黒衣に身を包んだ老婆は杖を突きながらよたよたと一歩また一歩と前に踏み出る。そのおぼつかなさそうな歩みとは裏腹に魔理沙たちは徐々に近づくプレッシャーに気圧される。
「ふむ……。後ろにいる男が出来損ないの残りカス、その父親というわけか。どうやらリサは忠誠心もなかったが、男を見る目もなかったようじゃのう。こんな年の離れた男とめおとになるとは」
「……婆さんよ。あんたが、リサの言っていた『お母様』とやらか? あいつの話どおり、ろくでもなさそうな婆さんだな」
「ふん。強気な口の聞き方はリサと同じか。似た者夫婦というわけじゃのう」
「来い! 魔理沙!」
魔理沙の父親は魔理沙を強引に抱きかかえると、猛然と走りだす。
「いきなり何するんだよ!? 親父! 気色悪いから離せよ!」
「馬鹿野郎! こんな時まで跳ね返ってんじゃねえ。死にたいのか!」
「逃がすわけがなかろう?」
先ほどまで転びそうな歩みを見せていた姿はどこへやら……老婆は魔法で宙に浮くと高速での移動を開始しようと身構える。しかし、それに待ったをかける人間がいた。博麗の巫女、博麗霊夢である。
「行かせるわけないでしょう?」
霊夢は大幣を構えて老婆の行く手を阻んだ。
「シャーマンの小娘か……。この国では巫女というんじゃったかのう? ……先日はよくもわしの腕を切断してくれたな。ちょうどいい。わしに恥をかかせた貴様も始末せねばならんかったのじゃ……。ここで死んでもらおう……」
「アンタのような耄碌した婆さんに殺される程、『博麗の巫女』の名は軽くないわ! アンタは私がここで退治する!」
「退治? まるでモンスター扱いじゃのう。ひどい娘もいたもんじゃ」
「アンタは幻想郷に手を出した。それに腕をもがれてすぐに再生する人間なんて、妖怪(モンスター)と同じよ!」
霊夢は左手でお札を服から取り出し、臨戦態勢を取る。対して老婆はなんのアクションも起こさない。ただ杖で体を支えながら立っているだけだ。おそらく絶対的な実力により生まれる自信から現れる態度なのだろう。
「だが、困ったのう。わしは逃げ去った出来損ない共を負わねばならん。貴様の相手をしている暇はないのう」
「ふざけないでくれるかしら? 私との戦いを避けるつもりなの?」
「貴様程度、わしが出る幕もないということじゃ……。マリー!」
老婆の声に呼応するようにマリーが霊夢に襲いかかった……! マリーは箒を打撃武器のように扱い、振り下ろす。霊夢は突然の右横死角からの攻撃に腕で防御するのが精一杯だった。
「……あんた、魔理沙のこと心配してるように見えたのに……。このまま、この婆さんを行かせたら……、間違いなく魔理沙は死ぬわよ!?」
「…………」
霊夢はマリーの表情を凝視する。その表情はこわばっていた。魔理沙が死ぬことを望んでいるような顔には見えない。だが、それ以上に『お母様』と呼ぶ老婆の命令を否定することもできない、そんな板挟みに苦しんでいる……。霊夢にはマリーの心情がそのように見えた。
「マリー。後は任せたぞ?」と老婆は言い残すと宙を飛び、魔理沙たちの後を追って行った。
「悪いけど、さっさとあんたを倒して、あの婆さんを追わせてもらうわ……!」
「残念だけど、そういう訳にはいかないの……。霊夢ちゃん……といったわね。魔理沙ちゃんのお友達をこの手で殺すのは忍びないけど、全てはお母様のため。覚悟してちょうだい!」
霊夢とマリーが対峙し始めた頃、老婆は既に魔理沙親子のところに追い付いていた。
「逃げられると思うたのか?」
「くっ!?」
魔理沙を抱えて走っていた魔理沙の父親は老婆に先回りされ、思わず声を出してしまう。
「こんな魔法の才を持たぬ男と一緒になるとは……。つくづく理解できぬ娘じゃな。リサは……。さて、わしは完璧でなくてはならんのじゃ。汚点であるリサの残滓……お前たちには消えてもらおう……!」
「下がれ、親父!」
魔理沙は抱えられていた父親から離れると、すばやくリュックから本を取りだし開く。本には魔法陣が描かれており、老婆に向ける。
「『スターダストレヴァリエ』!」
魔理沙の掛け声とともに本から星型の弾が複数飛び出し、四方八方から老婆に向かって飛んでいく。どうやら、あらかじめ本には魔力が込められており、開くと同時に発動する仕組みになっているようだ。しかし、老婆に慌てる様子はない。
「無駄じゃよ」
老婆が短く言葉を発する。弾が今まさに老婆に直撃せんとした時、全ての弾がぴたりと止まってしまった。
「な、なに!?」
「こんな子供だましの魔法にわしがやられると思うか?」
老婆の魔法だろうか。止められた弾がぼろぼろと崩れ始め、粉々になってしまう。
「おいおい、私の星が本当にダストになっちまったぜ」
魔理沙は冷や汗をかきながら、それでも余裕のあるふりをして冗談を言う。
「予め魔力を封じ込め、任意のタイミングで開放する術式か。なかなか高い魔法技術を会得しとるのう。やはり、惜しい人材じゃな。貴様がリサの残りカスでなければ仲間にしてやったかもしれん」
「そんなのこっちからお断りだぜ」
「口の減らん小娘じゃ。呪われて生まれたことをあの世で後悔するといい……」
老婆は杖を振り上げると、空中に光球を生み出す。
「で、電気か!?」
「親子共々、ひとつの肉片も残さず炭となるがいい!」
老婆が杖を振り下ろすと同時に雷が魔理沙たちに向かって落とされる……。魔理沙は死を覚悟したが、その攻撃が魔理沙に当たることはなかった。
「……何者じゃ? 珍妙な技を使いおって……」
魔理沙に放たれた雷は突然現れた空間の裂け目に飲み込まれ消えて行った。空間の裂け目の中には気色の悪い目玉がいくつも裂け目の外の世界を覗いている。
「ゆ、紫!?」
魔理沙は思いがけない援軍に驚く。空間に裂け目を造った女妖怪、八雲紫は老婆を睨みつけていた。
「珍妙な技とはご挨拶ね。……やっと見つけたわ。私の結界を破った犯人を。覚悟することね。私を……幻想郷の賢者の一人である八雲紫を虚仮にした代償は高いわよ」
「貴様があの強固な結界を生み出しているモンスターか。なるほど、その辺の魔物どもとは一線を画す実力を持っておる様じゃのう。……このコミュニティを我がものにするためじゃ。お主にも死んでもらう。貴様こそ覚悟するがいい!」
霊夢とマリー、紫と老婆。幻想郷の実力者二人と魔女二人が相対した。ここに幻想郷と魔女集団との戦いが始まったのである。