東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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美しき死体

 満開となった西行妖……。幹が、枝が、桜の花が……淡い光に包まれる。光の中から一つの死体が現れた。和装の美しい女である。死体というにはあまりに綺麗な肢体であった。目を瞑ってこそいるが、彼女は死体とは思えないほど生気に満ち溢れた容貌をしている。心臓は拍動し、血は巡り、体は温もりに包まれていた。彼女は生者と何も変わらない。……ただ一点を除いて。

 

「……こいつのピンク髪、それに顔も……。さっき捕まえた亡霊と同じ……?」

 

 プロメテウスは死体の観察を始める。現れた死体は地に触れることなく、直立した状態で宙に浮いていた。しばらく観察し、プロメテウスは確信した。この死体は先ほどフラスコに封じ込めた亡霊『西行寺幽々子』の身体である、と。

 

「はぁ。確かに激レアっちゃ、激レアなんですけどぉ……。なんかダブっちゃった感が半端ないわけ。……にしても珍しいんですけど。心臓が機能している死体なんて! ……心臓だけじゃない。身体機能全てに異常はないみたいなんですけど! 脳死の最強版って感じかしら。ま、超激レアには間違いないわけ。さっそく、フラスコに閉じ込めて……」

「……貴方?」

 

 フラスコを取り出そうと、服の袖を探っていたプロメテウスは不意に声をかけられる。通常、魂を失った人体が動き出すことはない。プロメテウスは自分の耳に届いた声が気のせいであることを確認するために西行寺幽々子の死体に顔を向ける。幽々子のまぶたは閉じられたままであった。やはり、気のせいかとプロメテウスが視線を袖に戻そうとした時だった。

 

「……貴方かしら、と聞いているのよ?」

 

 今度は気のせいではないとプロメテウスは再び幽々子に視線を戻す。……妖艶な薄紅色の瞳にプロメテウスは捉えられていた。

 

「こ、こいつ意識がある……? 普通は魂が離れた肉体は自我を保てないはず……なんですけど……!」

「私を眠りから目覚めさせたのはあなたか、と聞いているのよ? お嬢さん……」

 

 西行寺幽々子は一瞬でプロメテウスの眼前に移動し、顎をクイっと持ち上げる。

 

「くっ!? 気安く触れるな、なんですけど!」

 

 プロメテウスは幽々子の手を払いのけ、飛びさがった。

 

(まったく動きが見えなかったんですけど……! ノーモーションってやつなわけ! 自我がありながら魂を持たぬ死体……。……ダブりかと思ったけど超激レアだったわけ!)

「答えてくれないのかしら……? それなら早くこの場を去ることをおすすめするわ。死にたくないのなら……ね」

「はぁ? ピンク髪の本体か何か知らないけど、随分と偉そうじゃん。感じ悪いわけ。『死にたくないのなら』ですって? アンタごときが私を殺せるとでも?」

 

 不敵な笑みで返すプロメテウスに幽々子は悲しそうな表情を浮かべて口を動かした。

 

「私は殺しなどしないわ。『殺してしまう』だけ。……うっ……」

 

 幽々子は突如として胸を押さえて苦しみだす。

 

「……抑えられない……! 貴方、早くこの場から消えなさい……!」

 

 幽々子は苦悶を浮かべながら、プロメテウスに警告する。

 

「……ぷっ。あはは。何よそれ。思春期の男子みたいなんですけど? 自分の力をコントロールできないだなんて。空想は夢の中だけにしておくわけ!」

 

 思わず吹き出すプロメテウス。そして苦しみ続ける幽々子。

 

「……なに? 周囲の草木が枯れ始めているんですけど……?」

 

 それは亡霊の幽々子が『死を操る程度の能力』を行使したときと同じような現象だった。しかし、状況は大きく異なっている。亡霊の幽々子が全力で能力行使をしていたのに対し、幽々子の死体は全力で能力を抑えようとしていた。にも関わらず、死の波動は周囲の生けるものたちを巻き込もうとしている。

 

「……もう、だめ……!」

 

 幽々子が言葉を漏らした瞬間、白玉楼が……、冥界が、死の波動に包まれる。冥界に存在する虫や、草木や、小動物。わずかな生命が波動に奪われる。

 プロメテウスもまた、波動に飲み込まれていくのだった。


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