魔砲使いになった理由   作:タニアホテル

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神社の魔獣・前

 なのはは布団を跳ね除け勢いよく起き上がった。

 

「あんなの勝てるわけないじゃん! ていうかなんであんな場所にあるのさ!? 戦う前に死んじゃいそうだよ! せっかく一歩進んだと思ったのに……」

 

 眉間に皺を寄せ、鼻息を荒くし、一人愚痴った。

 それと同時に携帯電話の目覚ましが部屋に鳴り響く。今はその電子音がひどく耳障りに感じられた。

 

「…………うるさい」

 

 なのはは目覚ましを乱暴に止めると無造作に脇に置いた。それは勢いあまり、ベットの上を滑るとそのまま床へと落ちた。

 一気に静まり返った空間で、唇を噛みながらついさっきのことを振り返る。

 黒い化け物と比較にならない程、巨大な体だった。近づかれただけで戦意喪失だった。攻撃範囲も広い。そのくせ当たると即死。

 

「無理無理無理っ! 絶対無理!」

 

「なにが無理なの?」

 

 なのはは予期せぬ美由希の声にびっくり仰天した。

 美由希が扉から首を伸ばし、ニコニコしながらなのはを見ていた。その顔を見たなのはは、あることを思い出して頭の中が真っ白になった。

 

「て、てがみ……手紙書いてなかった。……どうしよ」

 

 顔を青くし、美由希を見つめながら小さく呟いた。もう頭の中は大混乱である。

 どうしよう、という言葉だけがぐるぐると回って何も考えられなかった。終いには目に涙を浮かべ嗚咽をもらしはじめた。

 美由希もそんななのはを見て、どうすればいいかわからず「ちょ、ちょっといきなりどうしたの!? 私何かしちゃった!? ご、ごめんね? 私が悪かったよ。だから、ほら泣かないで」と大混乱になった。

 ベットまで駆け寄ってきたそんな美由希を見て、なのはは少し冷静になりもういくら悔やんでもどうしようもないと割り切った。そして、今日からは繰り返したその日のうちに絶対に書いておこう、と心に決めた。

 何度も繰り返しているうちに、次は気を付けようという考え方が染みついてしまったようだった。本来なら家族が関わっているため、そんな楽観的には考えたくない。しかし、なのははすぐにそのことを意識の外へと追い出し気づかないふりをした。気づいてしまうと底の無い泥沼にはまり抜け出せなくなると経験的に分かっていた。というより今さっき片足を突っ込んでいた。

 なのはは顔を袖でぐしぐしと拭うと、ベットの傍でおろおろしてる美由希に「怖い夢を見たんだ」と適当な理由を話しながらさっさと着替える。そして「はやくご飯食べようよ、お姉ちゃん」と狐につままれたような顔をしている美由希に微笑んだ。

 

 

 

 

 今回もハンマーを眼に突き刺し、黒い化け物を倒した。もちろん動物病院は壊れていない。

 なのはは今まで病院が壊れるところを見ても何も思っていなかった自分に対し「普通気が付くでしょ」と突っ込みを入れながら戦った。そして、それ程切羽詰っていたのだから仕方がないと誰にともなく言い訳をして何度も頷くのだった。

 突き刺す時、前回のような肉を貫く心地よさは全く無かった。逆に嫌悪感も無かった。ただ、さんざん苦労していたのに、これほどまでにあっさり倒せてしまうのかという虚しさだけが心にしみた。

 前回との大きな違いといえばユーノを動物病院へ残してきたことだろう。

 なのはは前回「一緒に戦おう」とか「一人じゃない」などと言った手前、少し気まずさを感じたが仕方がない。

 壁が壊れていないのに逃げ出すのはおかしい。しかも、その逃げ出したフェレットが自分の家にいるとなるとこれ以上ないほどおかしい。

 アリサとすずかは「へぇ、すごい偶然だね」で済みそうな気もしたのだが念のためである。

 そういう結論に至ったなのはは「明日迎えに来るよ」とユーノに言い残し、レイジングハートだけ受け取って帰宅した。

 そうは言ったものの、なのはは次の日迎えに来るつもりはなかった。いや、神社のジュエルシードを封印できたら迎えに来るつもりだが、おそらくまだまだ先のことだろうと考えていた。

 家に帰ると前回と変わらず取次ぎに恭也が立っていた。

 さすがに今回は大泣きすることはしなかったが、化け物と戦ってましたとは言えないため適当に理由をつけて「心配かけてごめんなさい」と謝った。

 なのはは自室に入るとレイジングハートを机に置き、ベットに潜り込んだ。そして前回のことと明日のことに思いを馳せる。

 黒い化け物と同じように案外簡単に倒せるようになるのだろうか。ゲームでも瞬殺してくるような圧倒的な強さを持つ裏ボスがいる。しかし戦略次第でノーダメージで倒せたり1ターンで倒せたりする。あの化け物もそれと同じなのだろうか。

 そう考えてみるものの、なのはは自分があの化け物を圧倒している姿を全く想像できなかった。攻撃を避ける姿すら想像できない。できるのは、瞬殺される姿だけ。何をしても勝てる気がしなかった。

 だが、だからといってなのはに逃げる気などこれっぽっちもない。

 逃げたくないわけではない。むしろ、ほとんど毎回死ぬ度に全てを投げ出して逃げてしまいたい衝動に駆られている。

 なんで自分だけが死ぬほどの痛い思いを何度も繰り返さなければならないのか。他の人でもよかったではないか。まだ小学生の、しかもまだ十歳にもなっていない自分ではなくて大人がやればいいではないか。なんで自分なんだ。自分には無理だ。

 そう挫けそうになる度に、いつかの恭也と美由希の姿を思い出し、ノートを見返し、アリサとすずかの言葉を頭の中で繰り返し、目指す未来を想像してきた。

 恭也は逃げ出さなかった。そう考えるだけで、その姿を思い出すだけで立ち向かえる。

 美由希との約束。あの世界での出来事を知っているのは自分だけ。自分が止まれば皆の思いもなかったことになる。そう思うと、こんなところで躓いていられないとがんばれる。

 自分の唯一のちっぽけな矜持。ノートを見返すだけで、この程度で諦めてなるものかと踏みとどまれる。

 絶対にできるんだと信じること。私はできる。そう繰り返すだけで、不思議に力がわいてくる。

 巨大樹の日の向こう側。まだ見たことのない未来。一体どんなことが待っているのだろうか。皆と笑う日々。ぼけーっとゲームに熱中する日々。そんな日々を想像するだけで絶対に辿り着こうという意思が宿る。

 そうやって今まで戦ってこれた。そして、これからも戦っていけるだろう。

 

「運命……」

 

 なのはは暗闇の中、天井を見つめながら呟いた。

 ふと何の脈絡もなく突然思い浮かんだ言葉だった。何故かそれは心の奥にまで染み込んだ。しかし、今はそれについて深く考えることもなく、すぐに意識の底に沈んでしまった。

 そろそろ寝ようと目を閉じる。だが、唐突な閃きによりすぐに目を開いた。

 

「あ……そうだ。戦う前に封印すればいいのか」

 

 今回は相手が来るのを待つのではなく、自分から向かうことができる。つまり、発動する前に神社に行けば戦わずして封印できるということになる。

 

「学校が終わったら急いで神社に行って…………いや」

 

 この際学校をさぼってもいいのではないか。こっちは多くの命がかかっているのだ。たかが1回くらい学校をさぼっても問題無いのではないか。

 なのはは、どうしようかと唸った。仮病で早退はしたが、朝から学校をさぼるなんてこと生まれてこのかた一度も無い。

 学校をさぼって街をぶらつく。いや、決して遊びに行くわけでも街をぶらつくわけでもないが、そんな状況を想像するとなのはは心躍った。

 なのはの中ではなかなか憧れるシチュエーションなのだ。

 

「よし、明日は……」

 

 しかし、なのはの胸を得体のしれない何かが掠める。

 天使と悪魔。良心の呵責。親に怒られる。

 

「うん……やっぱり学校終わったらでいっか」

 

 なのはは再び目を閉じると今度こそ眠りに落ちるのだった。

 そして朝目を覚ました時、枕元にレイジングハートがあったことに驚くのであった。

 

 

 

 

 なのはは学校が終わるとすぐさま神社へ向かった。

 本当はユーノを迎えに、アリサとすずかとで動物病院へ行かなければならないのだが、急用ができたと言って別れた。

 神社の階段前に着くと一度立ち止まる。そして目を瞑り深呼吸をした。

 心の準備が必要なのだ。もちろん階段を上るための心の準備だ。

 

「……よし」

 

 目を見開くと、決意の籠った眼差しで一番上を見上げた。そして駆け上った。

 しかし、いくら心の準備をしても、決意を持っても結果は変わらない。

 なのはは今にも死にそうな表情を浮かべながら境内へと辿り着いた。

 

「もう……やだ……しぬ」

 

 汗で張り付く髪や制服、鞄を背負った湿った背中が気持ち悪かった。

 ふらふらと今にも倒れそうなほど覚束ない足取りで、前回焦げ茶の獣が立っていた辺りを目指す。

 近くまで行ってみたが、ジュエルシードは見当たらない。

 なのはは別の場所にあるのだろうかと辺りを見渡した。

 その時、世界の色が変わった。

 色が戻ると、さっきまで何も無かった目の前の地面に、ジュエルシードが2つ転がっていた。

 

「ジュエルシード! しかも2つ……早く封印しなきゃ」

 

《なのは! ジュエルシードが発動したみたいだ。本当に申し訳なないけれど先に向かってくれないかな》

 

 ユーノの念話に返事をしてから、なのははレイジングハートを起動しようと呪文を唱え始める。しかし、その声は途中で止まった。

 ジュエルシードが強く光ったかと思うと、目の前に焦げ茶色の壁が立ちはだかっていた。

 なのははすぐにそれが何なのか理解した。

 あまりの恐怖に、一言も発することができず口を半開きにしたなのはは、無意識に後ずさろうとする。がそのまま尻餅をついてしまった。

 腰が抜けたのだ。

 蛇に睨まれた蛙というのもこの様なものであろうか。

 見上げるなのはの目は、焦げ茶の獣の凶悪な顔に釘付けにされたまま動かなかった。

 金色の牙をぎらつかせたその顔はなのはを見下ろすと、地獄の番犬もかくやと思われる腹の底にまで響く低い唸り声、聞いた者に圧倒的な恐怖を植え付ける唸り声を上げた。

 なのはの両足の間から零れた熱い液体が、制服のスカートを濡らし地面に水たまりを作っていく。その臭いがより一層空気を重苦しくしているように感じられた。

 レイジングハートがなのはに言葉を掛けているが、なのはの耳には届いていなかった。速く浅い呼吸を繰り返しながら何を考えるともなく、ただただ凶悪な顔を見つめ動けずにいた。

 焦げ茶の獣は分厚い筋肉で覆われた巨大な腕をゆっくりと持ち上げた。そして青白く鋭い爪をなのは目掛けて振り下ろす。

 永遠にも感じられる僅かな時間の中、なのははそれをただじっと目で追うだけだった。

 直後、体いっぱいに激痛を感じたがすぐに意識は遠のいていった。

 次に目を開くと自室の天井だった。

 なのははむくりと起き上がると、弱音を吐くわけでも泣くわけでもなく、ただ俯き布団の一点を影差す瞳で見つめていた。

 身も心もぐったりなえきって何も考えられない状態だった。重苦しい憂鬱が胸の中に感じられた。それほどまでに心の打撃が大きかった。

 しばらくの間、目覚ましが鳴るのも構わずそうしていた。

 このまま何も考えず、何も感じずにいられたらどれ程楽だろうか。あの時のように。

 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。苦しみから逃げるわけにはいかない。苦しみと向き合わなければいけない。あの時、もう死なないと決めたのだから。何度でも立ち上がると決めたのだから。

 なのはは徐にベットから降りると鏡の前に立った。

 この世の終わりのような顔がそこにはあった。まるで生気のない、いつかの自分と同じ顔。

 

「惨めだね。またそうやって自分の運命から逃げるの?」

 

 今にも消え入りそうな声で鏡の中の自分に問う。

 答えはない。

 なのはは上を向くと目を瞑った。そして深呼吸し顔に力を入れる。

 目を開け鏡に視線を戻すと小さく唇を歪めにっと笑う顔があった。それはぎこちなく物悲しげだったが、自らの苦しみと向き合おうとする意志が宿っていた。

 着替えるために鏡から離れる。

 結っていない髪がふわりと靡いた。

 もう何度目になるのか分からない今日がまた始まる。

 

 

 

 

 相変わらず階段を上るだけでも死にそうだった。

 その暗く物鬱げな瞳は階段を上って死にそうになっているせいなのか、何度も繰り返したせいなのか。

 戦闘服を纏ったなのはは、焦げ茶の獣が現れる位置から離れた場所にいた。そしてハンマーにもたれかかりながら息を整え、真正面から戦う準備をしていた。

 もう戦わずして封印することはとっくの昔に諦めてしまったのだ。

 あれから何度もジュエルシードが現れた瞬間に封印をしようと試みた。しかしいつも失敗に終わった。その度にあの凶悪な顔に見下ろされ恐ろしい思いをすることになった。おかげでなのはは、その巨大な姿をすっかり見慣れてしまった。腰が抜ける程恐かったはずなのに、人間とはどんなことにもすぐ慣れる動物だとはよく言ったものだ。

 それでは次にどうしたのか。

 現れた瞬間に封印魔法を纏わせたハンマーを突き刺し内部から破壊。もしくは、気づかれないように物陰に隠れて最大出力の魔法をぶっ放し相手を再起不能にしてしまおう。名付けて、先手必勝不意打ちで一撃必殺作戦。

 もちろん失敗である。

 一番防御力のなさそうな頭にハンマーを当てようとするが、身長が足りずどうがんばっても届かなかったのだ。跳べば辛うじて届くがそんなもの掠り傷にもならない。仕方がないので胴体や腕にぶつけてみるものの、衝撃で自分の手が痺れるだけに終わった。

 結果、瞬殺である。

 最大出力をぶっ放す。なのははユーノから砲撃魔法なるものを教えてもらった。そして、桜色のビームを撃ち放つド派手で大迫力な魔法に心躍らせたなのはは「これなら勝てるに違いない!」と意気揚々と待ち構えた。しかし今のなのはの火力など高が知れている。怯ませることはできたがそれだけで、ただ相手をカンカンに怒らせてしまっただけに終わった。

 結果、瞬殺である。

 朝起きた時、なのははそのあまりの理不尽さに、思わず全力で手元の枕を投げてしまった。それがちょうど扉から顔を出した美由希の顔面に当たってしまったことは、思い出しただけでもゾッと背筋が凍りそうになるのだった。

 早朝の魔法の練習中、今までの失敗を振り返ったなのはは、一気に吹き荒れた負の感情の嵐により耐え切れない程悲しくなった。

 一体自分は何をしているのだろう。こんなことをして意味なんてあるのだろうか。今している魔法の練習すらも結局は無駄な努力なのではないか。

 自分がどうしようもないほど惨めで、情けなくて。無力で何もできない自分が悔しくて、辛くて。そしてどこかに消えてしまいたくなった。

 泉のように涙を流した後、目を赤く泣き腫らし鼻をすすりながら「そもそも私は攻略者だもん。私のするべきこと。それは戦わないで勝つことでも不意打ちすることなんかでもない。真正面から挑み、立ち塞がる全ての敵を攻略することなんだ」と湿った声で普通に戦うことを決意したのだ。

 ただの負け惜しみだったが、聞いていたレイジングハートは何も言わなかった。

 それから更に繰り返し、今に至る。

 ジュエルシードが現れたのを確認すると、なのははハンマーにもたれかかった体を起こす。そして腰を落とし、ハンマーを両手で軽く握り構えた。美由希の構えを真似ているのだ。

 ジュエルシードが強く光る。それと同時になのはは魔法弾を目の前に生成した。焦げ茶の獣が出現すると挨拶代わりにそれを撃ち放った。魔法弾は辛うじて目で追える程度の速さで、凶暴で恐ろしい顔に吸い込まれていくと、ドガンとなんとも痛そうな音を立てた。

 焦げ茶の化け物は頭を大きく仰け反らせて呻いた。しかし、何事も無かったかのようにゆっくりと頭を戻すと弾の発射地点、なのはを睨め大音量で咆哮する。そして僅かに態勢を低くした。

 以前ならば、この咆哮を聞いただけで足が竦んでしまったことだろう。だが、今のなのははそんなこと気にも留めず、焦げ茶の獣の動きを具に観察する。尻尾の揺れ、踏込の深さ、足運び。それらの情報をもとに次の行動を先読みした。

 なのはは、焦げ茶の獣が地面から離れる直前に5歩後ろへ下がった。直後、飛び掛かってきた焦げ茶の巨体が先程までいた場所に着地した。

 なのはの物憂げな黒い視線と、焦げ茶の獣の獰猛な青い視線がぶつかる。

 焦げ茶の獣が右腕を持ち上げるのを認めると、なのはは1歩下がった。当たったものをばらばらに切り裂く鋭い爪が轟音を立てて目の前を左から右へと横切っていく。これは当たると本当に痛い。

 次になのははできるだけ低くしゃがんだ。すると今度は轟音が頭上を右から左へと横切った。

 まるで死神が飛び回っているかのようだ、となのはは感じた。

 焦げ茶の獣が右腕を掲げ、振り下ろすのと同時に前へと走る。そして4本の柱で支えられている焦げ茶色のトンネルを左に潜り抜け、4歩距離をとった。これは失敗すると蹴られたり踏まれたりする。真っ直ぐに抜けると揺れ動く太い尻尾に当たり吹っ飛ばされる。どれも経験済みである。

 焦げ茶の獣はなのはを見失い動きが止まった。

 なのはは魔法弾を作りその隙だらけの横顔に放った。

 それによってなのはに気づいた焦げ茶の獣は振り向くが、それと同時に再び顔面に魔法弾を食らった。

 歯や角くらい折れてくれてもいいのにと考えながら、なのははもう一発おまけしてあげた。そしてまたできるだけ低くしゃがみ込む。

 焦げ茶の獣は体を勢いよく回転させ尻尾を振りまわした。しかし、それはなのはの頭上を通過するだけだった。この時、後ろに下がりすぎたり少しでも頭が高かったりすると自室にワープしてしまう。これもなのはは経験済みである。

 そんなことを何度か繰り返していると、焦げ茶の獣の様子が変わった。

 後ろに跳び下がり一気に距離を離したかと思うと、急に動きが止まり背中の金色の装飾が光り出す。そして、腰についている歯車が回り出したのだ。

 苦しげな表情を浮かべながら肩で息するなのはは、どうせ効いていないんだろうなと思いつつ魔法弾を撃ちまくった。

 焦げ茶の獣は弾が被弾するたびに顔を仰け反らせる。

 すごく変な光景だった。

 幾許かすると歯車は止まり、光が消える。

 

「今回こそ……」

 

 なのはは魔法弾を撃つのを止め、フードを除けると空を見上げた。

 突如なのはの真上数十メートルに、緋色の巨大な魔法陣が浮かび上がった。そして無数に生成された同色の魔法弾が一つまた一つと流星のように降り注ぎ始めた。

 この焦げ茶の獣。体を使った物理攻撃だけかと思いきや一丁前に魔法を使ってくるのである。威力は爪や尻尾に比べると劣っているのかもしれないが、空から降ってくるため脳天直撃即死である。しかしこの間、幸いにも焦げ茶の獣が攻撃してこない。

 なのははレイジングハートを胸に抱き寄せると降り注ぐ流星の雨を避けはじめる。

 ボコボコになっていく地面に足を取られぬよう気を付けながら左に1歩、後ろに1歩、右に1歩。時には回りながら。ダンスでも踊るかのように。

 パターンは決まっているし避けられない速度でも密度でもない。しかし、その場に止まってやり過ごせるほど甘くはない。まるでシューティングゲームのようだ。

 なのははまだ一度もこれに耐えきったことはない。バリアを張ってみたが簡単に砕かれてしまう。光っている間に逃げようとしても必ず真上に魔法陣が展開する。魔法が終わるまで避け続けるか、魔法陣の外に辿り着くかしなければならないのだ。

 なのはの心臓が八分音符を刻み続ける。数秒が数分に引き伸ばされる世界。体の全ての感覚は避けることにだけ集中し、頭の中は空っぽになる。無我の境地とはこのような状態のことを言うのかもしれない。

 なのははこの攻撃に関しては、大雑把にしか避ける道を記憶していない。最初こそ失敗しながら一つ一つ避ける道筋を記憶していた。しかし、何十回もそんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか見えるようになってきたのだ。ただの点にしか見えなかった魔法弾が、無意識にその大小から距離を測り避けられるようになってきたのだ。とはいっても、まだ完璧に避けられるわけではない。

 気が付けば目の前に魔法弾が迫っていた。

 避けた先に魔法弾があったのだ。視界に入っていたはずなのに気付かなかった。

 

「ミスっ……」

 

 なのはは思わず目を瞑った。

 

 

 

 


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