香霖堂に到着した魔理沙は、声を出しながら扉を開く。
「こーりん、いるかぁ……?」
心なしか、魔理沙はいつもよりも小さな声で挨拶をする。香霖堂の店主、森近霖之助は椅子に座りながら観賞していたアイテムを机に置き、ずれていた眼鏡を指で持ち上げ、矯正した。
「魔理沙か……。今日は何の用事だい?」
魔理沙は霖之助が怒っている様子でないことを見て、少し胸を撫で下ろす。しかし、謝罪の言葉はかけるべきだと思いなおし、口を開いた。
「そ、その、ごめんな……。この前は、なんか、こーりんに八つ当たりしたみたいになっちまってよ……」
魔理沙の謝罪の言葉は決して、丁寧なものではない。だが、霖之助にしてみれば、謝るだけ大人になったのだと魔理沙の成長に微笑む。そもそも、まだまだ小娘である魔理沙の癇癪にいちいち目くじらを立てるほど霖之助も未熟ではない。
「なんだ、そんなことを気にしていたのか。君がそんなに繊細だなんて知らなかったよ」
霖之助はとぼけた様子で魔理沙に冗談めいた言葉を掛ける。魔理沙は霖之助が怒っていないのを見て安心したのだろう。満面の笑みを浮かべながら反論する。
「ひどい奴だぜ。魔理沙さんも悩み多き、可憐な美少女なんだぜ?」
「わかった。わかった」
霖之助は少し俯き加減でため息を漏らす。微笑みながら……。
「それで、何の用事なんだい?」
「あ、ああ。安心してつい忘れてたぜ……。なあ、こーりん。これ、調べてくれないか?」
魔理沙は人里で老婆から購入した水晶を霖之助に渡す。霖之助は眼鏡に手を当て、水晶にピントを合わせた。霖之助は特異な能力を持っている。『未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力』である。これまでも魔理沙は買ったり拾ったりしたアイテムで用途不明のものは霖之助に鑑定してもらっていた。
「うーん、この前、君にただで持っていかれた水晶に似てるね。魔力を増幅させる機能が付いているようだ」
霖之助はチクリと嫌味を言うが、魔理沙は意に介さない。
「他には?」
「まあまあ、そんなに慌てるなよ……。えーっと、……術者から魔力を吸い取り、炎に変換する機能も付いている」
魔理沙は少しがっかりする。霖之助に見せて何か術式を特定できるヒントを得ることができれば……と考えていたからだ。だが、霖之助が話した用途は人里で確認済みだ。新たな情報の取得は難しそうだと諦めかけた時、霖之助が驚きの声を上げる。
「なんだ……? どういうことだ、これは!?」
「どうしたんだ? こーりん!」
魔理沙は背伸びをして霖之助が持つ水晶を改めて凝視する。
「このアイテムの名前と用途の一部が分からないんだ……」
「は、なんだよ、それ。使えないなぁ、こーりん!」
「……き、君、さっきまで、しゅんと落ち込んで謝ってたのに、僕が怒ってないからって切り替えが早すぎやしないかい?」
「ま、まあ。良いじゃん。それよりも名前と用途が分からないって、どういうことなんだぜ?」
「言葉通りの意味だよ。僕の能力を持ってしても名前がわからない。魔力増幅と炎を出すって用途以外の用途もわからない。何かしらの術がかけられている。まるで、目の前にもやがかかっているみたいだ……。僕の能力行使が妨害されている……」
「何で、そんな術がかけられてるんだろうな……?」
魔理沙は腕組みをして口をへの字に曲げる。
「……あんまり良い予感はしないね……。何かの異変の前触れかも……」
霖之助の異変の一言に魔理沙は眼を輝かせる。
「異変かぁ……。これは霧雨魔理沙さんの出番なんだぜ!」
魔理沙は霖之助から水晶を奪うと一目散に出口に向かう。
「おい、魔理沙! なにをするつもりだ!?」
「もし、これが異変なら……、霊夢より先に解決してやるんだぜ!」
魔理沙は扉を出るや否や、ほうきにまたがり、空に飛び立つ。
「危ないことはするんじゃないぞ!」
霖之助も出口を飛び出し、空を飛ぶ魔理沙の背に向けて大声で忠告する。
「……まったく困った子だ。……嫌な予感がする……」
霖之助は小さくなる魔理沙の背中を険しい表情で見つめていた。