◆◇◆
アリス・マーガトロイドは『魔法使い』である。魔法の森の小さな洋館に一人で暮らし、日夜魔法の研究をしていた。主に人形を操る魔法を研究しており、今日は人里に人形用の服を裁縫するための布を購入し帰宅する。
「……魔理沙!?」
アリスは自宅の中に、招いていない客がいることに驚く。勝手に入り込んでいた少女の名は霧雨魔理沙。アリスと同じく、魔法の森に自宅を構え魔法の研究をしている『人間』である。霧雨魔理沙は体育座りで小さくうずくまっている。そこにいつもの元気さは感じられない。何かに怯えているのか……、少し震えているようにも見える。
「よ、ようアリス……。か、帰ってくるのが遅いんだぜ?」
「約束もしていないのに『遅い』なんて言われる筋合いはないわね……。……どうしたのよ。そんなに小さくなって。アンタらしくもない……」
魔理沙は苦笑いを浮かべる。
「いや……、ちょっと森の中で霊夢と言い争いになっちゃってさ……。走って別れたのは良かったんだが……、妖怪に襲われたらって思ったら怖くなってさ……。そんで近くにあるお前の洋館に避難したってわけだぜ……」
「避難? なんで妖怪を怖がってんのよ? アンタは妖怪が襲ってきたら嬉々として退治するような奴じゃない」
アリスの言葉を聞くと魔理沙は俯く……。アリスは魔理沙の様子がいよいよおかしいことに疑問を持つ。
「……何かあったみたいね。……私しか頼れる奴がいなかったってとこかしら?」
「……魔法が使えなくなっちまったんだ……。今の私は野犬程度の妖怪にも殺されちまうくらいだろうぜ……。その辺のか弱い一人の少女なんだぜ?」
「か弱い少女は自分のことをか弱いだなんて言わないわよ。……魔法が使えないってどういうことよ?」
魔理沙は森の中で会った老婆のこと、水晶のこと、幻想郷から運が消えていること、そして自分に運がなく魔法が使えなくなっていることをアリスに話す。
「運が奪われている……。確かに今日人里に行った時、付喪神の声が全く聞こえなかった……」
アリスは顎に手を当て、魔理沙の話の真偽について思考する。そんなアリスをみつめながら、魔理沙が口を開く。
「なあ、アリス……。お前も私に運がないことを知ってたのか……?」
「ええ、知ってたわよ?」
アリスはあっけらかんとした様子で魔理沙に答える。
「なんで言ってくれなかったんだよ!? お前も……、……霊夢も……!」
「何を怒ってるのよ? 運がないからなんだっていうのよ?」
「……! 運がないってことは本物の魔法使いにはなれないってことじゃないか……!」
アリスは魔理沙の怒りの表情を見つめる。アリスは魔理沙が大きな勘違いをしていると察し、諭すように語り出す。
「……魔理沙、アンタ何で魔法使いを目指すようになったのよ?」
「な、なんでって……」
「アンタも知ってると思うけど、私は人形に完璧な命を吹き込めるようになるために魔法使いになったわ……。私を造った『奴』と同じことができるようになるために……。認めたくないけど私は奴に多少の憧れを持っているのかもしれない……」
魔理沙はアリスの話す『奴』が誰かは知らないが、アリスの言葉に耳を傾ける。
「……私は自分の目的のために魔法使いになった。アンタもそうでしょ? 魔法使いになったのは手段であって目的じゃない……!」
アリスは強い眼差しで魔理沙を睨むように険しい表情を造る。魔理沙はアリスの醸し出す雰囲気に思わずたじろぐ。
「アンタが魔法使いになろうと思ったのはなんでよ? それを思い出せば『本物の魔法使い』にこだわる必要なんてないんじゃない?」
魔理沙はアリスの言葉を聞き、思い出そうとしていた。なぜ、自分が魔法使いになろうと思ったのか……。
「忘れてるんなら世話ないわね。……てっきり、私はアンタが博麗の巫女に……、ま、なんでも良いわ。とりあえず、今のアンタの目的を教えてもらえるかしら?」
「……この異変の首謀者をぶっ飛ばす……! そして、母さんのことをあいつらから聞き出してやるんだぜ!」
少しだけ、いつもの調子に戻った魔理沙にアリスは口元を歪める。
「アンタにはその表情が似合ってるわよ」