「う、あ、あああ、ああああ!?」
レミリアは頭を抱えたまま地面に突っ伏し、呻き声を上げ続ける。あまりの痛みに自身の下唇を噛み切ってしまっていた。
「くくくくく……。どうだい、僕の奥の手は?」
カストラートが喋りだすのと同時にレミリアの頭部から激痛が引く。
「……わ、私に何をし……た?」
レミリアは脳に受けたダメージで意識が朦朧としながらもカストラートに攻撃の正体を明かすよう詰め寄るが、カストラートはただ、にやりと笑うだけだ。
「くく、下等生物にここまで追い込まれたのは初めてだったよ。お前はたしかに優秀なモルモットだ。その褒美に教えてあげるよ。何故お前がダメージを受けているのかを」
カストラートはレミリアに十字架を見せ付ける。
「お前の言うとおりだよ。吸血鬼の弱点は十字架でも銀でもない。しかし、まるっきりその迷信が間違いというわけでもないのさ。お前たち吸血鬼の弱点は特定の音波だ。人間も妖怪も認識できない超高音の周波数がお前たちの弱点だ。僕はそれを声として発することができる。そして、声の効果を高めるのが銀の十字架というわけさ。だが、僕が吸血鬼退治をする姿を見た人間たちは吸血鬼の弱点を銀や十字架だと早合点し、それが広まったのが迷信の始まりというわけだ」
「私……たちにそんな弱点……が……? ……なんで……あなた達はそれを把握……している……? そして……、あなたがさっきから話している不快な言葉……『実験動物』……とはどういう意味……なの……!?」
「ふん、脳にダメージがあるはずなのに、まだペラペラと喋る元気があるんですねぇ」
「お嬢様ぁ!!」
レミリアが苦戦している状況を見て十数人の小悪魔メイドたちがカストラートに向かって攻撃を仕掛けてくる。
「あ、あなた……たち、やめな……さい」
レミリアの制止の言葉が届かなかったのか、それとも聞こえた上で無視したのか、小悪魔メイドたちはカストラートに突撃するのをやめようとはしなかった。
「実験動物のくせに慕われているんですねぇ」
カストラートは杖に魔力を込め、光の剣を創り出すと、攻撃を仕掛けてくる小悪魔メイドたちを次々と切り殺していく。
「きさ……まぁああああ!!!!」
レミリアはよろめきながらも立ち上がり、グングニルを顕現させ、カストラートに攻撃を仕掛けようと試みた……が、それは叶わなかった。
「う、あああああぁああああ!!!?」
カストラートは聞こえない「声」を再びレミリアに浴びせる。脳に激痛が走ったレミリアはグングニルを手放してしまう。
「クク、お仲間が殺されるのをそこで見学しているといい」
カストラートは自身に襲いかかって来た小悪魔メイドたちに牙を向ける。メイド達は必死に応戦したが、実力差のあるカストラートを前にして次々とやられていってしまった。
「あなたで最後ですね……!」
「あ、あ……あああ……」
最後に残った一人、メイドの腹部を剣で突き刺し、絶命したのを確認すると、カストラートはレミリアの方に向き直った。
「さて、お仲間を全て片づけたところで最後はお前だ。実験動物の分際で僕に楯突いた罪は重いですよ? 覚悟するといい!」
カストラートは口を少し開き、『声』を発生させる。レミリアは耳を塞いで声を防御しようと試みる。
「そんなことをしても無意味ですよ。そのための銀の十字架だ。これは僕の『声』を増幅し確実に貴様の脳に届ける……!」
「う、あぁああああああああ!!!?」
レミリアは頭部の内側からハンマーで殴られるような激痛に思わず嘔吐する。鼻からだけだった出血はさらに酷くなり、眼や耳からも血が溢れてしまうようになっていた。
「さて、このまま殺すのは簡単だが、お前はじわじわと殺してあげることに決めましたからね。一旦攻撃をやめてあげましょう」
「はぁ。はぁ。はぁ」とレミリアは痛みから解放されると息切れを起こす。
「冥土の土産に教えてあげるよ。なんで僕がお前のことを『実験動物』と呼んでいるか? それはこの世界の吸血鬼は全て我らが母、テネブリス様が造りだしたものだからさ」
「つくり……だし……た……?」
「そうさ。この世界に本当の意味での吸血鬼は一体しかいなかった。お母様はその一体しかいなかった吸血鬼の亡骸から遺伝子を入手し、人間に注入する実験を始められたのさ。回復力、身体能力に優れた吸血鬼の力を利用するためにね。今この世にいる吸血鬼は全てその実験体だ……」
「ウソ……をつく……な……! わたしは両親から生まれた……。あなたのこの世にいる吸血鬼は実験体だけという話と矛盾している……!」
レミリアはキッとカストラートを睨みつけるが、彼女は笑みの表情を崩さない。
「そう。勝手に逃げ出す個体が多いんだよ。困ったものだ。元人間であるせいか吸血鬼はとにかく実験室から逃げ出そうとするんだ。おまけに勝手に繁殖してお前みたいな個体が生まれてしまう。もっとも、その対策もしているんだけどね」
「対策……?」
「勝手に外で繁殖されて力を持たれたら厄介でしょう? 対策として……まず僕のように対吸血鬼の駆除に適した人間の配置。……そして吸血鬼には逃げ出した後、増えないように仕掛けが施されている」
「仕掛け……? ……さっきから本当に不愉快だわ。人をモノみたいに……!」
「モノみたい、じゃない。モノなんだよ。お前らは……! 本来お前たち吸血鬼は2年で寿命を迎えるように調整されている。それも若い体のままで。不老だが寿命が短い。それが本来の貴様らだ。実験には成熟した若い個体の方が都合がいいからね。だが、それは一世代までだ。一世代が子を作った場合、二世代目以降の成長速度と寿命は世代を重ねる毎に格段に長くなるように設計している。勝手に繁殖しないようにするためにね。……ところでお前は何歳になるんだ?」
「……五百歳よ」
「へぇ。それはすごい。おそらく、4世代目くらいでしょう。僕らに見つからずによくそこまで生き延びていたものです。……おそらく、貴様の両親は若い姿のまま、三百歳かそこらで死んだんじゃないか? 奇妙に思ったでしょう? 両親は三百歳で死んだのにお前は五百年経っても小さいままだったことに。お前が繁殖できるまでさらに千年はかかるだろう。それだけあれば、今のように見つけ出して駆除する時間はたっぷりあるというわけさ。……少々長く喋りすぎましたね。それじゃあ止めを刺してあげることにしましょう。でも、ひとおもいに殺したりはしませんよ。激痛を与え長時間、のたうちまわらせてから死んでもらう……!」
カストラートは右手に十字架を持つと、声を増幅させてレミリアに浴びせる。レミリアは何度目かの激痛を受け、苦しみ始める。何度この攻撃を受けても慣れることはなかった。
「あ、がぁああああああああああ!?」
「ほうら。後、何時間持つか楽しみですね……」
カストラートは一定時間ごとに声の放出を中断し、レミリアを中傷する言葉を浴びせては、また再開するという陰湿な攻撃を繰り返す。
「……さすがに飽きてきましたね。感謝するといい。次で最後だ……!」
カストラートが止めを刺そうと口を開いたときだった。爆発音とともに血しぶきが舞い上がった。血しぶきの源は……カストラートの右腕だった。
「ぐっ!? あぁああああああああああ!? なんで……僕の腕がぁあああああ!!!?」
カストラートは消し飛んだ自身の右腕を押さえて止血を試みながら叫ぶ。
「だ、誰だ!? 僕に攻撃を仕掛けたのは……!!!?」
カストラートは怒りで顔を紅潮させて周囲を確認する。すると、館の入り口に黄色の髪をした美幼女が立っていた。
「……フ、フラ……ン……」
「ごめんなさいね、お姉さま。地下室から勝手に出てきちゃった。でも、ピンチだったみたいだし、怒らないわよねぇ?」
フランと呼ばれた幼女は、にやりと表情を崩しながらうずくまったレミリアと腕を失ったカストラートを見下すのだった。