妖夢の用意した食事を平らげた幽々子は湯のみに入った茶をすする。
「幽々子様、本当に良いのですか? 幻想郷の様子を見に行かなくて……」
妖夢は片づけをしながら問いかける。
「気にならないといえばウソになるわね……。でも用事を片付けてからじゃないとね」
「用事とは?」
「さあ、それは私にもわからないわ。待つしかないわね」
「むぅ……」
妖夢は納得できなさそうな顔で幽々子を見つめていると思いだしたように口を開いた。
「……そう言えば……今日はあまり騒がしくないですね」
「たしかにそうね……」と幽々子も妖夢に賛同する。
「そうか。あの騒霊《ポルターガイスト》どもが来てないからですね。まあ、たまにはやつらの演奏だか騒音だかわかりませんが、それがないのも乙なものです」
幽々子は口に運ぼうと湯のみを動かしていた手を止める。
「妖夢……」
「なんですか?」
「幻想郷とつながる冥界の入り口の様子を見てきなさい。……なんだかイヤな予感がするわ」
妖夢は先ほどまで自分を動かさないようにしていた幽々子の態度が変わったのを察知し、空気を締めるように答える。
「……承知しました」
妖夢は既に携えていた二本の剣をしっかりと装備し直すと、縁側に置いてあった靴を履いて白玉楼を飛び出した。
「何かが既に冥界に入ってきている……?」
幽々子は眉間にシワを寄せながら、自分の勘を口にする。冥界の管理を任されている幽々子は侵入者が入れば感知できるはずだ。しかし、妙な胸騒ぎがする。普段、白玉楼に音楽の演奏で訪れるポルターガイストたちが幻想郷から来ていないからだ。空振りならそれで構わないが、不安は払拭しておこうと幽々子は妖夢を冥界の入り口へと向かわせたのである。
「もしかして、かなり状況が悪いのかしら」
幽々子は庭の枯山水に視線を向けながらスキマ妖怪の友人の身と幻想郷を案ずるのだった。
妖夢は白玉楼を飛び出すと、長い階段を一気にかけ下りる。冥界の入り口は階段を下りたさらに向こう側だ。走りながら妖夢は祖父に剣の稽古を付けられていたことを思い出す。よくこの長い階段を何往復も登り降りさせられていた。こんなことが剣の道に通ずるのかと良く疑問に思ったものである。そんな祖父ももういない。ある日、忽然と姿を消してしまっていた。何故身を隠したのかは妖夢も知らない。しかし、その日から妖夢は祖父に代わり、幽々子を剣術指南役兼庭師として守り続けている。
「……幽々子様の方が強いから守るってのとは少し違うかもだけど……」
妖夢は自嘲気味に笑う。
「もっと鍛錬しなければ……!」
自信を戒めるように誓いなおした妖夢は階段を駆け下りると、冥界の入り口へと繋がる一本道を走った。
「……なんで?」
妖夢は異常に気付き、足を止める。普段はその辺を飛び回っているだけの霊魂が明らかに一方向へと何かから離れるように移動している。といっても所詮は霊魂だ。そのスピードは海でクラゲが泳ぐようにゆったりとしたものだ。日ごろから霊魂とともにいる妖夢でなければ気付かないような異常だ。妖夢はスピードを緩め、様子を確認しながら道を進む。
「……何者ですか、アレは……!?」
冥界への入り口に向かう道の途中で不気味な者を見つけた妖夢は道沿いに生えそろう桜の木の一本に身を隠して様子を伺った。
「……プリズムリバー三姉妹が倒れている……!」
妖夢は不気味に感じる者の近くでポルターガイストたちが横たわっているのを視認した。どうやら襲われたらしい。
「何なんですか、あいつは……?」
妖夢はゴクリと生唾を飲んだ。妖夢が不審者を不気味に感じる理由……。それはその侵入者の姿があまりに特異的だったからだ。
「何なのですか、あの継接ぎだらけの顔や腕は……!? それに、頭にでっかい何かが刺さっている」
不気味な者の背格好は十代ぐらいの少女と思われる。しかし、顔色は灰色で視線も泳ぎっぱなしだ。それが不気味さに拍車をかけた。
「あうううう……」と不気味な継接ぎだらけの少女は静かな奇声を上げる。
「うう……。お化けは苦手なのに……」
不気味な者をお化けと認識した妖夢は涙目になりながら、腰に携帯する長短二本の剣の内、長い方に手をかける。
「しかし、侵入者に違いない。辻斬りさせてもらいましょう! 取りあえず斬ればわかる」
物騒な独り言を発しながら妖夢は居会いの体勢に入る。不気味な者が背を向けた瞬間、妖夢は素早く移動し、剣を抜く。
「手応えあり!」
妖夢の攻撃は確実に当たり、横っ腹に大きな切創が出来あがった。しかし、その切創がすぐに再生され、元に戻る。
「な、なんで!?」と驚く妖夢。斬られた化物はゆっくりと妖夢の方に振り向いた。
「……面妖な姿ですね。あなた一体何者です?」
妖夢は冷や汗をかきながら、少女の姿をした顔色の悪い継接ぎだらけの化物に問いかける。すると、化物は途切れ途切れにこう答えた。
「……フラ……ンケン……、シュタ……イン……」