香霖堂の一件から数日が経った。魔理沙はいつもどおり、博麗神社で霊夢と弾幕ごっこの練習をしている。あれから、香霖堂に魔理沙は立ち寄っていない。謝らないといけない、と魔理沙も感じてはいたが、どうにも気まずかったのだ。
「マスター・スパーク!」
「…………」
魔理沙は宙に浮く霊夢に向かって、巨大なビームを射出した……が、霊夢はそれを寸前でかわし、ビームのすれすれの位置で魔理沙に向かって移動してくる。
「なに!?」
まるで、ビームが霊夢を避けているかのような、なめらかな動きを魔理沙は見せ付けられる。霊夢は高スピードで魔理沙に接近すると、大幣を魔理沙の目の前に突きつける。「やられる」と思った魔理沙は眼を瞑る。魔理沙が眼を瞑ったことを確認した霊夢は優しくデコピンした。
「はい。またわたしの勝ち、ね」
霊夢は魔理沙に微笑む。
「はぁ。また、負けかよ……」
「……あんた、ここ数日、なんか考え事しながら闘ってるでしょ……。そんなんでわたしに勝てるはずないでしょ」
霊夢は大幣で自分の肩を叩きながら眉間にしわを寄せる。
「く、くそっ! もう一回勝負だぜ!」
「だーめ。集中できてなかったら、練習しても意味ないわ。今日は終わり!」
霊夢はそう言うと、境内の庭に着地する。魔理沙も後を追って地面に降りた。
「あら、魔理沙。今日も来ていたのね……」
妖艶な声が境内に響く……。決して大きな声を出しているわけではないのに……その女妖怪の声には妙なプレッシャーが感じられた。
「……紫、来てたのね……。今日は寝てなくていいのかしら?」
「久しぶりに会いに来たのに、つれないのねえ……。霊夢……」
「今日は何しに来たの? あんたは用がある時しか現れないものね」
「あら、私もたまにはなんとなく、博麗神社を訪れることもあるのよ。霊夢が元気かなあって気になって……」
霊夢は訝しんだ眼で紫を見る。霊夢は知っていた。この妖怪が……紫が様子を見るなんてしょうもない理由で訪れることなどない、と。
「で、本当は何用なの?」
「信じてくれないのねえ。ま、確かに用があって来たのよ」
紫は右手に持った扇子を広げ、口元を隠すようにして話す。
「例の新ルール……『弾幕ごっこ』について調整をしようと思ったの。二人で話したいわ……」
「……わかったわ。すぐに準備する。悪いわね、魔理沙、やっぱり今日は帰ってもらえる?」
「ああ、わかったぜ……」
魔理沙としても、その場を立ち去りたかったので、霊夢の願いを聞き入れることにした。魔理沙はどうにもこの紫という妖怪が苦手だった。……決して広くはない……が、海よりも深い懐があるこの幻想郷にあって、紫はトップに近い実力を持つ大妖怪なのだ、と霊夢から聞いたことがある。新ルールの制定にも尽力しているらしい。だが、どうにも気が合わなそうだった。紫の魔理沙への視線がまるで邪魔者を見ているように感じられたのだ。特に、嫌味を言われたわけでも、睨まれたわけでもない。ただ、この博麗神社から……霊夢のもとから去れと言わんばかりの対応をされるのだ。……優しい口調で、間接的な表現で……。
「じゃあな。霊夢! また、今度な!」
そう言って、魔理沙はほうきにまたがり、空を飛んで魔法の森へと帰っていった。魔理沙が去っていった後、霊夢は紫に向かって口を開く。
「前も言ったけど……、魔理沙との練習をやめる気はないから……!」
「……頑固な子ね。悪いことは言わないわ。友達は選びなさい」
「うるさいわね。私が付き合う人間は私が決める。口出ししないでちょうだい……!」
「……あなたと魔理沙は根本的に人種が違う。それはあなたもわかっていることでしょう? ……今度、妖怪の山に外の世界から神社を建てに人間の巫女がやってくるらしいわ。友達が欲しいなら、そちらにしなさい……」
「外の世界から神社を建てに来るなんて、珍しい奴らもいるもんね……。……黙認するつもりなの?」
「ええ、幻想郷は全てを受け入れる。そして、幻想郷を危険に晒そうとするのなら……消えてもらう。それだけのことよ」
「…………」
霊夢の額に冷や汗が流れる。霊夢自身、嫌というほどわかっていることだが、紫の幻想郷への愛は深い。どんな手段を使ってでも幻想郷を守ろうとするその意志は狂気じみているようにさえ霊夢には感じられることがある。霊夢は話を弾幕ごっこに戻すことにした。
「そもそも、弾幕ごっこはあの子のような普通の人間も対等に妖怪や神と交渉できるようにするもの。だから、魔理沙には強くなってもらわないといけないのよ……!」
霊夢は紫に魔理沙との関係を認めさせようと詰め寄る。
「……あなた、今、自分が何を言ったかわかっているの? やっぱり、あの子と……魔理沙と付き合うのはやめなさい。あなたのために……」
紫は憐れむような眼で霊夢を見つめる。その真意を霊夢は理解することができないでいた。