魔砲使いになった理由   作:タニアホテル

2 / 24
あれは正夢

「……ねぇアリサちゃん、すずかちゃん。昨日も全く同じ会話しなかったっけ?」

 

 二人とも態とやっているのだろうかとなのはは首を傾げた。

 

「え? そうだったっけ? 気のせいじゃない?」

「きっとデジャブってやつだよなのはちゃん。私も時々あるもん。あれ? これ前に見たことあるかもっていうときが」

 

 気のせい? いや、確かに同じ会話だったはず。そう考えてみるものの、思い出そうとすればするほど自信がなくなってくる。なのはは唸ったが「そんなことより夢について聞かせてよ」と、アリサに促されたこともあり、まあいいかと答えを諦めた。

 

「……その声を辿るとねフェレットさんを預けた動物病院からだったの。それですごい切羽詰った声で力を貸してなんて言うから、動物病院へ向かったんだけど……」

 

 そして顛末を話終わる。思い出すとその時の恐怖が蘇った。本当にあれは夢なのかと疑ってしまうほど鮮明に。なのはは、その時ものすごく怖かったことを身振り手振り、そして効果音まで加えて必死に伝えた。そんななのはに二人は、子供をあやす時のような優しい笑みを浮かべ、怖かったねと慰めた。

 慰められる事自体は嬉しかった。しかしそこに、自分にとって非常に不名誉な何かを感じ取り、納得いかないと内心で呟き、口を尖らせた。

 

「ところで、なのはってフェレット飼ってたの?」

 

 ぽかーん。なのはの様子はまさにそれだった。

 アリサを見つめたまま動きを止め、質問を反芻してからようやく聞かれたことを理解する。

 

「そんなに見つめられたら恥ずかしいじゃない…」

「えーと……」

 

 どういうことだろうか。からかわれているのだろうか。だが見た感じそうは見えない。つまり、本気で言ってるってことだった。

 そして察しの良いなのはは気づいてしまった。アリサはいよいよ痴呆が始まってしまったのだと。まだ若いのにかわいそうに、そう憐れんだ。そして、そんなアリサでも親友であることに変わりないから大丈夫だと、心の中でアリサに言い聞かせた。

 なのはに見つめられ気恥ずかしくなったアリサは、なのはの頭の中で自分がどんな状態になっているのか露知らず、ほんのりと顔を赤らめた。しかしなのははそれを気にする余裕などなく、いやむしろ自覚の無い風のアリサを見て益々憐れみを強めたのだった。

 なのははとりあえず昨日の出来事の確認をしてみることにした。アリサが傷つかないよう、微笑みながら優しげな声で。

 

「アリサちゃん、私たち昨日塾に行く時、怪我したフェレットを拾ったよね? 覚えてる?」

 

 ぽかーん。アリサとすずかの様子はまさにそれだった。

 

「なのはちゃん、塾は今日だよ? それに私たちフェレット拾ったことなんてないよ? ……よっぽど怖い思いをしたんだね」

 

 すずかは少し困ったような笑みを浮かべながら、聖母のような慈愛に満ちた眼差しを向けながら、なのはにそう言った。

 

「はぁ、いつまで寝ぼけてんのよ。なのは、あなたは見た夢があまりにもリアルすぎて現実とごちゃまぜになってるんだわ」

 

 アリサもまた、すずかと同じく……。

 何かがおかしい。2人の言葉を聞いたなのはは、またもや動きを止め、時間から取り残された。

 察しが良いと思っていた自分こそが間違いであり、しかも夢と現実の区別がつかず勝手にアリサを憐れんでいた。そしてその憐みが今、自分に向けられているこの状況! 大ばか者の所行、なんという道化!

 なのはは、見る見るうちに頬どころか髪の付け根まで赤く染めていく。

 なんということだ! 夜に家を出たところからではなく朝起きた時から既に夢だったということなのか! なのははさっきまでの自分を地中に埋めてしまいたいほどの恥ずかしさに、内心で激しく悶えた。アリサとすずかの視線。まるで、大きくなったら消防車になりたいと言い出した幼い子供を見るかのような、とてつもなく慈愛の篭った、優しく、暖かな視線が、なのはの精神に耐え難いほどの傷を負わせていく。なのはは、そんな目で私を見ないで、と心の中で絶叫した。

 

「……そうかも。あまりにリアルすぎてちょっとだけ混乱してたみたい。ははは」

 

 なのはは羞恥で染まった内心を悟られまいと悠然と返す。しかしリンゴのように真っ赤な顔は、なのはの心境を何よりも物語っていた。

 

 

 

 

「それでは、将来の夢について作文を書いてきてください。今回の皆さんへの宿題です。忘れずにやってきてくださいね」

 

 周りの声など耳に入ってこない。授業内容、風景、会話。どれもなのはは知っていた。これは一体どういうことなのだ。なのははもう何がなんだか分からないと混乱していた。夢と全く同じだった。

 絶対おかしい。これが正夢というやつなのだろうか。もしそうだとすれば、自分は今日の夜、死ぬ!

 

「なのは、お昼ごはん食べましょう? って何でそんなに青ざめた顔してるの……!? 具合でも悪いの?」

 

 気分が悪くて動けずにいるのかと思ったアリサは、慌ててなのはのもとへ駆け寄った。その後にすずかが続く。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん、私、夢が死んで正夢が現実なの……」

 

「え? ……えーっと、ちょっと落ち着きましょう。落ち着いてゆっくり話してちょうだい」

 

 なのはは夢で起きたことが全て現実で起こっていて、このままいけば自分は本当に死ぬかもしれないということを伝える。

 

「うーん。普通なら信じ難いんだけど、なのはが言うならそうなんでしょうね。そうだとするならただ待つんじゃなくて何か対策を考えなきゃね」

「……そういえば、たしかなのはちゃんは夢で夜に動物病院へ行ったから、その黒いやつにやられちゃったんだよね? だったら行かなければ良いんじゃないかな?」

 

 なのははハッとする。夢での死が現実になる可能性があるということで頭がいっぱいになっていた。冷静さを失っていた。しかし、アリサの言葉で冷静になり、すずかの言葉で光明を見出したすことができたのだ。なのはの顔色は良くなり瞳には希望の光が宿ってくる。よくよく考えればすぐに気付くことであった。すずかの言うとおり声が聞こえても出かけなければ何も起こらないではないか。

 なのはは、やはり2人は頼りになると胸を熱くさせた。先程の医師に余命宣告された患者のような雰囲気など一切感じさせることなく、笑顔で二人に感謝を述べた。

 学校が終わると、夢と同じようにフェレットを拾って病院へ預けた。なのはは「預かることに関しては家で預かれることになるだろうから多分大丈夫だよ」と2人に伝え別れた。

 もしかすると夢と違い、家では無理だと言れる可能性を考えて少し不安だったが、それは杞憂に終わり無事許しをもらうことができた。

 なのはは湯船に浸かり今日のことを振り返っていた。

 今回フェレットを見つける時、何故か声が聞こえなかった。やはり自分にしか聞こえない声という不思議な現象が現実に起きるわけないのだろうか。しかし、そこまではずっと夢と同じように進んでいた。

 考えてみるが答えはでなかった。しかし、もし夜に声が聞こえても絶対無視しよう。そう決意した。夢と同じ思いはしたくないのだ。

 と、よくよく考えれば、あんな黒いお化けが現実にいるわけないじゃないか、と思いつく。夢と現実を混ぜちゃいけないと、今朝のアリサとすずかの視線を思い出して。それまで考えていたことを追い出した。

 頭がぼーっとし、のぼせてきたことに気付いた。

 

「アッチッチー、ゆでだこゆでだこ…………あがろっと」

 

 風呂から上がると自室のベットに入って目を閉じていたが一向に眠れない。もしかしたら声が聞こえるのではないかと気になるのと同時に、夢での出来事を思い出して目がさえるのだ。

 おそらく声が聞こえた時間を過ぎるまで安心して寝ることはできないだろうと思いながら、なのはは何度も時計を確認していた。

 あと少しで時間だった。聞こえないでほしい。そう願うなのはの鼓動は早くなる一方だった。そんな時、ついに声が聞こえてきた。心積りはしていた。だが体は硬直し心臓はさらに激しさを増す。頭の中で自分の血液の流れが聞こえていた。

 これは罠だ。絶対に行くものか! 頭まで布団を引き寄せ目をぎゅっと強く瞑る。そして声が聞こえなくなって数秒してから、やっと目を開き息を殺し耳を澄ました。

 

「……終わった?」

 

 しばらくたっても声が聞こえないことを確認してからようやく布団から顔を出す。新鮮な空気を吸いながら安堵した。それと同時に罪悪感がこみ上げる。本当にこれで良かったのだろうか。あの必死さは自分を誘うための罠に違いないはずだ。それなのに分からなかった。自分は一体どうすればいいのか。どうすることが正しいのか。なのはは結局答えを出せず、考えているうちにいつの間にか眠りに落ちた。

 

 

 

 

 目覚ましの音で目が覚める。目を開くと自室の天井。いつも通りの朝だった。だがなのはの心はいつもと違い暗い。

 結局答えを出せないまま時間切れになってしまった。そのことがなのはの胸に伸し掛かっていた。なのははそれを払いのけるため、死ななかったのだからこれで良かったんだよ、と自分に何度も言い聞かせ、無理やり罪悪感を塗りつぶす。しかし相変わらず気分は沈んだままだった。

 なのはは親友の二人に昨日のことを話し、その結果胸がモヤモヤしていることも話す。

 

「どの選択が正しかったのかなんて誰にもわからない。知っているとすれば神様くらいじゃないかしら? まぁ、なのはが死なずに、こうして今日も会えるってだけで、私としてはその選択は大正解だと思ってるわ。なのはが死んだら私泣くわよ?」

「私もなのはちゃんが生きてるだけで嬉しい。どれが正しかったのかで悩むのはお門違いだよ。それに選んでしまったものは仕方がない。だからそれを自分の中でどうやって正解にしていくのか、が重要なんじゃないかな?」

 

 2人はいつだってなのはのために真剣に悩んでくれる。励ましてくれる。自分はこんなに思われているのかと思うと元気が湧いてきた。

 

「ま、今言っても遅いけれど、次何かに迷ったら、どれが正解かで悩まず、自分がしたいか、したくないかで選ぶことね。時間切れで、なんてどちらに転がっても後悔するわよ? とは言っても、したいことのためにしたくないことがある場合は我慢ね」

 

 相変わらず自分には思いつかない考え方する。なのはは自分と親友のアリサすずかを比べてみて、自分の稚拙さが嫌になった。しかしそれと同時に、この2人が親友であることに嬉しさと誇りを感じた。

 

「うん、2人ともありがとう! すごく気が楽になったよ」

「いいのよ、なのは」

 

 アリサは笑みを浮かべて手を差し出してきた。

 なのはは首を傾げた。

 

「カウンセリング代金。なのはは大切な友達だから100万円のところを30万円にしてあげるわ。感謝してよね?」

「アリサちゃんのバカあ!」

 

 なのははアリサの肩を掴むと激しく揺すってから、すずかに抱きついた。

 そういえば夢でもこんなことあったなと思い出し、無意識に笑みが浮かんだ。

 

「なのはちゃんそんなに嬉しそうに笑っちゃって。アリサちゃんに構ってもらえてよかったね」

 

 すずかはよしよしとなのはの頭を撫でた。

 

「ちがっ、笑ってないもん!」

 

 なのはは頬を押さえて抗議したが、相変わらず2人はによによ笑っていた。こんな2人だが、なのはにとっていつだって頼りになる大好きな親友だった。

 その日の帰り道、3人でフェレットを引き取るため動物病院へ向かった。しかし入り口に来るとアリサは「なにこれ」とつぶやき立ち止まった。なぜなら昨日までなんともなかった動物病院の壁が一部大破していたからだ。

 なのははすぐに、あの黒い化け物の仕業に違いないと考えたが、口には出さなかった。

 3人はとりあえず中へ入って院長先生に聞いてみることにした。

 

「あ、こんにちは院長先生。昨日のフェレットさん引き取りに来たんですけど……壁どうかしたんですか?」

「こんにちは。うーん、それがね原因がわからないのよ。昨日の夜に壊されたみたいなんだけどね。もう酷いことするわ。それでフェレットについてなんだけど……壊された壁から逃げて行ったみたいなのよ。本当に申し訳ないわ」

  

 なのはは2人と別れた後、夢に出てきた黒い化け物について考えながら家路についていた。

 もしあの声が聞こえた時ここに来ていれば、自分は何かできただろうか。そう考えてみるが、何も出来ず動くことすらできずに殺されてしまったことを思い出し、やはり行かないほうが正解だったと頷いた。

 あの声は自分にしか聞こえない。それは自分をを誘い出すためであったが、自分が行かなかったから黒い化け物は暴れて病院を破壊した。なのはは何の根拠もなく思いつくままに理由付けしてみた。しかし次々と疑問が浮かび上がってくる。

 そもそも目的は自分だったのか。そうだとすると何故直接自分の所に来ないのか。

 

「なんだか頭の中がごちゃごちゃしてきたよ。最初に声が聞こえたのがフェレットさんを拾う直前で声の方向へ行くとフェレットさんがいたんだよね。それで次に聞こえたのが夜で動物病院のほうから聞こえてきたんだよね。ん? どっちにもフェレットさんがいるよ? まさかね。動物は話さないし……。そういえば夢の中の夢で黒いやつと金髪の男の子が戦ってたような……。あれ? 男の子の声と黒いやつの声って似てるような……はっ!?」

 

 その時なのはの脳裏に電撃が走った。ような気がした。

 

「私、真相に気づいてしまったかもしれない!」

 

 黒いやつはあの少年を取り込んで話せるようになったから少年の声に違いない。だから容姿と声にひどい違和感があったのだ。

 

「つまり私を殺して取り込んだら、あいつは私の声になる!」

 

 この後も迷探偵なのはの思考は加速し続けるのだった。

 その日の夕食、なのははフェレットが逃げたことを伝えた。

 

「お父さんフェレットさんのことなんだけど、預かる必要なくなっちゃった」 

「えぇ? そりゃまたなんで?飼い主でも見つかったのかい?」

「んーん。違うの。昨日の夜にね動物病院の壁が壊れちゃってそこから逃げちゃったみたい」

 

 そりゃ残念だと言う父に、なのはも含め皆が同意して頷くのだった。

 

 

 

 

 それから数日後、なのはは親友2人と士郎が監督を務めているサッカーチームの練習試合を見に行った。チームは無事勝利し高町家の喫茶店「翠屋」で祝勝会が行われた。それが終わると、なのははアリサとすずかの2人と別れ、街に本を買いに向かった。もちろんゲームの攻略本。なのはは小説などは読まない子なのだ。読んでもわからない。

 これがあれば究極のマニアになれる! そんなことを考えるなのはは今にも鼻歌が聞こえてきそうなほど上機嫌で、紙袋に入った本を胸に抱え、小走りしながら帰宅中であった。

 そんななのはに不幸が降りかかる。いや突き上げた。

 急に地面が揺れる。

 

地震!? えーっと、こういうときは……とりあえず机の下にもぐらなきゃ!」

 

 屋外故にそうそう机などあるわけがない。右往左往しているなのはの足元が急に盛り上がる。そして裂けたアスファルトの隙間から木が生えてきて急激に成長し始めた。そしてなのはは成長する木の枝と共に急上昇した。

 

「ちょ、なんなのこれーっ! にゃああああっ……私のっ! 私の本がっ!」

 

 なんということだ! 足元の枝にしがみ付いたことによって本を落としてしまったのだ! なのはは悲しみに暮れる。なにしろ貴重なお小遣いを貯めてようやく買った本だ。もはや自分が街を見下ろす程の高さにいること、そして目の前の異常現象など視界に入っていないかのように、心の中は底のない悲しみで満ちていた。

 なのははその原因になった木を見る。

 これのせいで! そう悲しみが怒りに変わろうとした瞬間、今度は横に加速する。

 

「ちょ、なんなのこれーっ! いやぁぁぁあ助けてぇぇええ!」

 

 なのはは絶叫を上げた。しかも枝が横に進むにつれて体が傾いてくる。枝がしなっているのだ。

 

「うそうそっ!? だめ、ちょっと待って! このままじゃ私落ちちゃうぅう!」

 

 そんななのはのことなどお構いなく木は成長を続けた。

 

「ぜったい……ぜつめい……なの……なんで?」

 

 そして今、なのはは枝にしがみついていた。地面とほぼ垂直に傾いた枝にしがみついていた。

 なのはの顔面は涙と鼻水でぐちょぐちょだった。本を落とした悲しみなどとうの昔に忘れている。

 誰も助けにはこない。誰も自分に気づかない。圧倒的な絶望と孤独。下に視線を向ければ、街の景色がよく見える。遠く彼方には山の稜線が見える。何故自分はここにいるのだろうか。まるで夢のようで冗談のようだ。

 街を見下ろしていたなのはは、何故かこの高さから落ちても助かるような錯覚に陥っていた。自分だけは大丈夫、だから思い切って手を離してみようじゃないか、と。しかし冷静な部分がそれを否定する。そんなバカなことがあるはずないと。手を離したらお前は確実に死ぬのだと。不意に緩みかけた手に力が入った。

 だが幾許もしないうちに筋肉が一斉に笑い始める。お前はこんなにも非力で無力なのだと見せつけるように、生き残ろうとする意思を嘲笑う。

 

「いや……いやだ。なんで……なんでこんな……ことに……」

 

 感覚の無くなってきた手の中で、ずるりずるりと枝が滑ってゆく。

 

「なってるの……?」

 

 自分は本当に落ちてしまうのだろうか。落ちたら本当に死んでしまうのだろうか。答えは明白なのに、未だに大丈夫だと錯覚しそうになる自分がいた。

 そしていよいよ勢いよく滑走し始めると、なのはは摩擦で手が焼ける痛みに堪らず開いた。

 しがみついていた枝があっという間に遠ざかってゆく。青い空が広がっていた。

 服をはためかせ地上を目指すなのはは、遠のいて行く景色を視界に映し、風切り音を聞いた。何かを考える余裕はなく、ただただ歯を食いしばって初めて経験する急激な加速による内蔵への負荷を耐え続ける。

 数秒後にその景色も感覚も突然途絶えた。もう何も感じなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。