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一切の光がない空間。冷たい暗闇の中、黒髪の少女はうずくまっていた。少女は記憶の蟻地獄に足を滑らせ、落ちていた。
少女は知っていた。幼い頃に自分が親に捨てられたことを……。冬の寒空の下、母親に置き去りにされたことを覚えている。まだ一歳になるかならないかの頃だった。なまじ記憶力が良い彼女は辛い想い出を鮮明に覚えている。
――少女は過去の記憶を辿る。
…………
……
突然の母親との別れに泣きじゃくる幼女の前に現れたのは妖艶なる金髪の妖怪だった。
「かわいそうに。この世界の『本家』も、未だに悪しき慣わしを守り続けているのね。貴方も『忌み子』で産まれたが故にこのような扱いを……。でも力を失った本家の人間たちには見抜けなかったようね。この子の方にこそ『才』があるということを。そのおかげで私は、……いいえ、幻想郷は優秀な調停者を得ることができた」
金髪妖怪『八雲紫』は泣いている幼女を抱きかかえると、スキマを展開し、中に入っていく。再びスキマが開くと、そこにあったのは青空だった。綺麗な青空をその眼に写した幼女は、その美しさの前に自然と泣き止んでいた。
幼女は幻想郷に連れてこられた。『次代の博麗の巫女』、その候補として。八雲紫は空を舞い、幻想郷の風景を幼女に見せつける。
「どう、お嬢ちゃん。きれいなところでしょう? これから貴方はここで生きていくのよ。大丈夫、ここは……幻想郷は全てを受け入れるのよ。貴方が来たことを龍神も歓迎してくれているに違いないわ」
八雲紫は腕の中にいる幼女を見つめる。
「貴方の名前はもう決まっているのよ。霊夢。博麗霊夢。それが貴方の名前よ」
霊夢と名付けられた黒髪の幼女は小さな手でぎゅっと八雲紫の服を掴むのだった。
八雲紫は幼女を抱いて博麗神社に舞い降りる。神社で紫を出迎える巫女は巫女というには少々厳つい体つきであった。紅白の巫女衣装は格闘しやすそうにアレンジされており、服の隙間からは黒のインナーを覗かせていた。術者というよりは武芸者という方が合っている姿である。
「この子が次の巫女よ」と紫が巫女に話しかける。
「ほう。よくこんな出来の良さそうな子供を連れて来られたもんだ。外の世界にいても成功を収めただろうに。こんな子を捨てるなんて外の世界のやつらは見る目がないねぇ」
「見る目のある人たちばかりなら、外の世界ももう少しましになっているはずだもの」
「はは。違いない!」
二カッと笑う巫女に紫は尋ねる。
「……体の調子はどうかしら?」
「体の強さも申し分ないんじゃないか? 私ぐらいの身長になれるかはわからんが……」
「霊夢のことじゃないわ。貴方の体のことよ」
「ああ、そっちか。何も問題ないよ。体自体は至って健康! それにもう少しは長生きできそうだ」
「……あとどれくらい持ちそうなのかしら?」
「10年くらいかな。30の齢にはなれそうにないかもね。……心配しなさんな。この子を一人前にしてからお陀仏するからよ」
「巫女がお陀仏なんて言葉使うもんじゃないわ。……貴方には過酷な運命を強いてしまったわね……」
「アンタが気にすることじゃない。私が望んだことだ。……代償を払わなきゃ私は母さんに追い付けなかったからね」
フッと微笑んだ巫女は八雲紫から霊夢を受け取る。
「10年だ。10年で私の全てをお前に叩きこんでやる。魅せてくれよ、おチビさん。本家本元、宇佐見の力ってやつをな」
博麗霊夢から見て先代の巫女にあたるその巫女は満面の笑みを赤ん坊の霊夢に向けるのだった。