「帝。まだ不機嫌なのですか?」
「…その言葉はやめろ。鳥肌が立つ」
初代帝、藤原石丸の居城。
その藤原石丸の部屋で、当の帝である藤原石丸は念願の帝となったのにも関わらず、非常に不機嫌な顔で自分の友である北条早雲を睨む。
「まだ気にしているのか? どんな理由であれ、最後に勝者となったのはお前だ。その結果は変わらないぞ」
「その過程が納得いかないだけだ。ほとんど投げ与えられた勝利だぞ」
藤原石丸が不機嫌である理由、それは今回の帝レースの結果が本人としては不本意なものに終わってしまったからだ。
勿論帝になるという事は大きな目標の一つではあった。
藤原家最大のライバルと言われた平家を倒し、三種の神器の二つを集めた。
そして残りの一つである帝リングは、平清盛をも上回る妖怪王黒部、そしてその妖怪王に協力する異人という強大な相手が所持していた。
石丸としてはこの展開は己が望んでいた最高のものであったが、その結果は望んでいたのはかけ離れたものだった。
「最後の最後で黒部が帝の権利を放棄だぞ。俺は妖怪王黒部に帝とは関係なく俺の部下になって欲しかったんだ」
「帝の力、か」
帝の力…それは藤原石丸が想像していたよりも遥かに大きな力だった。
何しろJAPANの者ならば問答無用でその心を従えることが出来る…本人の意思を無視する形ででも。
黒部に従っていた者達は皆投降してきており、その中には石丸が是非にも部下に欲しい者もいる。
石丸が声をかければ皆が従ってくれたのだが、当の本人はそれが少し納得いっていなかった。
「何にせよJAPANはお前の下に統一された。ここからが本番だぞ」
「分かってるさ。昔からの俺の夢の第一歩だからな」
JAPANの統一も石丸にとっては通過点にしか過ぎない。
最終的に、この世界を統一する…石丸はそれを夢見てこれまで戦ってきたのだ。
勿論そのためには自分一人だけでは出来ない。
ここにいる北条早雲や、自分に色々と知恵を授けてくれる月餅、その他にも沢山の部下達が居て初めて成し遂げられることだ。
「だから黒部、そして異人に対する結論が出ない訳か」
「…ああ」
石丸が何より悩んでいるのは相手の大将であった妖怪王黒部と、自分と対等に渡り合う男…ランスだ。
あの時突然現れたランス達は大きく疲労していたのか、あっさりと捕える事に成功した。
今は地下に閉じ込めてあるが、JAPANで生まれた黒部はともかく、異人であるランス達には帝の威光は通用しない。
ランス、レダ、そしてこの二人の仲間である異人のエルシールに関しては非常に悩まされる。
「俺は殺すべきだと思う。あの男が大人しくお前の下に付くとは思えない。仮に部下になったとしても、必ずお前の偉業の障害になる男だ」
「…皆そう言うんだな」
これまでランスを知る人間、そして妖怪に話は聞いたが、まずやる事が全て破天荒すぎる。
藤原石丸も自分で破天荒である事は否定はしないが、ランスはその自分以上に無茶苦茶な人間だ。
何よりも、黒部軍を動かしていたのは実質ランスである事は分かっており、その実力とカリスマはまさに驚異的だ。
だからこそ、誰かの下で大人しくする人間ではない事は何度も耳にした。
「何より巴がな…」
「うん、無理ね。あなたとランスさんは決して交わる事の無い存在よ」
「…あっさりと言ってくれるな」
何故かあの場に居た巴を保護し、石丸が訪ねた時にランスの事を聞いての一声がコレだった。
「あなたが帝になったのはそれはそれで嬉しいけど…やっぱり複雑」
「俺でなくて黒部が帝になっても構わないって事か?」
巴の言葉に石丸は若干拗ねたような声を出す。
自分を上回る破天荒さを持つ彼女だが、自分が帝になれば少しは自分の見方も変わるかと思ったが、どうやら人はそう変わるものでは無いらしい。
「私個人で言うと…黒部さんが帝になったらなったで面白い未来が見れたとは思う」
捕らわれていた間、黒部達と一緒に居て巴は非常に居心地が良かった。
城に居た時には味わえないスリル、そして自分をも振り回す男の存在。
何もかもが巴には新鮮だった。
「やれやれ…敵わないな」
自分に近い存在でありながらも、自分とはあまり合わない女性には石丸も苦笑するしかない。
だが、そんな彼女だから石丸は気に入っているのだ。
「それでランスさんは…うん、どう考えても無理。誰かの下につくなんて正直考えられない。もしついたとしても絶対に何か魂胆があるし、平気で上の者に対して噛みつく…いや、斬り捨ててくる男よ」
「そんなにか…」
巴の言葉に石丸は頭を抱える。
何とかランスには自分の部下になって欲しい…だが、そのランスを見てきた彼女が絶対に無理と言うのであればどうあっても厳しいのだろう。
勿論石丸もそんな気はしていたが、それでも望みを捨てる事は出来なかった。
「世に覇者は一人。もしあなたが本気で世界の統一を考えているのなら…」
「そうか…」
巴は最後まで口にしなかったが、何を言おうとしていたのかは分かる。
だがそこで石丸の目がギラリと光る。
「…ランスと結婚するってのはどうだ? そうなれば俺とも親戚になるし」
「………はぁ?」
石丸の言葉に巴の目が点になる。
「ハッキリ聞こう。ヤッたんだろ?」
「いくら幼馴染とはいえ、随分と踏み込んでくるわね…ま、まあしたけど…」
石丸のストレートすぎる言葉に巴は飽きれるが、直ぐに頬を赤らめて指をモジモジとさせている。
「で、どうだ。いい案だと思うんだが」
「ま、まあ私としてもそれでも別にいいんだけど…別のベクトルで無理ね。ハッキリ言って、ランスさんは只の女好きじゃなくて、女しか好きじゃないし」
「…そこまでか」
巴の言葉に石丸は頭を抱える。
女好きだの何だのと色々と情報は入ってきていたが、ランスの身近にいた彼女からの言葉は非常に重い。
「諦めなさい。あなたとランスさんは、似ているようで全く違うのだから。あなたとの最大の違いは、ランスさんには世界統一なんて興味が無い事だから」
「あれだけの力があってか?」
「そう。ランスさんは本当に女の事と…そして冒険が何よりも好きなんでしょうね。だから権力とかも使って楽しい時は使うけど、飽きれば直ぐに放り投げる。そんな人よ」
その言葉に石丸はますますランスの事が分からなくなる。
男であれば…力ある者ならば誰もが考えるであろう世界最強、そして世界征服…誰もが考える訳では無いだろうが、自分には…そしてランスにも間違いなくその力がある。
それなのにランスはそにれは全く興味を示さないと言う。
「やれやれ…本当にどうすればいいのかね」
石丸は大きくため息をつくと、そのまま巴の部屋から出ていく。
これからの事で色々と忙しいのであろう事は巴にも分かっている。
「ごめんなさいね…もう私の行動は決まってるから」
巴は自分の枕元に置いてあるピンク色の中々愛らしい人形を撫でながらここにはいない石丸に対して謝る。
「まーお!」
「大丈夫よ。きちんとあなたもランスの所に返してあげるから」
藤原家地下牢―――というにはあまりにも整っている場所で、ランスは退屈そうに欠伸をする。
織田家で裏番をしていた時にも自分も牢屋を利用していたが、まさか入れられる立場になるとは思ってもいなかった。
「暇だ」
そしてこの状況はランスにとってはひたすら暇だった。
レダとエルシールは別の牢にいるため、セックスもする事が出来ない。
「スラルちゃんを呼ぶにはまだタイミングが早いだろうしな」
今ランスは当然ながら剣を持ってはいない。
まあ全ての所持品を取り上げられたのだから無理は無いのだが、それでもランスは自分は助かると信じて疑っていない。
そもそもカミーラに捕らわれていた時の方が余程危なかったのだから無理は無い。
ただ、退屈だけはどうしようもなかった。
「ランスさん」
「ん…ああ、巴か。何だその恰好」
その時ランスの名前を呼んだのは巴だった。
その巴を見て、ランスは少し怪訝な顔をする。
今の巴は目に見えて着飾っている…というよりも、こちらが本来の姿なのだろうと思わせるくらいに様になっている。
「…本当に姫だったのか」
「私を何だと思ってたのですか」
「まあマジックもシーラも香ちゃんも姫なのに戦ってたしな。リアは戦闘では役立たずだしな」
ランスの頭の中にある姫はどれもこれも一癖あるような女性達だ。
一応はシーラはまともなのかもしれないが、彼女の本質はランスの奴隷なのだ、とランスは思っている。
「で、何の用だ。またセックスをさせてくれるのか」
「はあ…あなたは本当にそればっかりなんですね。今の状況を分かっているんですか?」
「知らん。だがスーパーな俺様にはいつか必ず脱出のチャンスが来る。それまで待っているだけだ」
「本当にあなたという人は…石丸も自信家ですが、あなたはそれ以上です」
ランスの言葉に巴は呆れるよりも感心してしまう。
そこで巴は真剣な表情になる。
「ランスさん…あなたは恐らく処刑されます」
「…何だと?」
「石丸はそうでも無いのですが…周りの者があなたを危険だと思っているのです。正直私もあなたが石丸の下につくなんて思っていませんし」
「当然だ。俺様が誰かの下につくなどありえる訳が無いだろ」
そう言いながらもランスは悩む。
いい加減スラルを呼ぼうかと考えていた時、
「でも私があなたを逃がす、と言ったらどうしますか?」
「…はぁ?」
巴の言葉には流石のランスも呆れた声を出す。
彼女の言っている事はランスにとっては都合のいい事だが、敵の立場からすればとんでもない言葉だ。
明らかな利敵行為であり、彼女の立場すら危うくなる。
「何でお前がそんな事をするのだ」
「それは…私もランスさんと一緒に冒険がしたいからです!」
そこで巴は姫の仮面を脱ぎ捨て、目を輝かせてランスを見る。
「私は本当は姫なんかじゃなくて冒険者になりたかったんです! でも城の奴等はやれ料理だの花嫁修業だの…本当に嫌!」
「お、おう」
あまりの巴の見幕には流石のランスも相槌を打つしかない。
「ランスさん達と一緒にいて…私もやっぱり冒険をしてみたいという思いがもう抑えきれなくて」
(…やっぱり姫という奴はどこか変だな)
巴の言葉にランスは非常に失礼な事を考えていたが、自分が処刑されるというのは流石に見逃せない。
「それでですけど…ランスさんは何か考えがあるんですか?」
「無い。というか今は何も出来んだろ」
「まあそうですよね…」
ランスは手足こそ縛られていないが、頑丈な牢の中に居る。
今は自分が居るから見張りもいないが、常に見張りが何人もついている。
「まあ何とかする。お前はレダ達の方を何とかしろ。俺様にはスラルちゃんが居るからな」
「そうですね…ではそちらはお任せします」
巴はそう言うと、ランスの目の前から立ち去る。
それを見てランスは少し不機嫌そうに目の前の檻を蹴る。
「全く、こんなものが無ければ巴とずばっとやれたものを。まあそれも今の内だ」
ランスは不敵に笑いながら用意された布団に寝転ぶ。
が、それは意外な程に早く訪れてしまった。
その次の日、ランス達は縛られたまま藤原石丸の前に連れ出される。
ランス、レダ、エルシールの周囲には屈強な男達が槍を構えている。
ランス達が下手に動けば直ぐにでもその槍で突いて来る、そんな気配さえ感じられる。
ランスは取り敢えずレダとエルシールが無事な事に少し安堵するが、その口が塞がれているのが気に入らない。
が、直ぐにレダの目配せで理解する。
エンジェルナイトであるレダには拘束等全く無意味であり、今は取り上げられている武器も盾も鎧も直ぐにでも呼び出すことが出来る。
だとすると、自分も直ぐにでも動く事が出来る。
エルシールの事が気になるが、そこは自分が何とかするしかないだろう。
(まあ俺様なら楽勝だな。後は巴の行動とタイミングだな)
ランスは周囲を見渡すが、そこに巴の姿を確認して密かに笑う。
何故なら、そこにはこの場には不釣合いな物が存在していたからだ。
ランス達は強制的に座らされると、そこに一人の武者が現れる。
それはランスがこれまで何度か対戦した男、敵の大将である藤原石丸だった。
(何か様子が変ですね…)
その顔は何処か苦渋に満ちている、とエルシールは感じていた。
自分の父もあのような顔で何かを決断している事を思い出し、少し嫌な予感がする。
自分達は敗北して捕まったのだから、良くて慰み者かと思っていたが不思議と手は出されなかった事から何かあるとは感じていたが、相手の大将の顔を見て少し楽観視し過ぎていたかと考えを改める。
藤原石丸が合図をすると、レダとエルシールの口が自由になるが、その代わりに喉元に槍を突き付けられる。
魔法を使う事は既に知られており、それを警戒しているのだろう。
魔法使いは…特に近接戦闘が得意では無いエルシールでは全く対抗は出来ないだろう。
エルシールは緊張はしてはいれど、不安では無い。
自分の隣にいるのがレダであり、その実力は嫌という程知っているからだ。
それでもエルシールは自分なりに最大限の警戒をしているつもりだが、藤原石丸が一番注目しているであろうランスは普段と全く態度が変わらない、
捕らわれているはずなのに一番偉そうにさえ見える。
「さて、最後の通告だ。俺の下につけ、ランス」
これは言葉通りの最後の通告。
自分の友である早雲のの言葉、そして何よりもランスの事を身近で見てきた巴の言葉。
『世の中に覇者は一人』、この言葉は正しい。
世に覇者が二人いれば、間違いなくぶつかり合うのは自明の理だ。
そして石丸は決めたのだ。
己の意志を貫徹し、大陸にも攻め入る事を。
そのためには絶対にランスは自分の大きな障害となる。
自分の部下となるか、ここで死ぬか…もうそれしかないのだ。
だが、ランスはそんな石丸の気持ちなど全く気にもせずに笑う。
「フン、何で俺様が男の下につかなければならんのだ。お前が縋りついて部下にして下さいと言えば俺様の部下にしてやってもいいぞ」
ランスの言葉に周囲の男の殺気がランスに向けられるが、ランスはそんな状況でも全く表情を変えない。
「…それがお前の答えか」
石丸は『やはり』と思いながらも残念な気持ちになる。
自分とこの男の道は巴と早雲の言うとおり、決して重なる事は無いのだろう。
「どけ。この男は俺が斬る。それが礼儀と言うものだ」
石丸の言葉に男達がランスから離れる。
その光景を見て早雲は安堵のため息をつく。
(それでいい。その男は必ずお前の障害になる)
早雲にとってはランスは恐ろしい男だ。
何よりも、自分の想像もつかない方法で戦況をひっくり返してくるような奴を相手にするのは御免だ。
それにあの男が持つ剣も危険すぎる。
帝ソードを帝候補にしか使えないように、異人の持っている剣もまたあの男にしか使えないのだろう。
異人の持つ剣は力自慢の男達でも持つことが出来ず、辛うじて荷台に乗せて運ぶので精一杯だ。
今は北条早雲自らがその力を使って封印をしたが、あの剣は不気味すぎる。
しかしようやく石丸は覚悟を決めてくれた。
その状況に早雲は完全に安堵した…あるいは油断をしてしまったのかもしれない。
「待ってください、帝。その方を斬るのであれば、私は彼から預かった物をお返ししたいのです」
巴がそう言いながら、立ち上がる。
「…分かった。これが最後だからな」
石丸は自分の血族である巴の言葉を聞き入れる。
巴がランスに抱かれた事は既に知っており、彼女にも特別な思いがあるのだろうと了解してしまった。
「ありがとうございます。帝」
そして巴はランスに近づいていき、その手に持っている物をランスへと差し出す。
「どうぞ。これはお返しします」
その差し出された物を見て、ランスは笑った。
その笑みを見て、石丸の背筋が寒くなる。
この顔は、あの時自分を追い詰めた時と同じような笑いだからだ。
「やっぱり待って…」
石丸が巴を止めようとした時、
「まーおー!」
巴が差し出したピンク色の奇妙な人形は声を放ち、ランス達を縛るロープをその鎌であっさりと断ち切る。
そしてその口から一本のロッドを吐き出すと、そのロッドはエルシールの手に収まる。
もしこの場に月餅が居れば、こんな事にはならなかっただろう。
しかし彼は今この場にはいない…今彼は自分が開けた地獄の門の確認に出てしまっている。
彼は万が一に神に自分の計画を悟られる訳にはいかないと、自分のやったことの後始末をしているのだ。
それは目先の天使よりも重大な事であり、何としてもやらなければいけない事だった。
そして月餅がいない時に石丸はランス達を斬ろうとした…それがこの結果なのだ。
「来い!」
ランスが叫んだ時、ランスの手には一本の剣が現れる。
「行くぞスラルちゃん!」
「準備は整っているわよ!」
スラルは既に準備を終えていた。
事の成り行きは既に予想はついていた。
それはランスの剣が藤原の城に運ばれた時だった。
何人かの力自慢がこの剣を振るおうとしたが、持つ事すらままならなかった。
しかしそのランスの剣に目を付けたのが北条早雲だ。
彼はこの剣を取り敢えず城へと運び、誰も使えないように封印をかけた。
いや、封印をかけたつもりだったのだろう。
(生憎とこの剣は悪魔との契約によってランスの手にあるもの。人間程度で何とかなる剣では無いわ)
しかも相手は自分の存在には全く気付いていない。
ランスが捕らわれた時から、自分は取り敢えず機会を伺うべく姿を消していた。
そしてこの城に来てからの事を全て巴から聞いていた。
何しろ自分を見に来る物好きは存在しないため、巴とはいくらでも話がし放題だった。
「…と、いう訳です。何か良い方法はありませんか?」
「成程ね…藤原石丸本人はランスを部下にしたいけど、周囲がそれに反対してる形か」
スラルは巴の言葉を聞いて考える。
何の事は無い、昔自分がやろうとした事と全く同じ事が起きているだけだ。
それが魔王か人間かの違いと言う事だけ。
そしてランスは100%相手の言葉を拒否するだろう。
「で、あなたの見立ては? 私はランスをよく知るけど藤原石丸については殆ど知らない」
「そうですね…石丸は最後まで説得しようとしますが…最終的には斬ると思います」
巴も石丸とランスが手を組めば世界の制圧などあっという間に出来るだろうとは思っている。
だが同時に、そんな事は絶対にありえない事も確信している。
世界を治めようとする人間と、権力に興味が無く己の思うままに生きる人間が同じ道を歩むなど非常に困難だ。
話しを聞く限り、女性には人気が高く実際に英雄色を好むを地で行く石丸はランスにとっては間違いなく嫌いなタイプだ。
だからこそ絶対にランスは石丸の部下になるという選択肢は選ばない。
「だからこそ困っています。正直、私だけではどうしようもなくて…藤原の姫と言っても、私にはそこまで権力がある訳では無いですし、何よりも今の石丸は帝です」
「ふーん…」
巴の言葉を聞いてスラルは考える。
帝の力は自分の想像を遥かに超えた力を有していたようだ。
何しろ、石丸と対立した者達は皆刃を交える事無く投降したと言うのだから。
「黒部は…残念だけど使えないわね。JAPANの者なら石丸の命令には逆らえない。正直私はあなたも怪しいと思っているのだけど」
「それは大丈夫です。石丸も帝の威光ではなく、己の力を認められたいという人間ですし、身内の私に帝の力は使いません。最終的には使われると思いますけど…」
「そう…まずは必要なのは準備よ。あなた、大まおーが何処にいるか分かる?」
「大まおーというと…あのピンクの?」
「そう、そのピンクの。まだ正体はばれていないのかしら?」
スラルの言葉に巴は頷く。
「はい。それなら私が直ぐにねだりましたから」
「それは僥倖。じゃあ実際にランスが処刑される日が決まったら教えて。私にはここで魔力を練るくらいしか出来ないけど…ランスなら上手くやるでしょ。そしてこれからだけどね…」
巴はスラルの言葉を逃さぬ様に頭に叩き込む。
これは明確な裏切り行為ではあるが、自分はそうする事を選んでしまった。
馬鹿な行為だとは思っているが、どうあっても自分はランスや皆について行きたいのだ。
「頼むわよ。私は自分で確認をする事が出来ないから、当日に動くしかない。出来るかどうかはあなた次第よ」
「分かりました。やってみせます」
それからの巴は本当に忙しかった。
帝の親戚としての自分を疑うのはおらず、見張りの兵士も自分が話せば融通をきかせてくれた。
自分以外に頼れるものはいないので、一人奔走していたが―――その時間は楽しかった。
そして今目の前には、剣を構えているランスの姿がある。
驚くべきことに、レダは自力で縄を引きちぎると、その手には既に剣と盾が握られ、取り上げられたはずの鎧も既に装着されている。
「がははは! くたばれ!」
それは完全なる不意打ちの一撃だ。
完全に予想もしなかったタイミングでの攻撃であり、流石の石丸も防御が一瞬遅れる。
だが、それでも藤原石丸の剣の腕は凄まじいとしか言えぬものだった。
一瞬の遅れ―――その刹那の瞬間でも石丸はランスの一撃を防いだのだ。
それには流石のランスも驚く。
今の一撃をまさか防がれるとは流石のランスも思わなかった。
が、驚きは一瞬、直ぐに石丸との鍔迫り合いが始まる。
「結局こうなったか!」
「フン、勝つのは俺様だ!」
鍔迫り合いの体勢では以前はランスが有利だったが、ランスは自分が徐々に押されていくのを感じる。
以前に戦った時とは違い、相手の力が遥かに増している。
「悪いが…俺の勝ちだ!」
「うおぉぉぉぉぉ!?」
ランスの剣が弾かれ、ランスの体勢が崩された所にすかさず石丸がその首を狙う。
以前のようにランスを捕えようとする意志は見られず、完全にランスの命を狙った一撃。
(貰った!)
石丸がそう思った時ランスの姿が石丸の視界から消え、石丸の剣が空を切る。
そして感じたのが凄まじい衝撃。
ランスは石丸の攻撃をしゃがんで避けただけではなく、その姿勢を利用して石丸の体に自分の体ごとぶつけたのだ。
今度は石丸が大勢を崩した所で、ランスの一撃が石丸の頭を狙うが、石丸はそれを己の剣で防ぎ再び剣越しに二人は睨みあう。
「…やっぱり惜しいな! お前が居れば世界制覇は10年は早くなりそうだな!」
「フン、俺様の力があれば世界制覇など10年掛からんわ!」
二人が再び剣を打ち合う中、レダとエルシール、そして大まおーは魔法を使って周囲の者を攻撃する。
完全なる不意打ちではあったが、流石は藤原石丸の部下と言うべきか混乱は少ない。
「まずいわね」
「完全に囲まれてますね…」
最初のランスの襲撃を防がれた時点でこの作戦は失敗であり、今では逃げるのは難しい状況になってしまっている。
「ランス!」
レダはランスの名を呼ぶ。
それは一つの合図であり、ランスもそれが分かっている。
ランスとしては今の状況でこの男を殺そうと思っていたが、予想以上の相手の力に流石に舌を巻いている。
だからこそ、ランスはすぐさま決断をする。
「チッ、行くぞ!」
ランスは皆…そして巴の下へ近づくと、大まおーが口から一本の木を取り出す。
「まーおー!」
そして大まおーがその気をへし折ると、ランス達の姿が一瞬で消えていく。
「な!?」
それには流石の石丸も驚きを隠せない。
「逃げた…のか?」
早雲の言葉に石丸はすぐさま、
「追え! そんな遠くには行っていないはずだ!」
「「「ハッ!!!」」」
石丸の言葉に部下達は直ぐに動き出す。
残ったのは石丸と早雲の二人だが、
「巴殿は…裏切ったか」
「みたいだな。確かに巴が好みのタイプだとは思ったよ。だがまさか全てを捨ててまで向こう側につくなんてな…」
巴の行動にはショックを隠せないが、石丸の顔には何処か嬉しそうな顔が浮かんでいる。
「石丸…お前、もしかして気づいてたのか? 気づいて見逃したのか?」
「…彼女に帝の力を使いたくなかったんだよ。もしそれで巴があの男の味方をするならそれでもいいと思った。結果はこうなったけどな」
「お前と言う奴は…」
「部下の意見を聞く、自分の我儘も通したい、両方を両立させるのが城主の辛い所だな」
「何が辛いだ。結局はお前の目論見通りになった。将来あの男はお前の前に最大の障害になるかもしれないぞ」
早雲のうんざりした顔に、石丸は豪快に笑う。
「それならそれでいいさ。でももしかしたらな…あいつと一緒に戦う時が来るかもしれないと思ってな。俺の勝手な願望かもしれないけどな」
石丸は晴れやかな顔で天を仰ぐ。
「さて…大陸ではあいつくらいの面白い奴に出会えるかね」
「ここは何処だ」
ランス達が帰り木を使って現れたのは誰かの部屋の一室だ。
当然ランスには見覚えの無い場所であり、困惑している。
「あ…ここ私の部屋です」
「な、何だと!? じゃあまだ城の中って事か!?」
巴の言葉にランスは驚愕する。
巴の部屋という事は、まだ城の中で有り危機を脱出した訳では無いという事だからだ。
「まずいですね…巴さん。何処か秘密の脱出通路とかはありませんか?」
エルシールの言葉に巴は首を振る。
「うぐぐ…やばいぞ」
ランスが唸っていた時、
「…よく寝た~」
巴が寝ている布団から気の抜けた声が聞こえてくる。
「うおっ!? 敵か!?」
流石のランスもその声に驚き剣を向けた時、
「セラクロラス!」
ランスの剣からスラルが声を出す。
スラルの言うとおり、巴の布団から起き上がってきたのは聖女の子モンスターであるセラクロラスだ。
「おはよーランス。やっと見つけたー。じゃあ今回も…」
「ちょっと待ってセラクロラス!」
セラクロラスが何時もの言葉と共にランスに力をかけようとした時、スラルがそれを止める。
「ここに置いておくけど…渡してくれるかな」
スラルが取り出したのは一枚の手紙だ。
それを巴が使っているであろう机に置く。
そこには『黒部へ』と書かれている。
「ごめんね黒部…あなたとの約束を果たせなくて」
以前に黒部と話した事…それはいずれ来るであろう別れの時。
その時は黒部も一緒と話したが、こういう結果になってしまった。
だからせめて黒部への最後の言葉と思い、この手紙を書いていた。
(手紙なんて書いたのは初めてだけど…読んでくれるかな)
ここは敵の城であり、この手紙ももしかしたら処分されてしまうかもしれない。
だがそうなったらそうなったで仕方のない事だ。
必ずしも自分が望む結果が得られるわけでは無い…それは当たり前の事だ。
「スラルちゃん! 急げ!」
「ごめんなさい、もう大丈夫!」
ランスの言葉にスラルは急いでランスの剣の中に戻る。
「え? あの、一体何がどうなって…」
「説明は後! セラクロラス!」
レダは困惑する巴の体を引き寄せると、セラクロラスに合図をする。
その合図を理解したかどうかは定かではないが、
「てやぷー」
セラクロラスの気の抜けた声とともにランス達の姿が消える。
「次は…あれ? すぐ近い? …まあいいか」
力を使ったセラクロラスは再び巴の布団の中に入るとスヤスヤと眠りについた。
これでNC期におけるJAPAN編は終わりです
本当は6月中にJAPAN編は終わるはずだったんだけど…
後はエピローグだけです
ただ今回は反省点も多く、内容の割には話が長くなり過ぎてしまいました…
次はNC期での一番大きなイベントですね