「……やっぱり化物かよ。もう完全に回復しちまってるんだぜ……」
完全回復したリリス・テネブリスの美しい肢体を前にして魔理沙が愚痴をこぼした。
「妖怪め……。褒めてやるぞ。ワシの体をあそこまで傷つけてくれたのは闇の神以来じゃ」
「……あそこまで痛めつけたのに死なないなんてね。さすがは始祖(リリス)といったところかしら……。……解せないわね。魔法の力に加えて、さらにそれほどのタフネスさを持ち合わせていながら、なぜ老婆になるまで野望を叶えることを待ったのかしら……?」
紫の問いにテネブリスは今にも怒りのままに暴れそうな表情で、眉間に皺を寄せる。
「答える必要はないのう」
紫の問いにテネブリスは怒りを抑えた表情で答える。
「殺してやるぞ小娘共。偉大なる復活の祝いとしてのう!」
テネブリスは右手を天に掲げる。魔理沙と紫の肌にもビリビリと伝わるほどの魔力が右手に集約されていった。魔力は球体を象り、熱を帯びていった。激しく赤く光輝いたその球体はまるで……。
「太陽みたいなんだぜ……!!」
冷や汗を垂らしながら、魔理沙はエネルギー体に視線を向けていた。
人里どころか幻想郷そのものが業火に焼かれるのではないか、と思わせるほどにテネブリスの魔法は強大に魔力を収斂していく。
魔理沙は視線を八雲紫に向けた。先ほどまでテネブリスの肉片が巣くっていた血まみれの大腿が痛々しい。八雲紫にリリスの魔法を止める余力は残っているようには見えなかった。
「私がやるしかないんだぜ……!!」
決意を見せる魔理沙。その姿を視界に入れたテネブリスが嘲笑を含んだ視線を落とす。
「この魔法は愛しき光の神を模した術じゃ。貴様が壊すことが得意な『境界』の力ではない。消えてなくなれぃ! 並行世界のリリス因子所持者(ニンゲン)ども!」
テネブリスが腕を振り下ろすと同時に光球が人里の地表目掛けて落下する。さながら巨大隕石の衝突である。
「巨大すぎる……! 私のスキマでもあれは……」
紫が諦観の言葉を口にする。だが無理もない話だった。どんな屈強な妖怪であっても抵抗の心を失ってしまうであろう程にテネブリスの光球は膨大なエネルギーを包含している。もっともリリス体を失っている今の紫ではそもそもスキマを展開することも難しかった。
幻想郷の賢者も諦める状況。だが、今この場にはどんな向かい風にも立ち向かおうとする愚かな『人間』が一人残っていた。
「ここで止めなきゃ私がいる意味はないんだぜ……! そうだろ、親父、霊夢……!」
魔理沙はミニ八卦炉を構える。特大の得意の魔法を撃ち込むために。
「絶対に止めてやるぜ。いや、止めるだけじゃない。お前ごとぶっ飛ばしてやるんだぜ、テネブリス!!」
「寝言は永眠してから言うんじゃなぁ!!」
さらに魔力を込め光球の落下速度を早めるテネブリス。その言葉に呼応するように、魔理沙は術の名を叫んだ。
「マスタァアアアアアスパァアアアアアク!!!!」
光球に向けて極太ビームを放射する魔理沙。もっとも超巨大な光球の前ではその極太ビームももはや爪楊枝程度の太さでしかない。
「そんなか細い光線で何ができる!?」
テネブリスの言う通り、魔理沙とテネブリスの魔法には圧倒的な質量差があった。常識的に考えれば勝機など全くない質量差。しかし、魔理沙は『見える』ようになっていた。その質量差を覆すほどに。
「……なぜじゃ? なぜ、そんな脆弱な術にワシの魔法が止められている!?」
すでに衝突した巨大光球とマスタースパーク。傍目には一瞬で決着が付きそうなほど大きさに差がある両攻撃。しかし、魔理沙のマスタースパークは辛うじて耐えていた。
「わかる……! なんとなくだけど、術の弱所が解るんだぜ……!!」
「……魔法は精神現象と物理現象の境界を越えることで発現する……。その境界すら見ようとするか、小娘め……!」
テネブリスの光球の弱所を的確にマスタースパークで撃ち抜く魔理沙。次の瞬間、光球は花火のように鮮やかな爆散した。テネブリスはその光景にかつての闇の神と光の神に闘いを見る。世界の主を決した闘いを、自身が敗北した闘いを。
「なぜ想起するのじゃ……? あの汚点を……。あの敗北を…………! なぜ貴様ごとき小娘にこのようなヴィジョンを見せられねばならんのじゃ……!」
自身の自信を揺るがせた魔理沙に、そして、小娘ごときに一瞬でも恐れをなした自分自身に怒りを覚えたテネブリスはギリギリと歯ぎしりをしていた。
霧雨魔理沙は直感する。テネブリスが一時の感情に飲み込まれていることを。そしてその隙を逃すまいとミニ八卦炉を再び構える。
「ぶち抜いてやるんだぜ……! マスタァアアアア・スパァアアアアアク!!」
増幅された魔力の奔流。極大のビームがテネブリスを貫かんと超高速で放たれた。光線を視界に入れたテネブリスはポツリと呟いた。
「そうか……。そうじゃな……。もうこれまでじゃな……」
諦めにも聞こえる言葉を紡ぐリリス・テネブリス。だが彼女の体は言葉とは裏腹に生命力に満ちたまばゆい光に包まれる。光は魔理沙の放ったマスタースパークをいとも簡単に飲み込んだ。
「な、なんだ!? マスタースパークが無効化された!? 一体何をしているんだぜ、アイツ!?」
驚愕する魔理沙の眼前で光はリリスの体へと集約されていった。正確に描写するなら……、光は彼女の背中と頭上へ集まり、輪っかと翼の形状に変化していった。
「おいおい……、あれじゃまるっきし天使なんだぜ……」
白い翼と光の輪を備えたリリス・テネブリスを魔理沙はそのように形容するのだった。