魔理沙はほうきに乗り、風を切り裂きながら高速で移動する。目的地は人里だ。霖之助の能力、『未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力』を持ってしても正体がわからないアイテム……水晶を売っていた老婆に接触するためである。
「どこに行ったんだ? あの婆さん……」
魔理沙は老婆が水晶を売っていた場所を訪れたが、既に老婆の姿はなかった。魔理沙は通りすがりの青年に尋ねる。
「なあ、そこのお兄さん。ここで水晶を売ってた婆さんがいただろ。どこに行ったか知らない?」
「さあ? 水晶が売切れたら、すぐにその場を後にしていたよ」
「どこに行くか、言ってなかった?」
「オレは聞いてないねえ……」
「そっか……。呼びとめたりして悪かったな。サンキュー」
その後も魔理沙は、付近で店舗を営む者や、遊んでいた子供などに聞いてまわったが……、老婆の行き先を知る者に遭遇することはなかった。
「くっそー……。あの婆さんに聞くのが一番手っ取り早かったんだけどなぁ……。……見つからないもんは仕方ないか……」
魔理沙はほうきにまたがり、空を飛ぶ体勢を取ろうとした。怪しいマジックアイテムが出回っていることを博麗霊夢に伝えるためである。しかし、飛ぶ寸前、魔理沙は博麗神社に向かうことを思いなおした。
「ここで霊夢に教えたら、また私が異変解決で負けちゃうぜ……」
……これまでも、ここ幻想郷では異変がたびたび起こっていた。異変とは、辞書では非常の事件、事態という意味であると書かれているが、幻想郷においては、さらに特別な意味が込められる。安定した幻想郷に不具合が生じることを総じて異変と呼んでいるのだ。
幻想郷は現代社会と隔離され、絶妙なバランスでその存在を維持している。それ故、妖怪や人間、時には神が好き勝手な行動……つまり、異変を起こすことが原因で、幻想郷が消滅しかねない事態に発展することがあるのだ。そのため、幻想郷が危機に陥らないよう、代々、博麗神社の巫女は異変を解決することが責務となっている。当然、霊夢も異変が起こればその都度、解決していた。霊夢と知り合いになってからは魔理沙も、異変解決に首を突っ込むようになっている。
魔理沙が異変解決に精を出す理由はいろいろある。異変を起こすような猛者と一戦交えてみたい、自分の力を試したいといった理由もあるが……、一番はやはり霊夢に勝ちたいという理由だろう。魔理沙は霊夢よりも早く異変を解決することで、霊夢にライバルだと思われたいのだ。しかし、これまで起こった異変で、魔理沙が霊夢より早く解決できたことは一度もない。今度こそは霊夢より早く異変を解決したいと魔理沙は考える。
「……まだ、異変と決まったわけじゃないし……霊夢に言う必要ないよな? それに今回こそ、あいつよりはやく異変を解決したいしな……。独自で調査させてもらうぜ……!」
……魔理沙は今回の異変を軽視していた……。これまで魔理沙が関わってきた異変が、結果的に大したものではなかったことも影響しているのだが……。
「明日から調査開始だな! 原因を掴んでおいて……、霊夢が異変に気づいた途端に魔理沙さんが解決してやるんだぜ!」
魔理沙は博麗神社に行くことなく、魔法の森に……自宅に向かう。魔理沙は知らなかった。今回の異変が……、これまで魔理沙が関わってきた異変と比べ物にならないほど、深刻で大きなものであるということに……。