「は、はい……。そ、そうです……」
ルガトはおどおどした表情を見せながらフランに答える。
「その魔法使いは私の翼を……お母様を侮辱したの。邪魔をするなら、あなたも殺すわよ?」
「そ、それは無理だと思います。わ、わたしはあなたより強いですから……」
フランは呆気にとられたような表情でルガトを見つめる。
「あなたが私より強い? そんなにおどおどしてるのに? 面白い冗談ね」
フランはため息をつきながら、掌をルガトに向けた。
「あなたを先に殺してあげる!」
フランはルガトに向けていた手をギュッと握りしめ、拳を作る。カストラートの心臓や足を破壊したのと同じジェスチャーだった。明らかにルガトを破壊しようとしている。しかし、フランの意に反して、ルガトには何のダメージも与えられなかった。
「なっ!? なんで私の能力が効かないの!? たしかに心臓の目を潰したはずなのに!?」
「そ、それは私もあなたと『同じ』だから……」
「私があなたと同じ?」
フランがオウム返しでルガトに質問していると、カストラートが叫ぶ。
「ル、ルガト! そいつを殺せ! 僕の腕と足を奪った忌々しい吸血鬼を……! ……同族だから殺せない、などとは言わせないぞ!」
「あらあら。まだ生きてるんだ。本当にしぶとーい!」とフランはにやりと笑いながらため息をつくという器用なことをしていた。
「今度こそ殺してあげる!」
フランが掌をカストラートに向けた時だった。静かに……、だが、凶悪な意志を持った小さな声がフランに投げかけられる。
「ダメって言ってるでしょ?」
直後、フランに暴風がぶつけられる。風圧に耐えきれないフランは吹き飛ばされ、館の壁に叩きつけられる。暴風を起こしたのは……外套を取ったルガトだった。彼女の背中にはレミリアと同じ蝙蝠の様な翼が生えていた。彼女はそれを使って暴風を起こしたのである。
「カ、カストラートくんはあなたには殺させない。だ、だって、彼は……」
ルガトは大きく息を吸い込んでから、カストラートを見下ろす。
「だって彼は私の食事なんだから……!」
「ル、ルガト、貴様、な、なにを言っているんだ!?」
足を失い地面に倒れていたカストラートは動揺を隠せない。ルガトは間違いなくカストラートのことを食事だと言った。ルガトの食事……すなわち吸血鬼の食事、それは当然血を吸うということだ。これまでもカストラートはルガトがその辺の無価値な人間を食べる姿を見てきた。例外なく、ルガトは相手が死ぬまで血を吸いきっていた。
「ルガトぉ! 貴様、僕を殺すつもりか!?」
「け、結果的にはそういうことになるのかな?」
ルガトはおどおどと言葉を噛みながらカストラートに近づく。
「ふざけるなぁ!! 僕は『ドーター』だぞ!? いくら貴様がお母様に気に入られているとはいえ……、たかだか『実験動物』の貴様が僕を殺せば……、今度は貴様がお母様から罰を受けるぞ!?」
「そ、それはないよ」
ルガトはぎこちなく笑う。
「だ、だって、私が頼んだんだよ? カストラートくんが『ドーター』になれるように……。いつでも私が食べられるように同じチームで行動するために……」
「な、なんだと……? どういうことだ……?」
「わ、わたしね。前からカストラートくんのこと狙ってたの。お、おいしそうだなって……。だってカストラートくんって健気でかわいいんだもん。お、お母様から聞いたよ? 本当は男の子だったのに、音楽家の一族の末弟だったせいで無理矢理女の子にさせられちゃったんだよね? 美しい声を出せるあなたは少年の『声』のままでいるために、声変わりする前に女の子にさせられちゃったんだよね?」
「な、なぜそれを……?」
カストラートは驚愕した表情でルガトを見つめる。
「カ、カストラートくんは恨んでたんだよね? 自分を無理矢理女の子にした一族のことを。いつか自分が一族を殺してやるって……。で、でも、その時が来ることは永遠になかった。あなたの一族はお母様の実験室から逃げ出した吸血鬼に皆殺しにされた。あなたを除いて……。だから、あなたは復讐の対象を奪った吸血鬼を憎んでいる。そ、そうだよね? ……あなたは知らないみたいだから教えてあげるね。あなたの一族が滅亡したのは吸血鬼の仕業じゃないんだよ?」
「な、何を言っている? 何を言っているんだ!? 貴様はぁあ!?」
「あ、あなたは実験室から逃げ出した吸血鬼に一族を殺されたと思ってるみたいけど……アレも全てお母様が仕組んだことなの。吸血鬼は逃げ出したんじゃない、お母様によってあなたの一族を殺すよう仕向けられたの」
「ふざけるなぁ! なぜお母様が……、いや、あのババアが僕の一族を殺す必要がある!?」
「か、簡単なことだよ? お母様は吸血鬼を愛していらっしゃるんだもの。吸血鬼の弱点となるような……、少年の声のままの人間を作りだすような一族を抹殺しておくのは当然だよ」
「あのババアが吸血鬼を愛している? 寝言は寝てから言え! あいつは僕なんかよりよほど吸血鬼の扱いが雑だった。そんなやつが吸血鬼を愛しているはずがない! 愛しているなら何故、吸血鬼を憎む僕を生き残らせた!?」
「あ、あなたを生き残らせたのは、『失敗作の吸血鬼』を管理させるため。そして、吸血鬼の弱点であるあなたの『声』を研究するためだったの。……お母様が愛しているのは『本物の吸血鬼』だけ。それ以外の失敗作に興味はないの」
「本物? 本物とは一体何のことだ!?」
「い、今、目の前にいるでしょう? 破壊の力を持った真の吸血鬼が二人……」
ルガトは建物に叩きつけられたフランを指さしながらおどおどした表情で告げると、カストラートの元に歩みを進める。
「ち、近づくなぁ!!」
カストラートは十字架を構えると『声』をルガトに浴びせる。しかし……ルガトが苦しむ様子はない。
「な、何故だ!? なぜ、貴様もあの妹の吸血鬼も僕の『声』が効かないんだ!?」
「そ、それも『本物』の……『先祖返り』の吸血鬼の特徴のひとつ……。あ、あなたの声は『失敗作の吸血鬼』にしか効かない……。だから、あなたはもう用済みなの。『本物の吸血鬼』の弱点が『声』でないことがわかった今、あなたの役目は誰にでもできる『実験吸血鬼』の管理のみ。だから、お母様に言われていたの。いつあなたを食べても良いって」
「ふざけるな。ふざけるな! ふざけるなぁああああ!! 僕は吸血鬼と……吸血鬼を作りだしたあのクソババアを殺すために忠誠を誓ったフリをしてまで『ドーター』に登りつめたのに……! こんなとこで吸血鬼ごときのエサにされてたまるかぁ!」
「う、うふふふふ……。青ざめた顔でも吸血鬼を見下せるなんて……や、やっぱりカストラートくんはおいしそう……。い、いただきます……!」
ルガトはおどおどした態度のまま狂気をはらんだ笑顔を見せる。彼女のするどく尖った犬歯がカストラートの肩口に突き刺さる。
「や、やめ……ろ……。あ、ああ、あああ…………」
カストラートは血を吸われ、みるみる干からびていき……ミイラのようになって絶命した。
「おいしかったよ? カストラートくん……」
ルガトは満足したような笑みを見せながら牙を抜くと舌舐めずりをする。
「……仲間を食らうなんて……、下品な吸血鬼ね……」
館に叩きつけられていたフランは、よろよろと立ち上がりながら呟いていた。