――――た結果、どうしてこんなことに。

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クリスマスアプリコットが可愛すぎたのが悪い(暴論


少しばかり背を押され

 

 騎士団の団長というのは、このスプリングガーデンにとっては特別な存在である。それも国家が公認した騎士団の騎士団長となれば、文字通りの特権階級。その権限の強さと保証される法外な報酬と引き替えに、作戦立案能力や統率力、戦闘技術はもちろん、政治経済から古典芸術、語学を始めとしたさまざまな知識、果ては舞踏会の作法まで比類ない実力を求められる。

 

「……そんなすごい人だから、こうなるのは当然……なんですけど……」

 

 そう小さく呟くのは淡い色合いの着物風の上着を着た花騎士、アプリコットである。その視線の先では、執務机に向かいつつも辟易とした顔をしている騎士団長その人が羽根ペンを走らせていた。パリッと糊をきかせた襟付きのシャツにグレーのネクタイ。ベストをしっかりと着た彼の左側には普段はない色とりどりの箱の山が出来ている。

 

「アプリコット」

「はわぁっ!」

 

 アプリコットがぼうっとその横顔を眺めていたら、その顔がいきなり彼女の方を向いたので、飛び上がるアプリコット。

 

「だ、大丈夫かい?」

「な、なんでもありません! それで、なんでしょう?」

「すまないが王宮までお使いをお願いします。ウィンターローズ方面への警備計画の承認です。ナズナも王宮にいるはずなので、彼女にも一応目を通して貰ってください」

「わかりました、すぐ用意しますね」

 

 アプリコットはそういって団長補佐官執務席から立ち上がる。ナズナが新任団長の補佐官に抜擢され、引き継ぎをしてから早1年近く。アプリコットにとってもこの席からの眺めはだいぶ見慣れてきた。上着を手にしたタイミングでノックも無く執務室のドアが開いた。

 

「よ、団長! ……て、うわちゃぁ、またこうなってるのかい」

「アキレア、この山をなんとかしてくれませんか」

 

 部屋に入ってきたのは燃えるような赤い髪をなびかせるアキレア、第一部隊リーダーである。

 

「いや、俺でなんとか出来るならいいんだけどさ。それ団長宛のプレゼントだし、ルドベキアとかからのも入ってるだろ。流石に処理できねぇって」

「それもそうですね」

「やっぱりモテる男は大変かい?」

「バレンタインという行事を思いついたのは、まず間違いなく商魂たくましい菓子職人でしょうね。見つけたら締め上げてあげたいものです」

 

 笑う団長にアキレアも苦笑いだ。

 そう、今日はバレンタイン・デー。女性にとっては思い人にチョコレートを送る日、それが広まって男女問わず親しい人に贈り物をする日である。ここまで過熱するようになったのはここ数年だ。

 

「それで、アキレアはどうしました?」

「ん? 俺からもチョコレートだ」

「……アキレア、こうなるから特段の事情が無い限り控えてくれと要請したはずですが」

「なんだよ、俺が渡したいと思うのは『特段の事情』に入らないのかよ。それに身内のチョコは問題無いし、団長の頭痛の種はこっちじゃなくて向こうだろ」

 

 そういって窓の外を指さすアキレア。その方向を見て盛大にため息をついた団長。

 

「モテる男は大変だ。ただでさえ男が足りないこの世の中なのにさ」

「だからって見ず知らずの男にここまで貢ぐものでしょうか」

「浮いた噂の気配の一つもないからみんな狙ってるんだよ。清廉潔白も行き過ぎると大変だぜ?」

 

 窓の外、騎士館(オーベルジユ)の正門の前には大きな荷馬車が止めてあり、出入り口を封鎖している。その荷馬車の上には文字通りチョコレートが山になっていた。ちなみにこの荷馬車、三台目である。

 

「そんなに嫌なら断ればいいのに。わざわざチョコの回収ボックスなんて作らずにさ」

「去年それで正門が破壊されたの忘れましたか。王宮への補修費の稟議書に事由を掻かなきゃいけない私の気持ちにもなってください。女王陛下がわざわざ茶化しに来るんですよ面倒くさい」

 

 こんなおじさんに構ってなにがしたいやら、と嘆く団長。

 

「団長さんはそんなにお年じゃないですよっ!」

「君達から見たら充分歳ですよ」

「嫌なら早く結婚するんだな、団長」

 

 アキレアにそう言われ、一瞬黙り込む団長。

 

「……検討はします」

「そういう煮え切らないからチャンスがあると勘違いしたいろんな人からチョコが集まるんだよ」

 

 アキレアはそういってチョコを押しつける。

 

「ちなみに俺のは本命だ。というよりルドベキアとニリンソウとお前にしか渡してない」

「……あとで美味しくいただきます」

「そうしてくれ、じゃぁ俺はそろそろ戻るが……団長補佐官殿はお使いか。よし、裏口には一般人がスタンバイしてるから護衛してやる。一緒に降りてこい」

「は、はい! ありがとうございます」

 

 そう言ってアキレアに連れられ部屋を出て行くアプリコット。

 

「……それで、補佐官殿は渡したのか? チョコレート」

「えっ!? えっと、それは……」

「……渡してないのか。意外だな」

 

 制服代わりの黒いコートを羽織ったアプリコットは胸の前で指をつんつんと付き合わせながら返事を濁す。

 

「団長さんは甘い物好きとはいえ、この量に追加はさすがに気が引けてしまって……、一週間前からどこか憂鬱そうな顔をしてますし……、後で胃薬とかそういうものをお渡ししようかと……」

「まぁお前がそれでいいならそれでいいけどよ、本当にお前はそれで満足なのかってことだ。執務室に次々やってくる花騎士たちを見なきゃいけないわけだしさ」

「それは……」

 

 アキレアはそういう彼女の頭を撫でてから笑う。

 

「それに、早くしないと俺が盗っちまうぞ。結婚式になったらよんでやるよ」

「そんなのダメに決まってるじゃないですか!」

 

 そこまで勢いで言って、ハッと両手で口を隠すアプリコット。

 

「だったら勇気だしな。それでダメだったらやらずにフラれるよりずっといいだろう。もっとも、団長はみんなのチョコレートを貰ってくれるいい奴だから、煮え切らないかもしれないが……さぁ行った行った。早く帰ってこないと団長殿がチョコと書類に押し潰されるぞ」

 

 そう言われて、アプリコットは裏口の門から押し出される。「これを団長様に」と押しつけようとする女性や女の子から逃げるように走るアプリコット、その頭の奥には、ずっとアキレアの言葉が渦巻いていた。

 

 

 

 

 ……その様子を騎士館(オーベルジユ)の窓から眺める花騎士が二人。

 

「あの様子だと、アプリコットは渡せてないみたいね」

「えー、アプリコットちゃんならイチコロだと思うんだけどなぁ」

 

 廊下を掃いていたヘザーが飲み仲間のホップに話を振れば、ホップは迎え酒を入れながら笑った。

 

「……これはちょーっと背中を押してあげないといけないですかね」

「背中を押すって?」

「いつもおつまみを作ってくれるお礼です」

 

 そう言ってヘザーはにやりと笑った。そうして、自分の部屋に戻り、小さな戸棚を空けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 今日の課業を終え、同じ建物の中にある自室に戻ってきたアプリコットは小さくため息をついた。外はすでにとっぷりと日が暮れており、丈夫な板ガラスにどこか疲れた顔の自分が歪んで映っていた。

 

「やっぱり、団長さんにチョコレート、買っておくんだったかなぁ……」

 

 この騎士団の団長は『人気物件』の一人だ。ブロッサムヒルの公設騎士団の一つを率いる団長として伯爵の位を授かり、首都ブロッサムヒルに騎士館(オーベルジユ)を構えることを許可されるほどの実力者。配下の花騎士は四十人を優に超え、衛兵(ガード)従者(ヴァレツト)御者(コーチマン)伝令係(メツセンジヤ)まで含めて百人単位で常に雇い続けることができるだけの予算と権限を持つ。

 

「そんな人が独身だったら、みんな狙ってるに決まってるじゃないですか……」

 

 アプリコットはそう言ってベッドに倒れ込む。本日最後の仕事が騎士館(オーベルジユ)の前で荷馬車の上に山積みになったチョコレートの搬入とリスト化というのはどういう仕打ちなのだろうと思う。それも結局荷馬車五台分にもなったチョコを手の空いている花騎士や衛兵総出で一つ一つ確認するというのはかなりの重労働だ。

 

 手作りの食品は安全のため問答無用で破棄されるし、市販品のチョコはほぼ全てコデマリの胃袋に収まるため、どれも団長の口に入ることはない。それでもバレンタインカードは全て引き抜き、個人情報などを書いてあるものはリスト化して管理することになっている。団長曰く『協力者予備軍をみすみす見逃すのは惜しい』とのことで、情報収集等に活用するそうだ。

 

「でも、それをつくる私の気持ちにもなってほしいなって……」

 

 アプリコットはインクですこし黒ずんだ手を見る。ずっと作業をしながらペンを走らせ続けた結果だ。どれも結構本気のお高いチョコを包んでいたり、手間をかけたのだとわかったりするものが多かった。それを延々と見せられて、思うことが無いと言えばウソになる。

 

「……部下の花騎士のものは全部受け取ってちゃんと食べてくれますし、甘えても……いいんでしょうけど……あそこまで辟易としているのを見ていると、渡せないですよ」

 

 アプリコットは今年、チョコを作らなかったし、買いもしなかった。元からこうなることはわかっていたし、甘い物の取り過ぎで体調を崩されると大変だし、団長自身が予防線を張っていたのもある。

 

 それに団長補佐官は公務中に団長の隣で情報の交通整理をする立場であり、他の誰よりも団長に近い位置に控えていられるのだ。仕事の合間のちょっとした休憩と言い訳をして、二人っきりで紅茶を飲んだりすることだってできる。新作のレモンのジャムでレモンティー風にしてすっきりとさせれば、いい気分転換になるはずだ。

 

「わかっているのに……もやもやしちゃうんですよね……」

 

 きっとその方が団長さんは喜んでくれる。それはわかっているのだ。それでもどこか負けた気がしてしまう。思っているよりも自分は負けず嫌いなのかもしれないと、アプリコットは初めてそんなことを考えた。

 

「だめだめ、ちゃんとしっかりしないと……」

 

 気分を変えようとベッドからむくりと起きて、机に向かう。薬学の勉強でもしていれば、少しは気分も変わるだろう。

 

「あれ……?」

 

 そのときになって、机の上に小さな包みが置いてあることに気がついた。赤い包みに金色のリボンで留めてある。メッセージカードには『ハッピーバレンタイン』の文字。その筆跡には見覚えがあった。

 

「ヘザーさん……」

 

 二つ折りになっているカードを開く。

 

 

 

 ――いつもおつまみありがとうございます。ささやかながらそのお礼としてチョコレートをつくりました。呑兵衛を代表してホップとヘザーよりお礼申し上げます。今日ぐらいはゆっくりしてくださいね。

 

 

 

「ヘザーさんったら、気にしなくてもいいのに」

 

 そう笑ってから包みを開ける。ふわりと甘い香りが部屋に広がる。

 

「ブランデー……のボンボン……? ホップさんが大切に飲んでたやつかな……こんないい香りがするんだ……高いお酒なのかなぁ」

 

 普段はあまりアルコールを嗜まないアプリコット。香り付けですこしだけ使う程度、あとは果物の保存や、頼まれた時に漢方をつけ込むぐらいで、アルコールの知識はあまりない。

 

「でも、おつまみも作るんですし、味くらいは覚えてもいいのかも……?」

 

 最近は酒のあてを作ることも多くなり、それにあう味を探すのも必要になるかもしれない。……今日ぐらいはゆっくり、とメッセージカードにもあったし、とすこしだけ甘えて、チョコレートを口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らんちょうさん、いますか?」

 

 小さく響いた声に団長がパッと視線を上げた。書き物を止め、急いでドアに向かう。壁の燭台が歩いたときの風で一瞬不安定に揺れた。

 

「アプリコット? どうしま――――」

 

 した? と言い切る前に、彼の懐にぽすん、とその人が収まった。

 

「えへへー、だんちょうさん、ちゃんといましたぁ……ひっく」

「アプリコット……?」

 

 服装は以前クリスマスの時に用意していたフワフワとしたドレス風の服装に着替えており、彼のシャツを少し握るようにしている彼女は真下から彼を見上げるようにして、笑みを浮かべた。

 

「どうしました? 顔が赤いようですが」

「だいじょぅぶですよぉ……それより、団長さんに、バレンタインをしにきました」

 

 そう言いながらアプリコットは団長に体重をさらに預けて……というよりは積極的に身体を押しつけ、数歩下がった団長をそのまま彼の私室に押し込むと、ドアをパタンと閉めた。ついでに鍵まで掛ける。

 

「あ、アプリコット?」

「今日はバレンタインですから」

 

 目を細めて笑うアプリコットの様子を見た団長は違和感の正体に気がついた。普段彼女の周りを漂う、ほのかな甘い匂いに紛れて、なにか苦い香りが混じっている。

 

「お酒でも飲みましたか?」

「お酒……えっと、ひっぅく……ふう、さきほろ、ヘザーさんとホップさんからぁ、チョコレートをもらったんです。うひひっ、食べたらぁひっく、やっぱりお酒が入ってました~」

 

それだけで大体の事情を察する団長。あの呑兵衛グループがアプリコットにアルコールを盛ったらしい。

 

「今日はバレンタインですけど、甘い物はもういっぱいいっぱいだとおもうので、ひぅ……団長さんにはぁ、チョコじゃなくて、わたしをあげちゃいまぁす!」

 

 改めて飛びついてくるアプリコット。それに耐えきれず団長がたたらを踏んでベッドに倒れ込む。アプリコットが頭を打たないようにとっさに彼女の頭を抱きかかえたせいで、密着した姿勢になった。

 

「えへへ……団長さん、身体がひえてますねぇ。だめですよ、まだ冬なんれすから」

 

 そう言いながら彼の腰に手を回すアプリコット。焦ったのは団長だ。

 

「ま、待ちなさいアプリコット! 少し落ち着きなさい。酔っ払っているだろう」

「酔ってらんてないですよぉ」

「酔っ払いはみんなそう言うんです」

 

 そう返しながら、一度彼女を腰から引き剥がす。

 

「……だんちょうさんは、わたしのこと、きらい……ですか……?」

「そうではありません。こういうことはアルコールに任せてするものではないんです」

「だから酔ってませんってば。それにきらいじゃないなら、なんなんですか? 教えてください」

 

 そういっていきなり団長を押さえつけるアプリコット。彼の腰の上に体重をかけてホールド。両膝で団長が動けないようにおさえこむ。骨張った彼の腕を押さえる線の細い指が小さく震えている。

 

 

 

「わたしは……アプリコットは、団長さんが、だいすきです」

 

 

 

 普段のアプリコットなら絶対に言わないことを、彼を見下ろしながら口にした。ろうそくの淡い炎がその顔を照らす。

 

「戦うのが怖くて、花騎士としては落ちこぼれで、調薬と魔力量しか取り柄が無くて、そんな私でも引き取ってくれて、育ててもらいました」

 

 団長の頬にぽたりと滴が落ちた。

 

「甘えさせてくれてます。大切にしてもらってます……知ってますか? アプリコットは『疑り深い』んですよ? 言葉にしてくれないと、わからないです」

 

 アプリコットの声は不安定に揺れていた。息をすることすら憚られるような緊張感のなかで、彼女は告げた。

 

「団長さん、わたしはあなたの特別にはなれませんか……?」

 

 それをきいた団長はそのままじっと彼女を見ていたが、ゆっくりと右手を押さえていた彼女の手をそっと外し、彼女の頬に触れた。

 

「――――特別じゃなかったら補佐官になんて推薦しませんよ」

 

 そのまま彼女の首筋に腕を回し、抱き込むような姿勢にもっていく。これから口にすることをじっと彼女の瞳を見て言えるほど、彼は大人ではなかった。

 

「私は戦うしか能のない人間です。だからこそ、私はあなたに救われてきました」

 

 彼女の暖かい体温を胸板の上に感じながら、彼女の耳元に囁くように言う。

 

「私の戦い方は、何かを守るために何かを傷つける戦いです。……それを後悔することはありません。それ以外の力の使い方を知らないし、できないからです」

 

 アプリコットの髪を撫でつけながら、彼はどこか自虐的に笑った。

 

「だから私はあなたを補佐官に指名しました。あなたは私にはできない戦い方を知っている。薬学や魔法を駆使し、寄り添い、守る。そういう優しい戦い方を知っている。私がそれにどれだけ救われているか、あなたは知っていますか?」

「団長さん……」

「それに、君とのお茶の時間は、手放すにはあまりに惜しい。もともとパンにはバターの私もジャム派に鞍替えしたぐらいです」

 

 そうおどけて言いながら彼女をなで続ける団長は、ゆっくりと目を閉じる。

 

「切り捨てることでしか守れなかった私があなたを守るには、あなたと共に歩くにはどうすればいいか、わからないんですよ。どう声を掛けていいのか、どう接すればいいのか、わからない。それでも少しでも君との時間を作るために、君を補佐官として隣に置くことにしました。補佐官なら、他の騎士団に引き抜かれることはないでしょうからね」

 

 鼻を啜る音が聞こえた、彼はギョッとして彼女の方を見る。

 

「もう……不器用すぎますよ、団長さん」

「すいません」

「そこは『ごめん』でいいんですよ。他人行儀だと不安になっちゃいます」

 

 目の端の滴を拭ったアプリコットが笑って団長の頬に触れた。伸びてきていた無精髭が彼女の肌をわずかに引っ掻いた。

 

「わからないなら、私が教えてあげます。文字通り手取り足取り腰取り」

「腰はとらなくてもいいのではないですか?」

「何言ってるんですか? ひっく……私の腰を団長さんが取るんですよ?」

「いっ!?」

「今日はバレンタインですからね」

 

 クスクス笑いながらアプリコットはそう言って団長の首筋に手を回した。抱きしめた姿勢で彼の首筋に髪を押しつけるように何度も擦り付ける。

 

「まずは、いいこいいこしてください。まずはそこからです」

 

 そう言われ、言われるがままに頭に手を回す。彼女の顔がくにゃっと緩んだ。

 

「団長、さん……こっちを見てください」

 

 腕に力を入れて、顔を近づけるアプリコット。柔らかなその唇が彼に重なった。

 

「えへへ、……はじめて、ですよ?」

 

 アプリコットは自分の頬が赤くなっているのを感じながら、そういった。そのまま顔を団長の肩に擦り付ける。

 

「結構勇気いるんですからね。本当は団長さんからするんですからね」

「気をつかわせてしまったね」

「なので……がんばったので、あたまを、なでてください」

 

 甘えん坊ですね、と言った団長が彼女を抱く。いつもよりきつく抱いて貰えているような気がして、アプリコットは少しだけ安心した。

 そして、かくんと力が抜ける。

 

「……アルコールが回りましたか」

 

 団長は、小さく笑って、そっと彼女に毛布をかけた。

 

 

 

「おやすみなさい、アプリコット」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋がぼうっと明るくなっている。いつもなら朝日が直接部屋に入ってきて眩しいのに、と違和感を覚えて、アプリコットはゆっくりと目を開ける。

 

「え……? あれ、私……? ここ、団長さんの部屋じゃ……」

 

 身体を起こすと、上質な毛布をどけて、固まる。たしかクリスマスの頃に作った衣装、少し前向きになれるかなとの願いを越えて作ったドレス。

 

「なんで……」

 

 ベッドサイドには水差しとメモが置いてあった。メモを持ち上げる。

 

 ――――アルコールの影響がありそうなので午前中は半休を命ずる、しっかり休むように。ヘザーとホップにはこちらから注意しておく。 追伸「バレンタインする」の意味が考えてもわからなかったので今度教えてほしい。

 

 その下には団長のサイン。何度も書類で見ているので見間違うことはない。文面がいつもと違って砕けているのは昨日『他人行儀を止めて欲しい』と言ったせいで……

 

「……昨日?」

 

 なにかが頭の奥で警報を鳴らしていた。改めてメモに目を落とす。

 

 アルコール、ヘザー、ホップ、バレンタイン……。

 

「え、あ、あっ……!」

 

 記憶が蘇ってくる、それはもうしっかりと覚えていた。

 

 

 

 ――――団長さんにはぁ、チョコじゃなくて、わたしをあげちゃいまぁす!

 

 

 

 ――――アプリコットは、団長さんが、だいすきです。

 

 

 

 ――――私の腰を団長さんが取るんですよ?

 

 

 

「は、はわ――――っ!?」

 

 しまった、もうお嫁に行けない。いや、他の人のところに行くつもりはさらさらないからいいけれども、それでももうお嫁に行けない。

 

「勢いに任せてなんてことを……! 破廉恥な子って思われたかな……絶対思われた……!」

 

 とっさに毛布を被るが、そこは団長の匂いがして、どこか頭がクラクラする。その匂いを嗅ぐたびに昨日の会話がリフレインして仕方ないのでガバリと身体を起こす。

 

 柱時計を見る、お昼まではあと数刻。寝坊もいいところで、普段なら団長は山のように積み重なった各地からの報告書を猛烈な勢いで読み込んでいる頃合いだ。

 

「それよりも……どんな顔をして会えば……!」

 

 それでも時間は刻一刻と過ぎていく。

 

「……ど、どうしましょう」

 

 2月15日、アプリコットの長い一日が始まった。

 




……アプリコットちゃんには酔ったときの記憶がしっかり残ってて欲しいと思います。まる。


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