魔砲使いになった理由   作:タニアホテル

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一時の休息

 目を開くと暗闇だった。その中で、向こう側から街灯で照らされるカーテンだけが薄っすらとその輪郭を作っている。

 なのはは携帯電話を開くと、その光に目を細めながら時間を確認した。目覚ましを設定した時刻より大分早く目が覚めてしまったようだ。起きるべきか、もう一度眠るべきか。なのはは携帯電話を閉じて目を瞑ると大きく息を吐いた。そして何度か寝返りを打ち、やがて静かになったかと思うと突然むくりと起き上がった。

 携帯電話の光を見たせいだろうか。それとも別の理由か。寝ようとしたのだがすっかり目が冴えてしまって眠れなかったのだ。かと言って今起きたとしてもすることなど無い。

 しばらく目の前の暗い空間と静寂、体に残る寝起き特有の気怠さを感じていた時、ふとなのはの頭の中にやらなくなって久しいゲームの映像が浮かんだ。すると体は無意識にテレビの前に行こうと腰を浮かせるが、ユーノがいることを寸前で思い出し一時停止、まるで時間を巻き戻すかのように再びベットに腰を戻した。誰かと暮らすというのは、自分の部屋だとしても不自由なものだ。そんなことを亀よりも遅い思考速度でぼーっと考えていると、ふと喉が渇いていることに気が付く。なのはは一先ず水でも飲みに行こうと静かに立ち上がった。その時不意に、枕の横がぱっと光り、周辺の空間がふわりと照らされた。その発光源は赤い宝玉。相棒のレイジングハートである。いつの間にそこにいたのか。そう反射的に喉元まで出かかるが思いとどまった。別に今に始まったことではない。寝ている間にふらふらとやってきたのだろう。

 

「寂しがり屋さんだね」

 

 なのはは、その自身の存在を知ってもらおうとする必死な姿に、少しだけ呆れたように、いつの間にかベットに潜り込んでいた妹でも見るかのように、優しい眼差しを向けた。そして、そんな愛くるしい構ってちゃんな相棒を手に取り首に掛けると、そのまま音を立てないよう、そっと部屋を出た。

 なのはは、水ではなく冷蔵庫に入っていたオレンジジュースで喉を潤すと、部屋には戻らず、何の気無しに家を出て外の空気を吸った。空を見上げれば満天の星とはいかないものの、小さく白い光がぽつぽつ散らばっている。この時点で、なのはの眠気はもうすっかり何処かへ行ってしまっていた。

 しばらくの間どうしようかと考え込んだが、結局することは一つしかなかった。なのはは真っ暗な道場へ入ると、美由希が使っている木刀を手に取り、目に焼き付け、幾度となく脳裏で再生してきた動きを自身の身体で試してみることにした。手に取った木刀は小学生のなのはには重く感じられた。

 手に伝わるハンマーとの重心の違いを感じながら、木刀の軌道や全身の動きに意識を向け、ゆっくりと木刀を振った。その動きはまだまだぎこちなく軌跡も震えているが、それは他の皆と比べたらの話であり悪い動きではない。もしこれを士郎や恭也、美由希が見たとしたらさぞかし驚くことであろう。なのはは皆のびっくりする姿を想像し、一人ほくそ笑んだ。

 だが見せるつもりなど毛頭ない。有り得ないとは思うが、もし実際に見せたとして「今日からなのはも稽古に加わりなさい」などと言われ、体力作りのための海鳴市激走や、山籠もりという意味不明な修行に参加しなければならなくなったとしたら……それだけはなにがなんでも絶対に避けなければならなかった。修行や山籠もりというもの自体はゲーム経由による必殺技習得や狩猟への憧れで、僅かばかりの興味を、いや相当な興味を抱いているが、いかんせんそれはあくまで遊びの範疇であり彼らのようにガチではない。しかも彼らのは修行と言う名の苦行であり、鍛錬という名目で喜んで自身に苦痛を与えているのだ。その苦しみの果てに必殺技習得があるとするならば、なのはは格闘ゲームでコンボの研究をし、最後に必殺技で華麗に決める練習にその身を捧げるだろう。死にそうなほど息を切らすのは神社の階段を上るのだけで十分であり、思わず叫ばずにはいられない痛み、文字通り身を引き裂かれる思いをするのも暴走体の攻略だけで十分なのだ。

 とはいえ、もしそうだとするなら、なのはの現状をその鍛錬に置き換えれば、図らずともいずれ必殺技的な何かを習得できるということになるかもしれない。

 なのはが木刀を振り始めて少しばかり時間が立つと、突然レイジングハートが浮き上がり何か一言いった。かと思うとハンマーへとその姿を変え、何かを待ち望んでいるかのようにパッパッと光った。その時なのはは、きっかり三秒間、石のように固まってしまった。レイジングハートの行動に驚いたからではない。不意に、フリスビーを咥え激しく尻尾を振るわんこを幻視してしまったからだ。まだ寝ぼけているのだろうか。呆然としながら自分の頬をペチリと軽く叩くと、気のせいに違いないと我に返った。

 

「……うん、使わないもので練習しても意味ないよね」

 

 そう言い木刀を戻したなのはに「その通りです」とでも言ったのだろう。レイジングハートは、どこか誇らしげに、なのはを称えるかのように、それとも喜ばしげに、数回光った。

 レイジングハートを振り始めてから汗ばんできたころ、なのはは素振りを止め、いつものように魔法の練習を始める。それは美由希がやってくるまで続いた。

 それからは、いつもとほとんど変わらない朝となった。変わったとすればユーノがいるということくらいで、それもユーノの事情は黒い化け物を倒した日に聞いているため、前のように思念通話で云々という話は無く、普通に見送りの言葉だけだった。

 そんなことを経て、いつものように学校へ行きアリサ、すずかと話し始めると、早速ユーノのことについて話が上がった。

 

「昨日私たち二人でフェレットのことで動物病院に行ってみたんだけど、そのフェレットが逃げ出しちゃったんだって! しかも自分で鍵開けてだって! 信じられる!?」

 

「そうそう! 突然なんか鎖のような翠のひもが床から伸びて開けたとかなんとか! それで目にもとまらぬ速さで店から飛び出していったみたい!」

 

 二人は興奮した様子でなのはに話し出す。

 なのははどう言い出したものか、とか、魔法って人に見せてもいいのだろうか、とか、そういえばなりふり構わず出てきたと言ってたな、とかあちこちに思考を巡らせながら、適当に、さも驚いた風に、初めて聞きましたという風に相槌を打った。もちろんそのことを自覚し、その先の展開も予想しながらである。

 どうにもこの二人の前では、抑えようと思っていも素の自分が出てしまう。たとえ後ろめたいことがあったとしても徐々に溶かされていく。それが昨日までの悩みのひとつであったのだが、恭也によって最後の翳りも取り払われてしまった。それに加えて、今までしたことのない新鮮な会話であるから、なのはの心はいつも以上に晴れ晴れしていた。

 

「ほんと残念よね。せっかくなのはんちに見に行こうと思ってたのに!」

 

「うん、車に轢かれたりとか、烏にいじめられたりとかしてないといいんだけど。それに怪我もしてたし……」

 

 フェレットのことで心配に染まった表情を浮かべる三人。そのうちの一人、他の二人に比べて一層心配そうな顔の一人が目を伏せながら言った。

 

「そうだよね……本当に残念。でも……あの子ならきっと大丈夫だと思うんだ。……だって今私の家にいるもん」

 

 三人の空間が、時間の流れから切り取られてしまったかのような沈黙。なのはは徐に顔を上げ二人の様子を窺った。鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くする二人と目が合う。するとなのはは、にやりと唇の端を歪め、嬉しそうに目を細めた。この状況でなかったらそれは実に可愛らしかったに違いない。なのはがこんなことをするようになったのには少なからず……大いに兄である恭也の影響だろう。

 二人はその笑みを見て、最後の言葉の意味を理解すると、片方は怒りの混ざった笑み、もう片方は笑っているようで笑っていない笑みに変化した。それは、このいたずら子猫をどうしてくれようか、と思案しているかのようである。

 

「えっとね、その逃げ出したフェレットに街中で偶然出会っちゃって、連れて帰っちゃった。名前はユーノっていうんだ」

 

 さっきの悲しげで沈んだ様子は何処へやら。まるで、えへへ、とでも付きそうな調子で事も無げに言ってのけたなのはの肩を、アリサの両手ががっちりつかんだ。と思うと、大きく前後に揺すぶられた。

 

「連れて帰っちゃったえへへ……じゃなああいっ! なんで! 先に! 言わなかったのかなぁ!? なのはさん! なんで! 知らないふりを! したのかなぁ!? なのはさん!」

 

 えへへとは一言も言っていないがアリサにはちゃんと聞こえたらしい。アリサは憎々しげに歯をぎりりと噛み、歯の隙間から押し出すように問い詰めながら、なのはを大きく大きく揺らした。

 そんなアリサを見て楽しそうに笑うなのはは、頭をがくんがくんさせながら、逃げ出した状況は知らなかったから、先に言わなかったのは面白そうだから、と答えた。すると揺れはますます激しいものに変わり、すっかり目を回してしまうこととなった。当然である。

 

「なのはちゃんは構ってほしいんだよ。ただ素直になれなくてそんな態度をとっちゃうの。だから許してあげてアリサちゃん」

 

「ええ、わかってるわ。いつものことだもの。ほんとに手の焼ける子よね!」

 

 やれやれ、とでもいうようにアリサは肩を竦め、不服そうに睨め付けてくるなのはに親愛の籠った視線を向けた。

 なのは自身は全く自覚もないしそのことを認めないが、すずかの言う通りであった。なのははこうなることを期待しているのだ。そしてそれはこの二人以外にはありえない。すっかり後ろめたさがなくなったなのはは、こうして再びじゃれあうことができ、知らず溜まった繰り返しによる鬱屈も発散されていた。

 

「それで、そのフェレット……ユーノだっけ? 今なのはの家にいるってことでいいのよね? すごい偶然ね。逃げなかったんだ」

 

「そうだよ。ユーノくんは頭が良いからね。全然逃げなかったよ。逆に近づいてきたくらい。それで、そのまま飼うことにしたの」

 

「それじゃあ今度なのはちゃんの家に見に行かないとね」

 

「そうね、それまでにちゃんとなにか面白い芸を仕込んでおくのよなのは!」

 

「うん、ユーノくんにお願いしてみるよ」

 

「お願い? まぁ期待してるわ! ところで話は変わるけど明日のプール楽しみね!」

 

 はて何のことだろうか。なのはは一瞬、アリサが何を言っているのか理解できず僅かに眉をひそめたが、すぐに記憶の奥に沈んだプール関連の断片が浮上してきた。明日は学校の授業が午前で終わり、その放課後に恭也と美由希、アリサ、すずかとその身内で、新しくできたプールに遊びに行くことになっていたのだ。

 なのははそのことを繰り返す前だとばかり思っていた。何度も同じ日を繰り返しているせいか、日にちの感覚がおかしくなっているようだ。

 その日はどんな一日だったろうか、とプールでの出来事を振り返ってみたが特に変わったことはなく、皆と泳いで楽しかった、とか、すずかが想像以上に泳ぐのが速くてびっくりした、という程度のなんてことない普通のイベントだった。

 そんな風になのはが回想に耽っている間、アリサとすずかで話が盛り上がり休み時間は終わった。久しぶりに、心から楽しいと思える休み時間だった。

 

 

 

 

 授業が始まると、楽しかった気持ちは次第に静まってゆき、意識はジュエルシードのことへ向き始めた。初めて黒い化け物を倒した日は、どこか浮かれていてそれどころではなかったし、普段は目の前に立ちふさがる暴走体のことばかり考えている。ゆっくりと落ち着いて考えるのは初めてかもしれない。

 しかし落ち着いていられたのは最初の数十秒。考えるにつれ、この先長く長く続く、気が遠くなるほどの道のりと苦痛を予感して、なのはは息が詰まりそうなほどの圧迫感と、頭の中が爆発してしまいそうな不安を覚えはじめた。

 ジュエルシードは二日続けて出現した。もしかしたら今日も現れるのではないか、できればもう現れてほしくない、このまま巨大樹の日まで何も起こらないでほしい。苦痛に耐え、挫折感を乗り越え、幾日も同じ日を繰り返し、やっとの思いで、やっとの思いで今日に辿り着けたのだ。だが散らばった二十一個のジュエルシードの内、手元にあるのはたったの四つ。あれほど時間をかけて未だ手元には四つしかないのだ。まだ十七個も残っているのだ。全てを集めるとしたら一体あと何日……あと何年掛かるのだろうか。本当に自分は辿り着けるのだろうか。本当に自分は諦めずに戦い続けられるのだろうか。これまでの日々を振り返り、これからの途方も無い日々を考えると、なのはの胸は万力で押し潰されるかのように重苦しくなり、今にも胃がひっくり返りそうだった。すぐにでも、私は何も知らない、と耳を塞ぎ、目を固く閉じて、全てを放り投げてしまいたくなった。

 そんな時ふと、唐突に、何の根拠もない、ある考えが閃いた。

 

《……ねぇ、ユーノくん。今更なんだけど、ユーノくんはジュエルシードの現れる場所とか日にちとかわからないよね? 本当に二十一個全部がここに散らばったのかな?》

 

 二十一個全てがここに散らばったのは間違いなのではないのか。少なくとも後二体分、あの空を飛んでいるやつと巨大樹の分があるのは確実ではあるが、それ以外はここに無いかもしれない。全部あるだなんてただの勘違いに違いない。ただの希望的観測であるが、もしかすれば、とそれにすがらずにはいられなかった。

 

《ここに全てが散らばったのは確かだよ。でも……ごめん、いつ現れるのかも、どこに現れるのかも全く見当がつかないんだ。……本当にごめん、手伝わせちゃって》

 

《そっか……確かなんだ。いいよべつに、気にしなくて》

 

 薄っぺらい希望はいとも簡単に否定された。分かっていたことだ。別にどうも思わなかった。なのはは、まるで嘘のように、自分でも信じられないほどに、さっきまでの底知れない憂鬱はすっかり消え去っていて、代わりに不思議なまでの無感動だけが残っていた。それは、もう全てを受け入れよう、という一種の諦めだった。しかし、幾許もしないうちに、その無感動はじりじりとした苛立ちへと変化した。

 

《それよりも……どうしてユーノくんは助けを呼ぼうとしないの? 一人で集められると本気で思ってる? そんなの無理。昨日の暴走体は最初の暴走体と比べられないほど強かった。これからもっと強い奴が出てくるかもしれない。それなのにユーノくんが集められたのは何個? たった一つだよね。怪我までして。私は……ユーノくんが一人で集めようとしてることが無謀だとしか思えない。もし封印できなかったら死ぬんだよ? 私達二人だけが死ぬならまだいい。でもそれが……。まぁ……今からじゃきっと遅すぎるけどね》

 

 一人で二十一個も集められるわけがない。そんなことも分からないのか。責任を感じる前に誰かに助けを求めるべきだろう。そう内心で、自分が二十一個集めなければならなくなった原因を繰り返すなのはの声音は、感情を感じさせないほど平坦で、湧き上がる憤りは表にこそ出ていないが、ユーノを責める立てるような刺が多分に含まれていた。

 なのはは言い終わった時、自分の心臓が乱調子で鼓動し、顔が熱くなるほど頭に血が上っていることに気がついた。

 思わず眉間にしわがよってしまうような、気まずい空気が二人を包んだ。

 ユーノは何か言いかけたが、言葉に詰まり何も言えなかった。なのはは、そんなユーノの様子に幾分気持ちが落ち着き、沈黙を破るため声を掛けた。

 

《今日はどうするの? ジュエルシードを探しに行くの?》

 

《うん、そうしようと考えてる。……危険な物だから、その……早く集めないと》

 

《そうなんだ。……できればジュエルシード探しじゃなくて、私に魔法を教えてほしんだけど、駄目かな?  ほら、ジュエルシードが現れる場所が分からないのに、あてもなく探しまわっても見つからないと思うの。だったら現れた時に確実に封印できるよう、少しでも魔法を練習しておくほうがいいんじゃないかな》

 

《一応探索魔法があるんだけど…………うん、そうだね。なのはの言う通り、見つけても封印できないと意味ない。一緒に魔法の練習しよう》

 

 なのはとユーノは放課後魔法の練習をすることを約束し、話を切り上げた。

 しばらくして、すっかり熱が冷めたなのはは、黒板をぼんやりと見つめながら、先ほどユーノに向けた言葉を思い返した。そして、思った以上に自分が皮肉屋であることに気が付き、嫌な奴だと自己嫌悪した。

 

 

 

 

 学校から帰ると、魔法の練習のため、なのははユーノと一緒に部屋に篭った。ゆっくりとユーノに魔法を教わるのはこれが初めてだった。

 

「じゃあ、うん、そうだね……まずは魔力の流れる感覚からかな」

 

 なのはの正面に座るユーノは、さて何から始めればいいものかと悩んだが、なのはが初心者ということを考慮して、初歩の初歩から始めることにした。しかしそれは、なのはにとって容易なものだった。なにしろ初心者ではないのだから当然である。なのはは「こういうことだよね」と普段練習してる時のように、手のひらに圧縮した魔力を生成した。

 

「なのは……本当に初心者だよね? 僕が初めて使った時そんな風に制御できなかったんだけど……ちょっと自信無くしちゃうかな。まぁ、よく出来てるよ」

 

 自分の時と比べたユーノは、少しだけショックを受けた様子だった。そんなユーノになのはは、実は魔力の流れを掴むのに数日掛かったんだよね、と内心で呟きぎこちない笑みを返した。

 ユーノの話によると、魔力というのは周囲の魔力素をリンカーコアによって体内に取り入れることで生成され、リンカーコアがなければ魔法は使えない。そして、魔力を回復するには睡眠が必要不可欠である。また、魔力の使用によって起こる事象を、望む効果が出るよう組み合わせたものが魔法であり、魔力を圧縮することによって効率良く使うことが可能。通常、魔法はあらかじめデバイスにインストールしておくが、レイジングハートの場合、イメージを送ればそれを元にレイジングハートが構成してくれるため、なのは自身が組む必要はないようだ。

 

「レイジングハートってすごいんだね!」 

 

 なのはは、今まで色々な魔法を使えたのはレイジングハートが特別だからであり、そのおかげでここまで来れたことを知り、心から感謝した。そして、嬉しそうな笑顔をレイジングハートに向けながら、手のひらの上でコロコロと人差し指で撫でた。レイジングハートは控えめに数回光った。

 ユーノは、なのはがある程度魔力制御できることを知ると、放出や集束の練習をさせた。が、それは普段なのはがやっていることとほどんど変わらなかった。ただ、なのはが一人の時、これ以上はもう限界、と思って止めてしまうところでもユーノは続行させた。案外、自分で思っている以上に大丈夫なものだと、なのはは眉間に皺を寄せながら思った。

 

「うん、上出来だよ。今日はこのくらいにしようか。明日に疲れが残っても困るからね。あ、そうだ。こんな練習方法もあるよ」

 

 何か思い出したかのような声を上げたユーノは、卓球玉くらいの魔法弾を生成すると、置いてあった空のペットボトルを手に取り軽く放り投げる。そして、ペットボトルが落ちる前に魔法弾をぶつけて再び空中に打ち上げることを繰り返し始めた。部屋に、ポコポコという音が規則正しく鳴り響く。なのはは「すごい」と呟くと、その光景に食い入るように見つめた。それに気を良くしたのか、ユーノは更にもう一つ魔法弾を生成し、二つ同時に操作しはじめた。二つの翠の光が同じ軌跡を何度も描く。

 

「それ、もう一つ!」

 

 更に三発目を加え、もはや機関銃のような連続音に変わった。空中に打ち上げる力が絶妙で、ほとんど宙に固定されているような状態だった。まるでテニスや卓球のラケットで、ボールをポンポンと上げているかのような軽やかさだ。しかし途中で打ちどころを間違えたのか、ペットボトルはあらぬ方向に弾かれ床に転がった。なのはは思わず「あっ」と声を上げた。

 

「……調子に乗ったら失敗しちゃったよ。恥ずかしいね」

 

「ううん、すごいよユーノくん。あんなことできるんだね。しかも三つも……」

 

「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。でも、きっとなのはなら僕より早く、これ以上のことができるようになるよ。まぁ、練習の参考にしてみて」

 

 なのはは、自分が思っていた以上にユーノがすごいことを知ってしまった。黒い化け物にやられてしまうくらいだ。だからそんなに上手くないのだろう。そう心の底でちょっぴり思っていたのだ。しかし実際どうだろうか。未だ一つの魔法弾の制御しかできないなのはと比べ、恐ろしいまでの力量差だった。

 自分もそんな風にできるようになれるのだろうか。なのはは先程の光景を思い返しながら、どこかワクワクしている自分に気がついた。それはもう、今すぐにでも魔法の練習をしたくなるほどに。

 

「ちょっとなのは! 今日はもう終わりにしよう。明日があるよ」

 

 ユーノにペットボトルを取り上げられてしまったなのはは、自分の周りに、もう既に生成してしまった一つの魔法弾をゆらゆら飛び回らせながら、物悲しげな様子で肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 照明を消した部屋の中、なのはは布団に潜りながら今日ユーノに言ったことについて考えていた。一人で集められると本当に思っているのか。ユーノに言ったはずの言葉が全て自分に返ってくる。ユーノにとやかく言う資格など、自分には無かったのだ。ただユーノと違うのは、やり直せるということだけ。やっていることはユーノと変わらない。

 

「今日、酷いこと言ってごめんね、ユーノくん。私も人のこと言えないんだ。誰かを巻き込みたくないって気持ち、よく分かるから」

 

「いや、なのはの言ってたことは全部正しいよ。それに僕よりジュエルシードの危険性を理解してる。僕も理解してた気になってたけど、理解できてなかったんだ。一度失敗して自分の力不足も分かってたはずなんだけど……やっぱり駄目だな僕は」

 

「私もだよ、ユーノくん。私も全然駄目。魔法は下手くそだし、すぐに諦めそうになっちゃう。今日だってそう。本当に駄目駄目だよ。……自分は特別なんだって、心のどこかで思ってるんだろうね。どんな苦難にも負けない物語の主人公みたいに。でも、いざ自分がそういう……運命に……出会った時、やっぱりそうじゃないんだって実感するよ。そのくせ、自分だけでどうにかしようって考えるの。だから私もユーノくんを責められない」

 

「……なのははすごいね。僕よりずっといろんなことを考えてる。あ、でも、なのはの魔法は全然下手なんかじゃないよ! そう思うのは僕が調子に乗ったのがいけないんだ。なのはは魔法を使い始めてまだ三日目なのに上手く使えてる。暴走体だって二体も倒したんだ。きっと僕なんかよりすごい魔導師になれるよ。もっと自信持って!」

 

 なのはは、初めて魔法を使った時のこととユーノの言葉を重ね合わせ、そのあまりの不一致に困ったような曖昧な笑みを浮かべて「ありがとう、ユーノくんは優しいね」と言った。

 

「そうそう、明日は放課後みんなでプールに行くことになってるんだ。ユーノくんも一緒に行こう」

 

「え、プール? いや、でも僕はジュエルシードを探さなきゃ」

 

「ジュエルシードも大事だけど、たまには息抜きしないと、頭がおかしくなるよ? 本当だよ? だから明日くらい一緒に遊ぼう。明日はきっと何もない楽しい一日になるはずだから」

 

「……わかったよ。だけど、プールってこの姿で入ってもいいのかな?」

 

「さぁ、大丈夫なんじゃない?」

 

「随分といいかげんだね」

 

「うん。さて、平和な一日が終わっちゃうのはもったいないけれど、そろそろ寝よう。早く起きすぎて、すごく眠いんだ」

 

 なのはは布団を口元まで引き寄せて丸くなり、最後に眠る寸前の消え入りそうな声で「おやすみ」と言うと、すぐに気持ちよさそうな寝息を立て始めた。

 

「……大人っぽいのか子供っぽいのか、よく分からないな。……おやすみ、なのは」

 

 ユーノは優しげな声でなのはに呟くと、バスケットの中で丸くなり目を閉じた。

 

《ご主人様に大人っぽいも子供っぽいもありません》

 

 突然の声にユーノはびっくりして顔を上げると、レイジングハートがふよふよとなのはの枕元に向かっていた。数秒間何が起こってるのか理解できず、唖然とするユーノ。

 

「……何してるのレイジングハート」

 

《見ての通り、添い寝です。それと声を出さないでください。ご主人様が起きてしまいます》

 

《……ごめん》

 

 レイジングハートはこんな性格だっただろうか。なんだか自分の知っているレイジングハートと違う気がする。ユーノは「一体誰なんだこいつは!」と内心で盛大にツッコんだ。しかし、それを言うと何か言われそうな気がしたため、再び丸くなり目を閉じた。

 

《ユーノ……私はあなたが羨ましいです》

 

《え、どうして?》

 

 ユーノは再び頭を上げ、レイジングハートを見た。

 

《わかりません。どうしてでしょうね。ご主人様とあなたを見ていると、そう思うのです。……もういいです。早く寝て下さい》

 

 恥ずかしくなったのか、レイジングハートは突然話を切り上げ、電源が切れたかのように静かになった。そんなレイジングハートをユーノはしばらく見つめていたが、やがて「おやすみ」と呟くと頭を下ろし丸くなった。数日前に比べ随分人間くさくなってしまった、とレイジングハートの成長を喜びながら、ユーノは今度こそ眠りに落ちるのだった。

 

 


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