東方二次創作 普通の魔法使い   作:向風歩夢

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詐欺

 ――ここは永遠亭。魔女集団『ルークス』のボス、テネブリスの攻撃により重体に陥った霊夢が運び込まれた屋敷である。その永遠亭の薬師『八意永琳』の治療により、とりあえずの命の危機を脱した霊夢だが、まだ意識は戻らないでいた。

 

「……少し、外に出てくるんだぜ」

 

 集中治療室で眠ったままの霊夢に心配の眼差しを送り続けていた霧雨魔理沙だったが、自責の念に堪え切れず、集中治療室前でともに霊夢を見守っていた父親に一言声をかけて席を外した。

 

 霊夢が意識不明の重傷を負ってしまったのは魔理沙親子をかばってのことだった。

 

「なんでこんなことに……」と思いながら、魔理沙は唇を噛み締めて永遠亭の庭に出る。

「ちくしょう……。魔法さえ使えれば……」

 

 魔理沙は強がるようにつぶやく。

 

自前の運を持たず、幻想郷の運を借りることで魔法を使用する魔理沙は、ルークスが幻想郷の運を奪い去ったことで魔法が使えなくなってしまっていた。もっとも、魔理沙が魔法を使えたとしてもテネブリス率いるルークスの魔女たちに勝てるかは怪しいところである。

 

……そんなことは魔理沙自身も解っている。だからこそ強がるように呟いたのだ。心だけは負けてたまるかという強い思いが魔理沙を奮い立たせる。

 

「ふーん。人間さん、アンタ魔法が使えるようになりたいの?」

 

 魔理沙に話しかける声。声の持主は頭から長い耳を生やしたウサギ少女だった。見た目の年齢は魔理沙よりも少し低いくらいだろうか。

 

「……アンタ、霊夢を手術室に運んでいたウサギ妖怪だな……?」

「私は因幡てゐ。てゐって呼んでくれればいいさ。それよりも魔法を使えるようになりたいんだろ?」

「……あいにくだが、私は運を持ってないんだ。魔法を使うことはできないんだぜ……。ムカつくけどな」

「アンタが運を持ってないのは知っているさ。そして今、幻想郷に起きている異変のことも知っている」

「……なんだって?」

「それでもなお、魔法を使えるようになりたいかって聞いているのさ」

 

 魔理沙はてゐを訝しむ。こんなちんちくりんが魔法を使えるようにしてくれるとは到底思えなかった。

 

「どうやら、私のことを信用してくれないみたいだね?」

「当たり前だろ。ついさっき顔を合わせたばっかの他人を信用しろなんて方が無茶ってもんだぜ」

「でも、魔法を使えるようになるって言葉には心動かされるんだろう? 悪いことは言わない。私の言うことを聞けばアンタは幸せになるよ、霧雨魔理沙」

「……なんで私の名前を知ってるんだぜ?」

「ま、私もいろいろやってるからね。さ、魔法を使えるようにしてあげるよ。もちろんタダってわけにはいかないけどね」

 

 てゐは右手の人差し指と親指で円のマークを作り、金を要求する。

 ……どうせダメ元だ、と思いながら魔理沙はウサギ妖怪の詐欺としか思えない話に乗ってやることにした。

 

「……いくらなんだぜ?」

「一円でどうだい?」

「……本当に魔法が使えるなら安いもんだな」

 

 魔理沙は自身が着るエプロンのポケットから紙幣を取り出すとてゐに渡す。幻想郷の一円は外の世界でいう一万円程度である。受け取ったてゐは「たしかに」と呟いてから言葉を繋げる。

 

「若いのに、しっかり稼いでるんだね。大したもんだ」

「なけなしの金だっての……。……金は払ったんだ。どうやって私に魔法を使わせようってんだぜ? 詐欺師さんよ」

「ひどいなぁ。詐欺なんかじゃないよ」と言うと、てゐは突然竹林の中へと走り去っていった。

 

「な!? に、逃げやがった! やっぱり詐欺だったんじゃねえか。金返しやがれ、なんだぜ!」

 

 頭に血を昇らせた魔理沙はてゐを追って竹林の中に飛び込む。

 ……失敗だった。程なくして魔理沙は自身の行動が失策だったことに気付く。魔理沙は完全に迷ってしまっていた。今の魔理沙は空を飛ぶことさえできない。迷いの竹林と呼ばれるこの竹藪から出ることができなくなってしまう。帰り道が全く分からない。闇雲に動き回ってはみたが、どの道もさっき通ったような気がしてくる。

 

「ちっくしょう。あのクソうさぎ……!」

 

 魔理沙は怒りをさらに強めるが、それを覆うように不安が襲う。……今、妖怪に襲われれば魔理沙に命はない。魔法を使えた時の魔理沙なら相当手練れの妖怪相手でも殺されることはないだろう。だが、今の魔理沙はただの非力な十代半ば程度の少女でしかないのだ。そして、魔理沙の不安は的中してしまう。

 

「グルルルル……」

 

 ……喉奥を鳴らしながら竹藪から出てきたのはイノシシのような妖怪だった。明らかに魔理沙を威嚇している。

 

「うぅ……。さ、最悪なんだぜ……。頼むからおとなしく退いてくれよ」

 

 魔理沙はイノシシを刺激しないように少しずつ後ずさりをして距離を取ろうとする。 

 ……これがただのイノシシ相手なら効果はあったかもしれない。しかし、すでに妖怪と化した眼前の獣は動物よりも知恵を持っていた。魔理沙が力のないただの人間であることを見極め、突進してくる。一直線に魔理沙に迫ってくる巨体。魔理沙は瞬間的に攻撃をかわそうと試みるが、避けきれずにかするように体当たりを受けてしまう。かすっただけとは言え、魔理沙は衝撃に耐えきれずに竹に叩きつけられる。

 

「ぐふっ!?」と魔理沙は息を吐き出した。

「くそ。マジでヤバいんだぜ」

 

 魔理沙が独り言をつぶやいた時には既にイノシシは第二撃を繰り出さんと魔理沙の方向に体を向けていた。助走をつけようとしているのか、間合いを図っているのか、右前足だけをかくように動かしている。

 

 次の瞬間、再び魔理沙に向かって突進してくる巨大イノシシ。

 

「そう何度も喰らってたまるか、なんだぜ……!」

 

 魔理沙はエプロンから野球ボール大の球を取り出し放り投げる。球は空中で炸裂し、強烈な光を放出する。百十七号という人形との戦闘でも使用した閃光弾だ。突然の光にイノシシは眼が眩み、立ち止まる。その隙に魔理沙は竹藪に身を潜めた。

 

 眼が回復し、辺りを見渡すイノシシを竹藪の陰から魔理沙は観察する。

 

(……頼むぜ。そのまま、どっかに行ってくれよ?)

 

 魔理沙は心の中で祈る。しかし、そんな祈りは通じないらしい。イノシシは鼻をくんくんと動かし、辺りを動き回る。

 

(……まさか、鼻も良いのかよ!?)

 

 魔理沙の推測通り、鼻が良かったらしくイノシシは魔理沙が隠れる竹藪の方向に体を向けると突進してきた。

 

「うわぁあああああ!?」

 

 イノシシからの攻撃をまともに受けてしまった魔理沙は少なくないダメージを負ってしまう。

 

「う……あ……、骨はなんともないみたいなんだぜ……? ……ちくしょう。あのばあさん魔女と戦うまで残しておきたかったんだけどな。仕方ないんだぜ……?」

 

 魔理沙はまたエプロンからマジックアイテムを取り出す。魔法陣が描かれた羊皮紙だ。魔理沙は魔法陣をイノシシの方に向け、魔法を放つ。

 

「マスター・スパーク!」

 

 羊皮紙にあらかじめ込められていた魔力が魔法を発動させる。イノシシはマスター・スパークの直撃を受け、消え去る。

 

「……クソ、危ないところだったんだぜ? 貴重なマジックアイテムが二つもなくなっちまった……」

 

 文句を言いながらも安堵し、その場に座り込み休息を取ろうとする魔理沙に巨大な影が忍び寄る。

 

「へ、へへ……。う、嘘だろ?」

 

 そこに現れたのは先ほどの巨大イノシシをさらに上回る大きさの白い狼だった。


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