「……いきなり若返るような婆さんなんだ。今更少し天使っぽくなったからって驚いている場合じゃないんだぜ。どういう理屈で私の魔砲(マスパ)を無効化したかしらないが……、これならどうだ!? ノンディレクショナルレーザー!!」
魔理沙は天使となったリリス・テネブリスに向かって複数本のレーザー魔法攻撃を仕掛けた。ミニ八卦炉から放たれたレーザー一本一本は指程度の太さだが、空気を切り裂くように直進する。
空気と摩擦を起こしながら進むレーザーから星型の火花が散る。魔理沙好みの見た目も派手な攻撃だ。もちろん派手なだけではない。確かな攻撃力を持った貫通性のある魔光線である。
リリスはスッと拳を顔の前まで上げる。人差し指を立てた状態で。すると、複数本発射されていたレーザーが全て吸い込まれるようにリリスの人差し指に方向変換を始める。
「な、なんだ!?」と驚く魔理沙。
驚くのも束の間、全てのレーザーは人差し指に集約されると、『ブン……』という微かな効果音だけを残し、消え去ってしまった。マスター・スパークを無効化したのと同様に……。
「なんでノンディレクショナルレーザーがアイツの指先に向かって飛んでったんだ!? しかも綺麗さっぱりと消えちまいやがったんだぜ!?」
「これが神に許された力……『法則改変』じゃ」
大理石像のように整ったリリスの口が音を紡ぐ。天使化したリリスは声色さえも神々しく感じられた。『法則改変』、それはドーター『インドラ』や『東風谷早苗』が有していたものと同様の能力。
「法則改変だって……?」
問いかける魔理沙に眉ひとつ動かさずにリリスは答え始めた。
「神クラスの存在だけに与えられる能力。宇宙のルールに干渉することが可能な能力」
表情が固い……いや、表情が硬いリリスに魔理沙は違和感を覚える。
「さっきまで怒りまくっていたのが嘘みたいに、感情が無い表情なんだぜ……」
「ふむ。この姿になるとやはり感情が抑えられるか……。人間を羽化する直前の、精神の凪状態というやつじゃな」
リリスは開け閉めする自身の拳を見つめながらつぶやく。
「うっ……」と小さなうめき声を上げた八雲紫は、傷つき出血した大腿部を押さえながら立ち上がる。
「それが私たちのいた世界の伊弉冉(イザナミ)。この世界の始祖(リリス)。その真の姿ということね……!」
「イザナミ……。それが貴様らの並行世界に存在する始祖の女の名だったな。まあ知ったところでもうワシには何の意味もないが」
そう言うと、リリスは魔理沙に向かって歩み始めた。ゆっくりとした動きで、悠然さを感じる動きで……。まるで急ぐ素振りの無いリリス。それがまた不気味であった。近づかせてはいけない。魔理沙はそう思った。
「スターダストレヴァリエ!!」
魔理沙は星型の魔法弾を放つ。無数の星がリリスに向かって放たれる。しかし……。
「な、なに!? 弾が勝手にアイツを避けていくんだぜ!?」
魔理沙の放った魔法はリリスに当たることはない。神に祝福されたリリスの体は傷つけられることは許されない。それが改変された宇宙のルール。東風谷早苗がインドラとの闘いで披露した能力と同じである。リリスに敵意を向ける術は全て無効化されるのだ。厄介なのは無意識で能力が発動していた早苗と違い、リリスは自分の意思で能力を行使していることだろう。
「くっ!? これならどうだぁ!?」
魔理沙はレーザー状の魔法を発動する。一直線にリリスへと向かう攻撃、今度は曲げられることなく、リリスに直撃した……かに見えた。
「どういうことだよ……」
再三眼の前で繰り広げられる超常現象に、魔理沙はうんざりしたような声を出す。リリスに当たったはずのレーザーはなぜかリリスをすり抜け、はるか後方の地面に激突し、砂ぼこりを爆発させたのだ。……トンネル効果。ミクロの世界で起こる物質の壁抜け現象。リリスの法則改変は東風谷早苗と同じく、ミクロ世界の現象をマクロ世界で発現させたのだ。……正確に言えば、マクロ世界でも極低確率で発生する事象をリリスは意図して引き当てたのだ。不可能さえも可能にする能力。それがリリスに与えられた神の力なのだ。もはやリリスにはどんな攻撃も通じない。
しかし、そんなリリスの能力を詳細に把握できるはずもない魔理沙は、無駄な抵抗を続けた。自身の使える攻撃魔法を次々と乱れ撃つが……、そのどれもリリスに到達することは叶わなかった。
「くっ!? ぜ、全然当たらない!?」と顔に冷や汗をかき、焦る魔理沙。依然としてリリスはゆっくりとした足取りで魔理沙へと歩みを進める。人間としての格の違いを見せつけるように……。
「…………!?」
魔理沙は眉を顰(ひそ)める。リリスの体に異変を発見したからだ。
「私の魔法は当たってない。なのに……、顔がひび割れているんだぜ?」
よく観察すれば、リリスは顔だけでなく、体の一部もひび割れ始めていた。まるで経年劣化したコンクリートのように……。
「そうじゃ。これは闇の神がワシに課した呪い。ワシが神の力を使えば寿命は縮む。これこそがワシが闇の神に背いた代償じゃ。……ワシはもう長くない」
「長くない……? なんでだ。お前は若返りたかったんだろ!? なんで寿命を縮めるようなマネをしてるんだぜ!?」
「小娘、貴様……。ワシが私欲のために若返ったと思うか?」
相、変わらず。リリスの顔は無表情で固いままであった。しかし、その台詞に微かな怒りが感じられる。魔理沙はごくりと唾を飲んだ。
「ダメージを与えるような能力が無効化されているようね……。そして、間もなく寿命を迎える。それならば……!」
八雲紫は分析結果を口に出すと、リリスに向けて手を翳す。
「無駄じゃな」
そう言って立ち止まったリリスは、紫を見やる。
「なんですって? 何が無駄だと言うの?」と問う紫に、
「もう一度、ワシを膜宇宙の狭間に飛ばすつもりなのじゃろう? そしてワシの寿命が尽きるまで閉じ込めておくつもりじゃな? 貴様の体に残るなけなしのリリス体を消費して……」
看破されていた。だが紫は巨大なスキマを展開する。紫の中に存在するリリス体=伊弉冉(イザナミ)体を消費して、再びリリスを膜宇宙に送り込まんとスキマで飲み込もうとした。だが……。
「そ、そんな……」
紫は眼を見開き絶望する。紫の展開したスキマは、空間ごと破壊されたかのごとく、こなごなに粉砕されたのだ。
「リリス因子の適合者でありながら、気付かなかったか? もはやワシと貴様ではステージが違うということを……。もう貴様程度のスキマに飲み込まれるワシではない。……どうやらリリス体を使いきったようじゃのう。それが貴様の本来の姿と言うことか……」
感情無き眼でリリスは紫を見下す。リリスの瞳に映る紫の姿はまったく違うものになっていた。リリス体を失った紫の頭髪は金色から黒色に変化する。どこか西洋的な雰囲気だったはずの顔つきも、大和撫子的顔貌に変化していた。
力尽きた紫にもはや体力は残っていなかった。リリスに『軽く』足蹴にされるだけで、吹っ飛ばされゴロゴロと地面を転がされる。
「やはり妖怪化したのは失敗じゃったのう。人間のままならば、まだ可能性があったじゃろうに……」
意識を失った紫に届かない声をかけたリリスは、踵を返して魔理沙への歩みを再開する。
「どうしたらいいんだぜ!? こんなでたらめなヤツ!?」
魔理沙は飛び退いて距離を取ろうとする。
「逃がさん」
魔理沙に翳されたリリスの掌。魔理沙自身の体が重くのしかかった。立っているのが精一杯の状態。魔理沙は身動き一つ取れなくなってしまった。
「こ、これは……。じゅ、重力を、ふ、増やした、のか……」
「……やはりリリス因子を濃く受けつぐ貴様にはこの程度の改変しか行えぬか……。体が耐えられずに潰れるぐらい、重力加速度のパラメータを増加させたはずなのじゃがな……。憎き闇の神、愛しき光の神。その両方に愛されしリリス因子がなせる業、か。貴様はこの手で葬るほかないようじゃ」
ゆっくりと歩みを進め、ついに魔理沙を射程圏に捉えたリリスは、翳した手をそのまま魔理沙の首にかけると、首の骨を折らんとその手に力を込めるのだった。