとするのも諦めた方が良いとは思うけどさ。そのことじゃないんだぜ?』

「なら、一体なんのことなんだぜ?」

『言わなくてもわかってるんだろ?』

「わからないな」

『しらばっくれるなら、敢えて口にしてやるよ。もう、諦めようぜ? 【凄い魔法使い】を目指すなんてさ』

「……なんだと!? 私に母さんとの約束を反故にしろって言うつもりか? いくらもう一人の私だからって、私の夢を軽く見るのは許さないんだぜ!?」

『そう、血気盛んになるなよ。本当はお前も理解してるんだろ? お前が【凄い魔法使い】になれるわけなんてないってな』

「うるさいな。そんなこと、私が思ってるわけないだろ!」

『本当か? お前も目の当たりにしただろ。あの婆さんの魔法を。あの婆さんは決して本気を出してなかった。それにも関わらず霊夢をあっという間に倒しちまったんだぜ? お前が一度も弾幕ごっこですら勝てなかった霊夢に、だ。あの婆さんだけじゃない。八雲紫にだって、お前は一度として勝てると思ったことはないはずだぜ。あんな化物どもを目にして、それでもお前は【凄い魔法使い】になれると本気で思ったのか? そこまでのバカじゃないだろ、お前も』

「……ふざけるんじゃないんだぜ。それ以上、その口開くな!」

『へへへ。やっぱり、嫌われちまったか。ま、今回はこのあたりで退いてやるよ。また会おうぜ?』

「二度と会ってたまるか……!」

 

 もう一人の魔理沙は不敵な笑みのまま、眉間に皺寄せ怒りの表情を見せる魔理沙の前から消えていった……。

 

「消えた……。やっぱり幻覚だったのか? ……不愉快な気分だったぜ。けど、こんなとこに長居したらマジで頭が逝っちまう。早く脱出しないと……」

 

 魔理沙は歩き続けることにした。果てのない空間をひたすらに。止まってしまうと、心の中でもう一人の自分の放った「諦めろ」という言葉に飲み込まれそうだった。飲み込まれないために魔理沙は歩くことだけ、動くことだけを考える。だが、脱出の手がかりは一つも見つからなかった。精神が疲労した魔理沙は体力は減っていないのに「はぁはぁ」と息切れを起こし始める。

 

 何日歩き続けただろうか。時間感覚を失った魔理沙には自分がどれくらいの時間歩いたのかもわからなくなる。精神疲労の限界を迎えた魔理沙はとうとうその場に座り込んでしまった。弱った魔理沙を狙うようにもう一人の魔理沙が再び姿を現す。

 

『よう。もう限界みたいだな? もう諦めようぜ。どうせ、ここから出られないんだ』

「……うるさいんだぜ」

『お前さ、ちょっとホッとしてるだろ?』

「……何が言いたいんだぜ?」

『このまま、この魂の牢獄から出られなければ体(てい)の良い言い訳ができるもんな』

「なんだって……?」

『だってそうだろ? もし、ずっとこの牢獄から出られなかったら、【凄い魔法使い】になれなくても格好がつくもんな。【凄い魔法使い】になれなかったのは、お前のせいじゃなくなる。まさしく【運】がなかったからってことになるもんな』

「黙れ……! 私の凄い魔法使いへの道は【運】がないくらいで止められるものじゃないんだぜ……!」

『まだ強がる元気が残っているんだな。思ったよりしぶといんだぜ? だけど、もう無理さ。お前の精神、結構ボロボロになってきてるぜ?』

「なにがボロボロだ。私はまだピンピンしてるんだぜ」

『本当に強がるなぁ。他でもない【私】が言ってるんだぜ? 間違いなくお前はもうボロボロさ』

「……うるさいんだぜ。とっとと消え失せろってんだ!」

 

 魔理沙はもう一人の魔理沙をかき消すように腕を振り払った。

 

『怖い怖い。じゃあ、お望み通り消えてやるよ。……またな』

 

 言い残してもう一人の魔理沙は視界から消えていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……! 私は……運がないくらいで……諦めたりしないんだ……!」

 

 魔理沙は決意し直すように言葉を漏らす。魔理沙は再び歩き始めた。だが、明らかにこれまでよりも足取りが重い。もう一人の魔理沙の言葉が魔理沙の心にダメージを負わせているのは明らかだった。それでも止まるわけにはいかない。魔理沙は果てのない世界で出口を求め探し続けた。

 

 しかし、結果は変わらない。行けども行けども無限の暗闇が続くだけ。いったいどれほどの時間が流れただろう。一週間、二週間ではきかない時間が過ぎたに違いない。ゴールの見えないマラソンに魔理沙の心は確実に蝕まれていった。

 

「はっ……、はっ……、はっ……ぁあ……! くそ……。ちくしょう……」

 

 精神疲労の限界を超えた魔理沙はその場にうつ伏せに倒れ込む。もう顔に生気はなかった。眼の下にほんのりとクマもできていた。

 

『へぇ。結構頑張ったじゃないか。さすがは【私】なんだぜ? でも、本当の本当にもう限界だな』

 

 三度現れたもう一人の魔理沙。うつ伏せのまま、もう一人の自分を視界に入れた魔理沙は睨みつけてやった。

 

「……また……現れやがったのか。今すぐ……消え失せろよ……」

『強がるなよ。もう限界だろ? 私はお前を助けてやろうってんだぜ?』

「なに……言って……やがるんだぜ……?」

『もうまともに喋ることもできないくらいに限界じゃないか。もう諦めて心を壊しちまおうぜ?』

「……な、なに……?」

『この永遠にも思える世界だけどよ。あのお姫様も永遠に術をかけ続けるわけじゃない。なら、術が途切れるまで、心を壊してしまえばいいんだよ。何も感じない心のまま、術の効果が終わるまでこの世界にいればいいんだ。そうすりゃ生きて帰れる』

「バカなことを……言いやがるんだぜ……。心を壊すなんて……死ぬのと一緒じゃねえかよ…………!」

『まだ私の優しさから、逃げるのか。強情なヤツなんだぜ。もうトドメ刺して楽にしてやるよ』

「…………なんだって……?」

『お前さ、霊夢があの婆さんに殺されかけた時、本当は少しホッとしただろ?』

「……あぁ……!? 何言ってやがる……! いくらもう一人の私だからって何言っても良い訳じゃないんだぜ……!! 霊夢が殺されかけた時、私がホッとしただって!? そんな人でなしだと思ってんのかよ!?」

『思ってるさ。私は【お前】だぜ? お前のことはよーく知ってるさ。……お前、初めて霊夢に会った時から思ってただろ? 【自分とこの巫女の間には埋めることのできない絶対的な差がある】ってな』

「……………………うるさい……」

『お? 言葉を紡ぐまでに結構な間があったんだぜ。図星だろ? ま、罪悪感に苛まれることはないさ。私はお前だからな』

「うるさい、違う……。私は……」

『無理するなよ。絶望したんだろ? 歳の近い同じ人間の女が、決して届くことのない力を有していることに。お前が嫉妬するのも無理はないぜ。アイツがいる限り、お前が本当の意味で【凄い魔法使い】になることはありえないもんな?』

「うるさい……。うるさい、うるさい、うるさい、うるさぁああああああああいい!!!!」

 

 魔理沙は、もう一人の魔理沙が放つ言霊から逃げるように耳を抑えてうずくまった。だが、心に直接語り掛けてくる彼女に抗うことはできない。もう一人の魔理沙は魔理沙の心を壊しにかかった。

 

『もう認めて楽になっちまえって。お前は絶望的に最低な女なんだよ。親友が死んで、【これでまた純粋に夢を追うことができる】って思っちまうような、嫉妬に溢れるクソ野郎なんだよ。そんなヤツが本当に【凄い魔法使い】になれると思うか?』

「違う……。私は……」

『違わねえよ!!』

 

 もう一人の魔理沙の怒号が飛ぶ。それを皮切りに魔理沙の双眼から涙が溢れ出した。

 

「ちがう、ちがう。私は、私は……そんなこと、考えて……ない……」

『まだ強情張るか。だったら次の策だぜ。本当はお前が親父のことどう思ってるか……』

「まったく。……意地悪もいい加減にすることね」

 

 もう一人の魔理沙が魔理沙の心を壊そうと思索している中、誰かの声が聞こえてきた。ここは魂の牢獄。魔理沙以外は誰もいないはずのこの場所に、魔理沙でない誰かの声が聞こえてきたのだ。もう一人の魔理沙は存在するはずのない声の方に振り向く。そこにいたのは白髪赤眼の美女だった。

 

 美女はその身に一切の布切れを纏っていない。全裸の姿だった。だが、全裸なのに不思議と共感性羞恥を回りに与えることはない。むしろ、均整の取れた体を堂々と晒すその美女は神々しさすら感じさせた。いや、本当に神なのかもしれないと魔理沙は思う。

 

『お前、何者だ!? なんで私の魂の中にいる!?』

 

 もう一人の魔理沙が驚きを隠せずに白髪赤眼に問いかける。白髪赤眼は余裕のある表情で質問に答えた。

 

「それも私の能力だから」

 

 短く答えた白髪赤眼は掌をもう一人の魔理沙に向ける。

 

「もうこの子から離れなさい。罪源よ。少々やり過ぎだったわね」

 

 白髪赤眼の掌から光が放たれる。光はもう一人の魔理沙を飲み込み、一瞬で消滅させた。それだけではない。その光は真っ暗闇だった魂の牢獄を照らし出し、一面を真っ白な世界に染め上げた。

 

 魔理沙は白髪赤眼の美女に視線を向ける。

 

「あんた、一体……?」

「さぁ? 何者でしょうね?」

 

 白髪赤眼は全てを包み込むいたずらな微笑みを浮かべるのだった。

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