魔砲使いになった理由   作:タニアホテル

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校庭の悪魔

 アリサたちは次の言葉を探しているといった風に立ち止まり、なのはをじっと見つめていた。突然姿を消した友人がひょっこり現れたのだ。しかも知らない男を連れて。思考停止してしまうのも仕方のないことだろう。

 なのはもこんなところで出会うとは考えておらず、混乱してどうすればいいか分からないまま身を硬直させていた。考え方を忘れてしまったかのように頭の中は真っ白だった。

 

「なのはの知り合い?」

 

 買い物袋を下げたユーノが2人となのはを見比べながら尋ねてきた。しかし理解できていないのか、それとも聞こえていないのか、なのはは答えない。

 

「なのは、あなた今まで……」

 

 アリサが恐る恐る言葉を掛けた瞬間、なのはは思わずユーノの手を取って走りだした。

 

「あ、待ちなさいなのは! 何で逃げるの!?」

 

 追いかけてくる足音は確実に迫っていた。「その子誰なの?」という声も聞こえてくる。このまま普通に走っていればすぐに追いつかれてしまう。引っ張っていたはずのユーノの手に、今は逆に引っ張られていた。

 

「一旦別れよう。魔法を使って先に行って。僕は大丈夫だから。それじゃ後で合流!」

 

 そう言ってユーノは繋いだ手を離した。なのははユーノの言った通り魔法を使い、まるで追い詰められた野うさぎのように死に物狂いで走った。

 

「ちょ、速っ!? 待ちなさいってば! すずかお願い!」

 

 前に障害がなければその一歩は三段跳びの選手並に大きく、人にぶつかりそうになれば歩幅を調整したり飛行魔法を駆使して避けた。バリアジャケットを着ていない今、もし転倒すればただではすまないだろう。しかし暴走体の攻撃を避ける難しさに比べれば遥かに余裕があり転ぶ気配は微塵もない。

 すずかはいくら身体能力が優れているとはいえ流石にこれには追いつけるはずもなく、どんどん引き離され、いくつか角を曲がるともう追いかけて来なかった。

 なのはは安堵し少し休憩した。切れた息を整えながら、先程の2人の顔を思い浮かべる。すると久しぶりに顔を見れたことに嬉しさを感じると同時に、逃げ出してしまったことへの申し訳さで胸が締め付けられた。

 どうして逃げてしまったのだろう。自分の行動を振り返ってみる。思い浮かんだ言い訳は明日の戦いが終わるまで帰るわけにはいかないから。でも本当は会話するのが怖かったから。皆に心配させている事実を目の当たりにするのが怖かったから。臆病だったから。

 2人に嫌われてしまったかもしれない。そんなことを考えながらユーノと念話で連絡を取り合流した。

 

「僕も金髪の子に追いかけられたよ。2人は友達?」

「うん……私の大切な友達」

 

 なのはは悲しげに落ち込んだ様子で「またこの前の神社に泊まろっか」と言って歩き出した。

 神社につく頃には辺りはもう真っ暗だった。

 穴が空いているはずの境内の地面はもう埋められていた。被害が少なくなるように急いで封印しているおかげだろう。

 いつものように裏にまわり夕食を取ることにした。2人並んで座りながら、なのははユーノに使い捨てスプーンと豆腐半丁を渡した。

 

「醤油かけるといいかも」

 

 なのはは自分の豆腐に醤油をかけて見せてからユーノに手渡した。そしてユーノが豆腐を口に運ぶのを横目で見た。ユーノは数回口を動かして飲み込むと、手に持つ豆腐を見つめながらなのはに言った。

 

「なんというか……不味くはないけれどあまり美味しいとも言えないね。温いし。これだけだとなのはの言った通り、途中で飽きるかも」

「安心して。明日の分もあるから」

 

 暗闇で表情は見えないが嫌そうな雰囲気を出すユーノに、ふふっと笑って視線を外し自分の分を食べた。

 

「さっきの2人から逃げたのは家出をしてるから? ……もしかしてなんだけど、なのはが家出してるのはジュエルシードと関係あるの?」

 

 しばらくすると唐突にそんなことを聞かれた。なのはは豆腐を切り崩しながら微苦笑した。

 

「やっぱりユーノくんは鋭いね。どうしたらそんなに頭が良くなるんだろう。そうだよ。皆を危険な目に合わせたくないから家出したの。でも……なんだか2人と話をするのが怖くて怖くて。さっきは思わず逃げ出しちゃった。悪い事してるって自覚あるからかな。家を出る時に怒られる覚悟とか色々したはずなんだけど、やっぱり怖いものは怖いや」

 

 自嘲するように寂しそうに言った。それから2人は沈黙した。なのはは肩を落とし思いつめたように俯いているユーノを見て小さなため息をついた。

 

「僕がジュエルシードを発掘しなかったら、って考えてる?」

「え、いや…………うん……考えてた」

 

 なのはは予想が的中したことがおかしくて「やっぱりそうなんだ」と小さく笑った。

 

「ユーノくんのせいなんかじゃないよ。たしかに振り返れば苦しいことや辛いことばっかり。多分これからもそう。その代わりに私はユーノくんとレイジングハートに出会って、空だって飛べる。選べる道はほとんど無かったけれど、それでも私は自分の意志で道を選んでここまできたんだ。その中に家出したこともユーノくんのせいにしないっていうのも入ってるんだよ」

「はは……すごいや。そういう考え方したこともないよ……。でもやっぱり、もしあの時って考えちゃうな」

 

 ユーノは力なく空笑いした。

 

「私が言うのもあれなんだけど、起きてしまったことは変えられないよ。……そうだユーノくん。運命にはね、立ち向かう時と受け入れる時があって、受け入れなければ先に進めない時があるんだ。目を逸らして逃げるって選択もあるけれど、それじゃあいつになっても先に進めないよね」

 

 それがいかに難しいことを言っているのかなのは自身よく分かっている。現に今日のことで落ち込んでいるし、今はいつまでも繰り返すと思っていた昨日が終わったおかげで心に余裕ができているが、再び繰り返す日々を送ることになると塞ぎこんでしまうだろう。ただその時、そういう考え方を信念として持つことにより、それが行動するための道標となってくれると信じていた。

 

「……受け入れて進めってこと?」

「うん。もしかしたら道を進んだ未来のユーノくんは、この出来事があって良かったって思ってるかもしれないよ? 私も今の気分では2人から何も言わず逃げちゃったことをすごく後悔してるけれど、これから先は分からない。きっと過去の印象ってその時の自分が決めてるんだよ。たぶんね。それにどうしようも無いことを悩んでいるより、前を向いてる方がかっこいいと思うよ」

 

 ユーノははっとしたように顔を上げなのはを見た。それに気づきなのはもユーノを見た。隣にいるのに夜の暗さでお互いの表情はほとんど見えなかった。それでもユーノにはなのはが微笑んでいることが分かり、なのははユーノの雰囲気が明るくなったことが分かった。

 

「はぁ、なんだか自分がなのはと同じ歳だとは思えないや。そのとおりだね。こんなんじゃかっこ悪い……。よし! 悩んでても仕方ない。後で笑えるようにがんばるか!」

 

 ユーノは豆腐を脇に置くと、膝を叩いて勢い良く立ち上がった。つい先程までの憂愁はすっかり消え失せ、その様子はまるで身体から炎が燃え上がっているように暑苦しい。目には輝きが戻りやる気が満ち満ちていた。

 

「でも、たしかにジュエルシードの発掘をしたからなのはとも出会えたのか……。うん、やっぱり発掘して良かったよ!」

 

 心の底からそう思っているのだろう。ユーノは口元に自然な笑みを浮かべ本当に嬉しそうに言った。

 まさかユーノがこんなにも簡単に視点を変えてしまうとは、しかもその原因が自分との出会いを喜んでとは予想もしておらず、なのはは一瞬呆然とした後、嬉しさと恥ずかしさを隠すため聞こえないふりをして先程切り崩した豆腐を口に運んだ。暗闇に隠れた耳は赤かった。

 なのはは顔に微かな水滴が当たったような気がした。空を見上げじっと待っていると再び当たった。

 

「雨降ってきたみたい」

 

 雨は次第に強まり、服に小さなシミを作っていく。

 2人は神社の長い軒下で、弾ける水滴の音を聞きながら夜を過ごした。

 

 

 

 

 夜からの雨は朝になっても止んでいなかった。

 外に出歩けない2人は軒下に座り込み、レイジングハートと飛行訓練を行った。そして気付けば既に雨は止んでいた。正午を少し過ぎたころだった。

 今日は学校が休みなため時間を気にせず街に出られる。なのはは大丈夫だったが、ユーノの気分転換を兼ねてジュエルシードを探しに街へ出かけた。地面にはそこらかしこに水たまりができていおり、その一つに遠くの青空が映り込んでいた。雨上がりは清々しくとても気持ちよかった。

 一息つくと神社に戻り飛行訓練を再開した。なのはは飛行の練習ならいつまでも続けられた。むしろ時間の進みが早く感じる。ゲームに熱中していた時の感覚によく似ていた。

 結局この日もジュエルシードの反応が無いまま夜になった。夕食も無かった。

 ユーノの寝息を耳に、なのはは目を閉じながら明日のことに思いを馳せていた。

 ついにあの逃げまわった日に辿り着こうとしている。明日を乗り越えればその先は未だ知らない未知の日々が続いているのだ。前のこの時間は何をしていただろうか。たしか寝ては起きてを繰り返していた。懐かしい。あの時の皆は毎日どんな話をしてくれたか。恭也は何と言って自分を連れ出してくれたか。美由希は恭也と別れる時どんな表情をしていたか。

 そういえばアリサに怒られたこともあった。担任の教師も様子を見に来てくれていた。何もかもが懐かしい。あんなにも色々なことがあったのに、たしかに自分はそこに居て見て感じていたのに、今となっては全て過去のことであり、無かったことだ。まるで夢だ。自分しか知らない夢だ。きっと今も夢を見続けているのだろう。それでもここにいるのは高町なのは自分自身であり現実だ。

 なのははあちこちに思考を飛ばしながら、何度も寝返りを打った。もう寝ようと全て追い払っても、しつこく脳内に舞い戻ってきては眠気が入る隙間を埋めた。

 明日は巨大樹と空飛ぶ暴走体を相手にしなければならない。先に巨大樹を封印してしまおう。空からレイジングハートと一緒に強力な一撃をぶつければ大丈夫だ。空を飛ぶ暴走体は勝てるか分からない。ここまで来てやり直しなのだろうか。いや、大丈夫。絶対に勝てる。もう3体の暴走体を封印してきたのだ。勝てないわけがない。でも勝った後はどうする。どうやって家に戻ろうか。何て言い訳をすればいいのだろうか。そういえば昨日アリサとすすかから逃げてしまったんだ。怒っているのだろうか。

 

《眠れないのですか》

 

 レイジングハートの優しげな声音が頭に届き、なのははそっと目を開いた。雲の隙間から星が小さく光っていた。

 

《うん、目が冴えちゃって》

《明日のことですか》

《明日のこととか、その後のこととか色々》

《私にとって昨日も今日も初めてです。ですから私にはこの先のことは分かりません》

《そっか、レイジングハートとまだ出会ってなかったからね。私も明日のことまでしか知らないよ。その先は分かんない》

《……不安ですか》

《うん、すごく不安だよ。でも……今の私は戦える。自分で逃げることすらできなかった私じゃないし、手も足も出ずにやられていた私でもない。今の私はちゃんと戦える。レイジングハートもユーノくんもいる。戦える自分がいて、頼りになる仲間がいて。乗り越えられないはずがないよね》

 

 それは自分を安心させようとする、自分に向けた言葉だった。こうやって自分に言い聞かせでもしなければ、同じ日を繰り返すことへの恐怖と憂鬱が押し寄せてきて戦えない。本来勝てるものも負けてしまう。暴走体だけでなく自分自身とも戦わなければならなかった。

 

《もちろんです。私が全力全開で勝利に導いてみせます。ユーノもきっと同じでしょう》

《ありがとうレイジングハート》

 

 そんなやりとりをしてしばらくすると、次第に眠気が意識を包みはじめた。

 そして完全に眠りに落ちる寸前、ジュエルシードの反応が眠気を一気に吹き飛ばした。ユーノも気付いたようで、飛び起きるとなのはに声を掛けた。なのはは制服から着替えると、荷物をそのまま置いてユーノと一緒に神社を後にした。

 ジュエルシードの反応は学校の校庭からだった。

 校庭が近くなるとなのはは立ち止まり、背中越しにユーノに言った。その後ろ姿はひどく寂しそうだった。

 

「ユーノくんはここまででいいよ」

「……どういう意味かな」

「私ね、初めてなんだ。ユーノくんとこんなに仲良くなったの。ユーノくんには生きていてほしい」

 

 ユーノのことを頼りになる仲間だと言ったばかりなのに、今の言葉はそれを否定していた。なのは自身もそれは分かっている。しかし今まで初見の暴走体を倒したことなど無い。だから、きっと今回も死んでしまうだろう、そんな不安がどんなに振り払っても纏わりついていた。頼りになる仲間であるからこそ死んでほしくなかった。自分のことも仲間のことも信じ抜けなかった。

 ユーノは一瞬驚いた顔をするが、すぐにそれは笑みに変わった。そしてなのはの正面に回りこんで言った。

 

「それをなのはが言うかい? むしろ僕のセリフだと思うんだけど。そもそも死ぬと決まったわけじゃないし暴走体になると決まったわけじゃない。まあ暴走体になるとしても僕はなのはと一緒に行くよ。なのはに何て言われようともね。そして全力でなのはを守る。僕が自分の意志で選んだ道だよ。ジュエルシードを発掘した責任とか、なのはを巻き込んでしまった責任とかそういうのじゃなくて、僕がそうしたいからそうするんだ。それじゃあ駄目かな? それに今逃げたらかっこ悪いじゃないか」

 

 可愛い顔してイケメンなことを言う。

 何を言っても無駄だというのは最初から分かっていたことだ。どの世界でもそうだったのだから。今回に限って逃げるわけがない。でももしかしたら、と。しかし結局同じだった。ただ予想外に、ここまで自分の意志を見せたのは初めてであり妙にかっこよく見えた。

 恥ずかしげに俯いたなのははわざとらしく溜息をつき、「ユーノくんはこういう時人の話聞かないよね」とユーノの横をすり抜けて前に出てた。

 

「……頼りにしてるね」

 

 その言葉にユーノは一瞬だけ動きを止めてから、すぐになのはの後を追った。

 ユーノはジュエルシードに近づく前に結界を張った。それからフェレットに戻ったユーノを、なのははいつものようにフードの中に押し込んだ。

 

「準備はいい?」

「いつでも」

”大丈夫です”

 

 なのははいつでも後ろや左右に避けられるよう、慎重な足取りでジュエルシードに近づいた。ユーノが暴走体にならない可能性を言っていたが、これがあの空を飛ぶ暴走体であると確信していた。

 また繰り返す日々が始まるのだろうか。またユーノとの関係をやり直さなければならないのだろうか。そんな未来への不安が沸々湧き上がってきたが、戦闘に関すること以外の思考を全て振り払い、ハンマーの柄を強く握った。

 ジュエルシードは白く光輝き、その光はどんどん膨れ上がり何かを形作る。それが消えると、中にはまるで悪魔にも死神にも見える、なんとも禍々しく邪悪な姿をした暴走体が宙に浮いていた。

 顎が異様に長い頭蓋骨に湾曲した巨大な角を生やし、そこから伸びる脊椎は大人の背丈よりも長かった。しかし下半身は無く途中で途切れていた。暗闇の詰まった肋骨を隠すように黒いマントを羽織っており、その左右の端から手の骨が出ていた。指は鎌のように鋭く長かった。

 以前のなのはなら見ただけで腰を抜かしていたかもしれない。

 その容姿をじっくり見る間もなく、その悪魔の様な暴走体は突然マントを皮膜のように広げながら猛烈な速度で飛びかかってきた。なのはは目を離すことなく、さっと横に回避した。暴走体はその勢いのまま空へと飛び上がり翻ると、紫の魔法弾をいくつも放ってきた。なのはは地面を滑るように飛行しながらそれらを避け、それと同時にいくつかのサーチャーを飛ばした。サーチャーはレイジングハートに制御を任せ最適な角度を維持した。

 今までは魔法弾の間を縫って紙一重で回避することがほとんどだったのが、今は広い空を目一杯使いながら進行方向を変えるだけで避けられる。飛行で移動するため体力の消耗も少ない。これらのことがなのはに少し余裕を持たせていた。

 旋回時、後ろから飛んでくる攻撃に気を取られていると、オーバースピードで進入してしまい結界に衝突しそうになった。耳元で「死ぬ! 死ぬ! あっぶねー」と聞こえてきた。なのはも目の前にスローモーションで迫る翠の巨大な壁に目を釘付けにされながら、心臓が高鳴り、汗がじんわり滲んだ。

 休むこと無く打ち出される魔法弾に追われながら、相手が動きを止めた一瞬を狙って魔法弾を一発放った。しかしそれが弾着するかと思われた直前、突如現れた紫の壁に阻まれ霧散した。

 

「バリア!?」

 

 攻撃魔法を使ってくるのだから防御魔法を使ってきてもおかしくはないが、初めて見る敵のバリアになのはは動揺を隠せず、僅かに飛行を乱した。その時丁度なのはを射線上に捉えた魔法弾をユーノのバリアが弾いた。

 

《ご主人様、焦……》

「焦らないで、なのは。レイジングハート、バリア貫通を付与した魔法作れるよね」

《……言われなくても今作っています》

「ちょっと! 後ろの弾が追いかけてくるんだけど!?」

 

 なのはは複数のサーチャーと肉眼の視点を目まぐるしく切り替えながら、追尾してくる数発の誘導弾から逃げ、無数の魔法弾を躱し、突進を避け、すれ違った直後に放たれた魔法弾を身を捻ってやり過ごした。もはやこの類の攻撃を避けるのは慣れたもので、今までの経験によって無意識に行われる、次はこんな攻撃がくるかもしれない、という危険予測が素早く確実な回避を可能にしていた。

 

「誘導……」

《誘導制御型の攻撃です。おそらくバリア貫通能力も付与されているため撃ち落とすべきでしょう。ユーノ、早くして下さい》

「今やってる」

 

 ユーノはサーチャーの映像を見ながら、誘導弾を飛ばし撃ち落とした。3発操れるユーノにとって、高速で飛ぶ小さな的を確実に狙うのはそれほど難しいことではないのだろう。今のなのはには到底できそうにない技術だった。

 なのはは時間が経つにつれ、弾の数が増えているような気がした。実際増えていた。しばしば砲撃魔法も両手から放ってくる。その点ではなく線による攻撃には少しやりにくさを感じた。完全に防戦一方だった。

 

「やばい」

 

 なのはは全ての視点を一瞬で確認し自分の状況がどうなっているのかを理解した。

 前方に放たれた砲撃魔法を軌道を変えて避けたはいいものの、撃ち落とせなかった数発の誘導弾に追い込まれた先に、面のように並んだ魔法弾が微妙にずれたタイミングで放たれた。それは今からどの方向に動いたとしても避けることが困難だった。弾幕の後ろには、超高密度で今にも爆発しそうなな魔力球を掲げる暴走体が佇んでいた。ユーノにバリアを張ってもらいながら突っ切ったり、魔法弾の隙間を縫って弾幕をやり過ごしたとしても、その強大な一撃が狙い撃ちしてくることは想像に難くない。

 なのはは判断を下せず動きを止めてしまった。その一瞬、ユーノが前に飛び出し、人姿に戻ると同時にバリアを張った。それから数瞬遅れていくつかの魔法弾が衝突、微かな罅を入れた。そしてその直後、とんでもない圧力の魔力が空気を押しのけ殺到した。その衝撃はバリア越しに空気を揺らし肌にドンと響く。バリアにピシリと幾筋もの亀裂が走った。

 

「なのは行って!」

「でも……」

「僕の役割はなのはを守ることなんだ。なのはの役割はレイジングハートと一緒に、あいつにとっておきの一発をくれてやることだよ。だから行って」

 

 ユーノはやっと出番が来たとでもいうように莞爾として笑いながら、今にも砕け散りそうなバリアになけなしの魔力を込めて最後の一線を保つ。しかしそれは長く続きそうにない。

 

《行きましょうご主人様》

 

 なのはは一つ頷くと、ユーノを置いて暴走体の真上を目指し飛び立った。先程の魔力球から毒々しい紫色をした光の奔流をユーノに向けて放っていた。一種の砲撃魔法なのだろう。

 

「レイジングハート! とっておきの一発いくよ!」

 

 先程作ったというバリア貫通能力を付与させた術式に魔力を込める。すると僅か数秒で、杭のような細長い形をした大きな魔法弾と環状魔法陣が宙に現れた。やはり高密度のためか赤紫に近い色だった。ほとんどがレイジングハートの制御下にあり、なのはにとってそれは予め作られた鋳型に魔力を流すようなものだった。体から一気に魔力が無くなったのを感じた。

 

”準備出来ました”

「撃って!」

 

 なのはの合図により爆発的な速度で撃ち出された魔法弾は、バリアを容易く超えて暴走体の中核に吸い込まれた。それと同時にユーノを襲っていた砲撃は止み、暴走体は光の灰となって消えた。一瞬の出来事だった。

 ユーノを見るとふらふらと墜落しそうになりながら地面を目指しているのが見えた。なのはは急いで近付くとユーノが落ちていかないように支えた。気が抜けたのか魔力が無くなったのか分からないが、地面に降り立つと同時に結界は解かれ、ユーノは一歩も動けないといった様子で横たわった。そして「ちょっと休憩」と疲れた声で一言、フェレット姿になって眠ってしまった。

 

”魔力を限界まで絞ったせいで衰弱してるようです。また回復を待たなければなりませんね”

「無理し過ぎだよ」

 

 先ほどのユーノの後ろ姿を思い浮かべながら、呆れたように微笑みながら小さな溜息をついた。

 校庭に転がる3つのジュエルシードを回収するとユーノを抱えて帰ることにした。

 神社に着くと戦闘の緊張が一気にほぐれ、気怠い疲労と眠気が伸し掛かってくるのを感じた。なのははそれに身を任せ大、大きく伸びをしてから横になった。

 まさか本当に倒せてしまうとは思わなかった。どんなに意気込んでも、勝利を信じても、結局いつものようにやられてしまうのだと心の奥底では思っていた。そしてまた繰り返す日々が始まるのだと。でもそんなことはなかった。確実に成長していた。ユーノとレイジングハートという頼りになる強い仲間が支えてくれる。あとは巨大樹を倒すだけだ。そうすれば、あの日常に戻れるのだろうか。

 

「レイジングハートもユーノくんもありがとうね」

 

 なのはは晴れ晴れとした気持ちの中、意識を手放した。

 

 

 

 

《気分はどうですか》

《うん? ああ……まだ眠い。身体もすごくだるいな。……どれくらい経った?》

《暴走体を封印してからまだそれほど経っていません。夜明け前です》

《そうなんだ》

 

 ユーノは夢と現の間にいるのか緩慢な動きで寝返りを打った。それからは一切身動ぎしない。

 

《随分無茶をしますね、あなたは》

《はは……僕もレイジングハートと同じように一本の線に混ぜて欲しくてね》

《……ユーノ、あなたは天才ですね。私を羨ましがらせることに関して》

《……なんで?》

《私はあなたが羨ましすぎて血の涙が出そうです、でませんけど。今私は幸せを感じています。しかし……。私もあなたのように身体があったらそんな風に行動出来ていたのでしょうか。身体が無いから、というのはただの言い訳なのでしょうか。もし私があなたと同じ立場にいた時……私はあなたのように自力で混ざることができたのでしょうか。なんだか自分が分からなくなってきました……とてもいらいらします。……引き止めて悪かったです。早く寝て下さい》

 

 本当に眠ってしまったのかと思われるほど間を空けてからユーノは言った。

 

《なのはが言ってたよね。少ない道を自分の意志で選んできたって。僕には僕にしか選べない道があって、レイジングハートにはレイジングハートにしか選べない道があるんだと思うよ》

《……参考にします》

 

 レイジングハートはほんの少しいじけたように言った。

 それからはもう会話は無く、なのはとユーノの寝息が微かに聞こえるだけだった。

 遠くの空は薄っすら白んでいた。

 

 


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