「ぐ……!?」
幽々子はうめき声を上げながら撃ち抜かれた腕をさする。程なくして幽々子の腕の傷は癒えていった。
「へぇ。大した治癒能力なんですけど! その辺の霊魂なら一発で消滅する弾丸だったのに……。死にはしないだろうとは思っていたけど、その程度で済むなんて予想外なわけ」
「大丈夫ですか!? 幽々子様!」
妖夢が幽々子の身を案じる言葉を叫びながら幽々子の元に駆け付けようとする。
「そこにいなさい! 妖夢!!」
幽々子が珍しく怒気のある指示をしたことに思わず立ち止まる妖夢。二人のやり取りをクスクスと笑いながらプロメテウスは観察していた。
「あら、お仲間に助けてもらわなくてもいいわけ?」
「……今、あの子に来られても足手まといなだけだもの……」
「ふーん。自分の力の未熟さを従者のせいにしちゃうんだぁ。まったくろくでもないご主人様なわけ」
そう言うと、プロメテウスは『零弾』を袖から取り出し、杖の先端にセッティングすると、魔力を込め射出する。弾の速度が速すぎるために幽々子は目で追うことすらできなかった。今度は右太ももに直撃を許した幽々子はうめき声を上げて膝をついてしまう。
本来、亡霊である幽々子には魔法を含め、大抵の物理的な攻撃は通用しないのだが、プロメテウスの『零弾』は例外だ。なぜなら、『零弾』は魂で造られているからである。原則、魂に触れることができるのは魂だけ。その性質を利用した武器なのだ。
普段、幽々子が食事をとったり、人・妖怪と触れ合ったりと人間と変わらない生活を送れているのは、自身の魔力で体を実体化させているからである。当然、戦闘の時は有利になるよう実体化はしていない。だが、霊体に詳しいネクロマンサーのプロメテウス相手には有利に働かなかった。
「……その『零弾』とやらの魂……。人間の魂ね!? 一体どうやって……?」
「どうやって作ったかって? そんなことも想像できないなら原始時代からやり直した方がいいんですけど? アンタの部下も持ってるじゃない。魂に触れることのできる激レアアイテムを!」
「……白楼剣のことを言っているの……?」
「ふーん。そんな名前なわけ。ま、名前なんてどうでもいいんですけど! ようは魂に触れることのできるアイテムはぼちぼちこの世には存在するじゃんってこと! 触れさえすれば加工なんてサルでもできるんですけど? いや、サルじゃ無理か。だって、人間の魂って加工される前にひどく抵抗するんだよねぇ。最初のころは逃げ出そうとする魂を押さえるのにひどく苦労したわけ」
「……あなた、人間の魂をなんだと思っているのかしら。玩具じゃないのよ……!」
幽々子が不快感を露わにするが、プロメテウスは意に介さない。
「そういうお説教はもう百人から聞いたわけ。でも、誰も私を止められなかったんですけど? お前で百一人目なわけ!」
プロメテウスはまたも零弾を幽々子に撃ち込む。左肩を撃ち抜かれた幽々子は悲鳴とともに顔を苦痛で歪める。
「あっはは。順調に弱らせることに成功してるわけ。もう少しで封印魔法が干渉できるんじゃないかしら。そうなれば最後、このフラスコの中にアンタを閉じ込めてあげるわけ!」
プロメテウスは袖から出したフラスコの先端を持ち、ゆらゆらと揺らす。
「舐めないでちょうだい……!」
幽々子は『死を操る程度の能力』を発動させる。しかし、プロメテウスは全く動じない。避けようとすらしなかった。
「届かないんですけど?」
プロメテウスの宣言通り、幽々子の死の波動はプロメテウスに到達する前に霧散してしまう。
「何のために大勢のスケルトンちゃんたちに死んでもらったと思ってるわけ? アンタの攻撃範囲はもう把握しきってるわけ! アンタ、その『死を操る程度の能力』とやらをコントロールしきれてない感じ。だから、あの白髪の半分お化けのお嬢ちゃんを近づけさせるにはいけないってわけ。アンタは自分の能力の範囲を自由に操ることができない。だから、あの白髪ちゃんを離れさせた。巻き込ませない自信がないから。そうでしょ? アンタが能力をコントロールできるのはアバウトな上下左右だけ。あとは円状に放出するしかできない。スケルトンちゃんたちが死んだ場所を観察すれば、攻撃範囲を特定するなんて簡単なんですけど!」
「……そう。でも、あなたの計算には思い違いがあるわ。私はまだ全力を出してない……。死になさい……!」
幽々子は死の波動を放出する。先ほどよりも強力で速い波動だ。
「かっ……!?」
波動を受けたプロメテウスは苦痛に顔を歪め、乾いた空気を吐き出すと、胸を押さえながらうずくまった。しかし、プロメテウスの様子を見て幽々子は戸惑う。いや、ある意味では予想通りだった。幽々子の感じていた嫌な気配が勘違いでなかったことが判明してしまったからである。
「……死んでいない。やっぱり、あなた……」
「あっはぁ。めちゃくちゃ効いたんですけど。久しぶりに死ぬかと思ったんですけど! ……でもやっぱり計算通りだったわけ。お前が本気を出しても……私を殺すのは不可能だったわけ!」
「……不老不死……。蓬莱人とはまた違う種類の……」
「その通りなわけ。私は不老不死。残念だったわね、ピンク髪の亡霊さん。さ、そろそろおとなしく捕まって欲しいんですけど?」
プロメテウスは杖に魔力を込め、魔法を撃ち放った。魔法を受けた幽々子は多大なダメージを受けてしまう。
「が……は……!? なんで霊体の私に魔法が……!?」
幽々子は霊体である自分に魔法とはいえ、物理的な攻撃が当たってしまうことに驚きを隠せない。
「ばぁか。言ったんですけど? 私はネクロマンサー。霊体に有効な魔法も当然覚えてるわけ!」
幽々子はよろめきながらも臨戦態勢を崩さずにプロメテウスに問いかける。
「……どういうこと? それだけの力があれば、わざわざフランケンシュタインとやらを使わなくても……、骸骨を召喚せずとも……、自分の力だけで私たちを圧倒できたはず……。……あなたの行動は意図がわからない。フランケンシュタインとやらもわざわざ複数の死体と魂を繋げ合わさなくとも、それぞれにキョンシーとして操ればいいだけなのに……。それだけの魔法の実力があれば、『零弾』とやらを使う必要もない……。一体何が目的なの、死体と魂を弄ぶ理由は何……?」
「はぁ? アンタわからないわけ?」
プロメテウスは小指で耳を穿りながら、呆れたように問いかけ返す。
「アンタはさ。山を歩いて登ることが趣味のやつに『空を飛んだ方が早いわよ』とでも言うわけ? それとも、猟銃が趣味のやつに『毒殺した方が効率的よ』とでも言うわけ? てんで的外れなんですけど!」
「……なんですって?」
「私にとって、死体を繋ぎ合わせて、魂を繋ぎ合わせて新たな人造人間を作ることに意味があるわけ。ひとりひとりキョンシーにすればいい? バカも休み休み言って欲しいんですけど? 合体させることに意味があるわけ! 合体しなかったら意味ないじゃん! 零弾もそう。亡霊相手にはまず、零弾で弱らせてから最後にとどめをさすってプロセスが重要なわけ! おわかりかしら?」
幽々子はプロメテウスが何を言っているのかさっぱり理解できなかった。あまりにも非常識的過ぎたから……。プロメテウスははぁと溜息を吐きながら、杖で自身の肩をぽんぽんと叩く。まるで、自分の意見は常識であり正論だとでも言いたげな表情で……。